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ぼっちな私のユリハー思案  作者: あこ
西条莉奈編
11/19

冷たい場所

注意

若干R指定です。


       プロローグ


「はー、まったく莉奈は何がしたいんだか……」

 ついさっきのことだ。水瀬朱里は、自身の妹とその友達と一緒に夏祭りに来ているのだが、彼女達の淡い雰囲気に当てられて綾香を誘おうと電話をしたのだ。ちゃんと、彼女はいつものようにドモって出てくれたが、先約だと思わしき莉奈が無理やり出てきた。

 莉奈は早口に、場所を言ってきたが指定された神社近くの休憩所に彼女達の姿は見えなかった。

 大方――想像通り、だと水瀬の中で受容していたが、同時にあらぬ不安を感じられた。

 ここの休憩所に向かう途中で、あの結城静に遭遇した。終業式ぶりだったか、その日や初めて会った日に比べてなにやらすっきりした様子で、水瀬は助言をした。綾香がいる。そういうと、彼女は一目散にどこにいるかもわからない綾香を探しに夏祭りの道を戻る形で走っていった。

 正直なところいって、こんな人の多い場所でヒントもないしに探せるはずはないと思う。しかし、その思いからは探し出せる、そんな気がしたのだった。

 水瀬は、静の姉にひとつお辞儀をして静を追う形で再び駆けていった。

――なんだろうか、この不安。

 もはや、その不安の感じ方、野生的直感と呼ぶべきものだ。

 駆けている足は段々と早くなっていた。いち早く、綾香を見つけなければ、何か……。

 そうやって、夏祭りの人溜りを避けて走っていると、ふと、耳にしたことある声が聞こえた。

「リンゴ飴、おいしいねー」

「うん……」

「どしたのー、なーんか、暗くない?」

「う、うん……」

 唯、頷きのような台詞を水瀬は聞き捉えていた。なぜなばら、その声を疑ったからだった。

 瞳孔が若干開いた状態で、確認のために一瞥する。水瀬は、それを再び疑った。

――佐倉冬美……!? な、なんで、外に……。

 彼女の必須アイテムとなってしまったともいえる夏でも長袖な格好と、凛とした双眸。目は微かに濁っていた。

 彼女が見られるのは喜ばしい状況ともいえるし、――この夏祭りに西条莉奈がいるのが問題だった。

 一瞥した視線を正面に向けて、走る足はなお駆け出していく。

――どこにいるんだよ? 莉奈、お前は……。

 駆けていた足は突如止まった。

 気づいたときには、夏祭りの入り口となっている鳥居の近くにいた。その入り口の道路に面した側に彼女はいた。西条莉奈は、道路のガードレールに腰を寄せて不気味に夏祭りの会場を睨んでいた。

「…………おいおい、神社のほうにいなかったじゃないか。まったく、やけに走ったよ」

 平静を繕って話しかけた。できるだけ、不安を悟られぬように。

「……ごめんね。水瀬さん」

 彼女は先ほどの眼差しから一転して、笑顔で話しに応じた。しかし、彼女の顔はどこか不器用で、嘘のような笑顔をしていた。

 水瀬は言葉に迷う。下手なことは言えない。一語一句、慎重に選び取って話さなければならない。今の彼女は、すでにどこかおかしかった。

「なんで、謝るんだよ――まあ、いいさ。合流できたんだから……そうだ! おごるからさ、なんか食べようぜ。私何も食べてなくてさ――」

「いかない」

「え……」

 その言葉、即答だった。

 彼女は目を伏せていた。会話としてはぎこちなくて、話をしている最中ずっと彼女は夏だというのに腕を抱きしめるようにさすっていた。

「私、用事できちゃったから……、綾香ちゃんたちをよろしくね」

 彼女はそれだけを淡々というとこの場を去っていく。

「お、おい!」

 水瀬の制止も聞かず、莉奈はスタスタと早足で去っていった。

――綾香ちゃんたち、か……。

 その言葉の意味を反芻した考えた。だが、すぐにわかった。

 静は盲目に走ったにも限らず綾香と会えたのだ。そして、それを運悪く見てしまった莉奈。その状況が伺える。

「ん?」

 水瀬はガードレールを見ているとある物がかけられているのに気づいた。それを手にとって、みてみるに、何やら猫をあしらった黒いハンカチである。

 これは莉奈が腰掛けていた場所にあったやつだ。それから考えるに、これは彼女の所有物だと考えてよいだろう。

「……冷た」

 このハンカチ、一部分だけは湿っていて冷たかった。

 夏のセミは小うるさく合唱していた。



 夏の暑さに頭がクラクラしてしまう。その原因としては、暑さのせいで血圧が下がりやすいのである。暑さは、体温を上げその結果、汗をかく。汗には水分と塩分が含まれており、血管内にあるそれが欠如していくと次第に血圧は下がり、脳内へと行き渡るはずの血液は十分ではなくなるのだ。

