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11話 女王の懺悔

流血描写があります、ご注意下さい

「……やっぱり分かるのね」

「鈍感だったら、経営者候補になって無いからな」


自慢かと蹴られても、以前の力は無い。ガンで腹水が出来たなら、取って治るレベルはもう過ぎている。


「母さん、スローイングのチェックして!」


玄が元気よくドアを開けて、メグさんに抱きついてきた。


「うん、ちゃんとやらないとカウントしないから、しっかりやるのよ」

「はーい!」

「澪はどうしたんだ?」

「あの後すぐにへばったよ、センス無いけど、何で澪は頑張るんだろ?」


玄の何気ない残酷な一言は、的を射ている。玄は凄まじい才能と、ガッチリした努力で少年野球では敵なしと聞いているが、澪はどう見ても限界が見えている、頑張ってもプロには入れないだろう。


「才能無いのは澪が1番分かっているだろう、それでも練習するのは純粋に野球が大好きだからだ、玄は野球が好きか?」

「好きって言うより楽しい、どうすれば打てるか、どうすれば抑えられるか、全部楽しい。負けると悔しいから、勝つんだ、その内父さんからポジション奪って、ワイバーンズの正捕手になって、勝ち続ける捕手になるから」


夢では無く、決定した未来を言っている所が、玄が大物になる予感を感じさせる。朝の次は昼と当たり前の事を言う様に、それは玄にとっては確定事項でしかないみたいだった。


「虎太郎おじさん2人きりで話があるんだけど、良い?」

「ああ、じゃあ澪行くか」


澪に連れられて、レイさんがよく使う2階の防音室に入ると、澪は話し始めた。


「……虎太郎おじさんからみて、やっぱり才能無いかな?」

「イラストと歌の才能は間違いなくあるぞ」

「野球の話をしてるんだよ!」


からかったのを本気で怒る位、澪の相談は本気の様だ。とりあえず、こちらも本気で答える事にする。


「分かってるだろ? 自分の事だから、1番分かっているはずだ。バッティングもピッチングも、玄どころか補欠選手にも全く及ばないのは」

「そんなこと……っ」


少しでも優しい言葉をかけてもらえるかという期待があったのか、澪は涙を流しそうになっていた。優しくするのはメグさんやレイさんの役割だ、俺は厳しい憎まれ役のおじさんだからな。


「お前は両親がプロ野球選手なのに、野球の才能は無い、皆言うだろうな、アイツは出来損ないだ、たかが親の七光りに頼るしか無い脳無しだと、大きくなってどんな状況でも言われるのが見えている、お前は何てモヤシで女顔で運動神経ゼロなボンボン坊ちゃん何だろうな!」

「それでも野球が好きなんだよぉぉっ!!」


澪の本心が、魂の叫びが鼓膜に響いた。


「才能無いし、美少女ってからかわれるし、千榎に駆けっこで負けるけど、それでも大好きなんだよ! 野球愛だったら玄姉にも負けない、いや、玄姉よりも上だって言える、才能無くて悪いか!!」


澪が怒ってくれて、嬉しく思った。小さい頃から引っ込み思案で、優しすぎるきらいがあったから、ちゃんと本音を言える様にもなって欲しかった。これだけの気概があれば大丈夫だ。


「なら、審判をやってみないか?」

「えっ……?」

「本気で野球が好きなら、プロ野球審判を目指すのも良いんじゃないか? 給料は安い、全球団のファンからヤジを飛ばされ、1つのミスでクビもある。──それでも野球が好きならやってみる価値は十分あるぞ」


