仲直り
プロローグ
――気持ち悪い。
そう言ってやった。そう言ってしまった。久しぶりの再会は、最悪の再会になってしまった。
だけど、これでいい。これでいいのである。やっと、それで結城静自身の気持ちを理解できた。
――結城静は桐生綾香を好いている。
彼女が何も言わずに立ち去ったときの表情、あの時と一緒だった。告白されて、気持ち悪いと言って、何も言わずに去っていたあの時と……。
結城静の心境さえ、あの時と酷似していた。考えても理解できない苦慮を秘めたような悲哀。今度は、泣きはしなかったが自分自身を手にかけようと思う次第であった。
そうでもして、同様の台詞で彼女を怯えさせ恐怖を与えたのは利己的な事である。だが、結城静の悪癖上また強い偏見を押し殺そうとするには、そうでもしないと無理な話なのである。
結城静は、地上に落ちた彼女の白猫のストラップのついた携帯を拾って、それを理解し考える。
どうすれば彼女と仲直りできるか。それは、自らの悪癖を裏切るもので難題であった。
1
夏休み前日の終業式。クラス内では、ひっきりなしに夏の予定を話題にしていた。まだ気が早いようにも思えるが、彼女たちは本日さえ夏休みの範疇だと言わんばかりに話題に長けていた。
そんなクラスの定番的風景に嫌気をさしながら、結城静は席についた。
「今日は遅めの登校だねー」
「うっさい」
隣の席で微笑みをかけるのは、朝風真奈美だ。中学からのよしみで長い付き合い。去年のクラスでは、隣の席だったが、高校に上がっても同じように隣の席に彼女がいるなんて呪われているんじゃないかと疑いたくなる。
「楽しみだよねー、夏休み! 私はね、雪ちゃんと海外旅行に行くんだー」
「あっそ」
そんなこと聞いていないといわんばかりに、冷たく言い放った。
「どこ行くと思う? どこだと思う? 正解はー、イタリアなのー」
クイズにもなっていないし、イラつくいいようである。ハネムーンか、と突っ込みたくなる。
「年末はハワイにいくんだー」
「芸能人かっ」思わず彼女のペースに乗って突っ込んでしまった。
「ふふ……、元気だね」
急に彼女は神妙な面持ちでいった。
「はあ?」
「だってぇ、クラスに入ってくる静ちゃん、なーんかスッキリしない顔つきだったんだもん」
彼女はクスクスと笑っていった。
「あっそう……」
何かを見抜かれたように思ってそっぽを向いた。
「ねえねえ、知ってる?」
「なにを……?」と、彼女のほうを見ずに苛立って聞く。
「静ちゃんは優しい子!」
「そう」
と、淡白にいう。
「あなただけよ、そういうのは」
「ふふ……」
彼女は小さく笑みをこぼした。それに釣られて、結城静もまた小さい笑みを隠すように綻びた。
さて、結城静の桐生綾香との仲直り作戦はここより始まる。
綾香が地に落として忘れた携帯電話を持って、ある喫茶店でとある人と待ち合わせをしていた。
昨日、そのとある人にはある話をして、まあ釣ったという言い方をすれば悪い言いようであるが、静は呈の良い話をその人物に向けて喫茶店へと誘った。
まあ、しかし、こうも都合よく行くとはその人はよくもまあ学ばないものである。姉からことある度に愚痴を聞いているだろうに二度かかるもので驚くばかりだ。
しばらくして、彼女は訪れる。
時間は夕方だ。その時間は、彼女が指定したものである。中学生の彼女は夏休みに入って、午前中に部活動をしているのである。その都合ゆえに、夕方での待ち合わせになっていた。
「ゆ、百合はどこにっ!」
なんていう言葉を小さく言って入ってくる、と彼女は、悠然とコーヒーを飲む静を見つけると興奮した様子で近づいてきた。
「こ、今度は本当なんですよね! 私の好きな! もなりさんの新刊を手に入れたって! あれ委託してなかったじゃないですか!」
「落ちついて、夏奈子。とりあえず、座って何か頼んだら? 奢ってあげるわよ」
と、静は淡々と落ち着きを払っていった。
「……わかりました。えーと、オレンジジュースをお願いします」
彼女は落ちついて、静の前の席に座ると飲み物を頼んだ。
「ご飯はいいの?」
「はい、姉ちゃんがご飯作って待ってくれていますから」
「へー、あかりんは優しいおねえちゃんだね」
「結城さんにもいるじゃないですか?」
彼女の質問に一瞬戸惑った。
「そうね……」
静のはっきりしない応答に、夏奈子はなんとなく怪訝になった。
夏奈子の元にオレンジジュースが来て話が始まる。
「で、本当、なんですよね!?」
彼女は急き込んで責め立てる。それに対して、結城静は淡々としていて、外の景色を眺めていた。
「ちょっと! 聞いていますか?!」
「ああ、ごめんごめん。何の話?」
「もなりさんの新刊ですよ! はあー、もなりさんの姉妹百合は最高なんですからねぇー。特に新刊のはろみなの双子本は私たち百合界隈で話題になっているんですよ!」
「知らないわよ……」
呆れた素振りでそうつぶやくと、机上においてある自身の頼んだコーヒーに一口、口につけた。
「はあ……、また釣ったんですかあ……」
と、彼女は腰掛に重く背を圧し掛かってうなだれた。
「私もう帰っていいですか?」
「まあ待ちなさいよ」と、冷静にいう。
「待つも何も姉ちゃんの友達っぽい人と一緒にいる理由はありませんよ」