 それを危機として捉えて、水分を取るのが重要だ。桐生綾香のフラッとした姿に気づいた結城静は、彼女を近くのベンチに座らせて、自分は自販機の下へと駆け寄って飲み物二つを購入して彼女の元へと戻った。

「はい、これ」

「ありがとう……静ちゃん」

「んっ……」

 彼女の弱弱しい表情に思わずドキっとする。

 静は、ゆっくりと綾香の隣に腰を下ろすと飲み物のペットボトルを開封して、飲んでいった。

 現在、夏真っ盛りである。真っ盛りとは、いかに夏に至っては好意的とも受け取れない。そんなに盛ってもほしくもない暑さに、さらに真であるというなど、どうにもこうにもただうざったいだけであった。

 先日、夏祭りがあった。その夏祭り――静にとって、また綾香にとっても忘れられない日となった。

 まだ彼女たちの仲にはたどたどしい一面が覗かれるが、仲直りしたのだ。

 して本日。彼女たちは、ちょっとしたお買い物を嗜んでいる。それを誘ったのは、綾香のほうだった。

 それには、静自身も驚いた事だが彼女と一緒に何かをできるのを懐かしんで、嬉しかった。それに自身の気持ちに気づいた静にとってそれをただの買い物ではなくデートと思って嬉しさ反面気恥ずかしさを感じていた。

 隣で、ちょびちょびと飲み物を飲む綾香。それが小動物のようで、可愛く思える。その可愛さに惚れてしまった自分は、今まで抱いていた偏見を疑うものだ。

「……暑いの苦手なら帽子被りなさいよ」

「そ、そだね……。あんまり外出ることないから、油断してたよ」

「まったくあんたは……」

 綾香の肌は白い。それゆえに、外での紫外線に弱くすぐにバテてしまうのだろう。夜ならともかく、日中は陽の明かりが眩い。そういうところに気を使えていないところを見るに、本当に外出することは少ないのだろう。

 そこまで、彼女と一緒に外出した記憶もないし、高校になっても、少ない友達と外出などしなかったんだろう。そもそも彼女にそういった友達がいる雰囲気はないものであるが。

「そういえば、静ちゃんって水瀬さんと知り合いだったんだね」

「え、あ、そうね。ちょっとね」

 編入先で会ったとは言えなかった。

 彼女が、静と水瀬に関わりがあると知ったのは夏祭りの事でのことだ。

 仲直りした後、何となく気まずくなって夏祭りの会場外に出るところで水瀬と遭遇したのである。彼女はどこかいつもと違う様子だったが、そこで綾香は静と水瀬に関係があることを知った。

