1話 一難去ってまた一難
「てやんでえ……」
私は江戸っ子でも三河っ子でも無いが、人生で何度その言葉は言ってきただろうか。
私東條竜姫は、自分で言うのもなんだが文武両道で容姿端麗の才女と高校・大学ではかなりもてはやされていたが、今はアラサーで無職、がけっぷちも良いとこの厳しい状況下に置かれている。
何故か? それは実力は持っていても持っている運は悪運だけという残念系女子だからだ。宝くじに当たるよりも事故に当たる確率が高めというが、自転車に3度、車に2度程当たっているのに宝くじには100円すら当たらない。5000円分10回買って100すら当たらないって、どうなっているんですか神様仏様よー!
……と、私1人なら破れかぶれになってもしょうがないが、もうすぐ高校生になる、歳の離れた弟、紅葉が独り立ちするまでは、食べるのに困らせる訳にはいかない。本当になんでだろう。横領して不祥事を起こした医者の責任を無関係な心療内科医が責任を取るって、院長の息子を拒否したから? 横領していたのはその息子さんなのに……まあ、だからと言うのはあるけれど。
親は結婚が認められなかったから逃げてきて親族は頼れないし、その親も温かく空から見守っている。……はずだ、死んだらどうなるか、医者でも分からない。それはともかく、今はカネなしカレなし職もなしの3重苦に見舞われ、あるのは奨学金と家賃の督促状。この状況をどうすれば良いんだ……。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「うん、紅葉。紅葉は心配しなくて良いよ、私に任せて」
と、その時電話が鳴った、受話器を取ると、明るい声が聞こえてきた。
「もしもし〜タッちゃん? ヤケになって警察の厄介になろうとしてないよね?」
「私を何だと思ってるの、茜……!」
この失礼な事を言ってきたのは、親友の水野茜、明るいのか軽いのか分からないが、人の心に上手く立ち入り、世渡りの達人な新聞記者だ。先程横領の責任を吹っかけられた時、何とか捕まらなかったのは、茜の記事のおかげで、何とか逮捕歴がつかなかったのは感謝しているが、横領の事を暴露したのも茜なので、結局プラスマイナスゼロにならず、むしろマイナスになった私に何とか職を探してもらっていた。
「にしても、恐ろしい運のなさだよね、自分で探した求人情報全部締め切った直後って、厄病神にでも憑かれているんじゃない?」
「私が何をしたって言うのよ……」
茜の指摘に私は辟易する。実際に、本当に憑かれているんじゃないかと思える人生を送っているものだから、シャレにならない。
ともかく私は、仕事探しを手伝ってくれる親友にある程度期待を寄せた。
「それで仕事は何かあったの?」
「あったよ〜運勢も変えられそうな仕事が」
おおっ、こんな一石二鳥の、私には10年以上ぶりの幸運じゃない! どんなのだろうか。
「偽装結婚の相手を探しているんだけど」
ガチャリ!!
何だがまた厄介な事態に陥りそうなフラグが、ズドーンと立った気がしたような……。
そしてまた電話が鳴った、相手は分かっているが、一応確認する。
「嘘じゃないし、これ以上ない内容なんだけと」
「これ以上ない厄介事の案件でもあるよね?」
盗塁王が塁に出た並みの警戒心を持っていると、茜は事情を話してくれた。
「雇用主が結構な金持ちなんだけど、周りが結婚結婚ってうるさいから、誰か金に困っている人を紹介して、夫婦のフリしてくれる人がいないかって相談されてね。年齢的にも同じ歳の竜姫がいるじゃんと思って」
「拒否権とかはあるよね?」
私が恐る恐る聞いてみると、茜はたははと苦笑いした。
「竜姫を勝手に紹介して、明日ご対面のセッティングしたから、少なくとも会ってみてよ。報酬は職場紹介と、家賃タダでモッくんと一緒に住めるようにするって」
ぐっ……かなりの高待遇だ。紅葉の事を考えれば、今の状況を打破出来る唯一の手段と言っても良いんじゃないんだろうか、私たち以外住んでいない趣のあるアパート『尾張荘』に家賃を払える目処が立ったし、上手くいけば奨学金も返済出来そうだ。偽装結婚がどれだけ続くか分からないが、最悪紅葉が何とかなれば良いのだから。
私は時間と場所を確認し、電話を切った。紅葉が悲しそうな目で私を見ていたので、明るく振る舞う。
「どうしたの?」
「お姉ちゃん、お腹が空いた……」
「お昼だね、じゃあスダチヤラーメンでも食べようか」
まさか明日の出会いが、七難八苦を与えられた上に、七転八倒しまくっている人生を変える事になるとは、私には分かるはずもなく、名古屋が生んだご当地ラーメンを紅葉に作ろうと戸棚を開けた。
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お見合いの様なものなのに、顔も名前も住所も一切分からない中、指定された喫茶店に紅葉と一緒に到着した。一緒に住むなら、紅葉の面倒も見てもらえる人でないと絶対に首を縦に振らない、顔は別に良いからそこは譲れない。