「友達っぽいじゃなくて友達だから」
「愚痴言われ続ける人が友達だとは思いませんけどね……。てか、私に話が会ってわざわざ釣ったんですよね? 用があるなら素直に言ってほしいです」
彼女は文句をつらつらといった。
「……まあ、そうよね」
と、言いながら残ったコーヒーを飲み干した。
「私さ、仲直りしたい人いるんだよね」
静は本心を小さな声で吐露した。夏奈子は途端に目を丸くさせた後に、盛大に破顔した。
「あははっ……、結城さんがそんなこというんですね! 姉ちゃんからは、排他的な一期一会な人間関係をしている人って聞かされていたんで、関係を取り戻したいとか考えるんですね!」
静自身認めたくないが、彼女の姉である水瀬灯里のいう人間関係の表現は的確なものである。だが、それにはやはり苛立つものである。
「はあ……うっざ」と、イラつき気味に息を吐いた。
「で、それって誰なんですか? もしかして、転入した原因が関わってます?」
彼女はニヤリと笑みを浮かべていった。
「ちっ……、そこまで聞いてんだ」と、肘をついて顔を隠すようにいった。
「だって、姉ちゃん冬以降から結城さんの愚痴が増えましたし、ずっと結城さんの話題で持ちきりでしたよ」
そこまで、結城静の話をするのなら灯里は本当はそこまで自身を嫌ってないんじゃないかと思う。だからといって、良い気分にはならないものである。
「でも、転入の原因って具体的に何があったんですか? それだけは、姉ちゃんから聞かなかったんですよ」
自分の汚点を易易と語るわけがないと、内心冷めていた。
「そんな事言うわけないじゃん」
「仲直りしたい相手が関わっているんですかね?」
彼女の躊躇しない質問に、面倒そうに答えた。
「……そうね」
「あーやっぱり! ……でも、結城さんが私なんかに言ってまで仲直りしたいだ、なんて素敵な相手なんですね」
彼女は神妙な面持ちでそういった。
静も内心驚いていることだ。人との関係など、軽んじて思っている。簡単に引っ付こうと思えば引っ付けるもので、剥がすこともまた安易なものだ。だが、一度剥がれたものを再び引っ付けるのは難しい。だからこそ、静は再び引っ付けるなど考えやしない。なのに、静は――桐生綾香との絆を取り戻そうと思案している。
「……そう、かもね」
静は曖昧にいった。
「でしたら! これに誘って見てはどうですか!!」
と、彼女は多少興奮した様子を見せてカバンの中を漁り始めた。それを怪訝に見ていると、彼女はカバンの中から一枚のチラシを取り出した。
机上に置かれた一枚のチラシ、静はそれを読み上げた。
「夏祭り……?」
チラシには花火を背景とした、まさに夏祭りと呼ぶべき風景が撮されていた。
「はい! 八月の第一日曜日にあるんですよ。私、友達と二人で行くんです」
「あ、そう……」
チラシを手に取ってまじまじと眺めた。
「これなら誘い易いんじゃないですか? なにせ、夏祭りですし」
「なにその根拠」
「祭り事が嫌いな人はいませんから」
そういう夏奈子だが、静自身人ごみの多いところはあまり好きではない。おそらく、桐生綾香もそうであろう。
「あんまり、いい提案じゃなかったわね」
と、いってチラシを畳んで夏奈子に返した。
「えー、そうですかね……いいと思いますけどね」
夏奈子は文句を言いつつチラシをカバンの中に戻した。と、そこで味気のない着信音が鳴った。
「結城さん携帯鳴ってますよ」
「え、ああそうね」
小さめのカバンからそれを取り出す。とった携帯は白い猫のストラップがついたスマホであった。その画面に映し出されているのは――西条莉奈、という人物の名前。
――私の知らない人だ……。あの通学路で一緒にいた人?
と疑心になって、無意識にスマホの受話器をおそうとしたところでスマホの着信音はなりやんだ。
「取らなくて良かったんですか?」
「別に急用じゃないからいいわ」と、もどかしくいった。
そもそも、綾香の携帯を取ろうとは思わない――だが、西条莉奈という人物が少々気になっていた。
「……私、帰るわ」
「え、仲直り作戦まだ終わってませんよ!」
「なにその名前……、別にいいわよ。後は自分で考えるから」
「そ、そんな! 結城さんなんかに任せたらまたややこしくなりますよ!」
「あんた……随分乗り気ね」
「の、乗り気じゃありませんよ! ただ、ただ百合の波動を感じただけ――って何も言わずに帰らないでくださいっ!!」
と、彼女は焦燥していう。
「あ、そうね。お金を置いていくの忘れたわね。……はい、会計しといて、お釣りは貰ってていいから、じゃあね」
「え、え……ちょっと結城さん!」
彼女の声も聞こえないままに、早口にそして足早に喫茶店を出た。
喫茶店に出て一息をつく。まだ日を照らす空を見上げて、今度は大きなため息を吐いた。
静は喫茶店を一瞥すると、足早に動き出してカバンの中から白猫のストラップがついた綾香のスマホを取り出した。
朦朧とした足取りで、静が目指した場所は桐生綾香の家の前であった。
彼女の家の場所を知っているのはストーカーじみた行為をしていたからである。できれば、そうした行為ではなくちゃんと彼女の口から聞いておけばよかった、と今更ながら後悔する。
綾香のスマホを強く握る。すると、ふと声がかかった。
「こんばんわ」