 関係があることを彼女は知ったが、編入先だとは言えず、彼女もまたそれを詮索してこない。むしろ、水瀬と知り合いだったことが彼女にとって嬉しそうなことのようであった。

 ベンチに座ってしばらく、気まずい雰囲気が流れる。

 中学時代の頃、一緒に昼食を取っていたりしていたが当時は偏見的愚痴を彼女に零していたために気まずさはなかったが、今日になって変化し――快い気まずさがあった。

 付け加えるならば、静が綾香に対して思っている感情。その好意を理解してしまったゆえに、話題を切り出すのを迷っていたのである。

 正直言って、綾香に対する話題は見つからない。これといって、綾香の好きなものを知らないのだ。いまさらながら、相手の領域に踏み入ろうとしなかった自分に嫌気がさした。

「どしたの? 静ちゃん?」

 静の神妙な顔つきに気づいた綾香が心配をした。

「な、なんでもないよ……」と、咄嗟に取り繕った。

 綾香は一息ついていう。

「あ、あのね……。今日、付き合ってくれてありがと……」

「え、うん……」

 こっちこそお礼を言うべきだ。正直、アクティブになるべきだったのは静のほうだ。それが、まさか綾香の方から誘いがあるなんて思いもしなくて……嬉しかった。

 だけど、まだそれは口に出せない。気恥ずかしくて、心が落ち着かない。

「あーやは私といて楽しい?」

「え、そ、そんなのもちろんだよ! だって……、静ちゃんは私の……お友達だもん!」

「……っ」

――お友達か……。そりゃそうだよね。

 都合の良い話かもしれないが、気持ち悪いと振っておきながら恋愛的好意を求めるのはおこがましいことだ。だけども、その言葉に胸が痛くなった。

 静は飲み物を飲み干すと、立ってそれをゴミ箱に投げ入れた。それは見事ゴミ箱の中へと入っていった。

「そろそろ行こ。ショッピングモール見て回るんでしょ?」

「う、うん」

 と、綾香は焦燥気味に飲むと、空になったペットボトルをゴミ箱まで近寄ってそれを捨てた。

「じゃ、じゃ行こ」

 と、綾香は一歩踏み出す。

「……ね、手繋がない?」

「え、そ、それって友達じゃ――」

「友達でもするの! ほら!」

 無理やり彼女の手を掴んだ。すると、綾香は顔を赤く染める。

「ホント、どうしたの静ちゃん?」

 静は少し顔を逸らして考える振りをしてからいった。

「今日は暑いしさー、汗ばんでんからあーやにも共有しようと」

「ええ……なにそれ」

 彼女は困惑する。

 まだこれでいい。まだ素直にはなれないけど、ちょっとずつちょっとずつ近づいていこうと静は思った。



 部屋はワンルームで、キッチンとバスルーム、トイレがついたよくある部屋。学生なんかは、これくらいで一番満足できる部屋だ。

 初めて一人暮らしをするとき、大体の日用品や家具を揃えると思う。例えば、毎日使うような消耗品から、あって困らない家電とかは暮らしが利便的になる家具とか、一式揃えるのが普通だ。

 この部屋にあるのは、味気のない卓上机と、敷かれたままの布団、小さい本棚、後はコンセントにさしっぱの充電器。

 卓上机には、教科書類が置かれている。布団の上には読みかけの古くなった雑誌があって、小さい本棚には巻数のそろっていない書籍が縦に置かれている。

 必要最低限というか、一言で言うならば殺風景な部屋。そして、奇妙な部屋だ。

 この部屋の主は、西条莉奈。美樹女学院に通う高校一年生だ。

 一人暮らしまでの経緯といえば、単純に両親の仕事が多忙で莉奈と共にできない故の計らいである。大きな実家に一人で住まわして使用人にお世話をさせる、といった話があったが彼女はそれを蹴って一人暮らしをすることに決めた。

 彼女にしてみれば、幸運な話だった。簡単な話、両親とは上手く行っておらず一緒にいる時間を窮屈に思っていたのだった。だから、笑顔を持って一人暮らしするマンションへと入居した。

 そんな話もう三年くらい経つ。丁度中学に上がる時の話だ。

 三年も経てば、家具が増えたり小物ができたりと部屋に一種のデザイン性が生まれてもよいのだろうが、入居した当初から部屋の様子は変わっていない。

 本日、夏祭りが終わってからしばらく経ったある日。莉奈は、よじれた布団の上でうずくまっていた。

 朝か夜かも判らない部屋の中、彼女は毛布をかぶって外の景色を見ようともしなかった。部屋の中で鳴る音は、キッチンから聞こえる水音と掛け時計から鳴る針の音――そして、彼女の艶やかな声である。

「――ん、ん……」

 空虚な声が聞こえる。毛布の中に入って、身体と布が擦れて、擦れて、平坦に音が鳴る。そんな音、彼女には聞こえやしない。なぜなら、彼女はそれに夢中であるからだ。

 それに夢中になっている間は、すべてを忘れられる。部屋の生活音も、夏の暑さも、朝なのか夜なのかも、そして、いやなことだって忘れる。

 次第に激しさは増していく。激しさが毛布の中で増すと当然突出する音は大きくなっていく。けれども、気づかない。満足するまで気づけないのである。

「――ん……。はあ……はあ……」

 息を整えるような呼吸音が聞こえる。彼女はついに、満足をした。

 暑さに気づいて毛布を脱ぐ。カーテンの隙間から漏れる明かりに気づいてカーテンを開ける。どうやら、今は日中のようである。

 彼女の衣服は乱れていた。ボタンかけの上着はボタン全てが外され、下のほうは脱ぎきって毛布と共にそれはくるまっていた。

「……最悪だ」

 第一声がそれであった。

 彼女はボサボサになった髪を見て洗面場の方へと向かって身なりを整えた。手だけは入念に洗って、後は適当にいつもどおりに整える。整えた後は、キッチンの冷蔵庫からストックしている炭酸水を一本取り出して飲んだ。

