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ぼっちな私のユリハー思案  作者: あこ
結城静編
6/19

わだかまりの告白・過去


 桐生綾香の趣味といえば、〝ギャルゲー〟である。

 通常、男性向けに女性相手の恋愛シュミレーションゲームである物だ。彼女は、その趣旨で作られたゲームを、ゲームの主人公である男性を女性――自分として当てはめて、現実の不毛さを隠すように理想の中で妄想を広げて嗜んでいる。

 始めた理由と言えば、非常に安易なもので、ボッチ故に一人でいる事が多いからである。ゲームのジャンルにおいて、ギャルゲーを選択したのは無意識であった。

 これが男性向けのゲームと知ったのは、最初のゲームのときである。そこで、止めるのも勿体無いと思い、この主人公が女性であると必死に思い込んでプレイをしたものである。

 文章でよく見る。俺は私と認識し、〜だぜは〜だねと脳内変換していった。

 今では、ごく自然にそれを脳内で創造できるようになった。

『 下駄箱の中に入っていた手紙が示している場所は保健室だった。

 今朝方、それを見て心底驚いた。〝私〟自身、まったく誰からか好意を寄せられる人格者なんて、思っていなかったし、その手紙内容がラブレターだなんて予想していなかった。

 これが果たし状だったらどんなに良かったか。そう思うのは、好意に対して失礼だね。最初の一文が、決闘を申し込む! じゃなくて、大事な話をしたいです放課後保健室で、と書かれているのだから、きっと?私?は告白されるのである。

 その一文から、好意を告白されると思うのは実に傲慢極まりないけど、この相手が消極的なくせに特にわかり易く好意を見せてくるのだ。そんな相手から、大事な話と銘打っておきながら身内話をしてくるのなら驚嘆もいいところだ。

 さて、この手紙の事はもういいでしょう。〝私〟は今保健室の扉の前にいる。

 想起すれば、初めてこの手紙の主の子にあったのはここ保健室だった。

 最初出会った時は、彼女のハッキリしない口調にムカついたものだけど保健室以外でも会うようになってからは非常に愛らしい愛玩動物のようで、また〝私〟の中にまだ眠っている母性が彼女の事を放っておけないと思って気の置けない相手になっていた事は確かなことである。

 本当に告白された、として〝私〟はどう答える?

 選択肢は二つ。受け入れるか断るか。けれども、その選択肢、……あまりに無意味に思えた。

 緊張を押しやって保健室の戸を開けた。

「……あ、綾香ちゃん」

「うん。待ったかな?」

「ううん、今来たの……、あ、あの、め、迷惑じゃなかった、かな?」

「手紙の事? どうして?」

「だって……今日用事とかあったら迷惑かなって」

「別に大丈夫。丁度暇だったし……。それより、この内容――」

 彼女はそこで、沈黙して顔を俯けた。彼女と交友して、一年ほど経つが、この素振りは頭の中で話す内容を固めている素振りである。急に話を始めても口調がポツポツとしてすんなり言い表せないために、彼女なりにその解決として一息取るという手段を学んだ。だが、しかし――、

「あ、あの、そ、その……じ、実は、わ、わた、私――」

「私も好き」

「へ……」

 自然と出た言葉は、告白だった。彼女がすべき告白は自分がしてしまった。それも、やはりというか彼女の効果の手段でさえ悪癖を解消できないものに苛立って、答えを言ってしまった。

 もし、これがただの勘違いならばきっと彼女は慌てふためいたり呆然とするのが彼女だが、彼女の示した態度は、涙だった。それが嬉しくて出る涙である事は間違いない。

 彼女は、すすり泣いて若干嬉しそうな表情をしていた。

 ?私?はそっと彼女を抱きしめた。』

 桐生綾香は食い入るように、ギャルゲーをしていた。丁度、ゲームはある攻略対象キャラとのクライマックスシーンで、今まさにエンゲィングが流れ出した。

 得意な思い込みのお陰で、この主人公に成り代わり素敵なシチュエーションだと思った。

――私もあんな風になりたい。

 なんて、思って想起していた。友達っていう関係ではないが、ああやって抱きしめ抱きしめられるシチュエーションが素敵でそうされたいと思うのである。

 桐生綾香はふと自らを抱きしめて、結城静のことを思い浮かべていた。


       1


 陰口がよく言っていた。――結城静は確かに人当たりは良いが口が悪い。至るところのグループで談笑するのは悪口ばかりで、それ以外話題に上げることはないのかと思うくらいと、影でこそこそ言われていた。

 誰もその真意を、結城静に告げようとしないが、陰口しか言わない彼女自身はもう当に気づいていた。

 だが、だからといってそれを責めたり棚に上げようとはしない。それが一つのコミュニケーションのとり方であるからだ。話題の良し悪しなどそもそも存在しない。他人が本格的に嫌がるというのならば、常識の範疇で考えればいいもので、その範疇にあるものは全部冗談で済むのだから。