驚いて振り向くと、淡い色彩でデザインされたミニのワンピースを来た可愛げな女の子が立っていた。見た目からして、静と同年齢に感じた。
「こんばんわ……」少し無愛想にいった。
「この家に何か用ですか?」
彼女は怪訝にそう聞いてきた。
「ええ、この携帯を届けようと思って」と、冷淡にいう。
「そうなんですかあ……。私、今からこの家に入るところで、代わりに私が届けますよ」
彼女は静の承知も待たずに、携帯を取り上げた。そのまま、彼女は玄関口に立ってインターホンを押した。
「ちょっと――」
「人の親切は心意に受け止めるべきだと、思いませんか?」
彼女は振り向いていった。その顔は、笑顔を繕ったものであった。
インターホンから声が聞こえる。
『はい、どちら様ですか?』
「あ、私だよ。西条莉奈です!」
『あ! 莉奈さんですか! いま、玄関開けますね』
インターホンから聞こえた主は、綾香の妹、千夏だ。
「……ほら、早く帰ったらどうですか? これはちゃんと私が届けますから」
と、彼女は見せつけるように綾香のスマホを振ってみせた。
「ちっ……」
悪態をついて静は離れる。何か言い返してやればよかったのだろうが、あの西条莉奈――どうにも馬が合わない気がする。彼女は笑みを繕っていたが、そこには明らかな敵意を感じられる。なぜ、そうなのか。直感していた。
桐生綾香についてだろう。
カバンから自身のスマホを取り出して、それに取り付けられている黒猫のストラップを眺めた。
2
窓から見る景色に、昔友達だった人が立っていた。
その昔友達だった人は、昨日大いに心底を傷つける事を言ってきた。その言葉、今でも思い出したくない出来事で言っていた言葉で、その言葉を反芻する度に昨日の夜はよく眠れなかった。
だけど、その言葉から想像もつかない行動が昔友達だった人に見られた。それが、自身の携帯を握りしめて家の前に立っている風景であった。
「……静ちゃん」
彼女の名前を呟いた。彼女の前から姿を消して、もう呟くことのないだろう名前。仲が良かったはずの頃を思い出して、小さい涙を零した。
玄関前にいた結城静は、後から来た西条莉奈と何か会話をして莉奈は静から綾香の携帯を貰っていた。それから、しばらく静は玄関近くにいたが、去ってしまった。
それを少々残念に思って、ベッド上に転がった。
――仲直りしたいな……。
その思い傲慢だろうか。自らの心情を吐露した挙句、元通りを望むなんてやはり気味の悪いことのように思える。それに、女として告白した思い……。それを一蹴されたことが、一番引きずる。
――こんな私と一緒にいたいはずない、よね……。
今まで自分の世界しか持っていなかったのだ。彼女に一蹴されて初めて、同性愛が異端であると気づいたのである。
桐生綾香は思案する。そうだとしても、和解はしたい。過去の出来事がそう思わせる。実際、一緒にいることが多くて、出会いは最悪だったけど長い事一緒にいて楽しかった。――だから、それ以上の関係をいつの間にか望んでしまっていたのだろう。
綾香は枕に顔を埋めて涙を隠した。
と、部屋のノック音が聞こえた。小さい返事をすると、見知った人が入ってきた。
「元気かな? 綾香ちゃん」
「……莉奈ちゃん」
と、ベッド上からのそっと起きて彼女の可愛げな眼差しを見上げた。
「どうしたの? なんか悲しいことでもあった?」と、彼女は自然な動きでベッドに腰をかけた。
「え、あ、い、いや……なんもない、よ」
と、悪癖を発動させて歯切れ悪くいった。
「そう? あ! これ昨日行ったアクセサリーショップの前に落ちてたよ」
彼女はそういって、左手の薬指につけたリングをチラリと見せつけ、綾香の携帯を取り出した。
「え? ……あ、ありがとう」
一瞬当惑する。先ほど、窓から見た景色では静が持っていたような気がするが、あまり気にしないことにして、受け取った。
「もう、落としちゃだめだよ」
「う、うん……」
小さく返事をした。
しばらく、空虚な時間が流れる。その間、綾香は携帯についた白猫のストラップを弄っていた。
「あのね。今、夏休みでしょ?」
彼女は急にそう話を口にした。
「え、そう、だね」
「だからさ! 夏祭り、一緒にいかない?」
「な、夏祭り?」
驚いて目を見開いた。
「そうそう、夏祭り! 今度の日曜にあるんだ! だからね……私と一緒に……」
「じゃ、じゃあ水瀬さんも一緒だねっ」と、提案する。
「……ダメだよ」
と、儚げに言っていた彼女は小声で呟いた。それは、綾香には聞こえず聞き返した。
「いや……、水瀬さん部活あるし、水泳部は忙しいみたいだよ!」
「そ、そうなんだ。それは残念だね……」
「うん、だから、水瀬さんには悪いけど二人でいこ!」
彼女のその提案。正直、人ごみは苦手だが誰かと一緒に行事に参加するなんて、友達らしいことで興味がある。
「……うん。行こうね、莉奈ちゃん」そう答えた。
莉奈は素直に笑顔をほころばせた。
●
もしも、地球を特大のアイスボールと例えたのならば、ほんの数分で地球の一部が液体となって宇宙に数々の球体を転がすのではないかと思うほどの暑さだった。
半袖やミニでその暑さに抵抗しようと思うが、そうやって油断をすると肌が簡単に焼けてしまうとガッチリとした服装で水瀬灯里は外に出ていた。
