16話 人の家で大ゲンカ
ライブが終わってからちょっとして、入学式がやってきた。もちろん紅葉の式には参加したのだけど、みのりちゃんと同じ学校だったやら、山高帽を被りヒゲに長髪をした虎太郎サンも何故かついてきたやらで、驚きっぱなしの連続だったのが印象に残っている。
「なんで来たんですか!」
「メイの晴れ舞台を観ない訳にはいかないだろ? ……それに俺は学費を払ってるんだ、これ位は良いだろ」
ぐっ……それを言われたら反論出来ない、事実学費だけでなく、サッカーの支援も勝手にしているのだ。恩を売るためかと白い目で見たらアッサリした答えが返ってきた。
「コーチング、ポジショニング、反応の良さ。それらが高くてプロで成功出来るポテンシャルがあるからな、青田買いしているだけだ。才能が無かったらここまでは支援しない」
そういう所はかなり現実的というか、合理的というか……しかし、準規君の言葉を借りれば素直では無いので、才能が無くても楽しくやれる様に多少は支援してくれただろうけど。
で、話を入学式に戻すと、高校生の入学式だと流石に私たちは目立つ。親御さんにしては若くて、姉にしては歳が一回り離れている。そんなんだから、他の親御さんから根掘り葉掘り聞かれ、気遣われた。
「大変ねー」
「支援してくれる大家さんの家に住めて良かったわねー」
素直に感謝しておいたが、言葉の裏では痛くも無い腹を探られているのだろうなと、少し憂鬱になった。やましい事は本当に無いし、お互いに結構忙しいので、朝と夜にみんなでご飯を食べる位だしね。
そして入学式も終わり、『月見草』でお祝いをする事にした。イザベルを始めみんな喜んでくれて嬉しかった。
「ご入学おめでとうございます、今回は好きなケーキをサービス致します」
「……今日は頑張って作るから」
「いつも頑張れや!」
付き合っているからなのか、イザベルにだけは素で接している気がする。それにしてもさすが元ヤン、良いデコピン決まったなー。
「……痛い」
「日頃の行いもあるのは分かるが、シンちゃんも程々にしておけよ」
「イザベルがしっかりしてくれたら、デコピンすらもしませんが」
そんな話をしていると、ドアのベルが鳴った。イザベルよりも少し茶色が入った金髪に、エメラルドに負けず劣らず綺麗な緑色の目をしている男性が入ってきたけど……あっ!
「神保さんですよね!」
「はい、ポンドさんの件ではお世話になりました……イザベル、居たんだ?」
「……嫌味っぽいライ○ーが来た」
「フ○○グスに言われたくありません、敬意を払いますよ、イザベル以外にはね」
「……このブリ○○!」
「黙って下さい、○○野郎!」
「待て待てぃー!」
私はヒートアップして、紅葉やみのりちゃんに悪影響がある会話を、無理やり止めて仲裁に入る。ブリ○○とか言われているのとテレビで言ってるので、神保さんはイギリス人のハーフと知ってるけど、フランス人のハーフであるイザベルとどんな因縁があるのか、聞いて和解させたい。
「なにがあったんですか、2人とも」
「……小さい時からの腐れ縁」
「年上だからといって振り回してこられたんですよ」
それで簡単に説明すると、2人の家は近所で、親同士が仲良し、自然と遊ぶ機会が多かったという。
「……それである時、ケーキを作ってこいつに食べさせたの」
「うんうん」
「外がまともに見えたのが運の尽きでした、あんな塩入りショートケーキ、今でも夢に見ますよ」
「……あんた、味オンチの癖にわたしのケーキ理解出来た訳無いでしょ!」
「砂糖と塩の区別位出来ますよ、コミュ障!」
「……この○○○○!」
「それはどうも○○○○!」
どう見ても子供と恋愛小説ジャンルにとても良くない単語が飛び交っているが、虎太郎サンと準規君が高校生の耳を塞いで、歌を歌っている。伏字にしているし問題無いはず……にしても虎太郎サン歌上手いな!