 まあしかし、それを中学三年の秋まで続けていると自然と友人と呼べる人は減っていくものだ。意識の中じゃ悪癖に気づいていなかったが、無意識が人目を避けているのは心底で悪癖を押しやろうとする表れかもしれない。といっても、本人してみれば、何の変わりない日々でしかなくて、離れていった友人のことなど気にも留めなかった。

 今、時折プライベートで付き合いのある友人といえば丁度一年前に、保健室で知り合った挙動不審の桐生綾香と、三年連続同じクラスメートの朝風真奈美だ。しかし、この二人には妙の距離感があった。

 桐生綾香は、基本的に顔を赤らめて呂律の回らない物言いが拝見できる。それが、人見知りゆえの悪癖だということは言わずとも伝わった。

 で、朝風真奈美のことだ。彼女は結城静と違って人当たりの良い人物である。その違いは、他人に嫌われるかどうか、つまりある種カリスマがあるかどうかである。

 彼女は、若干ギャルっぽい雰囲気を漂わせた風貌で、体格も良くウェーブのかかった金髪をしている。その体格の良さからモデルをしている。それにあわせて、いやみのない人当たりが他人の心を魅了していた。

 まあしかし、そんな彼女にさえ裏の顔というものを持ち合わせている。それを後ろめたいものだと受け取るかは人の価値観に比例するが、結城静はそれを快くは思っていなかった。

「またデートに行くのね」

 一日の最後であるホームルームが終わって、隣の席である朝風真奈美に嫌味ったらしく言った。

「えー、なんでわかったのー?」

 彼女は嫌なお気持ちを見せることもなく、穏やかな瞳をいっそう丸めて嬉々としてそう返した。

「二時間目くらいに、教室の外にいた恋人に目配せしていたもの……。あんたは恋人と目が合うとき口元を綻ばせるものね」

「すっごいー、探偵みたい。そうなのー、今日は家コースなんだぁ」

「あ、そう……」

 そこまでの情報は欲していない、と露骨に視線を落として、机上に、かばんに仕舞う教科書類をあげた。

「でもー、雪ちゃんしばらくお仕事忙しいみたいだから、すぐにはいけないんだよねー」

「なら、いつもみたいに保健室に行けばいいでしょ」

 面倒くさそうにそう提案した。

「うん、そのつもりだよ」

 と、易々と応える朝風の席に数人のクラスメートが集まってきていた。

「ねえねえ、朝風さん! 今日カラオケ行くんだけどいかない?」

「そうそう、久しぶりに朝風の歌聞きたいんだよねー」

 朝風のカリスマ性ゆえか、こうやって誘われることは日常的である。しかし、今日のような恋人のデートの予定がある場合は、やんわりと断りを入れる。

「ごめんねー、モデルの仕事あってさ、皆と楽しめそうにないのー」

 といいながら、誘いに来た女子一人の手を触ってこう続ける。

「予定の立たない日に私から誘うから、その時一緒に楽しもうね?」と、綺麗な顔を見せた。

 そう言えば、彼女らはすぐに引き下がる。あーそれなら仕方ないね。じゃあ今度ちゃんと誘ってね。んじゃ、仕事頑張ってね。というくらいで、すんなりとしている。

 その関係性は、朝風がちゃんと埋め合わせをするから成り立っている。といっても、カラオケに行くことではなくて、近所にある飲食店などでお茶を濁すことが多い。毎回、同じ行動をしているはずなのに、彼女らは疑問に思っていないらしいけど、やはり彼女の誠意ある態度に悪態は向けないのだろう。

 結城静ならば、文句を――嫌味ったらしい本音を散らして一見の付き合いで終わりそうである。朝風を誘ってきた子も、一度遊びに付き合ったことはあるが程なくして誘われることはなくなった。

 とまあ、朝風は予定に関しては自己を優先し、一日つぶれるような遊びには興味や関心がない限りしないような性格である。また恋人の話も誰にもしない。それに気づいている結城静以外には。

「人気者ね」

 また嫌味っぽく言った。

「静ちゃんだって人気じゃない」

「あんたとは正反対だけどね」

「ふふ、自覚あるんだー」

「うざっ」

 そう一蹴して、癖でカバン内からスマホを取り出すとスマホが震えていた。画面には?姉?と表示されていた。露骨に顔色が暗くなった。

「相変わらず愛されているね」

「しつこいだけ、たまに外出ている時に電話しなきゃいいのに」

「あんまり家で一緒にいられないから、それくらい許してあげればいいのに」

 朝風はもっともなことをいうが、姉が仕事で休みの日以外毎日電話をかけてくるのは正直うざったいし、同じことの繰り返しというのには、飽きがくるものだ。それに、内容も、学校のこととか、夜ご飯のことから同じようなもので、新鮮未というものも欠けている。