 それから、飲みながら冷蔵庫からサラダのお弁当を取り出すと机の上に持っていき朝食を取り始めた。

 冷蔵庫の中身はかなり簡略的なもので、サラダや炭酸水など、冷凍庫には冷凍食品が多く入っている。またキッチン近くの棚にはお菓子が大量に仕込んであるのだ。彼女の食生活は大体このような感じである。

 食事中、彼女はスマホを弄る。見るのは大体、服だとか動物だとか――猫……。

「……猫」

――あれ猫だよね……。

 思い浮かぶのは、綾香の持っていたスマホについていた白猫のストラップ。アクセサリーショップに寄った時の話だ。彼女がアプリで遊ぶのを後ろから見た時に、それに気づいた。

 それだけじゃない。こないだのこと。あの女が、黒猫のストラップをスマホに垂らしているのを目撃している。

 白猫黒猫の意味は、確かセットで存在しているものでその二つは何らかの形で繋がるという。綾香はそれを大切したい人にあげたいと言っていた。それが意味すること……。

――私が初めてじゃない……。

 途端に気持ち悪くなって嘔吐の感覚がこみ上げてくる。咄嗟に、近くのティッシュ箱からティッシュを数枚取り出して口元にあてがった。そして、その中に嘔吐を出した。

「うげっ……あっ……、ゴホッ、はあ、はあ……」

――最悪、最悪、最悪、最悪……。

 嘔吐を全部ティッシュにくるんだ後、数枚再びティッシュを取り出してそれを覆って包む。ゴミ箱の中に投げ捨てると、冷蔵庫からまた炭酸水を取り出して飲んだ。

 胃が膨らんで逆に気持ち悪くなってしまう。けれども、布団に入って壁際に腰を寄せて自身をさすって暖める。

 スマホを取り出す。スマホのホーム画面には、綾香の気恥ずかしそうな顔が映し出される。この写真は、綾香に頼み込んで取ったものだ。頼み込んだ結果、彼女はこうして気恥ずかしく映った写真を提供してくれたのだ。

「綾香ちゃん……なんでっ」

 彼女はスマホを胸に抱いて嘆いた。

 と、突如スマホが震えた。驚いてそれを見るに綾香からメールが来たようである。

 思いが通じたのだろうか。嬉しくて、メールを見てみるとメールの文面には、莉奈ちゃん元気かな? と絵文字なく彼女のらしい文面でメールがきた。

 嬉しくて小さな涙がこぼれたが、このメールどうやら添付されているものがある。それを開いて見ると――綾香と誰か知らない人が一緒に写っている写真だった。

 写真の構図からして自撮りだ。見切れている箇所がある。また綾香も誰か知らない――いや、一度会ったことある女も照れた様子で写真を取ってある。背景を見ると、どこかのショッピングモールのようだ。

「な、なにこれ」

 吐きそうになるほどの写真だった。けれども、綾香のある箇所を見てそれは収まる。

「綾香ちゃん、つけてくれている……」

 それは、綾香の左手薬指につけたリング。そのリング、あのアクセサリーショップでお揃いにと買ってあげたものだ。

「そうだよね、私たち両思いだもんね……」

 彼女の左手薬指にもリングは付けてある。寝るときだって付けてある。この証の意味は――ずっと一緒にいられるってことだ。だから、外さない。

 目はくすんでいた。

 莉奈は早速着替えを始めることにした。着替えて、支度して彼女の元に向かうのだ。

 一緒にいられるってことは一緒にいなければならないからだ。だからこそ、急いで、急いで行こうと、彼女は素早く支度をした。



 ショッピングモールでしたこと云えば、ショッピングらしいことはせずただ見て回るという店側にして見れば客単価にならない行いをしていた。ただ見て回るという行為、一人ならばつまらないことだろうけど、二人でいると意見だったりその商品についてだったりと話ができて面白いものだ。綾香と一緒にいて、退屈だとは一切思わなかった。

