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ぼっちな私のユリハー思案  作者: あこ
西条莉奈編
16/19

中学三年の冬1・過去

 年が経つのは早いものだ――なんて、齢十五を迎える中学生がしみじみと語るなど滑稽極まりない。

 水瀬灯里は中学三年生になっていた。

 季節も冬で、クラスは受験勉強に向け緊張した装いをしている。

 この三年様々な学校行事があったのに、どれも記憶に深く根付いていない。青春という言葉が、灯里の中ではどうにも軽薄で浸透してない。それなりに楽しいと思える出来事はあったはずだ。なのに、灯里はいつまでも莉奈の事を引きずっていた。

 莉奈は灯里と別のクラスだ。二年間一緒だったから三年目もと甘く見ていたが、流石に連続とはいかなかった。それを残念がるか嬉々とするかは複雑でハッキリした心境はない。まあただ、一緒に下校する相手が居なくなったのは寂しいとは思う。

 二年も経てば、《あの事》は希薄になる。記憶という湖の奥底に沈殿しきって浮いて来ようとしない――だが、一度底をほじくり返せば水面に浮かび上がってくる。灯里はそれを繰り返していた。

 灯里と一緒にいる莉奈は変わっていないように思える。天使のような微笑みで、他愛ない会話をする姿に、悪癖や悪性なる素ぶりは見えやしない。だが、そんな彼女に本性を炙り出す言葉を灯里を知っている。

 ――佐倉冬美。

 何度、彼女の名を莉奈の前で口にしようか迷った。そして、藤山ヒトミ先生も、莉奈の関わりある人物として何度口から弾み出るかと我慢した。その関根は、未だに莉奈が呟いた――あなたには分からない。が頭の中を離れない。

 結局どうしたいのか。どうすればいいのか。

 気づけば三年の冬。灯里の不断さもまた極めていた。

 そんな折に、妙な出来事があった。妙と片付けるより奇妙と現したほうが良い出来事。それは、こんな季節に関わらず転入生が来たことだ。

「結城静でーす。よろしく」

 釣り目の少女。気の強そうな面が伺えるが、愛想の良い笑みはクラスに好印象を抱かせた。

 灯里は、こんな時期に来る転入生なんてロクなヤツじゃないと直感していた。

 静はこんな時期にも関わらず、彼女の性格か人当たりの良さでクラスに溶け込んでいた。無愛想、仏頂面の灯里にさえ隔てなく声をかけてくるのだから、彼女の持ち前だと考慮した。

 とはいえ、残り冬休みを挟んで三ヶ月ほどしか過ごさない相手だ。クラスメート以上の仲にはなるとは思っていなかった。

 そんな折、彼女にこれといった興味を抱くことなく冬休みを終えた先のコトだ。

「……美樹女学院、か」

 職員室を出てきた灯里は手に学校パンフレットを持ち、その表紙に書かれた学校名を呟いた。

 その学院はこの校区内にある高校だ。進学先は美樹女ともう一つあるのだが、灯里は去年ほどからこの学院に決めていた。

 美樹女といえばお嬢様系の学校で有名だ。その風格は外観から見て取れる作りをしている。それはもう漫画や小説でイメージされるお嬢様学校のような作りで名乗らなくとも勝手にそう想像つくような学校。

 水瀬灯里の性格、風貌からしたら似つかわない。それは自分自身も滑稽だと思うくらいだ。

 どこに目力の強い体格の良いお嬢様がいるのやら――が、水瀬灯里がここに進学を決めたのは品位を嗤うためではない。

「水瀬さん、職員室に用って何かあったの?」

「うんや、ちょっと先生に勉強見てもらってたんだよ」

 咄嗟に、学校パンフレットをカバンの中に隠した。

 水瀬を職員室前で待っていたのは西条莉奈だ。灯里より小さい背で、丸い瞳で見上げる姿は同性でもドキリとする。そもそも莉奈に同性に対して魅了する何かがあるのか、そう思ってしまうほどに。

「お前こそわざわざ待っていたのか?」

 言い訳の不自然さを隠すように話題を切り替える。

 莉奈は微笑を浮かべて応えた。

「うん。今日は水瀬さんと一緒に帰ろうって思って」

「そうか……」

 可愛げな面で言われると少し照れる。

 莉奈とは三年になってクラスが別になったが度々一緒に下校する仲だ。それは一年から、あの出来事の後からも続いている。若干もどかしい距離を感じるが、今はこういう関係で落ち着いている。