俺の提案に、澪は意外そうな顔をしていた。そんな道もあるのかと、1本取られた様な、唖然とした顔といった方が正しい気がする様な、そんな顔だ。


「僕もあの場所に立てるかな……?」

「ああ、諦めず、亀みたいに遅くても毎日進めば必ず」


澪の顔は晴れやかになり、これでこの双子の心配は無くなった。後はメグさんか……。

澪が元気良く部屋を出て行き、俺も戻ろうとした時、電話が鳴った。


「もしもし、虎太郎さん」

「どうした、タツ?」


タツの電話の内容は、コウさんが犯人だと認めたという事だった。しかし、記録の大元は消去したという話だった。

……脅迫をしてまで掴んだデータを、罪の意識で手放すものだろうか? ましてや、積もりに積もったという動機だとそう簡単に止まりはしない。


タツを労い、ケーキを奢る約束をして電話を切ると、ある物が目に入った。それをチェックしてからメグさんの所に戻った。


「で、澪の話はどうだったの?」

「色々悩んでいたから、新しい可能性を示した。いばらの道だけど、それでも進む覚悟はあるみたいだ」

「……そう、まあ本人が決めた事に口出しはしないし、もう出来ないだろうからいいわ」

「……玄、澪、メグさんと話がしたいから、ちょっと別の部屋で遊んでてくれないか」

「はーい……」


玄と澪が拗ねた様に部屋を出て行ったのを見て、そこから少し沈黙した後、俺は事件の事を切り出した。


「コウがやったと言っているぞ」

「…………」

「なあ、本当の事を話してくれないか?」

「ワタシが犯人みたいな言い方ね」


メグさんは不服だと言いたげな顔をしてこちらを見ている。


「レイさんが犯人なら、自分の容疑がかかる日に記録を盗まないし、コウさんが犯人なら、自分で直接会いに行って脅すだろう」

「消去法でわたしって事?」

「他にもタツに会った時、『2人の尻拭いをしてくれてありがとう』と言っていたが、何で分かったんだ? タツは2人の事で協力して欲しいと言っただけなのに」


メグさんが一瞬言葉に詰まっている隙に、俺は更に畳み掛ける。


「レイさんに聞いたと言うのも、信用に欠ける、今回、レイさんには内密にしてと頼んであったし、事実女装を見てメグさんは驚いていただろ?」

「……もう良いわ、その様子だと証拠も押さえてるんでしょ?」


俺はSDカードを見せて、机に置いた。あの部屋に整理されているケースに、1つだけ種類が違うカードがあったので、気になって見たら当たりだった。……まあ、内容と一致していたとだけ言っておこう。


「嫉妬したのよ、いつ死ぬか分からない、元々家系的に体が弱かったし、そこまで長くは生きないだろうなって思ったけど、現役の終盤で吐血してその後ガンが進んでたのが分かった。それなのにキッドは才能があって、怪我もなく野球を楽しんでる。ひぃなんてわたしが行けない所まで行くだろうし、子供の成長を見れる。どこまでわたしを打ちのめすのって」