 結城は電話を伝えるスマホをカバンの中に戻して席を立った。

「あり、出ないの?」

 朝風、首をかしげて心底疑問をしてきた。

「教室で取れるわけないじゃん。私、帰るわ。じゃ、デート楽しんできてね」

 思ってもないことをつらつらといった。

 朝風は疑いのない表情で、小さく笑うと結城を視線で見送った。

 何食わぬ顔で教室を出た。廊下を、カバンから姉にかけなおすためにスマホを取り出しながら歩いていると、白衣をきた保健医が通りかかった。無意識に、彼女の動向を視線が追った。予想通り、自分のクラス教室の前で立ち止まって廊下窓から中をうかがって艶やかに笑みを零していた。

 少し気味悪く思う。彼女が誰を見て、そのような顔をしているかは判断がつく。

 朝風真奈美だ。同様に、恋人。

 皆、保健医と生徒が恋人関係にあることを知らない。なぜって、その二人が女同士であるからだ。 

 クラス教室を見て、微笑みかけるのは、教師の立場として生徒に対して愛着を抱いているのだと思うし、生徒が教師に特別な表情をするのは親愛の現われだと取れる。そこに、恋慕たる愛情は見えない。それが女同士だから思わない。

 同性での恋愛など異端極まりない。それが常識でないから、多勢の人は、仲がよいとは認識するかもしれないが、まさか恋情だなんて意識の端にもあるまい。

 結城静が、朝風真奈美と、保健医である堂島雪子の間柄が、恋人であると認識したのはある種悪癖のせいだといえる。

 人の癖や態度を見抜いて談笑の肴にしているのだから、人の隙には人一倍敏感だ。その敏感さが、彼女らの関係を見抜いた。

 結城は、その関係性について快く思っていない。まして、女同士で付き合うなんて。

 恋人関係っていえば、例えば――口づけのキスとかの想像ができない。触れ合う事くらいは自然とするだろうけど、それ以上の行為、つまり性的意味合いのある行為は躊躇う。その隔たりは、やはり友情が愛情と成り代わらなければ越えることはできないもので、その関係、易々と乗り越えられるものではない。

 単に言って、同性同士の性的触れ合いは気味が悪い。なぜって、多分生物的本能がそういっているんだろう。祖先を残そうとする本能が、同性との触れ合いを制御するのだ。

 そういう言い方もできれば、世間体や常識を比べて否定する言い方もできる。

 結城の同性愛の見方は、後者であった。

 いわゆる、偏見たる愚弄とも謂えるが――姉が同性愛者でありその嗜好を妹である静に向けているために強く気味悪がっていた。姉が嫌いだからといって、姉のような同性愛者を気味悪がるのは大いに愚考であるが、人間は元凶がそれだと思い込むあまり広い意味で嫌悪し認識するものなのである。

 結城静もその一人であった。

 だが、朝風真奈美を友人関係だと認めているのは、彼女の積極性と結城静の?冗談?を認めている節にある。学内で、毎日話す仲であることもそうだし、時折話す人物と比べれば、友人と呼んで相違ない。同性愛に偏見はあるが、自身にそれが及ばないのだから友人関係としていられているのである。

 自身のクラスから朝風が出てきて、彼女は保健医の堂島と短い会話を済ませた後、結城と反対方面の廊下を二人並んで歩いていった。それを何気に見送って、再び震わせるスマホを手に昇降口へと急いだ。

 昇降口から出ると、早速姉に電話をかけた。ワンコールも待たずして、姉は出る。

『しず! 大丈夫?!』

 電話に出るなり急きこんだ口調でいた、

「……別に何にもないって、ちょっとホームルームが長引いただけ」

 ほんの数分電話に出なかっただけで、姉は事故でもあったのかと思い込んで心配をする。それは今日だけじゃなくて、いつもそうなのだが、それが面倒なために、静はできる限り早く電話をしようとする。このやり取りがどんなに不毛か、静が一番理解している。

「何?」

 端的に、かつ若干イラついていった。

『夕ご飯、冷蔵庫の中に入っているから温めて食べてね。後はー、ちゃんと課題を取り組みなさいよ。もう受験なんだからね』

「わかってるって……」

『そう……、ごめんね今日も夜いられなくて』

「仕方ないよ。姉さん、看護師だし」

『……じゃあ、行ってくるね』

 そこで電話は終わった。毎回似たような会話だ。新鮮味などない。姉の心配性と、親不在の保護者ぶった使命感からか――性的愛情ゆえの取り組みかは判然としないけど、迷惑極まりない。自重してほしいものだ。

 八割は、姉が夜勤で夜いない時、ご飯の状況を話で、残りの二割は、日勤だった場合また休日の時、ご飯時の相談と、パターン化されている。長く続けば、いくら会話の内容に興味がなくとも覚えるものだ。

 勝手に憂鬱な気分に苛まれていると、ふと校門のほうに目をやった。

 結城の顔は段々と、元の凛とした可憐な面相を取り戻していた。校門前には、少し素振りとしては不安定で不審な雰囲気をかもし出す女の子が一人、しおらしくいた。その子の名前は、桐生綾香。プライベートで付き合うのある友人の片方である。

