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ぼっちな私のユリハー思案  作者: あこ
西条莉奈編
15/19

藤山ヒトミ・過去



 姉が妹の三者面談に付き添うとなった場合の格好はどうすればよいのか。

 水瀬灯里は自身の学校を出た門前でふと頭に疑問が過ぎった。

 学生の正装は制服だ。葬儀の場面でも、学生は喪服よりも制服を着用して行くものだ。三者面談も同様の類と考えて制服でも問題なかろう。疑問は数秒で霧散した。

 とはいえ、学校終わりに都合を作ってくれたゆえに制服以外の服装で行くつもりはなかったのだが。

「……少し早いか」

 門前から学校の中庭の方に視線を上げると、ちょっとした時計台が見える。面談の時間と照らし合わせると、少しだけ早い時間を示していた。

 このまま妹の夏奈子の学校に向かったところで、隙間ができて手持ち無沙汰である。

 だからといって、暇を潰す行く宛もなければ相手もいないわけで……。

(私友達いないなぁ……)

 別に学校内で話す相手がいないわけではない。が、プライベートで付き合う人がいるといえば、いなかった。いつの間に自分は寂しい人間になっていたのかと自覚してしまう。

 思えば莉奈や冬美が、友達に当てはまる人だったが、

「ん? 莉奈……」

 なにげに時計台を見通して昇降口の方を見ていると、莉奈が出てくるのが見えた。

 面談を理由に、莉奈には一言だけしか挨拶していない。焦って出たのはいいものの、冷静になってみれば時間に空きがあったわけだ。

 莉奈一人が出てきて不意に丁度良いと思った。暇つぶしの相手に付き合って貰おうと、手を振って莉奈の名を呼ぼうとしたところで口は噤んだ。

 昇降口から莉奈を追うようにもうひとり出てきたのだ。

 幼げな容姿の女の子だ。灯里のクラスでは見たことがない。どこか別のクラスの子だろう。とかく、最近莉奈が連れている女の子とは別の子であるのは一目瞭然であった。

 ここ一年――冬美の事から度々、莉奈がそうやって女の子と一緒にいる所を目撃する。傍からみれば、普通の友達同士にしか見えないのだろうが、冬美の件からして灯里はそーいう目でしか見えない。

 まったく、そういった思考回路からそろそろ脱却しても良いものだ。だが、未だに過去が瞼の裏でちらついて難儀であるのは自分でも判っている。

 莉奈がただ女の子と出会って和気あいあいしている素振りならば深く思慮する必要もない。が、相手の女の子が仄かに顔を赤らめて黒目が陶酔したように見上げている姿を見れば――ただの関係じゃないことくらい察する。いつの間にか、色香の関係について敏感になっている灯里。

 持っても嬉しくない鋭い感覚にため息が出る。

 莉奈に声を掛けようと上げた腕はさっと降ろした。仲良く話す莉奈と相手の女の子に気づかれないよう学校を後にする。

 面談までの時間どう過ごすかを念頭に置いているに関わらず、早足だった。


 夏奈子のいる小学校についたのは予想通り、面談時間より少し早い時間だった。

 小学校の門からは様々な背格好の子が門前で見送る先生に挨拶をしながら下校する姿を伺える。年端もいかない子たちが純朴な声色で丁寧な挨拶とお辞儀で過ぎ去る姿は可愛げがある。

 なんとなしに新鮮な光景を見ていたら、声をかけられた。

「あの学校に御用ですか?」

 学校内からこちらに近づいてきたメガネを着用した気品ある女性。丁寧な物腰で、スーツ姿が様になっている。

 灯里は訝しげな彼女に気づいて冷静に対応する。

「三者面談に来ました、水瀬夏奈子の姉です」

 その旨と簡単な紹介を交えて話す。すると、相手の先生らしき女性は考えた素振りをして朗らかにいう。

「ああ、藤山先生のとこの。話は聞いていますけど、ちょっと時間が早いのでは……」

「そうなんですよ。学校が早く終わっちゃって、っていうかスムーズに終わったというか」

 ホームルームが長引くことを見越して、また余裕も持たせた上で設定した時間だ。しかし、こうもスムーズに行くとは想定外である。

「それでしたら面談室の方でお待ち頂けますか?」

 融通の効いた対応に、頷いて返答した。

 生徒が通る昇降口を横目に、職員が入る玄関口に通される。玄関口からスリッパに履き替えて、職員室や校長室のある廊下の通りに併設された待合室へと入った。

 畏まってお辞儀をすると、丁寧な素振りで返され中学生の灯里には少々心細い空間であった。

 夏奈子の母親代わりとはいえ、年相応の心情はあるのである。ちょっとばかり年増な部分もあるが。

 しばらく待つと、先ほどの女性がお茶を持って入ってきた。

「藤山先生は職員会議の後いらっしゃいます。夏奈子ちゃんはもうじき来ると思います」

 お茶を置いて、最低限の用を話終えると灯里の小さな頷きを見て彼女は出て行った。

 非常に淡白な印象を受ける女性だ。しかし、夏奈子の担任でないと世間話にするにも内容がないのだろう。それに踏まえ面談に来ているのが親ではなく姉、しかも中学生とくれば話題の宛が外れるのも無理はない。

