12話 騒動からの騒動
薄命の名将と世間が騒いでいる、そりゃ早逝だし名将だけど、ひっそりとさせても良いのにと私は思う。死ぬ時まで見せ物にしなくてもね。
「──ピッチャー石井、ノーワインドアップから投げましたっおおっと! 150キロが目の前を通り過ぎました」
プロ野球も開幕し、キッドたちも無事にスキャンダルを回避出来た。後から聞いたが、本当の犯人はメグさんだと聞いて驚いた。コウさんが気づいてとっさに嘘をつき、レイさんもそれを察したらしく、2人の関係も悪くならなかった様だ。
ちなみにキッドたちには教えてない、虎太郎サンも、恩人の評価を落とすし、今さらゴタゴタ言う必要は無いという意見は、残念ながら同意見だった。
「今なんか失礼な事を言われた気がするな……いい加減、知人位には格上げして欲しいけどな」
読心術でもあるのかと内心ヒヤヒヤしたが、とりあえずワイバーンズは、開幕からマイペースに勝率5割ちょいをキープしている。ただ心配なのは、レイさんのリードが、狡猾どころか凶悪になってきている事だ。
「タツ、病院の診察空いてる日あるか?」
「多少は余裕ありますよ、それがどうしました?」
藪から棒に、虎太郎サンが私の予定を聞いてきた。前に言っていたケーキの予定かな?
「レイさんのカウンセリングって頼めるか?」
「それは管轄が少し違います、カウンセリングは臨床心理士が中心になってやるんです、私は薬がいるまで酷くなった時に登場するんですよ」
「そうか、ありがとな」
「……やっぱり、ヤバいんですか? レイさん」
その問いに虎太郎サンが頷く。
「レイさんのリードは、本来なら相手をあざ笑う嫌な配球をするが、メグさんが亡くなってから、潰しにかかる凶暴な配球がありありと感じる。それが見境が無いんだ、相手への敬意が以前にはあったんだが……」
「子育て時期のハチみたいな感じですか?」
「例えが何だか……まあそんな感じだ、このままだと関係無い人まで巻き込みかねないからな」
私は虎太郎サンからメグさんの事について聞いてみる。
「メグさんって、虎太郎さんから見てどんな人でしたか?」
すると、思ったより早く返事が返ってきた。
「強くて弱い、優しくて冷酷、白も黒もある人間だ。……そう、人間なんだ」
そう言った虎太郎サンからは、どこか愛した事のある人へというよりも、敬意を払う相手への惜別の気持ちがある様に見えた。
「あの人は俺の事が大嫌いだった理由、分かるか?」
「オレ様で上から目線な上に、女子相手に落とす所ですか?」
「本当に優しくしないとな……」
虎太郎サンのぼやきはちゃんと聞き取れ無かった。聞き返そうとしたらうやむやにされ、話を戻された。
「前に言われたんだ、才能も丈夫な体もあるのに、それを無駄遣いしているのが腹が立つと。本当は嫉妬で体が焼き尽くされそうだったんだろうな、その言葉を言われてから、音楽活動を再開して、見所がある奴らにアドバイスしたり、コネを使って売り込んだりしたな」
「そんな優しさを私に分けて欲しい……」
「本気で言ってるのかお前」
まあ、半分は冗談だけど、普段の料理当番や、部屋の掃除が下手くそなみのりちゃんや準規君の部屋を掃除するのも、結構忙しいのに私の担当だし、洗濯も家事下手と部活で忙しい紅葉では役に立たず、私の仕事だ。ちょいと手伝ってくれても良いんじゃ無いでしょうか、虎太郎サンよー!