「あーや!」

 思わず彼女の名を呼んだ。自分の考えた、安易な渾名で呼ぶ。すると、校門前で待つ綾香は、途端にオドオドした表情をして結城のほうを儚げな乙女のような目でこちらを見る。

「あ、……結城ちゃん」

 自分の名を呼ぶ綾香の下へ急いで駆け寄った。手には仕舞うのを忘れたスマホを握って、スマホに飾られた黒猫のストラップが揺れていた。

 綾香もまた、手にスマホを握っていた。拙い歩みの中、スマホに飾られた白猫のストラップが揺れる。

 彼女といるときだけは、俗世に囚われなかった。出会いは、酷く滑稽だったけど、いつの間にか彼女といる時間がとても楽しく思えて――結城静は凛として笑っていた。


       2


 現実に返る、とは言い得て妙に思えるが桐生綾香との下校が終わるとそれくらい心持ちが変化した。

 家はマンションの一室。鍵を開けて、挨拶もなしに暗い家の中に入る。当然、誰もいないのだから無言である。独り言をいうような性格ではないし、家で一人でいるときは無言であるのが普通である。

 家に帰ってまずすることは、冷蔵庫の中を覗くことだ。夕飯の確認である。今日の夕飯はロールキャベツとサラダ、後は漬物。

 洋食のラインナップから、和食の定番を挟むなんて異色の組み合わせだ。だけど、漬物がある食卓は毎度のことだ。姉の趣味が漬物作りということもあって、日々それが並ぶ。基本的に季節に合わせた漬物が並ぶ。今は、秋だからかぼちゃの漬物だ。

 冷蔵庫の中から夕食を取り出すと適当に机の上に置くと、テレビをつける。それから、自室に入り制服を乱雑に脱ぎ捨てると、下着姿で食卓に一人ついた。

 ご飯は暖めない。ひとえに、面倒だから。家着に着替えないのも同様の理由である。

 なんだか、まるで男と今まで関わってこなかった独身のOL女性の見っとも無い生活をしている。この場に、姉がいれば叱りを受けて身を正すものだ。

 しかし、ここには姉はいない。今頃、病院で仕事をこなしている。その間、静はだらしのない姿で興味のないテレビ番組をご飯を食べながら見ていた。

 一人でいるときは、やはり礼儀や作法など無法である。下校時に、姉から課題について釘を刺されたが、当然しようとする意思はないのである。というより、課題を先んじてしなくとも授業前にささっとやるのが静の流儀である以上、始めっから姉の言葉など真に受けてないのである。

 こんな味気のない生活。姉が夜勤に入っているときは、こうして過ごしている。姉が日勤のときは、部屋で適当な知り合いにSNS上で絡んで遊ぶ。そんな些細な日々。

 と、虚を突いてスマホが震えた。家に帰っても、スマホはマナモードのままである。机上の上に放ったスマホが震えると、机も一緒になって震える。

 SNS上で絡む場合、こちらから絡まない限り会話をしてくる人、スマホに連絡してくる人はいない。だから、何もアクションを起こしていないのにスマホが震えるのは姉か、朝風か、稀に――桐生綾香からメールが来る。

 少しどきどきさせて、スマホの画面を覗くと、差出人と内容がポップアップされていた。

――【あーや】あの暇かな? 暇だったら電話していい?

 綾香から電話の確認がきた。確認などせず、普通に電話をしてくればいいのに、彼女の場合はそうやって電話の前にワンクッションおいて電話をしようとする。

 静は、そんな綾香の不器用さに顔が綻ぶ。

 テレビを切って、スマホを取ってすぐに綾香に電話をかける。話の内容はどうしようか。学校のことなんかはつまらないし、自分のことを話すのも気が引ける。

 綾香もまた大した学校の話を話題に、静は悪癖たる話題を取り出して楽しく彼女と話をする。

 綾香と電話で話す静は、先ほど無愛想から転換して楽しそうに話していた。



『ねー、静ちゃん暇でしょー』

 朝の十時。休みの日だから、大いに惰眠を貪って寝ていたら電話が邪魔をした。邪魔といっても、マナーモードゆえに数回気づかず、すでに朝の七時には彼女から電話はかかっており、トイレに一旦ベッドから起き上がったところでそれに気づいたのである。無論、無視を決め込もうかと思案したが起きている時にそれを目撃した以上、律儀なところが働いて電話を取ったのだった。