 彼女の性格を勝手に推測する中学生らしからぬ思慮の灯里。むしろ、そういった柄を見抜いて淡然とした対応をしているのかもしれない。

 出されたお茶に口をつけて、面談の時間を待つ。にしても面談室はかなり殺風景な部屋だ。

 ソファー二つに、その間にある長机。後は有り体の装飾品が適当に飾られている。殺風景とは少し言葉違いかもしれないが、知らない作者の絵画とどこの陶器か判らない壺の装飾はなんとも安易である。

 どこの面談室も有り体の作りをしていることに納得する。言ってみれば、ソファー二つ向かい合ってあれば成り立つものだ。

 お茶の雑味に眉を寄せて小さく息を吐いた。今更ながら緊張してきた。

 緊張ゆえに、しきりにお茶を口に運び込む。と、扉が音を立てて急に開いた。

「お姉ちゃん!」

 よく聞く甘ったるい声が灯里を呼んで入ってきた。首を動かして見るに、少しだけ秋を意識した可愛げな私服姿の妹の夏奈子が元気な様子でいた。

「あんたランドセルは?」

 朝見た私服姿に足りないランドセルの所在を開口一番聞いた。

「教室に置いたよー。帰り友達んちに行くからさー、友達が見てるって」

「ふーん」

 この妹は面談後に友達の家に行く余裕があるのか、と姉ながら母同様の心境を抱く。

 夏奈子は姉の複雑な心境に気づくゆえもなく、隣に座る。

「お姉ちゃんだけお茶あるのずるーい」

「保護者の特権ですー」

 自分らしからぬちゃめっけを出して、目の前のお茶を飲み干した。

「……にしても、三者面談ってこんなちゃんとした場所でやるんだな」

 ふと思慮したことが口をつく。

 ここが面談室といえど、何十組とある三者面談をわざわざ丁寧なもてなしをするなど珍しく思う。灯里の中学では普通に教室であったし、小学生の頃も教室でやったような記憶がある。

 そんな呟きに、夏奈子は呆れたような声を出した。

「そんなわけないじゃん。フツーにみんな教室だよ。お姉ちゃん予定の時間より早く来たからここに通されたんじゃないの?」

「へ……」

 思わず阿呆な声が出る。つまるところ、自分のせいらしい。

 そう思ったとたん、気恥ずかしく嘆かわしい。素直に、どっかで暇を潰せばよかったと後悔する。

 うなだれていると、面談室の扉が再び開かれる。

「お待たせしました、夏奈子ちゃんのお姉さん」

 面談用の書類だろうものやバインダーを持って、その女性は甘やかしい声色で入室してきた。

 現れたのはラフなワンピース姿の女性だ。先ほどの女性より柔和な表情で物腰も柔らかい印象を受ける。

 化粧はそこはかとなく素朴で純朴だ。チークもアイラインも薄く、清楚な教職者といった柄を想像できる。

 丸い瞳だけで優しい人柄を演出しているような錯覚。まるで天使のような雰囲気だ。

 灯里は彼女の登場に、緊張を振り返してすっと立ち上がってお辞儀した。妹の方は立ち上がりもせず先生に対して友達みたく手を振った。

「遅いよ、ヒトミちゃん!」

「もう……、夏奈子ちゃん。先生って呼びなさいっていつも言っているでしょ」

「えへへ、すいませーん」

 悪びれない妹の態度に姉は恥ずかしくなる。当の先生たる藤山先生は柔和で優しげな微笑を浮かべてなだめていた。

 灯里は直感的に、この先生は舐められるタイプの先生だと察した。

「ごめんなさい……えーと……」

「灯里でいいですよ」

「では、灯里さん。職員会議に手間取って遅れてしまいました」

「いえ、こちらこそ予定より早く来てしまい。急かしてしまって……」

 お互い丁寧に謝辞を交わす。お互いが同時にそう話したために、なんだか急におかしくなって小さな笑みがお互いからこぼれた。

「ふふ、灯里さんってまだ中学生でしたよね。とってもしっかりされていますね」

「だらしのない妹がいたら、嫌でもこーなりますよ」

 イヤミを漏らすと、隣の夏奈子が、なぁにそれぇ、と糾弾していた。

「……良い姉妹ですね」

「?」

 一瞬だけ、丸い瞳から憂いた情が浮かび上がったのを見逃さなかった。だが、その所在を詮索するわけにも追求するわけにもいかず次に藤山先生は話を続けた。

「じゃあ早速面談始めましょうか」

 何事もなかったように、彼女は元の優然とした笑みを面に刻んで話した。

 三者面談はこともなげに終わった。その内容といえば、夏奈子の学内での態度や、進路についてだ。

 態度は人当たりの良い子だと逐一先生は褒めていた。去年の通知表でも似たような事が書かれていたような気がするが、ここでハッキリ先生に言われると学内と家庭では随分振る舞いが違うように見える。