時期は、八月の一日。日の経ち方は早いものである。ついこないだ。結城静との一件があって終始ヒヤヒヤしたものだったか、どうにか大事にはならなかったようである。その証拠に、西条莉奈から綾香との夏祭りに行く計画を立てていると話を聞いていた。
まあ、しかし、結城静のことが終わったかどうかも判然としない上に、西条莉奈がいつ狂気に駆られるか判らない。――正直、心労は解かれていなかった。
「はあ、あっついな……」
こんなに暑いなら心労まで溶かして欲しいものだと思うものである。
灯里が今外に出ているのは、お買い物である。愛おしい妹のために、夕食を提供するために食材の買出しに外に出ているのである。両親は、しばらく不在であるためここ二年間くらいは姉である灯里がご飯を作っている役目である。
買い出しは良いのだが、やはり空が暑い。肌ヤケを嫌って、日焼け止めに重ねて長袖とタイトスカートと着ているために暑さが酷く感じられる。
ここは一旦、近くの自販機から水分を摂取して休憩に勤しむことにした。
「んー、なにしよっかな……」
そう迷って選んだのはオレンジジュースである。
蓋を開けて、どこか座れそうなベンチを探す。と、自販機の近くに丁度良いベンチがあったのだが、先客がいた。
「……はあ」
その人はため息を吐いていた。
灯里は少々違和感を覚えた。その人、彼女はどこかで見たことある釣ったような目つきをしていた。だが、それにしては穏やかそうで大人びている。
「……あの隣、いいですか?」不躾だとは思ったがそう訊ねた。
「え……あ、どうぞ」
と、彼女は買い物袋をどかして席を譲った。
「今日は暑いっすね」なんて口にした。
彼女は手に持っている缶コーヒーの淵を指先でなぞっていう。
「そうですね……」
もどかしい沈黙が流れる。お互い初対面ゆえに、当然の空気感なのだが、灯里はオレンジジュースを美味しそうに飲んでいた。
お互い話題も見つからず、空虚な時間が経つ。その間、彼女はしきりに携帯を取り出して何かを確認していた。
「誰か待っているんですか?」
と、灯里は気になったことを訊ねた。
「あ……いや、返事を待っているんです」
「返事?」
返ってきた事に、また疑問で返した。
「はい……、私には妹がいるんですけど……、ちょっと嫌われているみたいで……」
ちょっとどころじゃなさそうなくらいの面持ちでいう。
「それは……お気の毒ですね……。私にも妹がいますけど、嫌われて、いないと思います」
そういうと、彼女は興味を示したのか顔を近づけて訊いてくる。
「あ、あなたはどういう姉妹関係なの?!」
「え? そこらへんの姉妹と変わらないと思いますけど……、ただうちは親が仕事でいないから、しばらく妹と二人きりで暮らしています」と、驚きながら淡々といった。
「私ん家と同じ! 私の家も親いなくて、妹と二人きりなの……」
一瞬、興奮した様子を見せたがだんだんと落ち込んでいった。
「妹さん、反抗期なんですか?」
「反抗期っていうか……、そうね、少し距離が近かったのかも……」
「?」
彼女は一人納得していた。
「親がいないから、私がなんとかしないとって思って……。親がいない分、愛情を注がないとって思うの。今、思えば過保護で、嫌われちゃったのかも……」
彼女は携帯の画面をゆらゆらと小さく揺らしながらそれを眺めていった。
なぜだが、どこかで聞いたことあるような話であると、不審を抱く。だが、浅く思案したところでその正体に掴めず灯里は慰めるようにいう。
「姉が嫌いな妹はいませんよ」
「へ?」と、彼女は若干涙を見せる目をこちらに向けた。
「いつかその愛情は伝わりますよ。まあでも、少し距離は離したほうがいいですけどね。私の知り合いの子は、粘着質でウザったい姉がいるーとかボヤいていましたから」
と、アドバイスをいった。
「そう、なんだ。うん、ありがとう。元気出た!」
彼女は陽陽と立ち上がって買い物袋を持った。
「あ、これあげるね」
といって、彼女は買い物袋から漬物を取り出して灯里の手に渡した。
「漬物?」
「そうよ。本当は自家製のをあげたいんだけど、手持ちにはないからね。じゃ、ありがとうね!」
彼女はそういってこの場を去った。
渡された漬物は、夏の暑さのせいで生暖かかった。いち早く、冷やして上げたいと思い自分の買い物を急ぐためにベンチから立つ。
飲み終わったオレンジジュースのペットボトルをゴミ箱に見事投げ入れると、スーパーへと駆け足で向かった。
3
朝一のことである。
――今日の夏祭り一緒にいこうよー。
そううざったいメール文を横したのは朝風真奈美であった。
無論、その文面には一蹴で返し、皮肉のように彼女はどうした? なんて送ると、
――雪ちゃん、忙しくて中々会えないのー。どうせ、暇でしょ? いこうよー。
と、懲りずに誘ってきた。
しつこい上に、静自身そこまで行きたいものではないが、彼女に念を押されると断る術を無くされる。
渋々了承すると、昼時から喫茶店集合だと、お早い集合時刻と場所を示してきた。
しかし、昼時だというのなら朝の六時に連絡してくるなと言いたいものである。無駄に、早い時間に起きてしまった。