前に運が無いと言ったが、男運も私には無い。3人付き合った事があるが、散々だった。
1人目は高校2年の時、初めての彼氏に喜んでいて2ヶ月、衝撃のカミングアウトを言われた
「やっぱり俺は、身長も胸も大きい女の子は好みじゃない。背の小さくて胸も控えめな女の子が好きなんだ!!」
その時はシャイニングウィザードかまして別れましたよ、いくら173センチでEカップだからって言ってそれは無いでしょ……。
彼は何故私と付き合ったりしたのか分からないが、技を繰り出して倒れていたら、後輩でどストライクの女の子が介抱したそうで、その子とゴールインして私は結婚式に出席した、恋のキューピッドとはいえ何のイジメか……。
2人目は大学5年生に10歳年上の出来るサラリーマン。大人の余裕もあって上手くいっていたと思っていた、……相手に奥さんがいると知るまでは。
知った直後に奥さんが現れて、ドラマで見る修羅場に遭遇したよ。実際に包丁で襲いかかられて、死ぬかと思ったけど、『嫉妬して欲しくて興信所から派遣させられた、嘘の愛人なんです。本当は旦那さんは奥さんを愛しているんです』と上手くデタラメを言ったら何とかなった。
その後は浮気せずにラブラブと風の噂で聞いたが、2度と年上の大人に恋をしないと固く誓った。
3人目は研修医になって付き合いだした1歳下の後輩で、本当に結婚も考えた位相性が良かったが、紅葉と一緒のデートが多く、ある時彼がキレた。
「先輩は僕と紅葉くん、どっちが大事なんですか!」
「断然紅葉!!」
無意識のうちに私は叫び、彼は去っていった。……分かってる、私が悪いのは、だが、大学1年で両親が他界し、一切頼れるものが無いのに紅葉を見捨てる事は出来なかった。その後は恋愛に縁がなく、今に至る。
そんなダメ女の思い出は置いておいて、店内に入ると、あまり明るく無く落ち着いた店内に、ご年配の方がやってそうな予感がした。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
ウェイターの男性は私と同年代位で丁寧な対応を見せているが、昔ヤンチャしてましたよねと、何となく言いたくなる底知れないものが見え隠れしていて、なるべく怒らせない方がいいタイプと判断した。
「2人ですけど、後で2人来ます」
「かしこまりました、どうぞこちらへ」
案内された奥のテーブル席に紅葉が奥に座り、私が手前に座ると、ウェイターさんは奥に下がり、代わりに金髪碧眼の綺麗な女性がおしぼりと水を持ってきてくれた。
「おしぼりとお水……注文はあれを見て」
そう言って女性は去って行った。ぶっきらぼうな言葉使いだが、物の扱いは丁寧で、おそらく人と話すのが苦手なだけな人だと思った。だけど、早い所慣れた方が良いのは間違いない。
見ず知らずの同年代と思う女性におせっかいな事を思っていると、店内のベルが鳴った。
「タッちゃん、待たせたな」
「古いギャグは良いから」
リーダーと言われた芸人のギャグをしながらやって来た親友を、バッサリ斬ると、ぐはっと呻いて打ちひしがれた。
「タッちゃんの鬼……」
「勝手に縁談を持ちかける方が鬼だと思うけど」
「お姉ちゃんが失礼な事を言ってすいません」
「良いよ紅葉クン、キミが謝ることじゃないから」
そう言いながら茜は、紅葉の前に座る。私は相手がまだ来てないのか、茜に聞いた。
「すぐに来るよ、電話していたから、それが終わったら店に入るって言って私が先に来たから……」
「お待たせしました、電話が長引いてしまって」
やって来たのは、クールな王子様といった感じの、男性だった。アイドルというよりモデル顔で、さぞかしモテるだろうなぁと、他人事みたいに思っていた。
「女性を待たせるのは良くないよ、いくら顔が良いからって調子乗らない」
「返す言葉か無いです……とでも言っておけば良いですか?」
結構腹が立つ言い方の相手に、何とか平常心で自己紹介をする。
「初めまして、東條竜姫です」
「弟の紅葉です」
「西郷虎太郎です、貴女がだめんずに引っかかる醗酵……いえ薄幸の美女で、隣のしっかりしている好青年が、弟さんですか」
「今、私にだけ物凄く失礼な事を言いませんでしたか?」
引きつった笑顔で、何とか言うと、西郷さんは頷いた。
「しっかり言いましょうか? 男を見る目が腐った、才色兼備な分残念さが際立つ竜姫さん」
私は目の前にいる男の胸倉を掴んで首を締めようとした。が、西郷|(こんな人は呼び捨てで充分だ)は、日頃鍛えている私の手を引き離し、平然としていた。
「失礼な事を言った私も悪いですけど、貴女は簡単に手を出す人なのですね、カルシウム足りてますか?」
バカにされて腹が立つが、これが偽装結婚の相手だと信じたくない私は一縷の望みで茜に尋ねる。
「ねえ、これが私の旦那になる人じゃないよね?」
「なんなら紅葉クンを見てあげるから、2人で将来の話をすれば?」
「出来るかー!!」
明らかに相性の悪い人と結婚するハメになったら、雄叫びを上げるのも無理はないと認めてほしい、私は絶対に悪くないと思う。