「まあ、家事労働と医療の両立を考えれば、確かに労りが少なかったな。仕事に慣れたら皆で旅行行くか」
「どこに行くんですか?」
「東京にしたい、俺が仕事を済ませている間に、タツ達は旅行を楽しんでくれれば良い」
おおっ、言ってみるもんだ。でも、東京で仕事って、割と虎太郎サンも忙しいな。そう言えば、虎太郎サンの仕事はミュージシャンだっけ、その辺の仕事も東京であるんだろうな。
「じゃあ、虎太郎サンについて行けば芸能人に会えるのかな?」
「スターじゃ無くても良いなら、一緒に来ても良いぞ」
マイナーな有望株を売り込んだりするって言ったからそうなるよね、でも逆に、未来のスターに会えるチャンスでもあるんだよね。そう考えるとワクワクしてきた。
「なあ、女子大生の間で流行っているお菓子って何だ?」
「ナンパでもするんですか?」
アラサーにもなって結婚出来ないなら、ナンパじゃ無くて街コンやら婚活すれば良いのに、全くイタい人だ、と思ったら。
「アイドルのプロデュースをしてるんだが、最近のお菓子とか差し入れでもしようかと思ってな。メンバーの年齢が大体大学生だから、イザベルに頼もうにもどういうお菓子が良いのか分からない」
「みのりちゃんとか、準規君の方が詳しいんじゃ無いですか?」
「もちろん聞くが、タツの意見が聞きたい」
うーん、ここはボケてみるか、真面目に答えてみるか……。
「鬼まんじゅうとかどうですか? マイナーで素朴な分、大ハズレはしないかなって」
「……そうだな、大ウケするかは別として、愛知のご当地お菓子として話のタネに持って行くか」
おおっ、真面目に言ったら意外と食いついた。鬼まんじゅうはういろうや◯福よりはマイナーな地方のお菓子だけど、愛知県民がここしか無いと気づかない程浸透している、芋が入った蒸しケーキの様なお菓子だ。
「そう言えば、ぼくだけあだ名で呼ばれてない」
「紅葉いつの間に!」
後ろから、いきなり声をかけてきた紅葉に驚いた。私より5センチは高いのに影が薄いのはなぜだろうか……?
「気配消してるのか? 全く気がつかなかった」
「足音を消してガン見せずに、呼吸をゆっくり吸うとなかなかバレないよ。逆に目立つ時は姿勢をビシッとしたり、人の流れに逆らったり視線を合わせると上手く目立てるよ」
いつもそれを実行してたの? 出来れば、ちゃんと自己主張する所はして欲しいけどね。
でも、意識して気配を消せるのは、簡単には身につかない。下手したら私より武術のセンスがあるけど、本人はサッカーを楽しんでいるのでそれで良いやと、私は気楽に考えている。
「それで、僕にはあだ名つけてくれないの?」
「勝手にあだ名をつけたら、タツが怒るかと思ってな……」
「よく分かりましたね、もしつけたら技をかけますよ」
「メイで良いか? メイプルのメイ、紅葉だしな」
「私の忠告無視かぁぁ!」
予告通りにスリーパーホールドをかますと、虎太郎サンは悲鳴を上げる事無く技を解こうもがいていた。その辺はプライドが高いのかどうかは不明だが、少し嬉しそうにしているのはなぜだろうか?
「こぶとり爺さん状態?」
「えっ?」
その隙に虎太郎サンは腕をすり抜けて、私から距離を置いた。その時にみのりちゃんがやって来た。
「おはようございますーあれ? 皆さんどうしました?」
「みのりさん、スリーパーホールドをお姉ちゃんがやったら、胸が当たる?」
「…………どうやってもアタシは出来ないけどねっ……!」
あー確かにみのりちゃんのくびれとっていうと、三角フラスコだね。キュキュボンという胸が無くてお尻が大きい感じの、アスリート体型の1つかな? ……って、虎太郎サン?
「私の胸で楽しんでましたね」
「……イザベルにお菓子作ってもらうために相談しに行くな」
「待ちなさいー!」
アラサー2人の、鬼気迫る鬼ごっこが始まった。この歳でギャーギャー騒ぐのもどうかと思うが、人の体で遊ぶのは許せないので、えび反り固めをガッチリ極めてやる!
「だが、実際メイにあだ名はつけたかったし、嬉しく無かったかと言われれば嘘になるが、ホールド自体は極まってたからな」
「下心があった時点でダメです!」
「……こんな大人にはならないでおこっと」
「あと10年したら、もう少し落ち着いていかないと」
あっ、 高校生たちが白い目でこちらを見ている!? 違うんだよ、子供心を忘れない様にしてるんだよ!