このまま二度寝をしてしまうのは愚行だと思いそのまま起きることにした。特に、これといってすることはないが、まあ挙げるとしたら宿題くらいだろう。しかし、宿題をする気もなくリビングでテレビをつけてぼーっとすることにした。
しばらく、呆然としていると、鍵と扉が開く音が聞こえて覚醒する。
「た、ただいまー」
と、いって帰ってきたのは姉の杏子だった。
「お帰りなさい……」と、玄関に行くことも、玄関を向くこともなく椅子に座ったまま無愛想に返した。
姉の杏子は随分疲れた様子でリビングへ入ってきた。姿は私服で、トップスの裾あたりが擦れて見える。
「姉さん、今日早いんだね」
姉の仕事は看護師だ。夜勤入りだと、大体九時頃に終わって昼前には帰ってくる。いつもと違う時間に帰ってきたため、気になってそういった。
杏子は上着を椅子にかけると、妹である静の方を神妙に見つめるという。
「うん……、ねえ、しず、一緒に夏祭りにいかない?」
突拍子のない誘いに驚いて気味悪がった。
今朝方、朝風から誘われたばかりだ。それゆえに、断るのは簡単なことだが――姉がそういって行事に誘うのは初めてで少々困惑した。
「夏祭り?」
夏祭りがあることなんて知らない風に聞き返した。
「そうなの、どうかな? 一緒に外に出かける事ないから……」
彼女は優柔そうに言った。
――正直、姉と一緒に出かけるなんてゴメンである。
彼女が過保護だからっていうのもあるし、姉のその行動からして普通の姉妹関係と感じなくなってしまっている。無論、それは静の妙な偏見意識が強い故に認識しまっているのかもしれない、が。
だけど、どうしてか。静は姉の提案に迷っていた。
その心境の変化。自身の桐生綾香への思いがはっきりした時からである。また、桐生綾香への前進あるアクションが浮かばぬままのうのうと日々が過ぎた故の焦燥からもあった。
静の率直的な思いとは裏腹に、姉の誘いを断るのを戸惑って受容しようとする意思が湧き上がっていた。
「私友達と夏祭り行くんだけど」
「え……、あ、そうなんだ、じゃあ――」
事実を言うと、彼女は残念そうに肩をすくめた。が、
「友達と一緒でいいなら、いい?」とすぐに言った。
と、姉の杏子は心底嬉しそうな顔で微笑んだ。
「よろしくね、しず」
静は照れくさそうにそっぽを向いた。
待ち合わせの時間。姉と共に喫茶店に向かっていた。
静と姉の格好は、夏祭りにしては少し浮いた格好をしている。暑いため露出は多少多く、一般的な私服を選んで着ている。夏祭りといえば、やはり和服と行きたいとこであるが、姉妹共々それを選ぶ思慮はなかった。
さて、朝風が指定した喫茶店にたどり着く。そこは、依然、水瀬の妹にアイデアを聞こうとした場所である。そこでは、夏祭りを使えばと受けたが、どうにもパッとせず見送った。夏祭りの日に、再びここに赴くとはなんとも趣深いものである。
そういえば、朝風に断りを入れず姉を連れてきて良かっただろうか。そう不安に思って、喫茶店の中に入り朝風を探したところで、その不安はすぐに解消される。
どうやら、朝風真奈美は、誰かを連れてきているようだったからだ。
「あれー、静ちゃんも人連れてきたの?」
席に近づくと、朝風が静らを見つけて小さく笑みを見せていう。
「あんたこそ」
といいながら姉を先に奥に座らせて自分も座る。
不意に、一瞥して朝風の連れてきた夏なのに長袖にさらにカーディガンを重ね着している聡明そうな女のほうを見ると、彼女はペコリと頭を小さく下げてきた。
「ふふ、この子は佐倉冬美ちゃんだよー。私たちのクラスの隣の子なんだよー」
「うちの高校の同級生?」
そう疑問に思って、見ると同級生にしては歳を帯びたような目つきをしている。
「はい、そうです……。朝風さんとはさっき街を歩いているときに誘って貰いました」と、彼女は敬語混じりにいう。
「は? あんた初対面の子誘ったの?」
「そうだよー、がっこーで見たことあったからさ、この機会に仲良くしとこうと思って」
彼女の能天気な積極性には呆れるものである。
「はぁ……、えっと佐倉さんも断っても良かったんだよ?」
「いえ……、今日は暇でしたし、誘って貰って嬉しかったです」
彼女もまた朝風の妙な気まぐれに乗るとはどうかしていると、思った。
「静ちゃんの連れてきた人って噂のおねえちゃんでしょー?」
「ええ、よくわかったわね」と、得意げそうに話す朝風にいう。
「だって、目つき似ているんだもん。私朝風真奈美ですー、よろしくお願いしますー、お姉さん」
と、彼女はモデルらしい笑顔を振りまいていう。
「ええ……」と、一言姉は返した。
「……朝風気合入れているのね」
と、ふと彼女の着物姿に感想を漏らした。
「あ! わかる? ちょっと今日はいっぱい撮ってね、雪ちゃんに見せてあげようかなって思ったの」
なんだ恋人のためか……と小さくため息を吐いた。もしかして、佐倉冬美を誘ったのは、カメラマン用だったのかもしれない。
「まったく、あんたは……」
そう呆れた。
夏祭りのために集まった。静たちは、しばらく他愛のない雑談をして夏祭りの開催場所へと向かった。
●
夕方前。インターホンが鳴る。
桐生綾香の妹である千夏は、すでに出かけている。そのため、若干おどおどした様子で玄関先に急いだ綾香は小さく返事をして玄関の戸を開けた。そこには、優しく笑みを浮かべる西条莉奈がいた。
