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ぼっちな私のユリハー思案  作者: あこ
西条莉奈編
19/19

水瀬の家での一幕


    プロローグ


 茹だるように暑い日。真夏の日差しは家屋の中を熱で襲う。

 広い広い家屋でさえ、その熱から逃れることはできずある和室を熱していた。

 クーラーのない和室で、誰も暑さだけでない汗を額に垂らして一人の男を注視していた。その男は、季節感のない黒いスーツを着て和室の中央に鎮座していた。

 その正面には三人の少女、側には一人の女性がいた。

 彼は和室の中央にて、膝を折り畳み座り、首を垂れて、ポツリと呟くように言った。

「ごめんなさい」

 彼女たちなんかよりよっぽど大人で、大の男がだだっ広い部屋の真ん中で頭をたたみにこすり付けて――なんていうか見っとも無い姿だった。

 これだけの家屋を持つ家柄の男で、それなりに人生経験を歩んできたであろう大人が寡黙に言い訳も理由も理屈も述べないで、それだけを言葉と態度で示してきた。

 目の前には、彼の血を半分だけ分け与えられた子が三人。そして、質素なスーツ姿で彼の姿から目を逸らした女性がいた。

 子供のほうは一瞬だけ驚いた。いや、驚いたというよりはそれを理解するには経験も知識も足りず呆然とするしかないといえる。だが、子供のうち一人、一番上の子はこの状況を少しだけ察したように眉を寄せ唇をかみ締めていた。