「ちょっと待ちなさいよ!」
「サブミッション極める気マンマンの奴に待てと言われて、待つ訳無いだろ。悪かったと思っているし」
「じゃあ待ちなさいよ!」
ビルの色んな所を逃げ回る虎を追いかけ回し、事務室に追い詰めた時に、準規君がのんきにやって来た。
「虎太郎さんーお客様ですよ」
「鬼に追いかけられているから、後に出来ないか?」
「ラッキースケベで怒られて逃げているなら、鳩尾で手打ちにしてもらったらどうだろうか?」
ちょっと低い声で現れたのは、だんごヘアを作ってもまだ余りある髪を後ろに伸ばした女性で、歳は私と近い位だが肌とか綺麗で歳を取っている印象はあまり無い。私より少し背が低くても、私より大きく見える力強さを感じる人だ。
「竜姫さん、君もそれで良いだろうか?」
「俺の了解はうグッ……!」
返事の代わりに鳩尾に1発ストレートを決めて、うずくまる虎太郎サンを放置して改めて自分から挨拶をした。
「東條竜姫です、椎名ミホさんですよね……?」
「ああ初めまして、Selfjudgeというロックバンドのキーボードをやっているのは知っているか?」
「もちろん知ってます!」
Selfjudgeは男女混合の6人組バンドで、全員がボーカルでいてそれぞれが違う音楽性という、世界でも類を見ない稀有なバンドだ。演奏技術も高く、世界で5本の指に入る実力のバンドとも言われている。
「 女性から見てもカッコ良いなぁと思いながら聴いてますよ、でも『春に恋して』みたいな優しい曲も好きです」
「その曲は1番思い入れがあるから、好きなのは嬉しいよ」
そこから、ファンとアーティストの質問コーナーな会話をした。
「『春に恋して』は初恋の気持ちを歌ったって聞いたんですけど、誰だったんですか?」
「言うのは恥ずかしいな……バンド内恋愛だったんだ、一時期付き合っていたが、突然別れ話になって、後任を決めたと同時に脱退してしまったんだ。『俺じゃアネゴを幸せに出来ない、不幸にさせる位なら別れたい』とな」
ちょっとほろ苦い初恋だった様だ、それでも良い思い出だと表情が語っている。恨みしか無かったら、穏やかな顔で失恋話を語れないだろうから。
「虎太郎さんとはどんな間柄ですか?」
「先代──虎太郎とはかつてのバンド仲間で、今は編曲を担当してもらっている。ちなみにSelfjudgeのメンバーチェンジは先代とマンちゃんの1回きりだ」
虎太郎サンが脱退してその後はメンバーチェンジは無いという事は……。
「虎太郎さんが元カレですか!?」
「驚く事は無いだろボア、顔良かったら多少はモテるに決まってるだろ。高校生だったから、金があっても無くても関係無いが、あると有利だったしな」
自分から顔が良いと言うか! 確かにモデルさんかと思う位ルックスは良いけど、謙遜しないのか。
「脱退の理由も分かって、その辺りからちゃんと友人として付き合えるようになったよ。今では後腐れ無く軽口を叩ける仲だし、旦那の仲を深くしてくれたしな」
「それはノロケか?」
「キミへの当てつけだ」
笑いながら言い合っているのを見て、なんだか良く分からないモヤモヤが心に残った。とりあえず、虎太郎サンにローキックをぶち込んでスッキリしておいた。
「どうしたんですか!?」
「むしゃくしゃしてやった、今は反省してる」
「理不尽の極みだな」
準規君への答えに虎太郎サンが芸人さんの鉄板ネタみたいなツッコミをもらったが、建前を言っただけで、本音は少しも反省するつもりはないよ。
「ふふっ、なにかのキッカケで一気に仲良くなりそうだな。先代も頑張れ」
「こんなのと仲良くなんてなれません!」
「……本当に……れ、……から」
「……ん、本当に……!」
なにやら真剣に話し合っている様だが、どんな内容か良く聞こえなかった。
聞こうと思ったら、椎名さんが慌てて話を切り出した
「それで大事な話なんだが、聞いてもらえないか?」