 その一声が、休みの日何も予定ないと決め込んだ台詞にはさすがに苛立つ。寝起きと、それもあいまっていう。

「はあ? 暇じゃない」

『うっそー、また寝て過ごすのー』

 見透かされている。彼女から朝っぱら電話に来るときに、毎度同じようなこと言っているからパターンは読まれているようである。

「なに? またどっか行くの?」

『そうそうー。映画見にいこー』

「また? あんたが誘うときって映画しかないの?」

『私が誘うって、静ちゃんから誘ってくることないじゃーん。映画好きだから映画ばかりになるもん、一人で見るの嫌だから誘ってるの』

「恋人誘うっていう選択肢あるけど」

『雪ちゃん暇だったらそっち優先するに決まってるよー』

「あ、そう」余計なことを言った気がすると、ゆがませていう。

『雪ちゃん午後からお仕事で学校なのー。散々文句いったんだけどね、夜には一緒にいてくれるってー言ってくれたの!』

 やはり、余計なことが引き出された。のろけを聞かされるなら、電話なんか取るんじゃなかっと後悔する。

『あ! で、映画のことなんだけどね。私の家に来てくれない?』

「はあ? なんで?」

 突然、面倒な提案をされる。

『ほらー、いつも一緒に見にいく映画館って私の家から近いじゃない? だからー、今日は私の家に集合ね』

 と、文句を言おうと思ったら電話は切れた。有無を言わせてくれないようである。

 まだ映画を一緒に見に行く承諾もしていないのに、随分身勝手な朝風である。

 何も言わず、無視を決め込むのもひとつの手段である。だが、律儀なところが無駄に働く。朝風が言っていたとおり今日は暇であるし、彼女の勝手に付き合うことにした。

 一息つくと、適当に身支度を整える。髪も適当に梳いて整えて、服装も着易く動きやすいのを選んで、支度を終えると家を出た。

 朝風真奈美の家には電車を使って行く。といっても、一駅くらいで別に歩いたり自転車を使っても然程大した距離ではないがそのような気分だった。

 彼女の家は、秋野女高校の近くである。区内では一番の進学校で、その高校の近くということもあり覚えている。彼女が、しつこく秋野女高校に進学しようよ、と迫ってきていたのを思い出す。

 静からしてみれば、自分の家の近くは秋野女高校より、美樹女学院のほうが近い。そっちのほうが、近いしそこまで勉強をする必要がないから楽である。それに……綾香が美樹女学院に進学すると言っていた。

 学力的にも将来的にも学の高い高校を選んだほうがいいのは判っていることだったが、迷っていた。結論もまだ遠まわしにしたままである。

「……はあ」

 電車の中から見る流れた町並みを見て小さく息を吐いた。憂鬱だったのかもしれない。起きてからそこまで時間が経っていないし、寝ぼけていたのかもしれない。執拗に、頭の中に桐生綾香の心を許した笑顔が浮かぶのは憂鬱だったからだろう。

 ああ、そういえば、姉に連絡をしていなかった。もうじき夜勤帰りで家に帰ってくる。その前にはと、友達と外出してきます、と連絡を入れた。

 電車を降り、朝風真奈美の自宅を目指す。彼女は、一人暮らしだ。彼女の話だと、親の仕事の都合で実家を離れるため、それならと家を借りて一人暮らしすると言って、それに至ったという話だ。それは去年の話だというが、その親の厚意のおかげで、毎度家に恋人を連れて遊ぶノロケをよく聞く。

 彼女のマンションの前に立ち、ため息をつくと彼女の部屋の前へと急いだ。

 朝風の部屋のある階にたどり着いて廊下を歩いていると、一人の女性が部屋から出ているのが見えた。目視する限り、おそらく朝風の部屋であるが、出てきた女性はデニムのジャケットを羽織っていた。また全体の姿でいえば、非常に大人っぽく艶やかなもので、下に関してはひざ下を少し見せるようなスカートを穿き高いヒールを履いている。

 何となく、静はその女性を見た事ある気がした。髪は肩に垂らす程度ほどの長さで先っぽはウェーブをかけてある。ただ、そんな髪をした女性は記憶の中にいない。

 少々気にしながら、朝風の部屋に向かっていると、その女性は部屋から出てきた朝風と口付けを交わしてこちらのほう――エレベータのほうへとくるぶしを返した。その時に、彼女の顔を見てしまう。すると、彼女は手で目元を覆うと足早に静の横をすれ違った。

「……先生?」

 朝風の部屋から出てきたのは、堂島雪子。静の通う中学の保健の先生だ。そして、朝風真奈美の恋人。

 部屋から少し出ていた朝風がこちらを笑ってみていた。

「あー、もしかして見たー?」

「……ちっ」歯に衣を着せずに舌打ちする。ここまでの展開を振り返ればさすがに理解できた。

――朝風真奈美は恋人と仲睦まじい事を見せ付けようとしていた。

 嫌な性格である。唯一、静にバレているからってうざい主張だ。その嫌な性格、自分と良い勝負とも云える。

「そんな悪態つかないでよー、ほら、しばらく着替えに時間かかるから家に上がってー」

 心底最悪な気分のまま、彼女に誘われ家の中に入った。

 中に入って最初に、不快な匂いが鼻をくすぐる。濃い香水の匂いだ。シシリアンレモンのような香りで、その香りの中に少しフローラルも混じっていた。だが、余りに濃すぎて不快に感じる。一噴き程度ならば心地良いのだろうが、トップからラストノートの匂いが混ざってし匂いに清清しさも癒やしも感じない。