 もう一人は呆然の末、恐怖を覚えて一番年上の子のすそをつかんで離さない。

 一番年下の子は、スーツ姿の女性の膝の上で不思議そうにその女性の顔を伺っていた。

 彼の言葉からしばらくの黙殺。それを破いたのは一番上の子だった。

「死んで欲しいです……」

 その子は冷酷に言い放った。半分とはいえ、実の父に向けるには余りに惨い言葉だ。

 だが、この少女は言った後に言葉を澱ませた。震えた唇は後悔をいなせずにいられないように見えた。

 それでも、出てきた言葉は本心でそれを受け止めた相手はただただ沈黙して耳を傾けていた。

 この少女は震えた目を相手に向けず、床のほうに下ろしていた。もう見たくもない。そういう表れだった。

「……この子たちにそんなこと言わせないでください。こんな姿、見たくなかったです」

 傍で見ていたスーツ姿の女性が訥々と目に涙を浮かべながら語った。

「この子たちの親はもうあなたしかいないのですよ!」

 こみ上げた感情が言葉に乗り糾弾となって轟く。

 間を待って、男は顔を上げずにいう。

「俺にその資格はない」

 身勝手かつ無責任な言葉。震えもせず、強張りもせず、淡々と放つ言葉にスーツ姿の女性は驚嘆に顔をゆがめた。

 無意識に、まだ状況も空気感も判らない一番下の子を抱きしめるが――不意に緩んでしまった。

 その緩みに、一番下の子は無邪気な姿で一番上の子のもとへと駆け寄った。真ん中の子が不安でその子の裾を掴むとは反対に、好奇心な素振りで裾を掴む一番下の子。

 一番上の子は、まだ制服も着ている学生でありながら母のような面を半分だけの繋がりを持った妹たちに向けた。

「私が親になります」

 重い言葉だった。この少女は決意を込め宣言したのだ。だが、この少女は何も自分の立場が幼いことを理解していないわけではない。ゆえに、それを含めて言葉を紡ぐ。

「でも、私にその甲斐性はありません。私たち三人だけで生きていくなんて無理です。だから、最低限……、最低限の保障をしてください」

 少女は重く、他人に諌めるような口ぶりでいう。

 相手の男は声を出さず、頭をこすり付ける素振りで返事をした。少女はその様子を見ているわけではないが、どちらにせよこの男はすべてを受け入れる覚悟と姿勢で臨んでいる。

 とはいえ、この男の返事の行方すら、少女は見る気ではなかった。

 これからどうなるのか不安な眼差しで姉を見つめる真ん中の子。

 重苦しい空間など察知できるほどの年端もない子は周囲をきょろきょろと見渡しているだけだ。

 少女は苦悶を隠して、妹たちに笑みを向けた。そして、傍で視線を逸らすスーツ姿の女性を一瞥して申し訳なさそうに会釈をする。

 彼女は複雑だった。立場的にも、心境的にも――が、一度抱いて緩んだそれが今の自分の本心だとして悔やむしかなかった。だから、少女の会釈を素直には受け取れなかった。

 自分を見てくれるのは少女だけでない。ほかの姉妹もそうだ。不安を誘う眼も、遊びたくて光らせている眼もこちらを見ている。けれども、今の自分にそれを答える資格はない。

――私も同じだ……。

 そこにいる無様な男と同じ。その重さを比べるものではないが、無念はあった。

「…………」

 少女は無言。もうこれ以上は話すことはないことを呈している。

 沈黙した和室に、八月の蝉の鳴き声が虚しく響いていた。




 結城静は心底腹持ちならない気分でいた。

 特徴的な吊り上がった目はなお吊り上がり、眉を顰め怒りを面から隠せずにいた。

 ただ瞳の中には、目の前で寝そべる綾香を心配そうに見る良心がひそんでおり、怒り八割良心二割くらいの面を作っていた。

 質素な部屋にあるベッド。そこに静かな鼻息を立てて横になっている綾香がいる。その隣で、床に座って見守っているのが静だ。

 この部屋は水瀬灯里の部屋だという。彼女の妹がそう説明した。

 初めて灯里の部屋に入ったが、想像通りの部屋だった。

 まるで病院のベットみたいに味気のないベッドの他にある家具は参考書などが入れられた本棚、そして最低限のものしか入ってなさそうなタンスくらいだ。勉強机はなく、代わりに折りたたみ式の机が置かれている。きっと、その机を勉強する場所に使っているのだろう。

 灯里の妹、夏奈子曰く灯里はこの部屋をあまり使わないそうだ。

 寝る場所は大体、リビングのソファーだそうで、ベッドに綾香を寝かせた時、シーツのシワの少なさから違和感があったが納得のいく話だった。

 姉の話をする夏奈子がどこか申し訳なさそうな顔をした時、静は自分の姉を思い出していた。

 灯里が家のことをしているのは知っている。水瀬の家も、静のところと同じで姉が親に代わって家事や妹の世話をしているのだ。だから、自室をあまり利用していないところを見て灯里の苦労がうかがえた。