「楽しいね!」

「ええ」

 どうやら、静だけでなく綾香もそのようで満足している。綾香の誘いに付き合ってよかったと思える事だ。

 先ほど、彼女は彼女の友人だという西条莉奈のことについて話をしていた。元気がないとか、水瀬灯里から聞いたとかで元気づけたいと提案してきた。自身が、同性である綾香に行為を抱いているせいかその話題に嫌悪感があったが、いやな顔をせず綾香の顔写真を送ったらと応えた。彼女は素直なことに、それを受け入れ撮ろうとするが、一人が恥ずかしく一緒に映ることになった。これって、普通にデート写真じゃないかな。なんて思った。以前の静ならばごく普通の女子同士のコミュニケーション写真だと捉えていたのに、恋愛的交友に捉えた。

 そういった出来事を除けば、素晴らしい一日だと云える。彼女もきっと同じように思っていることだ。

「次、どこ行こうかー」

「そうだね、どこにしよっか――」

 なんて、考えて吹き抜けから一階のほうを見ていると朝風真奈美が恋人で先生である堂島雪子と一緒に腕を組んで歩いていた。

「っち、なんであいつが……」

 夏休みはイタリアかハワイに行くとか言ってなかったっけ。そう疑心になって見下ろしていると、静の悪態に怯えてしまった綾香がいう。

「ど、どうしたの? し、静ちゃん」

「あ、ごめん。ちょっと、いやーな奴見かけちゃっただけだから」

「そ、そうなんだ……」

 まったく綾香が怯えてしまった、と気分を害した要因となった朝風真奈美を恨んだ。

「じゃあ、帽子買おうか」

「帽子?」

「うん、日焼けのこと考えないあーやのためにね」

「もーう……ありがとう。静ちゃん」

 和やかな雰囲気が漂う。だがそれも、綾香が静の後方を伺った時に、一気に霧散した。

「え……莉奈ちゃん?」

「莉奈……」

 その名前、覚えがある。綾香のスマホを拾って持っていた時に、水瀬夏奈子との喫茶店で綾香のスマホにかけてきた相手だ。確か――西条莉奈。

 ゆっくりと首を回して振り向くとそこには、淡い色彩をしたミニのワンピをきた女が神妙な面持ちで立っていた。彼女を静は知っている。やはり、綾香の家の前で遭ったのは西条莉奈だった。

「綾香ちゃん、迎えにきたよ……」

「え……迎えにきたって……なに?」

 綾香は困惑している。すると、莉奈は左手を見せた。莉奈の左手の薬指には、リングがついている。

――は? なにあれ、婚約指輪的なやつ?!