 嘘でも心地の良い感覚を得る。しかし、今は、

「待ってくれて悪いが、用がまだあるんだ」

「用って?」

 純朴に見える眼差しが上目遣いで訊いてくる。

 思わず当惑してしまう視線にまどろむ。うろたえぬよう繕っていう。

「あれだ。課題だよ。こんな時期に課題なんか出した先生いてさ、今から急ピッチでやって提出しなきゃなんないんだよ」

 受験期に課題を出す先生は稀だと思うが、莉奈とはクラス別なため課題の有無は判断できない。少しイタイ言い訳だが、莉奈は疑念などない様子で頷いていった。

「そうなんだ。大変だねー」

「あ、ああ……悪い」

 罪悪感がこみ上げて、目線が不意に揺れ動く。

「いいよ! じゃあ、水瀬さん課題頑張ってね!」

 随分素直な態度で去っていく莉奈。終始笑顔で険な素振りもない。

(今度一緒に帰ってやんないとな……)

 懺悔するように内心で誓った。

 莉奈の誘い断ったのは行く場所があったからだ。それも莉奈に関係する場所だ。

 カバンからスマホを取り出して一瞥。時間は放課後になって、少々過ぎた時間をさしている。

 時間に焦りを感じ、スマホをしまいカバンの紐をぎゅっと握る。そそくさと職員室を後にし、昇降口へと足を急がした。

 昇降口の靴箱で上靴からローファーに履き替え外を見上げると、小雨がポツポツと降っていた。急に寒気が顔相を覆い身震いしてしまう。深く着込んでいるはずの外套をすり抜け寒風が身体を包む錯覚に眉を寄せた。

「さむっ……こりゃあ……」

 夜になる頃には雪でも降るなぁ、なんて思った。天気予報を毎朝確認するタイプでも、傘を事前に準備するタイプでもない灯里は悔やむように白い息を吐くばかりだった。

「結城さんって酷くない?」

「あれでしょ? 陰口ひどいよね」

 虚を突いて、耳朶が話し声を拾った。

 声の出処は昇降口前の校庭だった。こんな寒空の中で、井戸端会議並の談笑を繰り広げる女子二人組。彼女らがその肴にしているのは結城さん―ー結城静、最近転入してきた女子の話だ。

「最初話やすい子だと思ったけどねー」

「口悪すぎ」

「お前ら、なに話してんだ」

 状況を考えるより先に口が出た。妙な正義感が働いたせいだ。

「あ、水瀬さん。今から帰り?」

「莉奈と一緒じゃないんだ」

 二人は灯里の話よりも、灯里をおちょくるような声色で話を変え続けた。どうやら、陰口を言っていることを本人たちも自覚していないようである。

「お前ら今、静の話をしていただろ」

 話の核心を着くと、彼女らは見合わせて黙した。

 黙想の末、一人の女子が口にする。

「だってあの子、人の悪いとこ言いふらすんだもん」

「はあ? なんだそれ?」

 静が人当たりの良い姿しか見えたことない灯里にとっては初耳だった。

「水瀬さんの話もしてたよ。興味ないフリしててつまらないって、酷くない?」

 なんだそれは、と突っ込みたかった。だが、基本的に無愛想な灯里がそう見られてても不自然ではなく言葉の所在が見つからない。

 しかし、それを灯里のいないとこで言っているとしたら、

「酷いな。けど、お前らのも陰口じゃないのか?」

「そーだけどさ、あ、やっば。じゃあね、水瀬さん!」

 急に、二人組の女性は目を驚かせて帰っていった。

「なんだ、あいつら……」

 肩透かしをくらったようにうなだれる。すると、

「あぁー、やっぱ嫌われるなー私」

 背後から灯里の前に現れたのはつり目が特徴的な女性、結城静だ。

「お前、ホントにそんなこと言ってんのか?」

 灯里は考えずに真意を聞いていた。その返答は静の微笑が教えてくれていた。

「あかりん、人の悪口って結構いい話題になるんだよ」

「あかりん言うな。話題のために悪口吹聴してんのかよ」

 間を持って彼女は口を歪めた。

「そう、わるい?」

 悪びれもしない素振り。挑発にも感じる声色。冬の寒さのおかげか、こみ上げた熱は拳を握ると共に冷えた。

「……ま、そんなヤツもいるか」

 諦めたように溜息を吐いた。拳を緩めて、静の横を過ぎた。

「ふふふっ、なんだか、あんたとは友達になれそうだわ」

 笑みを口から零した静がそういう。

「残念ながら私はそうは思えないな」

「そうかしら。……もう私にとっては良い友達よ、あかりん」

 彼女は笑っていう。そのまま灯里の元から過ぎ去って校門から出ていった。

「あかりん言うなっつの……」

 彼女の前で、彼女を擁護するようなことを言ったせいなのか目を付けられてしまった。最後に出た小さな反抗の言葉も冬の白い息と共に消えていった。

今回で過去編が終わると言ったな。ありゃ嘘だ。

っていうことで、もうちょっとだけ続くんじゃ。

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