「そう言えば、こんなところに縄がありますがいかが致しましょうか?」
「……今回はツッコミませんから、2人とも縛ってください」
子供みたいなしょうもないケンカで、罵詈雑言の大ゲンカをしている人たちには、もうそんな感じで適当ーに伸してやれば良いや。
それでも、ものの5分で綺麗に2人を縛り上げた時はもうなにも言えなかったけどね。
「……ん」
「んーんー」
2人ともなにか言いたげな様子だったけど、とりあえず猿ぐつわをつけて、店の奥と住居スペースに放置しておいたので、子供たちに悪影響はなくなった。
「さて、ケーキは作っておいたのがあるのでそれを使って、飲み物はいかが致しますか?」
上の階に神保さんを放置してきた服部さんに紅茶を頼むと、店の奥に下がって行った。
「神保さんって結構口が悪いですね……」
「バンドの良心ではあるが、ケンカは慣れてるな。口も腕っ節も」
「虎太郎さんも含めて、1番ひ弱なのは誰ですか?」
「ロボだな、元々いじめられっ子で、今は体を鍛えているが他が結構凄い。元ヤン2人に、護身術習った俺と百姓パワーのポンドに、打楽器隊はアスリート並みに体力あるから、相対的にロボはヘボい」
と、こんな感じで他愛のない会話をしていると、石丸さんが紅茶を持ってきてくれた。2回目だけど、ここの紅茶のせいで普通の紅茶が飲めなくなった程、とても美味しい紅茶だ。
「じゃあごゆっくりどうぞー!」
無邪気に去って行った石丸さんを見送り、その紅茶を飲みながら年下組が楽しく食べる。
「美味しい、ビターなチョコレートが口の中で深く溶けてく」
「ビターだけどクドくなくて、何回行っても頼みたくなる味だわー」
「下手なグルメレポの人より、しっかりした感想だ……」
……うん、10代でもしっかりした人はしっかりしてる。私たちアラサーでも子どもっぽい所はあるから人それぞれだよね。
知ってた? 医者って自分の心の底にあるものから専門を決める傾向があるのって、子どもの時に病院の世話が多かったら小児科、カゼひきやすかったら内科とか、全員じゃないけど結構いる。心療内科の場合は……まあ変人も多いし、中には自閉症傾向があってその専門になった人もいる。ちなみにその人は私の師匠で、とても仕事が早くてそっけない人だったけど、丁寧に教えてくれて結構良い人ではあった。
紅葉がみのりちゃんと準規君と一緒にケーキを楽しそうに食べているのを見ていると、虎太郎サンが真剣な顔で私の顔を見つめていた。
「なんですか?」
「……ちょっと心療内科の医師として後で話を聞いてくれないか」
「……分かりました、少しだけなら聞きますよ」
からかう様子もなく、医師としてというキーワードに、無下に断れず私は了承した。
「ジュンキさんいますかー」
「あっ、イオリ!」
準規君の知り合いらしい女の子は、メガネをかけて落ち着いた雰囲気のある、文化系の女の子だった。
「こんにちはいおりさん」
「こんにちはみのりさん、そちらの方は?」
「東條紅葉です、あなたは?」
「中田伊織です、ジュンキさんとお付き合いさせてもらってます」
ああ、そう言えば彼女さんがいたとか言ってたね、なかなかしっかりした子で良かったじゃん。
「あっ、虎太郎さん……っとそちらは?」
「紅葉の姉の竜姫です、よろしくね」
「ああ! あの男運ゼロで、関係ないのに不始末でクビになった運のない竜姫さんですか」
「……まあそんな感じかな、準規君、後で話をしよっか?」
逃げ出そうとした準規君に、とっさに取った化粧ポーチを思いっきりぶん投げて、見事顔面に直撃した。
「ねえ、せっかくだから準規君の教育頼めないかな?」
「が、頑張ります……」
ちょっと引かれてしまったが、ヒドい言われ方して許せなかったし、仕方のない事だと思いたい。
「軽率だよな、ボアは頭脳労働が得意なのに」
「全くそんな風には見えないんですけど」
「でも、オンラインのシミュレーションゲームで、ランキング1位争いをいつもしてるんですよ。ワタクシは100位まで行くのがやっとなのに」
ちなみにそのゲームのタイトルを聞いたら、私でも知ってる有名ゲームで、ダウンロード数が2000万を超えた大ヒットゲームだった。そのゲームで1位争いってやっぱり凄いんだろうな……どれだけ課金してるんだろ?