「じゃあ、準備して行こうか?」
「う、うん」
と、視線を下ろして返事した。
莉奈は着物姿であった。似合っているね、なんて綾香的にも不自然に出てきた言葉を彼女は照れて受け入れた。
綾香の自室ににて、綾香は遅くなりながらも準備を始める。荷物と呼べるほどの荷物の量ではないが、それだけは簡単に纏めてあったが、着替えだけは済ませてなかった。着替えといっても、別に凝った服装ではない。自室で、莉奈に見られながらも少し恥ずかしそうに着替えを済ませる。
「お、終わったよ」と、いつもより短いスカートを翻していった。
「うん、それじゃあ――あれつけよう」
と、彼女はベッドから立ち上がって、綾香の机上から一つのアイテムを取った。彼女が取ったのは、彼女が綾香に送ったペアリングの片方である。
「あ……、それどこにつければいいかわからないんだ」
と、言い訳じみていう。だが、綾香は実際リングのつけ所を悩んでずっと放置していたのである。
「そうなんだ。じゃ、私がつけてあげる」
と、いって彼女は綾香をベッドに座らせた。
「両手を出して」
そう言われて、白い指先をピンと伸ばした。
緊張して思わず目をつむってしまう。しばらく、そうやって目をつむっていると、冷たい感覚を指先が感じ取った。それから、目を開けると、リングは左手の薬指を通っていた。
思わず、莉奈はリングをどこにつけているかを探ると彼女もまた同じ場所につけていた。
「同じ場所だね」と、ふとしていう。
「お揃いだね」
「うん……、指によって意味あるっていう、よね。ここはどんな意味なの?」
曖昧な知識で問いかけた。
彼女は奇妙な優しげな笑みをこぼしていう。
「ずっといられるってことだよ」
桐生綾香は可愛げに嬉しい笑みを浮かべた。
4
夏祭りの風景として相応しい情景が訪れる。
結城静たちは、喫茶店を出てから、しばらくフラフラして神社への大通りについたところで、それらしい風景が見受けられた。目の前には屋台がいくつも並び、和装姿の人が行き交っていた。
「おーいいねえ」
そう陽陽といったのは着物姿の朝風真奈美である。
「はあ、やっぱ人多っ」と、思わずぼやいた。
「人多いのがいいじゃない! ね、佐倉ちゃん! お姉さん!」
当日にして集まった聡明そうな顔つきの佐倉冬美は、困ったように頷いた。静の姉である杏子は、この中でも最年長らしく同調して笑った。
「ここからは各自行動をしよー」と、突然朝風は提案した。
「え、別にこのままでもよくない?」
と、すかさず静は切り返した。
「ちっちっ、四人より二人の方がいろんな屋台をちゃんと見れるじゃない。お互い、いい屋台があったら知らせて、それを堪能していくの」
彼女は指を振って、玄人っぽくキメ顔をしていった。
それに無性にいらだちを覚えては、押し隠していう。
「あっそう……。面倒ね」
「そこ、面倒とか言わない」まるで、先生になったかのように指差していってくる。
「ねえ、佐倉ちゃんはいいと思うよね? 私と一緒に回ろうー」
「え、はい。いいと思います……」
彼女はどこか思慮を隠したようにいった。
「お姉さんは?」
「いいと思う。しず、一緒に回ろっか」
「は? もう決定な感じ?」
姉の杏子がこともなげにいったために驚いていう。
「静ぁー、今んとこ三対一で負けだよー……それじゃあ! 二組に分かれていこう!」
結局、朝風の思惑通りに事は進んだ。
気に食わないが、正直な所、あの佐倉冬美と一緒にいるのを気まずいと思っていたため助かった。人見知りをしているわけではないが、どこか彼女を奇妙に思っていた。
「しず、何か食べる?」
二人きりになって、姉の杏子はそう姉らしく口にした。
「何かって……、今食べる気しないよ。さっき、食べたし」
先ほど、喫茶店ですでに軽食を済ませている。それは、朝風が指定した集合時間の早さのせいである。彼女のマイペースさに巻き込まれ、軽食まで食す結果になってしまった。そのせいで、夏祭りの定番である食べ歩きをつまむ気にはさせてくれなかった。
「あはは……、……久しぶりだよね。こうやって二人で歩くの」
「……そう、ね」
幼い頃、こうやって姉妹で一緒に歩いていたことがあったのだろうか。いつの間にか、静には妙な偏見が構築されて、姉は親が不在になった頃から妙に執着心を抱いて、距離が離れていった。
姉を、嫌いになっているわけではない。当たり前だ。だって、ただ一人の姉であるからだ。その本心は、偏見の元に隠されている。だけど今は――その偏見という隠匿は薄れてしまっているのであった。
「ね、手をつなごうか」
「はあ?」
彼女の唐突な提案に、驚いた声は威勢があった。
「姉妹同士だし、いいよね」
「それ姉妹かな」
「姉妹だよ、ほら」
と、彼女は無理やり手を握ってきた。それを振りほどこうとするが、姉はぎゅっと手を握って離さなかった。
急に恥ずかしくなって、姉のほうを向けなくなった。
「しず……、ごめんね。しずには窮屈だったんだよね」
杏子は不意にそう話を始めた。
「……別に」
と、姉のほうを見ずにそういった。
「これからもお姉ちゃん、あんまりしずと一緒にいられないし……だから、心配になって――またしつこいかも」
彼女は、隠すように笑った。