 何気に広いマンションの一室、朝風の部屋を若干苛立ってリビングのほうに歩き入った。リビングからは、隣の寝室が開放され中が見られる。他人の寝室を見るなんて、酷く興味のないことであるが、彼女の寝室のベッドは妙に生々しく布団やシーツがくしゃくしゃになっていた。

 朝風は、纏っていたバスローブを脱ぐとそれを無造作にベッド上に投げた。それを脱いだ彼女の姿は、流石モデルをやっているだけあって裸体は非常に絵になる姿であった。

「ちっ」静はまた舌打ちする。

「女の身体を見て舌打ちするなんて酷いわー」彼女はくすくす笑って、ベッド傍のクローゼットから洋服を取り出しながらいう。

「別に良いでしょ。それに今あんたの身体見て舌打ちしたわけじゃないわ。ベッドが汚いから舌打ちしたの」

「あーベッド? 雪ちゃんと寝たからさー」

 余計なことを引き出す言質になってしまった。また舌打ちをする。

「ねー静ちゃん。どっちのブラと下着がいいと思う?」

 ソファーにむかついて座っている静に向かって、朝風が二つのブラと下着を手に持って見せてきた。ブラと下着はセットのデザインになっていて、水玉かボーダーかの選択だ。

 しかして、現在うざいと思っている静は率直に答えはしなかった。

「愛している恋人に聞けばいいでしょ」

「それは正論だけどさー。うーん、水玉かなー」

 数秒ほど悩んだ振りをすると彼女は水玉を選ぶ。静は、ふーっと息を吐くと彼女の着替えが終わるのを待つことにした。

 しばらくして、朝風の着替えが終わる。彼女がバッグを持ち外へ出るのを察知すると、いち早く玄関に急いで廊下へと出た。彼女は、静の不親切な態度を気にもせずマイペースに支度を終えると彼女も部屋を出て鍵を閉めた。

「それじゃ、映画、見にいこっか!」

「ええ……」

 内心では面倒だと思いながらも、身体で嬉々としている様子を表現している彼女を追った。



 映画のタイトル――友が愛に変わる時。

 名の通り、同性の主人公とヒロインが、友情という友達関係から愛情という恋人関係に変わるという話だった。

 初見のタイトルの拝見時では、普通の恋愛物かと思い認めていたが、同性愛を取り上げた作品で何とも意表を突かれたというか、狙ってやられたようにも感じる。

 朝風と一緒に同性愛の作品を見るなんて、嫌悪である。

 この作品、同性愛的な葛藤から触れ合いが多々描かれていた。あるシーンでは、普通の恋人がするような触れ合いが何度もあって、そのたびに目を背けていた。

 映画を見終わって、朝風がニヤニヤしながら感想を求めてくる。これも、彼女の恋人の関係を主張する手段なのだろうと、適当に呈の良い感想であしらった。

 心底では、映画中窮屈な重いでいっぱいだった。

 解散はそのまま行われた。雪ちゃんを迎えにいくんだー、なんて穏やかそうに言って彼女は足早に去った。最後まで、恋人の話を割かないものだと、悪態をついて彼女を見送ると家に帰ることにした。

