14話 素直になれないお年頃
部屋から追い出された私たちは、宮崎さんの闇の深さを知った。
そして今、虎太郎サンの傷の手当てをしてもらうために病院に来ている、私のせいでケガをさせてしまった事に、自責の念を感じていた。
「どうもありがとうございました──終わったぞ、縫合せずにしばらく固定するだけで済んだ」
「キミはバカか、 庇う為とはいえ商売道具の手を傷つけるとは……!」
「つい手が出た、反省している」
ふざけてごまかそうとした虎太郎サンに、椎名さんはキレのあるボディブローをねじ込んだ。
「うぐっ……」
「つい手が出た、反省している」
「ケガ人なんでそれ位にしてください」
海外のコメディドラマみたいなやり取りをしている2人だが、さすがにガラスで切った後にそんなどつき漫才は止めて欲しい。
私が止めると、虎太郎サンはこれまでの説得をどうしたのか椎名さんに聞く。
「俺たちで1回ダメだった訳だが、ロボからちゃんと説得したのか?」
「それが……連絡が取れないんだ、ライブもまだ無いし、ある程度問題無いと思っていたが、こういう事態に発展したからな。だが、この状況になっても連絡が無いし、応答も無いからヤキモキしているんだが」
「リーダーなんですよね?」
「おまけにポンドと恋人だ」
「えっ……ええっー!」
病院なのに、思わず大きな声を出してしまった位衝撃的な事実に、椎名さんが窘めながら説明する。
「医者が病院で大声を出さないでくれ──5年は付き合っているな、お互いの才能を認めながら競い合っている、ライバルみたいなカップルだ。これが音楽性まで同じだったら付き合ってないだろうが」
「別れる時に綺麗に別れるなら、バンド内恋愛は自由だったからな。──しかし、アネゴの情報網でも分からないのか」
「何者なんですか?」
「シンちゃんのヤンキー時代のボスがアネゴだ」
「まだあるんですか!? もう無いと思ってましたよ!」
意外と小出しにしてくるネタに、私のツッコミスキルが試されそうとしていた。にしても、その情報網ちょっと大丈夫?
「とりあえず、ロボの行方は全力で探すから、その間先代はちゃんと治しておいてくれ」
「ありがとな、恩にきる」
椎名さんと別れて、家に帰って来たら、当然ながら、虎太郎サンの包帯で巻かれた腕に衝撃を受けていた。
「虎太郎さん大丈夫?」
「1週間位安静にしていれば、包帯取れるから心配するな──これで分かっただろムサ、下手したら余計な怪我をする可能性が高いのが」
「だけど……」
「みのりお姉さん、これ以上ダダを捏ねたら虎太郎さんの思いが無駄になっちゃう、だから今回は待とう」
紅葉の説得に、みのりちゃんは渋々引き下がった。……紅葉にお姉さんと言わせている事については、後で経緯を説明してもらおう。
それよりも、いやそれよりもと言うのもなんだけど──虎太郎サンは私のせいでケガをしてしまった、それがやはり申し訳なく思っている。いくら嫌なヤツだとはいえ、庇ってケガをさせて平然としていられる程厚顔無恥では無い。
「あの、虎太郎さん……」
「庇ったらお前が罪悪感を抱くかなと思ったら大当たりだったな、庇って正解だ」
「もう! 絶っ対に謝りませんからね!」
「アラサーのふくれっ面、似合わないから止めとけよ」
返事の代わりに膝の裏を蹴飛ばしてやった、本当に見直して損したよ!
「じゃあ、ちょっと作詞のネタをまとめるのに散歩してくるな」
「そのまま日間賀島まで散歩していけ!」
虎太郎サンが出かけて行くと、塩を撒いてやろうかと思ったが、準規君が待ってくださいと止めた。
「虎太郎さんったら、全然素直じゃ無いんですよ──あれ、オレやみのりだったら多分ケガしてないです」
「私のせいだって事?」
「悪い意味じゃないんですけどねー……」
苦笑いしながら、準規君は説明してくれた。
「虎太郎さんは少なくとも、竜姫さんより体術は上です。宮崎さんの身体能力が高くても、おそらくは投げつける前に止めれますよ」
「うっ……」
「それでも止められなかったのは、竜姫さんが攻撃される事に焦ったからです。焦った分冷静な判断が出来ずに遅くなり、受身になったと僕なら解釈しますけどね」
……確かに、確かに止めようと思えば、虎太郎サンなら止められただろう。なら、私が攻撃されるのに、なぜ虎太郎サンが焦るんだろう?