 今度、灯里に何かしてあげよう。と内心思う静だったが、今は綾香の心配の方が先であった。

 脳裏に、綾香とあの女とのキスが焼きついている。

 反芻するように浮かび上がる光景に、何度も頭が破裂しそうになるくらいムカついていた。

 しかし、目の前ではキスしたことなんて忘れているかのようにぐっすり眠っている綾香がいる。彼女にはこんな顔を見せられないと思い。深呼吸をして調子を取り戻す。

 綾香は気絶したあと、そのまま眠ってしまった。病気を疑うくらいすんなりと眠ってしまったので、多少心配するが彼女のだらしのない寝顔を見ればその必要はないことを悟る。

「まったく、あんたは……」

 人の気を知らない無垢な寝顔。手元にマジックがあれば落書きでもしてやろう、かと思うくらいだ。

 じっと見てしまう。純粋無垢な少女の寝顔。好意のある静から見れば、見惚れてしまうのは当然のことだった。

 自然と顔との距離が近くなる。少し身体を浮かせて、顔を落とせば唇が彼女に触れるだろう。

 途端に緊張する。無防備な綾香を前にして、理性が崩れかけようとしていた。

 あと数センチ縮めれば、互いの唇は触れキスすることになる。

 キスはあの女に奪われてしまった。このままキスをして奪い返す、なんてことを考えていた。

 でも、躊躇する。相手の意識を伺わないままにキスするのは背徳だ。それはあの女と同じことをしているのと変わらない。

 静は近づけた顔を戻して、床に腰を落ち着ける。虚しい吐息が不意に漏れた。

「百合の波動を感じます!!」

 気持ちを落ち着けたところで、嬉々とした声がいきなり部屋に入ってきた。

 少しやましい気持ちがあったため、必要以上に身体を驚かせる静。険な眼差しを、入ってきた声の主に向けるとその相手は目線を逸らして下手な口笛を吹いた。

「夏奈子、あーや寝てるんだから静かに入ってきて」

「ごめんなさーい」

 悪く思ってない様子の謝罪。彼女は灯里の妹、夏奈子だ。手にはカップ四つとお菓子を乗せたお盆を持っている。

 彼女が急に奇声を上げて入ってきたことを考えれば、きっと彼女は部屋の状況を伺って入ってきたのだと考えられる。それに、夏奈子は静と綾香の関係性を逐一気になっている素振りをしていたためどこかで何かしてくるだろうと、静は察していたのだ。

 カップの表面に水滴がついているのが、だいぶ部屋の外で待っていたのをうかがえた。

 夏奈子は眉を寄せる静を横目に、部屋に置かれた机にお盆ごと置いた。

「ねえ、もう盗み聞きは良かったの?」

 ふいをついて、部屋へ入ってきたもう一人の女子が何の気無しにポツリと核心を漏らした。

 ぎくりとする夏奈子。その隣で、肩をワナワナと震わせ怒りを顕にする静がギロリと睨んできた。

 夏奈子は手前の水を飲み干して、スッと立ち上がる。入ってきた女子に指先をピンと立てて、口先に当てる。黙っててという仕草だ。

 そのまま、目線を狼狽たままこの場を逃げる言い訳を口にする。

「ト、トイレ行ってくるね!」

 ビューという効果音が彼女の後ろを追うように部屋から出ていった。

 呆れて物も言えない。ため息が出てしまう。

 結果的に、夏奈子と代わって入ってきた女子は出て行った夏奈子を小さく手を振って見送っていた。そのまま、机の近くに座った。

 彼女は夏奈子の友達、 仁奈だ。黒く長い髪と、大人びた眼差しが特徴的な女子。麗人という言葉が似合う子だが、まだ中学三年と考えれば余る言葉な気もする。

 彼女と対面するのは初めてだ。今日、あのショッピングモールにて夏奈子と一緒に買い物をしていて、流れるままに彼女もここにいる。

 気まずい。というのが静の率直な感情だった。

 静は別に人と話すのが苦手なわけではない。悪口を肴に話題を広げるのが彼女の得意であるが、綾香の手前、また本心を知っている夏奈子がいる家の中でそんな悪癖を使うわけにはいかなかった。

 そう頭を悩ましていると、仁奈が気遣っていう。

「そこの人……えーと、桐生綾香さんは大丈夫ですか?」

 彼女は教えてもらった名前を思い出していった。

「見ての通り、何事もなかったみたいにグースカ寝ているわ」

「ホント、気持ちよさそうですね」

「そうね……」

 何ともない会話。山もなければ谷もない。

 ふと、静は思い出したように話題を転換させる。

「夏奈子と仲良いみたいね」

 先ほど、仁奈が夏奈子に悪いことをしていることを素直にいったことを想起していう。

 仁奈は微笑を浮かべて、嬉しそうに話す。

「小学校からの付き合いですから」

「そう長いのね……」

 少々うらやましく思う。静にそれほど付き合いの長い友人はいない。綾香くらいが一番長い付き合いだ。

 場に沈黙が流れ始める。静が急に憂くな黒目を綾香に落としたからだ。

 考えがネガティブになってしまう。嫌な出来事も相待って、それは際立つ。

 息を吐いてそれを誤魔化すが、頭から離れてくれない。

 嫌な思い出を忘れるように、綾香の面を見つめる。幼く可愛げな顔つきは、静の心を落ち着かせた。

 静かな部屋の中、空気を読まない水を注ぐ音が聞こえた。

 最初は気にならなかったが、音の不自然さに気づく。

 振り向くと、仁奈が空っぽになっていたカップに水の入ったカップを注いでいた。彼女の方に視線をやると、にこりと首を傾げる。

 行動だけ言えば、空っぽの容器に中身の入った容器から移しているだけの行動。何の不自然さも見られないが、静はしばしの思慮の末、その不自然さに気づく。そして、疑問が浮かぶ。