 電車に乗り自分の家へと帰る。駅を降りて、自分の家を目指していると見知った人を見かける。

「お姉ちゃん、また変な本買って……」

 小学生くらいの女の子が、買い物袋を持って隣の女を姉と呼称し叱っているようだ。

「へ、変じゃないよ! 実用書だからっ!」

 姉と呼ばれた女は、そう反論していた。

「ふーん。漫画を実用書っていうんだぁ。お姉ちゃん、変なゲームしてからそんなのばっかり買っているもん」

「べ、別に悪いのじゃないもん」

 と、その一方の姉と呼ばれている女のほうの顔に気づく。静は、その女の名前を呼んだ。

「あーや?」

 そう呼ばれると、彼女は挙動をおかしくさせて振り向く。彼女は、桐生綾香は静の顔を見るとわたわたと驚いた。

「え、え、静ちゃん?」

「そうだよ。えっと、妹と買い物?」

 そう聞くと、綾香が答える前に綾香の妹、千夏が先立って答える。

「はい! そうです! ところで、お姉さんはうちのお姉ちゃんのお友達なんですか!?」

 小学生の女の子とは思えぬ気迫を出していう。静は、少々引いていう。

「ええ、そうだけど……」と、当然のように答えると、なぜだが綾香が心底嬉しそうに可愛らしい笑みを見せていた。その笑みに、少々顔が紅潮する。

「わー良かったです! うちのお姉ちゃんにお友達ができてたことが本当だなんて」

「し、しつれいだよ、千夏……」綾香は手に持ってある書店の袋をぎゅっと握って照れる。

「あはは……、私帰るところでさ。あーや、妹と仲がいいんだね」

「そ、そんなことないと思う、よ?」と、不安定な言い方をする綾香。すると、彼女の妹の千夏はムーっとさせて綾香の腕をつかみいう。

「仲いいですよー、ねーお姉ちゃん?」

「え、うん、そ、そうだね」と、また綾香は曖昧にいう。

 綾香の変な物言いはすでになれたものだが、やはりもどかしく感じる。

 綾香と妹の邪魔をするのもどうかと思い、また少し胸の窮屈さを感じて避けるようにいう。

「じゃ、私帰るわ。じゃあね、あーや」

 と、足早に綾香の横を過ぎ去る――と不意をついて声がかかった。

「し、静ちゃん!」

 自分の名を呼んでいる綾香。反射で振り向く、静はあっけに取られた。

「また明日ね!」

 さようならの挨拶だ。とても普遍的で、友人同士ならば当たり前の行為だ。だが、彼女の乙女みたいにしおらしい顔つきが心をトキめかせた。その思い、気づかぬもので小さく手を振ると再び家の方向へと走り出す。

 しばらく、彼女の可愛らしい素直な笑顔を忘れそうにない。


       3


 朝の事。いつも通り、結城静は姉からのしつこい心配を受けて学校に登校すると下駄箱に手紙が入っていた。

 外装は至って普通の手紙。薄いピンク色のデザインで、シンプルである。ただ外装には、差出人が記されていなかった。

 下駄箱に手紙、だなんてラブレターのようである。しかし、静自身人から好かれるような性格だとは思っていない。見た目だけ愛を告白しようものなら、大した面食いだと疑うものだ。

 少しもドギマギした感情は沸いてこないものだが、人に下駄箱で手紙を読んでいる様子を見られたくはなく、近くのトイレに駆け込んだ。

 トイレの個室で、手紙の封を切る。封は、白猫のシールで張っており綺麗にはがした。便箋を取り出すと内容を拝見する。

『放課後、保健室に来てください』

 なんとも、率直な手紙であった。文面は、待ち合わせ場所と時間のみが記され、ここにも差出人はない。

 誰からだろうか。普通に考えて、変な趣向のある男子なのだろうが、友達に朝風真奈美という恋人が女性の保健医という奴がいるために、もうひとつの思案が浮かばれる。まさか、自分に好意のある女子でもいたのだろうか。

 女子だとしたら奇妙な話である。まして、自分に同性愛的な好意を向けられると思わない。恋人的な、触れ合いを同性に限り偏見を持つ静には気持ちの悪い手紙だ。もちろん、これが女子からの手紙であると決められたわけではない。

 さて、どうするか。この手紙の記す場所に行くかどうかである。

 他人に告白されてどう応えるか。おそらく、断る。付き合うことになったとしても、姉が介入してきて相手に迷惑をかけそうである。姉の存在が、断る理由として一番の最もな意見だ。まあ、姉がいないとしても、恋人関係を今は望んでいないゆえにどういわれようとも断るつもりだ。

 一応、行くだけ行って断ろう。静の律儀な部分が働いた。

 便箋を閉じ手紙をかばんの中に潜ませると、トイレから出る。出ると、朝風が待ち伏せしていたようでニヤニヤにこちらを見てきた。

 むかついて、キッと睨むと彼女は小さく笑みを零していう。

「どーだったの? 手紙は?」

「何見てたの?」

「うん。静ちゃんが無表情で手紙持ってトイレに入るのみてたー」

 余計なとこを目撃された。睨み返すと、彼女はまた笑う。

 朝風を無視して、自分の教室へと向かった。朝風も同じ教室なため、足取り同じくして後ろから彼女もついてきていた。

 彼女の無言の煽りを感じながら、手紙のことを気にしていた。



 朝風には放課後まで手紙のことは隠した。執拗に尋ねてくるのを眼力や罵倒で防いでも、嬉々として問いてくるのだから幾分うざったかった。

 昼休みのときには、朝風から開放され桐生綾香とご飯を食べていた。いつからか、昼は彼女と過ごしているのだが、今日はなぜかいつになく顔を赤くさせる回数が多かった。

 こうした一日を過ごして、静は今トイレにいた。

 大きなため息を吐いていた。手紙を持って、しみじみとまたみていた。何度みても、内容は変わらない。こんなことせず、すんなりと保健室に行って告白を断ればいいのである。

 しかし、そうすんなりと感情の整理がつかないのが常人である。まだ、不安定な悩みを抱いていた。

 ただ、トイレの中にいつまでも閉じこもって事態は急変しない。ならば、何も考えず頭を空っぽにして自分自身を打ち出していくのが定石である。

 結城静は、思い切ってトイレを飛び出し保健室を目指した。

 保健室の前にたどり着き、自分らしかぬ緊張をしてしまう。優柔不断ではないはずなのに、戸惑っている。それが何ともいじらしく苛立ちを覚える。そこまで、思慮を深くさせなくともよいのに勝手にそう思慮されている。