姉は……どうしてここまで妹の静を思ってくれるのだろうか。そんなこと考えたことなかった。今になって、それを考える機会が訪れる。
彼女は自身のことを顧みずに静を思ってくれている。普通の女の子として、恋人だったり、可愛く見せたり、とあるだろうに、彼女の優先順位は、常に妹である静で、他は気にも繕ったりもしない。
もうそれが、同性愛だからだとは疑わない。親が不在だからという使命感とも疑わない。
姉としての、深い慈愛なのである。
「……ありがとう」
小声で言った。姉には聞こえない声だ。やはり、姉には聞こえてないらしく彼女は、なーに?、と尋ねてきた。
「なんでもない!」
と、罵声気味にいって繋いだ手を払った。
「あ、しず!」
彼女は優しく追いかけてきた。
――ああ……、私今日はどうかしている……。
結城静自身、その変化に気づいて、自分じゃない自分に心をうまく操作できなくて動揺した。
●
桐生綾香は戸惑い、西条莉奈は嬉しそうに笑みを浮かべている。彼女たちは、二人仲良く――手を繋いで屋台の間を歩いていた。
「なんだか、目移りしちゃうね」
「う、うん……そうだね……」
綾香はお得意の視線の狼狽気味を見せながら答えた。
「こうしていると恋人みたいじゃない?」
「え……、そ、そうかも」
頭の中では、ギャルゲー的なシチュエーションが浮かばれる。彼女と自分は女同士であるが、そういわれて不自然には受け取らなかった。
「……でも、友達だよね」
綾香は咄嗟に何かを思って、トーンを落とした口調でそういった。
莉奈はそういわれて、静かな間の末に、小さい声色でいう。
「そうだね」
少し神妙に感じられたが、綾香は無意識に繋いだ手を離した。
ピピッ
と、電子音と震えた音がした。
「あ、携帯だ」
と、あんまり鳴らないスマホを白猫のストラップが引っかからないようにハンドバッグから取り出して画面を見た。そこには水瀬さんと映し出されていた。
「水瀬さんだ……」
少々申し訳なくなって、黒目は莉奈を一瞥した。彼女は器用な笑みを見せて返してきた。
綾香は電話を取った。
「はい、もしもし」
『綾香? 今、家?』
水瀬灯里は若干明るい声色で、電話に出るなり聞いてきた。
「ううん、家じゃないよ」と、オウム返し気味に応える。
『どこいんの? もしかして、妹ちゃんと夏祭りとか?』
「あ、えっと、夏祭りはそうだけど……、今莉奈ちゃんといるよ」
『莉奈?』
彼女の口調は急に暗くなった。
『ああ、そうか……。私は、妹とその友達と一緒に屋台を回っているんだが……、気まずくてさ。合流したいから、今どの辺にいるか教えてくれるか?』
彼女のその要求に、綾香は周辺を見渡した。
「あーとね。近くに休憩所――」といったところで、莉奈がスマホを奪い取って代わりにいった。
「水瀬さん? 場所はね、神社近くの休憩所だよ。屋台はクジとりんご飴が売っているとこだよ。うんうん、じゃあね」
と、彼女は早口に電話を切った。
「えっと……」
綾香は当然の当惑を見せる。
「水瀬さんと一緒に回れるね!」
と、彼女は事も無げにいう。
綾香は視線を周囲に向けるが、ここは神社の近くだっただろうかと疑問する。屋台に関しては、似たようなのがあるが合流できるか不安なものである。
莉奈が水瀬に言ったことは明確だったかは、判然としないもので、綾香も深く気にしないことにした。
「……ん、莉奈ちゃん」
「どうしたの? 綾香ちゃん」
彼女はいつもどおりの優しげな笑みを浮かべていう。
「ごめん、ちょっとトイレに行ってくるね」
綾香はそう断った。
「うん、わかった。でも、一緒にいって待ってあげるよ」と、彼女は親切心でいう。
「ううん。ここを離れた水瀬さんと合流できなくなっちゃうよ。だから、待ってて」
もっともなことをいった。
莉奈は予想外といった顔を一瞬すると、それを繕っていう。
「あー、そうだね。わかった。待っているから早く行ってきてね」
「うん」
と、綾香は小さく返事をしてトイレの場所へとかけていった。
西条莉奈は、動こうかどうか迷って、休憩所で一旦腰をかけた。
●
結城静、杏子の姉妹は知り合いに遭遇した。その知り合いは、杏子の知り合いではなく静の知り合いであった。
屋台の間を道なりに歩いていると、人波を気にせず走ってくる一人の女性が通りかかったのである。その彼女も、静に気づいたのか怖づらをこちらに一瞬向けて立ち止まった。
「静……」
その主、水瀬灯里は名を呼んだ。
「あかりん……」静もまた彼女の名を呼んで応えた。
ふいに、静も立ち止まった。それに、姉の杏子も戸惑いながら立ち止まる。
「お前……夏祭り来るんだな」
「なに、悪い?」と、喧嘩越しにいう。
「別に」
灯里は少々意地悪にいった。
「あのあなたはしずの友達ですか?」
途端に、姉の杏子が灯里にそう聞いた。静は僅かに驚いて、動揺した。
「え、いや、私は……」といったところで、静は彼女の耳元に近づき囁いた。
「親友でしょ! 私たち!」
「は? 違うだろ――」
「姉ちゃん、友達の水瀬灯里、あかりんだよ」
と、自分らしくもなく肩を組んで仲よさげを全力で表現した。
「ね、姉ちゃん?」
灯里は、紹介される相手が静の姉であることに一番驚きを見せた。
「そうなんだ……、水瀬さん。しずをよろしくね」