「課金しないで50位まで行って、5000円使って1位取ったんだよな」
「友達は3万使ってようやく500位でした、課金しなくても上位に行けるゲームではありますけどそれでもファンの間では話題になってます」
準規君にそんな才能があるとは……そう言えば某有名軍師も、頭は良いのに敵に捕まってたっけ、準規君もその傾向ありだ。
「そうそう、ワタクシ喫茶店でバイトしてるんです。よかったら遊びにきてください」
「ここで?」
「いえ、大須です」
「堂々と宣戦布告したね……」
まあ距離的には徒歩で2時間位だから、競合はしないけど、他所の喫茶店で大胆だよね。
「こんにちは、中田様。またイザベルが遊びに行くと思いますので、その時は呼んで下さい」
「あー……お手柔らかにしてあげてくださいね」
イザベル、またサボるつもりなのかな……とりあえず、伊織ちゃんと服部さんの仲は悪くないようだ。
「メイド喫茶と当店では客層が違いますので」
ああ、なるほど。中古販売のパン平や、大須観音がある大須だけど、メイド喫茶もあったりするカオスな雰囲気になってきてて、名古屋のアキバと一部では呼ばれている。そこのメイド喫茶だったのか。
「女性客は少ないですけど、楽しめる要素はいっぱいあるので是非どうぞ」
「しっかりしてるね……」
本当に、本当に虎太郎サンとギャーギャーやってる自分が恥ずかしくなってきた。アラサーだし、多少は落ち着きを持ってきても、いや、こないとダメだよね……。
「ダンスの練習はしてるのか? 今度練習見るぞ」
「本当にお手柔らかにお願いしますっ!!」
「どれだけ厳しいんだろ……?」
「その人のギリギリを上手く突いてくるから、タチが悪いよ」
なにか良く分からないけど、経験者が語ってる、やっぱりサド王だよ、虎太郎サンは。
「上手くはなりましたけど、10億積まれてももう二度とやりたくないキツイ練習でした」
「しっかり教えるのにダラダラする訳ないだろ、その代わり絶対上手くさせるのが俺の仕事」
偉そうにするな! 本当に仕事が出来るのかああ?
「いてて……酷いですっおふうっ!」
「ジュンキさーん!」
ついカッとなって準規君のアゴを平手打ちした、彼女がいる前でフルボッコにしてしまっているが、もう仕方ないと開き直る事にした。
「もう準規君はサンドバッグだから良い」
「投げやりになるな、何で俺をどつかない?」
「じゃあ殴らせてくれるんですか?」
「やれるものならな」
その言葉の直後に、素早く虎太郎サンに左フックをねじ込もうとしたが、寸前で腕を掴まれてしまった。
「意表を突くために左フックなのは良かったが、間をもっと開けないとヒットしないぞ──シンちゃん、とりあえず今の会計分先に払うからレジ頼む」
「ありがとうございます」
伝票を持ってレジに向かった虎太郎サンに、こっそり近づいてローキックをかまし、先ほどの指摘をちゃんと修正してみせた。
「っー……!」
「敵に塩を送ったのが敗因ですよ」
「敵じゃない、だから負けても無い。一本取られたがな」
くそっ、反撃したのに敗北感が半端ない。 誰かアイツに勝つ方法を教えてくれー!
「本当に勝とうと思うなら、勝つ意識を消すのも一つの手です」
「どういう事ですか?」
服部さんのアドバイスに、私は身を乗り出して聞く。同じサドだからなにか知ってるかもしれないし。
「勝とうとすると焦ります、焦りは視野を狭め、視野が狭まれば相手が分からず、相手が分からなかったら勝てません。負けない様に粘る意識を持てば、勝機が生まれてくるものです」
服部さんの戦法は大人だなー、なかなか勝ち急いでしまうものを、あえて引き延ばす。こういう戦法は時間がかかるけどほぼ勝てる、勝つまで続けられるからだ。でも、なかなか若い人に出来る戦法ではないのは確かだ。
「ですが、竜姫様に虎太郎様は勝てません。ですので自然体でいれば良いのですよ」
ニッコリ笑った顔はいろんな事情を知っている様で、聞こうとする前に厨房に戻って行った。
「ちょ……情報料払うから詳しく教えて教えてくださいー!」
かなり大声で叫んだのにもかかわらず、服部さんはついに来なかった。ねえ、本当にどうなってるの?




