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ぼっちな私のユリハー思案  作者: あこ
西条莉奈編
13/19

変わる・過去


 殺風景なワンルーム。少女が住む部屋と考えれば、世の幻想とは大きくかけ離れた部屋である。可愛らしいぬいぐるみを乗せたベッドもなければ、綺麗に整頓して並べられた本棚もない。まして、一般的な学生が勉強するための机らしいものもない。

 敷布団と有体の背の低い折りたたみの机、あまり収納のできない本棚。本棚に関していえば、連続した書巻は揃えらておらず、そのジャンルに統一せいもない。

 こうした家具の種をみれば、最低限のものだけを揃えたような部屋。中学生の少女の部屋にしては、あまりに質素で、消極的だ。

 物が少ないためちょっとの音でも反響する。

 布団の擦れる音。床の軋む音。艶やかな水音。

 そのどれもが共鳴するように反響しあって、執拗にその音が心地よくて堪らない。気分が高ぶってしまう。少女にとって――西条莉奈は興奮してなお求めてしまう。

「冬美ちゃん可愛いよ……、私の冬美ちゃん……」

 莉奈は布団上で、同級生で恋人の佐倉冬美に重なり合うように求愛していた。

 彼女の白い肌が好きで、頬から首元を辿って胸元まで舌を這わせてその味を楽しんでいた。

 唾液が肌に絡んでいく。その度に、冬美の艶やかな声色が鳴る。それに愉悦を得て高揚してしまう。

 彼女の目尻から小さく這って落ちる涙も、弱々しい抵抗のもがきも愛らしくて欲を抑えられない。

 興奮した吐息と焦燥に似た吐息が二人の間で混ざり合う。特に冬美は莉奈が求めてくる度に、息を荒げて弱々しい態度を見せていた。

「や、やめて……」

 冬美の小さな拒絶は莉奈に聞こえない。莉奈は本能の――本心の赴くままに自身の欲をぶつけていた。

 次第に舌は薄紅の唇を求め、右手が冬美の肢体に触れていく。右手は彼女の髪を撫で、半裸の肢体を脇腹から徐々に下げて下腹部の方へとなぞっていった。

 気持ちの良い感触になおさら興奮を抑えきれない。莉奈の鼻息は、ある種獣のように貪欲だった。

 今の莉奈にとって冬美の拒絶も抵抗も意味を成さない。自分の欲をぶつけるためだけにある。

 冬美の手は抵抗の愚かさを知って布団を掴んだ。痛みを我慢するように握る手が強くなる。

 莉奈に言葉は届かない。冬美にとっても莉奈は恋人であるはずなのに、その距離の遠さに苦しくなる。一方的な愛に恐怖さえ覚える。

 莉奈は冬美に夢中だ。その隙が助けだった。

 莉奈が白肌に執着している隙に、手だけを器用にほっぽり出したスマホに触れて、誰かに助けを求めようとする。当然、内容など打てるわけもないから、顔を横にして一瞥するように瞳を動かしてメールを起動し送信する。

 水瀬灯里。彼女に送った。内容のないメールを。

 夏休みに旅行を計画して莉奈の一方的な情事に冬美は巻き込まれドタキャンした形になっているが、彼女は返答を、助けてくれるだろうか。そんな心配も過ぎりながら、莉奈の情事を受け入れるしかなかった。