……理解は出来る、それでも納得は出来ない。いくら才能に嫉妬しても、子供の成長が見れなくても、仲間を裏切る事はしないで欲しかった。


「罪を反省しながら、残りの人生を送ってくれ」

「そうね、だけど制裁はっ──!」


突然口を押さえたメグさんの手から、黒い血が溢れた。胃ガンの吐血特有の胃酸臭のある匂いが辺りに立ち込めた。

俺はすぐに横にさせ、顔を横に向けて気道を確保する。


「──もしもし、救急車をお願い出来ませんか? 知人が吐血しました、かなりの量です。場所は──」


携帯に電話して救急車を呼ぶ、その時、タツの声が聞こえた。


「虎太郎さん、どこにいるんですかー」

「タツ、氷嚢を持ってきてくれ! メグさんが吐血した!」


部屋を飛び出し、タツを見つけると大声で指示を出す。すぐに持ってくる辺り、流石医者と感心した。


「ありがとな」

「失礼します──腹水、胃酸臭の黒い血、しこり……胃ガンの可能性が高い、しかもかなり症状が進んでる──救急車は?」

「呼んである、後は血を集めて欲しい」

「……医者やれそうな冷静さと知識ですね」

「応急処置程度だ、大した事無い」

「メグさん!」


レイさんが玄と澪を連れて、部屋に駆け込んできた。すぐにメグさんの手を取り、泣きそうな顔を必死に堪えて祈っていた。


「メグさん死なないよな、大丈夫だよな?」

「血を吐いている時に喋らせないでください、悪化します」


タツがレイさんに自制を求めると、レイさんはタツの方を向いて頭を下げた。


「お願いします、メグさんを……メグさんを助けてください!」

「……レイさん」

「俺に出来る事は何でもします、臓器でも何でも提供します、だからっ!」


タツの顔が曇った、これだけ頼まれても助ける事が出来ない事の無念さが伝わってきた。そして、それを伝える事の辛さも。


「……私たちが施せる状態を過ぎてます」

「っ……! あなた医者だろ、何で救えないんだよ!」


なるべく淡々に伝えたタツに、レイさんはやり場の無い怒りをぶつける、もちろん筋違いなのは、レイさんが1番分かっているだろうが。


「……申し訳ありません」

「ねえ、お母さん死んじゃうの?」


玄が不安そうな顔で、大人たちを見ている。レイさんは動揺しているし、タツは距離が離れすぎている、だから、俺が言わないとな。


「……死んじゃう日は近い、今日かも知れない、夏まで生きるかも知れない、でも、もう覚悟しないとダメだ。メグさんも覚悟した、だから思いを伝えるんだ。伝えられなくなる前に……っ」


なるべく冷静に言ったつもりだった、偽装の夫婦だったし愛も全く無かったが、それでも親しい人が死ぬかも知れないとなると、抑えられないものがあるよな……。


「母さんー!」


玄と澪は、メグさんに泣きながら抱きついた。


「ワタシ絶対にプロ選手になるから! どんな事があっても逃げずに頑張るから!」

「母さんも諦めないで、僕も絶対に諦めないから!」


やがて救急隊が到着して、メグさんを運んで行った。



☆☆☆☆☆☆



「もうそろそろね、わたしも長くない」

「……それは」

「いいのよ竜姫さん、余命宣告の1ヶ月は過ぎてるから、いつ死んでもおかしくないのよ」


大人数で行くのも悪いし、ボアもムサも紅葉も用事があったので、タツと2人でメグさんの見舞いにやって来た。俺とタツの応急処置の甲斐あって、何とか一命を取り留めたが、メグさんの体は限界に近づいていた。


「そうそう、サインを書いてあげるわ。色々と苦労をかけちゃったし、キッドの幼なじみだから、販売してない親しい人用のをね」


筆ペンで書いたサインは、売っているサインとは違い漢字を崩すのでは無く、Megと筆記体で書き、横に背番号の29とバットをクロスさせ、キャッチャーマスクを中心にした絵を描いた。転売防止目的で、東條竜姫さんへと書く所はしっかりしていると思った。


「ありがとうございます、絵上手いですね」

「レイも上手いけど、あれはすさまじいわね。ワタシは万人受けするタイプの絵かな? キッドには敵わないけど」


キッドはアニメ絵でも絵画でも、幅広く描ける。イラストで食っていけると思う程だ。そして、以前見せてもらったレイさんの絵は、どんなものを描いても、人の闇の部分を見せつけられる様な絵になっていて、それ以降レイさんは大丈夫なのかと心配になった。絵自体は上手かったが。


「……なんだか、最後はゴタゴタしちゃったけど、あなたたちには感謝してる。最後に大切なものを、ちゃんと確認し直せたから」


体調も考え、そろそろ退出しようとした時、メグさんに声をかけられた。


「そうそう、好きな子を振り向かせたかったら、ちゃんと優しくしてあげなさい。オレ様が強いから、バケツプリンくらいの、大きくて甘い優しさで包んであげなさい」

「へー、虎太郎さん、誰か好きな人でも出来たんですか?」


……少女マンガみたいなお約束だな、追いかけられる方になると鈍感かよ。ぐっ、メグさんも哀れむ様な目でこちらを見ている。早い所頑張らないとな……。


「まあ、頑張りなさい。ワタシも友人として応援してあげるわ」


その言葉が、メグさんと話した最後の言葉になった。その後、メグさんが亡くなったと知らせが来たのは、3日経った時だった。

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