 どうして、彼女は夏奈子の飲み干したカップに水の入ったカップを移しているのか、と。

 彼女は何食わぬ顔で、さも自然な事のように水を移し終えると舐め回すような視線で夏奈子のカップを見て飲む。

 静は考えたくない思慮が思い浮かぶ。しかし、その思慮を信じたくはない。もしそれが核心なら、目の前の一見麗人の女子はかなりの変態という事になってしまうからだ。

 だから、自然を装って質問する。

「あんた夏奈子の事好きなの?」

「ええ、好きですよ」

 実に数秒の間隔もない即答だった。

 好きだから、好きな子のカップを舐めているの? なんていう質問をするのを戸惑ったが、彼女が普通のことを口にするようにいった。

「だから、夏奈子のカップで水を飲んでいるんじゃないですか?」

 まるで、それが悪いことですか? なんて問うような純な眼差し。やってることは純とは程遠いが、彼女にとっては純な愛情表現だということらしい。

「当然のように言わないでよ」

 そうツッコミを入れるが、彼女は夏奈子のカップから水を飲むのをやめない。

 夏奈子もそうだが、その友達も少し変わっているようだ。類は友を呼ぶというやつだろうか。

 変態的な行為を純な物だと疑わない彼女を相手にしてはぶが悪いきっと何を言っても平然と返すだろう。

 仁奈相手に頭を悩ましていると、虚をついて電話が鳴った。

 仁奈の視線が、カバンの中でなっている携帯電話に向く。夏奈子のカップから口を離していう。

「結城さん鳴ってますよ」

「わかってるわよ」

 言われなくとも、という風でカバンを手元に寄せて中から自分の携帯電話を取り出す。

 黒猫のストラップが揺れて、カバンの中から顕になる。携帯の画面を確認する。相手はーー灯里だった。

 あかりんと表示された電話相手に、一瞬悩みながらも険しい表情で電話に出た。

 もしもしという前に、相手の灯里が小さな声で話してきた。

『静か? 今大丈夫か?』

「はあ? 大丈夫じゃないわよ。あんなことあって」

『そうか……、そうだよな……』

 申し訳なさそうな相手。静は本筋に話題を変える。

「で? 何か用なの?」

『先の話だが私と一緒にいってもらいたい場所がある』

「何それ? どこ?」

『今回の事に関係する場所だ』

 不意に、苛立ちが蘇る。

 横目で綾香を確認して、言葉を紡ぐ。

「へー、そいつに会わせてくれるの? 殴らせてくれるの?」

『野蛮だな……。遠回りにはなるが後々、彼女と会う事にはなると思う』

「遠回り、ね」

 イマイチ納得いかない様子で、言葉を濁す。

『それで一緒に来てくれるか?』

 灯里は本題を切り込む。

 一瞬、悩むがその答えは決めていた。

「来ないと、あの女に会えないでしょ?」

『ああ……』

「じゃあ、行くわ。それまでにあの女に会ったら覚悟しとけって言っといて」

『伝えておくよ……』

 電話はそこで途切れた。

「夏奈子のお姉さんですか?」

 電話を終えると、すでに夏奈子のカップに移した水を飲み干した仁奈が訊ねて来た。

 彼女の変態的な行動を突っ込む事なく、首を縦に振って答える。

 しばらく、携帯の画面から目を離せなかった。

めっさ久しぶりの投稿になります。。。

待っていた方、お待たせして申し訳ありません。


やっと話が元の時間に戻ります。。。

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