杏子は丁寧にお辞儀をした。急に、静は恥ずかしくなってしまう。
「……あはは、なんか変だなお前」
「はあ? なにが?」
と、赤面を隠しながらいう。
「だって、そんな感情に素直な静ってらしくないなって」
「私は、別に、素直なつもり……」
すると、灯里は不意に真面目な顔つきで何かを悩んだフリをした。と、彼女は重く口にする。
「綾香が夏祭りに来ている」
「え?」
一瞬、思考が止まった。なにを言われたのか、一度頭の中を探る必要があるほどに、混乱して気づく。
「……なんで、教えてくれるの?」
怪訝に聞いた。
「さあ、なんでだろうな。まあ、でも、気まぐれってやつだよ」
彼女は静から離れると、すんなりと背を向けた。
「でも、どこにいるかは自分で探しなよ。私は神社のほうに行くからさ」
彼女は大きく手を振って見せた。
「……姉ちゃん、私……」
「ううん。いいよ。探してきても……しずの大事な人なんでしょ?」
姉に断りを入れると、姉は優しい笑みで認めてくれた。
「ありがとう……」
「ふふ、しずったらすっごい、いい顔しているわ」
気付かなかったことだ。いつの間にか、綾香を考えている時は、そのようなことをいわれる表情をしているのだ、と。
綾香のことを気づいて、自分が変わっていることに気づいて、結城静は思いを堪えて走り出す。走り出したのは、水瀬灯里とは逆方向の場所である。
会える自信があるわけじゃない。だけど、心は惹きつけられているようでそれを疑わなかった。
走ったところで、結城静は立ち止まる。
立ち止まったのは、人気のない森林。屋台のあるとおりからは外れた場所である。ここは公園のような広場であり、この夏祭りの間は、特にトイレの場所を使用されているところである。
なぜ、ここで立ち止まったかといえば、ここにいてくれたら良い、と思う傲慢からである。なぜなら、今はあまり人気がなく都合を付けるには一番状況が良いからである。
だが、桐生綾香の気配を感じない。暗い中、目を凝らして見るに彼女のおどおどした姿は見受けれなかった。
やはり、ただ直感で走ったとこで、偶然は訪れないようである。そう諦めた時、何か声が聞こえた。
「ひっ……」
喉をヒクつかせるような怯えた声。振り向くとそこには――いつもの桐生綾香がいた。
「あーや……」
二度目の再会。結城静は、落ち着いていた。
「ご、ごめんなさい!」
そういって桐生綾香はこの場を逃げようとするが、静は反射で彼女の腕を掴んだ。
「ま、待って!」
掴んだ腕は、震えていた。
「あーや! 私……」
「ごめんなさい……、気持ち悪いよね……、お、女の子に、こ、告白するなんて……」
彼女は苦渋の秘めた声色で、阿吽をこぼしながらいった。
静は迷う。どう言えば良いのか迷う。その告白を受けて、彼女を傷つけたセリフを吐いてしまった静は、ただただ迷った。
「……違う。違うよ、あーや」
――私のせいだ。私が彼女を傷つけてしまった。私は酷い女だ……。
静から出た言葉は、自らがした正当化を否定する言葉であった。
「…………違わないよ。だって、私は普通じゃないもん……」
彼女はそううなだれて、大きな涙を流した。
「わかんないだもん……、距離がわかんないんだもん……、一緒にいたいって思うと……、好きだっていうしかなくて……もうわかんなくて、怖くなって……ぐすっ」
彼女のその言葉、もはや文面として成立はしていなかった。頭の中に浮かんだ言葉を、稚拙に並べただけの台詞だ。だけども、その言葉には明らかな後悔の念が感じられた。
「……え、とね」
もう言葉は無意味だと思った。だから、結城静はポッケからあるものを取り出して彼女の視界にそれを入れた。
「………………黒猫?」
と、彼女は小さい阿吽をこぼしてこちらに向き直った。
「これあんたから取ったもんだけど……どう?」
そう静かな口調でいった。そうすると、綾香はぐずりながらポッケからあるものを取り出す。それを静の黒猫のストラップと並ぶように掲げた。
「お、お揃い……、まだつけてくれていたんだ」
静と綾香の間に、黒猫と白猫のストラップが並んだ。
「ええ、だって友達、でしょ。私たち」
「う、うん……」
彼女は大きく涙を流す。絶え間なく涙を流す。だから、静はそっと彼女の小さく感じる体躯を抱きしめる。すると、彼女は声をあげて泣き出した。
「ああ、もう、そんなに泣かないでよ……」
「だって……だって……」
そんな彼女を感じて、静まで小粒の涙を瞳浮かべていた。せめて、彼女にだけは見えないようにと、深く彼女を抱きしめて隠した。
やっと、彼女と話ができた。やっと、友達に戻れた。
仲直りができたのだ。
そうして、結城静は思うのだ。
――ああー、私は、綾香のこと好き、なんだ。
しばらく、お互い抱き合って、その感触を絶対忘れないように、と……夢中になっていた。
ご覧頂きありがとうございます!
遅れましたが、ブクマ登録、評価、感想、ありがとうございます!
遅い更新なのですが、ご覧頂けることがとても嬉しく励みになっております。
もし、良ければ感想など頂ければ嬉しく思います!
もちろん、ブクマ登録、評価もよろしくお願いします!
今回で、結城静のお話は終わります。
次回は、西条莉奈のお話です!
では、次回もよろしくお願いします!