 大きく息を吸って覚悟を決める。結城静は、保健室の戸を開いた。

 保健室に入ると、静は驚いて声を上げる。目の前にいる彼女の名を呼んだ。

「え、……あーや?」

 目の前には、桐生綾香が乙女ちっくに儚げな雰囲気を漂わせて立っていた。

「あ、あの……、来てくれたんだ静ちゃん……」

「え、ええ……」

 当惑する。何を話せばいいのかわからない。目の前にいる綾香は、手紙の差出人だろう。彼女の反応からして、それは明確だ。だからこそ、当惑した。

 返事はもどかしく、目線はうつろだった。

「あのね、静ちゃん。私ね、静ちゃんに大切な気持ち……言いたいんだ……」

 儚げに可愛らしく目線を伏せて、彼女は息を整えていた。

――やめて……。友達からそんな言葉聞きたくない……。

「初めて会ったときは、すっごく怖かったけど……。こんな私と一緒にいてくれて、一緒に下校してくれたり、嬉しかった……」

 彼女は想起してそう語る。まるで、告白前に落ち着かせようと話を聞かせていた。

――なんで、私なんかを好きになるの……。やめてよ。ずっと友達で一緒にいちゃだめなの。

「わ、私……、静ちゃんのことが好きなの!!」

 桐生綾香から告白された。好きだと告白された。静のことが好きだと――告白された。

 ここに来て、気づいているはずだ。ここに来て、彼女の顔を見て気づいたはずだ。桐生綾香は、結城静に確かな好意を抱いていることを。

 応えは曖昧なものである。彼女から、告白を受けて頭の中が朦朧としている。応えの手段を思考していない。

 頭の中にあったのは、心底にある悪癖と偏見である。

「……気持ち悪い」無意識に震えた声がそういった。

 綾香は、小さな阿吽を零した。かすかに、それは耳で捉えていて目線だけが上がり彼女の顔を伺った。彼女は――声も出さずに目から涙を流していた。

「あ、あーや……?」

 桐生綾香は何も言わずに保健室を出て行った。こちらを睨むわけでも、捨て台詞のような言葉を吐くわけでもなくて、すべてを自分の中に押し込めたように何も言わずに出て行った。結城静は、一人保健室に取り残された。

 虚無が押し寄せる。苦慮が頭を軋める。

――あーやが悪い。あーやが悪いんだから。何の戸惑いもせずに、率直に女の私に告白したから……。何の予兆もきっかけもほのめかせることなく告白してきて、当然こうなるに決まっている。

 同性の恋愛など気持ちの悪いことだと思っている。それが世間の答えなのだから当たり前のことだ。世間のほとんどは、男性は女性に女性は男性に恋をして、うまくいけば結婚をして、子供を作って、子供を育て、子供がいなくなると余生を過ごす。それが普通のことなのである。

 それが普通だと思うから、普通ではないことに対して偏見が生まれる。それを排他しようと、罵声する。

 そう思っていた。そう認識していた。朝風が保健医の女の先生と付き合っているのも、気持ちの悪いことだと思っている。自分に降りかからなければ、罪のないものだと思っている。

 今、それは起きてしまった。友達だと思っていた桐生綾香に告白されてしまったのだから。

 身体が震えている。たぶん、すぐには声は出ない。それほどに、わけのわからない動揺をしていた。

 突拍子もない告白を嫌がって動揺している? 友達を泣かせたから動揺した? わからない、わからないけど……間違いなく後悔していて――泣いた。

 このわからない気持ち。ただただ泣いてごまかすしかない。

 陰口を叩いて吹聴し、妙な偏見を信じて拒絶して、歯に衣着せずに偏った気持ちをぶつける性格。

――私くずだ……。

 結城静は泣く。ずっと、ずっと泣いていた。

 

 

 保健室での告白の後。朝風真奈美が、彼女らしからぬ顔つきで結城静を迎えに来た。家に帰って、心配する姉をよそに再びベッド上で一人泣いていた。

 学校には行かなかった。いや、行く気力なんてなかった。もう桐生綾香に会う自信なんてなくて。逃げた。

 学校を変えて、進学する高校も朝風真奈美と同じ秋野女高校を選んだ。

 そうやって逃げ続けてある日。

「ちょっと小腹すいちゃってさー。なんか食べよう」

 短い期間同じ中学でクラスメートだった女子がいう。

「え……」

 戸惑ったように阿吽を出すのは、よく知っている女子。桐生綾香だ。

 あるT字路の先で彼女たちの姿を見かけたのだ。

「……見つけた」

 結城静は小さく息を吸って、懐から黒猫のストラップがついたスマホを取り出した。

 黒猫のストラップは大きく揺れた。 

お待たせしました。三ヶ月ぶりの更新になります!

今回で過去の話が終わります。次回から四話からの続きになります。

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