 姉である灯里の反応は、姉として誇らしいです――なんて仮面を被る柄でもないため家と違って上手くやっているんだ、と意地悪に話したものだ。その時の先生は、お姉さんがいると甘えちゃうんでしょうね、とフォローを入れていた――まあ、一理ある。

 進路はこれといって深く話はなかった。どこの中学に入るのって聞かれると、妹の夏奈子は姉と同じ場所と即答気味に答えたものだ。

 ――面談の終始、藤山先生は仲睦まじげな姉妹を羨ましそうな眼差しで見ていた。

「…………」

 面談中に抱いている違和感。それは勝手に、自分と夏奈子が姉妹だから――最近姉妹に対して思慮を勝手に関連付けてそう見えるだけかもしれない。

 だけども、面談の途中で夏奈子が灯里を姉と呼んだ瞬間に彼女が表情を強ばらせていた。人の表情に敏感な灯里がそれに気づかないわけにもいかない。

 もしかして――がよぎる。しかし、憶測の域を出ない話だ。彼女が――。

 灯里は考えを振り払った。彼女がもしそうだとして自分に何ができるのだ。それに、姉妹に対して表情を変えるのは、実際に姉か妹がいて情を刺激しているだけかもしれない。

 自分勝手な思慮で関連づけたところで、所詮推測でしかない。

 それでも、灯里の胸中はざわざわしてたまらなかった。

「では、面談はここまでです。ありがとうございます、灯里さん。お忙しいご両親の代わりに来てくださって」

「あっ、いえ……」

 雑念のせいで、反応に遅れる。藤山先生の顔を見ると、彼女は素敵な微笑を浮かべていた。

 彼女の笑みに見蕩れている内に、夏奈子は面談が終わるやいなやすぐにソファーから立って扉の方へかけていった。

「それじゃあお姉ちゃん、先生。友達待たせてるから先、行くね!」

「夏奈子!」

 ちゃんとした挨拶もなしにさっさと出て行った夏奈子を追って面談室を出るが、すでに廊下奥へと消えていっていた。

「まったく……」

 自分勝手な妹に呆れるが、面はそれを見守る母そのものだ。灯里は気づかぬ内に、妹に対する母性を助長させていた。

 夏奈子につられ、急かされたように部屋か出た灯里を追って藤山先生も廊下へ出てきた。

「大変ですね」

 微笑ましそうな面差しでいう先生。だが、憂いさを織り交ぜた瞳を覗かせているのをちらつかせていた。

「……まあ、そーですね」

 上の空の返答。先生は小さな声で笑った。

 先生はこちらにしっかり向き直って、手元のバインダーをぎゅっと握って落とさぬようお辞儀をした。

 先生ながら丁寧な対応だ。それを弱冠中学生の灯里が思うことではないんだろうが、反射的にそう思ってお辞儀を返した。

 お辞儀から体躯をお互い起こしたところで、先生の持つバインダーからひらりと紙のようなものが廊下に落ちた。

「何か落ちましたよ」

 そう言いながらそれを拾い上げる。意識してなかったが、それを見てしまった――藤山先生と三人の女の子が写った写真を。

「……っ!」

 不意に、驚いた。次には藤山先生が慌てて灯里の手から奪い取った。

 藤山先生と三人の女の子――いや、一人は確実に知っている。制服姿だったが、香苗だ。西条の家でメイドの姿でいた女性。他二人は、ひとりは幼く藤山先生に抱えられている。もうひとりは藤山先生の服の袖を掴んで甘えるような姿でいる小学生くらいの女の子。

 もしかしすると、この三人の女の子は、香苗と美優と――莉奈、かもしれない。

 ざわつきが確信に変わる。だが、

「あ、あの……西条って言葉に心当たりは?」

 咄嗟に出た問いかけ。僅かに言葉は澱んでいた。心底で当惑していたからだ。

 藤山先生は面を上げず、唇を震わせ答える。

「さあ、……知りません。で、では仕事がありますので」

 端的な答えを述べて目の前から消えていった。職員室のある場所はすぐ近くなのに、それを通り過ぎ灯里から遠ざかるように姿を消す。

 ――私はそれを聞いてどうするつもりだったんだ……。

 ぎゅっと拳を握る。目尻が無性に熱くなる。

 未だに莉奈の〝あの言葉〟が頭の隅をチラついて苦悶を面に刻んでいる。

 ――あなたには分からない。

(ああ、私には分からないさ。分かるわけないさ。人の事なんて……)

 そう当然の事を正当化したところで悔やんで仕方がない。心のチグハグぶりに、自分自身に苛立つ。

 中学生の水瀬灯里は自分の幼さを痛感して、ただただ思慮をひた隠すしかなかった。

過去編、長ぽよ。

次回で過去編、終わるぽよ。


ちな主人公は綾香(定期)出てないけど。

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