「なんでって顔をしないで下さい、虎太郎さんは竜姫さんが思ってる以上に、思いやりのある人ですよ。合理主義者で俺様ですけど、いや、だからこそ嫌いな人に冷静な判断を無くして無茶はやらないです」
その言い分は間違って無いんだろうけど、なんだか素直にならない虎太郎サンに、ムッとする気持ちが無くなった訳では無い。
「それこそ、好きな人に対して素直になれないお年頃ってヤツなんでしょうけど……」
「なんか言った?」
「お腹が空きましたって言いました」
なんか字数が足りない気がするけど、追及を避けるのが上手いなと思った。なんか言ったのが分かっている相手に、なんにもないは通用しないからね。そういう点、準規君は聡いのかもしれない。……最近ツッコミキャラになって来ているのが残念だけど、あとサンドバック要員も残念度を増している要因だ。
「まあ、感謝されるために動くのが大嫌いな人で、自分のやった事に対して申し訳なく思われるのがそれより大嫌いと公言する人ですから、申し訳ないと思ったなら好きな料理を作ってあげて自己満足すれば良いんですよ、相手も喜ぶし自分の気持ちに踏ん切りをつけられるのなら良いでしょ?」
「じゃあその案に乗るよ、……でも、あの人の好きな食べ物ってなに?」
「基本嫌いな食べ物はないですけど、好きなのはスダチヤラーメンと里芋の煮っ転がしですかね、あれを食べている時の顔はクールな時とのギャップが凄くてびっくりしました」
世界でも有名な大企業の御曹司の割には物凄ーーく庶民的な料理が好きなようだ、スダチヤラーメンは名古屋発の全国チェーンラーメン店で、学生さんの買い食いに優しい値段の割に味と量のコストパフォーマンスが良いラーメンが売りの店だ。なんでそんな庶民派ラーメンをお坊ちゃんな虎太郎サンが大好きなんだろう?
「田邊さんと一緒に食べた青春の味が大好きって言ってました、掛け値無しの最初の親友が田邊さんなんですって」
みのりちゃんが説明してくれて納得した、Selfjudgeは虎太郎サンにとってかけがえのない物なんだ。そして、そのメンバーを家族の様に大事にしている。
だったら絶対に宮崎さんを助けてあげよう、虎太郎サンの事はあまり気に食わないけど、一宿一飯の恩と、かけがえのない物を大事にしたい気持ちをないがしろにしたくないから。
「じゃあ、明日の夕食は芋の煮っ転がしにしようかな」
「よっ、新婚さん!」
もちろん準規君の合いの手に蹴りで答えてあげた、あの人と結婚なんて絶対にするか!!
「竜姫さんは結婚願望あるんですか?」
「それは機会があれば今すぐにでもしたいけど」
「……ううっ、だったら虎太郎さんでも良いんじゃないんですか、昔の3Kバッチリの、高身長高学歴高収入ですよ、おまけにイケメンで、自分の流儀をしっかり持ってますし、こんな花も実もあるヒトなかなかいませんよ」
「性格でほぼ全部ぶち壊してるわ、俺様で腹が立つヤツなのよ」
第一印象が最悪なので、虎太郎サンの事をなかなか魅力的だとは思わない。
でも、最近は悪い人では無いのだろうなと思い始めている。助けてくれたり、庇ってくれたりしてくれて、感謝していない訳では無い、ただ言い方が腹立つ。
「だけどお姉ちゃん、付き合った人にまともな人がいなかったよね、自分の感覚に逆らうのもアリだと思うけど」
「それは言わないで!」
確かに1回目はカップルらしさも無かったし、2回目は不倫だったけど、3回目は多少まともだったんだからね!
「竜姫さんって、男を見る目が無かったの?」
「最初の彼氏がロリコンで、2人目が所帯持ちで3人目は器が小さかったからおそらく」
「竜姫さん、自分の感覚1回無視しましょ?」
私を見る目が、とてもかわいそうな人を見る目になっていたので、紅葉以外頭をはたいた。
「痛った!」
「紅葉君はしないんですか!?」
「可愛い弟にそんな事はしない!」
紅葉の呟きに首を傾げたが、苦労させている分、紅葉には愛情を存分に注いであげたい。例えブラコンと呼ばれても!