 いつの間にか、莉奈は自分の陰部に触れて酔っていた。冬美の身体を触り、舌で味わい。すっかり、興奮して、それを収めるよう激しく艶やかに。

 莉奈が唇を求めれば冬美も答えなければならない。手先が触れてくるのならばそれを受け入れなければならない。そうして不器用で、不安定な情事が続いていく。

 その終わりは、突然だ。

 開錠音が聞こえ、騒がしい足音が入ってきた。

 衣服を脱ぎ捨てた莉奈と冬美の間を割って、冬美の上にまたがる莉奈を退けるように突き飛ばして入ってきた第三者――水瀬灯里だ。

「何やってんだ! 莉奈!」

 三者の登場に莉奈は一瞬理性を取り戻して目元をキッとさせた。突き飛ばされた莉奈を介抱するのは、メイド服姿の女性香苗だ。

 水瀬は莉奈に向けた困惑の眼差しを変え、冬美に配慮するように柔和した。

「冬美、大丈夫か?」

「き、来てくれた……」

 冬美の目は虚ろでトロンとしていた。恐怖と悦を織り交ぜたような目で、まともに水瀬の顔を写していない。

 水瀬の顔色はだんだんと怒気を孕んでいく。莉奈を一瞥したところで、香苗が謝るような仕草でまぶたを伏せた。

「……莉奈、お前どうして」

 訝しげな眼差しが莉奈を突き刺す。彼女は瞬間的に水瀬を睨んだと思ったら、口元を緩ませた。

 水瀬は不意に違和感を得た。それは莉奈が香苗のことを一切見ていないことだ。

 状況とはいえ、姉の香苗の登場に何かしらの反応を示してもよいものだが、チラと見ることもしていない。

 水瀬は思い出した。

――ただの他人。

 美優が言っていたことだ。そして、香苗は自分たちのことを腹違いの姉妹で、半分の血が入っている、とも。

 水瀬は口を閉じた。言いよどんでしまった。

 不安や常識的な事がよぎったのだ。この姉妹に、莉奈の心底に関わって良いものなのか。

 莉奈の香苗に対する反応や、冬美にやった行為。そして、香苗から聞いた、莉奈は特に渇望していると言っていた。

 莉奈と会って数月ほど、ただ席がとなりだったから知り合った関係。香苗とだって、彼女を助けたからに過ぎない。

 そうでなければ、莉奈の本当の姿など見る縁もなかっただろう。

 ただの中学生に、心の闇を見る勇気も祓う気合もない。

 ふと、莉奈の口元が動いた気がした。それがなにを言っているか耳朶はハッキリと聞こえなかったが、それを注視すると、自然とその真意を悟った。

――あなたには分からない。

「…………」

 水瀬は目を伏せた。

「水瀬さん?」

 香苗が心配そうに声をかけてきた。

「香苗さん、莉奈をお願いします。私は冬美を……」

 莉奈の方を見ずに、半裸の冬美を気遣った。

 瞳の定まらない冬美を、衣服を探して着させる。とにかく早く、冬美のためにも――いや、水瀬自身この場を早く立ち去りたい気持ちも相まっていた。

 心が窮屈に感じる。喉元が異様に乾いてしまう。

 冬美を彼女の家族にどう説明するかを考えるよりも、友達なのに何もできない自分を憎く思った。

 友達なんていらないと思っていたのに、席が隣で話しかけてくれた莉奈を友達として思っている。勝手なことだ。莉奈は水瀬のことを友達と思っていたのだろうか。

 そこで水瀬灯里は思うのだ。

――私は思った以上に人思いだったんだな……。

 友達なのに何もできないことが無性に悔しい。冬美にかける言葉も安直な優しげなものしか出てこない。莉奈に対しても、冬美に対しても、寄り添うような柄ではないと直感している。

 水瀬灯里は懊悩するばかりであった。




     エピローグ


 夏休み明けの学校は騒々しいものだ。そのほとんどが学校に対する文句と夏の終わりに嘆く模様で、ある意味賑やかではあった。

 水瀬灯里はそのどちらともない柄であったが、登校中ずっと緊張していた。

 それは夏の真ん中であった出来事のせいだ。西条莉奈のこと。彼女の本当の顔。

 あれから莉奈も冬美にも会っていない。冬美に関しては、もう外に出るのが怖いと親に話していたということだ。冬美から直接聞いたわけではなく親から聞いた叫び。

 冬美は莉奈と恋人同士だったらしい。彼女にとって莉奈のキス以上の求愛は怖かったのだろう。それがトラウマになって……。

 何度か冬美の家を訪れたが、親が出てくるばかりで会えなかった。そして、莉奈も……。

 莉奈の姉、性格には腹違いの姉の香苗には会った。会うと申し訳なさそうな顔していた。灯里はその所在になにをいうべきか悩んで、結局しょうがないと有り体の言葉で交わすばかりだ。

 香苗は言っていた。

 香苗の母親は病死し、美優の母親は逃げて、莉奈の母親は家を追い出された、と。父は職柄、世間体を気にしている、とも。

 西条の、腹違いの三姉妹が一緒になることはあるのだろうか。そう考えた。けれども、単なる友達――友達とも判らないが踏み込むわけにはいかない。

 灯里はそれを聞いても、そうですか、と言葉を濁すことしかできない。

 それが後ろ髪引くような心情であっても、学校は始まる。

 冬美も莉奈も、夏休み前と変わらない姿であると願っていた。その思いを胸に教室に足を運ぶ。

「……莉奈」

 教室の戸を開くと、灯里の席の隣の席に莉奈が座っていた。夏休み前と同じ場所だ。変わらない、変わらないはずなのに、物足りない。莉奈はいつも冬美と一緒だったからだ。今日はその冬美がいない。

 不意に呼んでしまったその名前。莉奈は灯里の声に気づいて、純朴そうな瞳をこちらに向けた。

 なんていう顔をするのだろうと訝しげになった。怒った顔なのか、興味のない顔なのか。どちらにせよ、きっと良いものではないと思った。

 そう思案していると、莉奈の口は開いた。

「あ、おはよう――水瀬さん!」

「………っ、おはよう」

 変わんない顔だ。まるで天使の微笑のようで、優しい顔つきだ。初めて会った時もきっとこんな感じだったはずだ。なのに、呼び方一つ違うだけで胸中が苦しくなる。

 彼女が呼び方だけを変え、雰囲気を繕うっていうのなら灯里もそれに乗って普段通りを演出する。

 緊張する必要はない。揺らぎを隠して、夏休み前と同じように接すればいい。

 いつもの席に着くと、莉奈はなにげない話をしてきた。

 今年の夏は暑いとか、日焼け予防しているとか、普通の会話だ。灯里もそれに普通に答えていく。

 変わらない情景だ。変わらない関係のように思える。

 でも、ここには佐倉冬美がいない。

不定期更新(二年)


待っていた方スミマセン!

次から頑張るぞい(保証できない)

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