 と、思って困惑している綾香の左手を見ると、同じようなものが左手の薬指に付けられていた。

「ねえ、綾香ちゃん。この意味知っている?」

 莉奈は少し興奮気味に聞いてきた。

「う、うん……知っているよ。だって、莉奈ちゃんが教えてくれたんだもん。これは〝ずっと一緒にいられる〟ってことなんだよね」

「うん、そうだよ。綾香ちゃん、嬉しいな覚えてくれていて」

「もちろんだよ! だって、私たち友達だもん!!」

「うん……」

 違和感があった。奇妙な会話だ。この違和感、覚えがある。まるで、以前の綾香と静自身との齟齬。きっと、綾香の言っている意味と莉奈の思いは大きく食い違っている。

「じゃあ……いいんだよね……」

「え……なにが」

「いいってことなんだよね」

「え、り、莉奈ちゃん」

 莉奈は綾香に詰め寄って歩いてきていた。直感的に気づいて、綾香の前に出て彼女を制止しようとするが、彼女の綾香以外に向ける空虚で邪な目にぞっとした。

「どいてよ」

「はあ?――」横に突き飛ばされた。

「し、静ちゃん!」

「綾香ちゃん!」

 莉奈は綾香の名を呼んだ。それに顔は思わず反応して、静に向いていた意識ごと振り向いてしまう。そしたら――綾香は莉奈にくちづけを奪われいた。

 水音が鳴っていた。ただのキスじゃない。完璧に舌を入れたキスだ。友達同士がやるようなキスじゃない。親愛以上の関係がするようなキス、それを強引に莉奈はしている。

 綾香は驚いて硬直しきっている。抵抗しないのをいいことに、莉奈はしたいようにしている。

「……あんた、やめろよ!!」

 やり返すように突き飛ばした。器用に綾香を支えて、這った莉奈を見下ろした。彼女はまだ興奮した様子で、唾液の滴った口周りを手で拭っていた。

 彼女は何も言わず、こちらを睨むと立って逃げた。

「おい!」

 追おうと思ったが、綾香がいる。まだなにをされたか分かっておらず、当惑して口をパクパクさせていた。

「はあ、誰か……」

 と、思って周囲を伺うと何人かのやじうまの中に、水瀬夏奈子とそのツレの女の子がいた。

「あれ? 結城さんですよね、なんで、あれあれ――」

「――あーやを頼んだ! 夏奈子!」

 静は夏奈子に綾香の体躯を任した。彼女の有無を待たずに、体躯を持ったのを確認して、莉奈を追って走りだした。

「あ! もう、あーやって誰なんですか、もう……、ねえ仁奈ちゃん」

「うん……そうだね。ねえ、夏奈子、さっきのこと私たちもしない?」

「えー、なにその冗談ー。最近仁奈ちゃん、それ多くなったよねー」

「……ふふ」

 静はショッピングモールを走っていた。莉奈を追って話を聞くためである。聞きたいことは一つ、なぜキスをしたのか。それも無理矢理に。

 自身が綾香に大して好意を抱いているゆえに、その腹立たしさは増していく。

 これで綾香傷つけたらただじゃ済まさない。それくらいの思いで追っていった。

 だが、足取りが掴めておらず目標にはたどり着けなかった。気づいていた場所は、ショッピングモールの出口だった。

「……っち、くっそ!」

 思いっきり地団駄を踏んだ。苛立ちは簡単に収まらない。あの女は、強行を犯したのである。それを、自身の好きな相手にした。

「……はあ、もう」

 うなだれて店内へと戻ろうとしたところで不意に人影に気づいた。

「…………あかりん?」

 入口から入ってすぐ近くのお店の前に、水瀬灯里がスマホを片手に佇んでいた。

「なにしてんの?」

 灯里は静のことに気づくと、大きくため息を吐いていう。

「妹たちの付き添い、だったんだけどね。あの子、変なもん送ってきてさ」

「変なの?」

「そ、お前さ、綾香と一緒にいた?」

「はあ? な、なにその質問、そ、そんなの――」

 驚いて慌てふためいていうが、

「はいはい、そんなのいいから。綾香にショッピングに誘うように助言したの私だから」

「はあ? あんたが?」

「そうだよ。ま、でも今はそんなことよりこれだよ」

 綾香が一人の意思で何かできると思っていなかったが、水瀬灯里が介入していたのか。そう残念に思いながら、こちらに見せてきたスマホの画面を見るとそこには、先ほど逃げた西条莉奈と綾香とのディープキスのシーンが映っていた。

「この女……」

「やっぱり、お前それで走って出て行ったのか」

「なに、追っているの見たの?」

「ああ。でも、その数分前には莉奈は外に出ていったけどな」

「なら、言えっての……」

 入口近くにいたなら、云えばいいのに。妙なところで親切が働かない人だ。

「はあ、最悪だよ……」

「なにが? 最悪なのはこっち、私の好きな――じゃなくて友達がキスされたんだからさ!」

 と、取り繕って怒りを顕にした。

 再び水瀬灯里はため息を吐いた。

「……そうだな。みんな最悪だよな」

「?」

 灯里はそういってスマホを閉じるとポッケにしまった。

「とりあえず、お前は綾香をサポートしてあげて」

「そ、そんなの当たり前でしょ! あ、あんたはどうすんの?!」

「私は……そだ、お前妹も近くにいただろ。妹に夕飯奢ってやってくれ」

「はあ? なんで?」

「いいから、後で借りは返すよ」

 灯里はそういって、手を振って出て行った。

「なに、あいつ……」

 結城静はしばらくそこから動けず、彼女の希薄な背中を見送った。




 身体を摩っていた。まるで、自分を抱きしめるように摩って誤魔化そうとしていた。

 けれども、それは治まらなくて、どうにもならなくて、布団をかぶって自らを――慰めた。

 声だ。艶やかな声。触る度に、背筋がピリっとなってその感覚の虜になっていく。徐々にそれに浸っていく。徐々にそれに夢中になっていく。

 何もかもを忘れられた。忘れさせてくれた。この瞬間だけ、この瞬間だけは、この背徳に誘われ――忘却へと埋没させてくれる。

 何も、何もかも。全て、全部。

 時期に、全部思い出してしまう。こんなのはほんの一瞬で、それに浸った時間はただの虚無でしかなくて、夢を覚めれば、文字通り冷めるばかりであった。 

ご覧頂きありがとうございます。

西条莉奈編でございます。

次回は過去編です。

更新はちょっと早まるかもしれません。。。


こっから暗めの話に入ります!

もう百合っていうか

若干レズ感ありますけど、

気にせず見てくださいね!

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