「……神様に試されてる気がする」
「しっかり育ったね」
「少し甘やかしになるんじゃ無いかなって思うよね」
「その分サッカーの監督が厳しかったから、しっかり出来たんだ」
「そこ、聞こえてるからね」
3人がこそこそ話している内容に少しムッとしてチクリと言うと、こちらを向いてごそごそと逃げ出した。ったく、私がダメ人間みたいに扱うけど、しっかりしている心療内科っていないからね! 全体的にくせ者ばっかだからね!
「……お邪魔します、虎太郎さんはいる?」
「イザベル! どうしたの?」
突然やって来た友達に私が驚くと、イザベルは手荷物の中身を私にくれた。
「これは……鬼まんじゅう?」
「……うん、虎太郎さんに頼まれて、初めてだったから試食してもらおうと思って……って言うのは口実で、タツに会って楽しい会話でもしてくれ、と虎太郎さんに頼まれたから」
ぐっ、虎太郎サン余計な気配りを……こんなのでなびかないんだから。
「ありがとうイザベル、せっかくだからちょっと話をしよう」
「……うん、そのつもりで仕事抜け出してきたから良いよ」
あの服部さんに対して、依然矯正されずに自分を貫く姿勢に、一瞬感動しそうになったけど、ただの筋金入りのサボり魔だと冷静になり、ジトリとした目でイザベルを見た。
「……ワタシが来たのは迷惑だった?」
「ううん、仕事をサボる行為をちょっと牽制しただけ、来てくれたのは純粋に嬉しいよ」
「……だって面倒だから」
「全国の社会人に謝れ!」
イザベルの頭をバシッと叩いて、反省を促した。それでも、直るとは思えないけど……。
「……働くために生きるのってどうなんだろ? 人生を豊かにするために働くんじゃないの」
な、なんだか禅問答みたいな話が唐突にスタートした……まあ、付き合ってあげよう。
「そうだよね、でも、遊びも仕事もしっかりやらないと楽しくないと思わない?」
「……でも、日本は働くために生きてるように見える。……色んな生き方をしても良いのに」
「でも、仕事はちゃんとやってね。その内服部さんにシバかれるよ」
「……夜にいつもシバかれてる、言葉や縄で」
服部さん、本当にサドだ……でも、良く考えたら2人は付き合ってる?
「……今、付き合って半年」
さいですか……でも、うらやましいと思えない、他の人からしたら、負け惜しみみたいに聞こえるけど。
「ちょうど2回目の倦怠期になりそうな時期だけど、そんなサドに飽きたりしない?」
「……仕事とアレの時以外は優しい、それに、デートの後には手紙をくれる……だからワタシも手紙で、本音と感謝を書いてる」
う、うらやましくない……うらやましくないうらやましくないうらやましくない! 絶対にうらやましくないんだウワアァァン!
「……ねえ、タツキの彼氏にするならここだけは譲れないところってなに」
「…………もう、私を大切にしてくれる人なら誰でも良い。家事も仕事も私は出来るから、どっちか出来て私に愛情と優しさをくれる人なら」
「……虎太郎さんがんばれ」
「えっ?」
私が聞き返しても、イザベルは知らんぷりしていた、教えてくれても良いのに……。
「タツキなら大丈夫な気がする、シンちゃんや虎太郎さんみたいに、優しくて厳しいから」
「あの2人って優しいの……?」
「……うん、サディストだったり俺様だったりするけど、本質は優しい。……だから少しはチャンスをあげてみたら?」
「それは虎太郎さんの差し金?」
私が疑いの眼差しでイザベルをみると、イザベルは首を振って珍しく笑顔を見せた。
「……ううん、自分の考え。……人はチャンスをもらったら必死になって頑張る、ワタシがそうだったから」
「なにがあったの?」
「……それはまた今度話す、とにかく頑張って」
そう言ってイザベルは帰って行った、ちょっと先のステージに行っているイザベルに、軽い嫉妬を感じつつも、メールの着信が来たので確認する。──そして、田邊さん発見したと来た時、元ヤンのプライドを垣間見た気がした。
ここでもごっちゃになってました。申し訳ありませんでした




