桐生姉妹――妹のお泊り会
「えー……お友達がうち来るの?!」
昼を過ぎた辺りのことだった。私は、夏休みを迎える前日に友達だった人との最悪な再会を果たしたんだけど……。そんな気持ちを押し隠すように、ギャルゲーに勤しむ毎日を過ごしていた。そんな私の元に、買出しから帰ってきた妹から、今日友達が泊まりに来るからね、と宣告されたのである。
そんな反応も虚しく、妹の千夏は特に躊躇した様子もなく返事をした。それに、同意とも取れる曖昧な頷きをしてしまい千夏はそそくさと自室に戻ってなにやら友人を向かいいれる支度をすると言って出て行ったのである。
やっちった……。妹の友人と接するなんてできっこないよ。最近、友達だった人に気持ち悪いって言われたばっかりだし、気分は最悪だ。
私は白猫のストラップがついたスマホをじっと見て面倒な思案を巡らせていた。
このスマホ、実は友達だった人の前で驚いて落としてしまったものだ。これが私の手元に戻ってきたのは、これを拾ったという莉奈ちゃんのおかげだ。窓で見た光景には、友達だった人が私のスマホを持っていたと思うんだけど……あの出来事からして良い考えには傾かなかった。
ま、そんな判然としない思案は兎にも角にも収めることにしよう。
今は、妹のお泊り会をどう過ごしていくかが肝なのだ。
妹の話では、お泊りに来る友達は二人だそうだ。お泊りする友達が二人もいるなんて、さすが妹だ。妹の積極性を思えば、私の惨めさが浮き彫りになるが……そんなのはいいんだ。
「ずっと部屋にいようかな……」
まだ付けっぱのゲーム画面、儚げな顔をした攻略対象の女の子が主人公に向かって『まーた引きこもる気?』と言っていた。ふと、ボタンを押してセリフを飛ばすと主人公は『引きこもるんじゃない。ゲームをするんだ』と返していた。
私もこのゲームを終わらせたいんだけどな。なんて思う。
そう思って、ゲーム画面に映る攻略対象の女の子の呆れ顔を見て心底ボタンを押すのに悩んだ。
「はあ……」
ため息を吐いた。
そもそも、妹の友達となんと話せばよいのやら……。千夏は、莉奈ちゃんと普通に話していたけど私はそうはいかない。思案が深いせいで、うまく言質を引き出せない。
んー、……やっぱりゲームしよ。
私は、『たまには人とのコミュニケーションをね』と説き始める攻略対象の女の子のセリフを最後にこのゲームを終わらせて、最近買ったばかりのゲームを始めることにした。
?とある百合の電撃恋愛?というユリゲーだ。なんか、どっかで聞いたことあるタイトルだけど、百合の恋愛シュミレーションっていうことで買った。
ふむふむ、説明書を見る限り電撃娘が無能な子や目がキラキラしている人と――これは面白そう!
私は早速、ゲームに勤しむことにしたのだ。
……私はあることに気づいたのだった。
時間、十六時手前にしてお腹の夕食を合図する正確な体内時計がそれを知らせてくれた。
――ご飯食べるためには下に降りなきゃいけないじゃん……。
流石に、自室で食べる事には抵抗を覚える。かといって、下に降りれば妹とその友達達による談笑が繰り広げられていることだろう。
「うぅ……どうしよ……」
私は悩んだ。ゲームの画面を判然とせずに見ながら、ぼーっとしていると突如ノック音が響いた。
それに驚いて、ゲームの画面をそのままに戸に応答すると、戸は開いていきなり部屋へと私を過ぎて入ってきた。
「わー、ここが千夏のおねえちゃんの部屋かー」
「わわっ、ちょ、ちょっと……」
部屋に入ってきたのは明らかに千夏と容貌も素振りも違った女の子。左方に髪を犬? のような髪留めで結んで長く垂らしている子だ。その垂らした髪が視界に入ったところで、妹でないことが判明し私の声色は途端に落ちた。
「くんくん……、千夏と全然違う匂いがするー」
「や、やめて……」
急に、彼女は部屋の中央で鼻をヒクヒクさせて嗅いできた。それに恥ずかしがって制止させようと声を出すけど、声は思った以上に声は細々としていて、聞こえていないみたい。
「あ、これって……?」
と、彼女は部屋を見渡して一つゲーム画面がついたままのテレビに気づいて怪訝になった。
「あ……そ、それは」
や、やばい……。見られちゃった……。
テレビに映し出されているゲーム画面は、間の悪いことに女の子同士がキスしているシーンだ。
「あわわっ……、こ、これは……変な番組だねっ!」
急に私の中の、焦燥からくる危機の回避が働いて、素早い瞬発能力でリモコンを探してテレビの電源を消した。……ふー、危なかった。
「番組? ゲームじゃないんですか?」
そういう彼女の視線を若干不審な目をして追ってみると、P○4の電源が付きっぱなしだった。
「あ、えっと……」
妹の友達にギャルゲー(ユリゲー)好きってバレた……。どうしよ、これで千夏が軽蔑されちゃったら……。と、顔面蒼白気味に世界の終わりを感じていると、急に妹の友達が近寄ってきた。
「これってとある百合の電撃恋愛ですよね!?」
「え、そ、そうだけど……」
まさか私と同類の人がいるなんて……。…………小学生なのに。
「いやー、私のお姉ちゃんがしているのを見たことあるんですよねー、最近」
「あ、そうなんだ」
なんだ、姉か……。そりゃそうだよね、小学生がユリゲーするわけないよね。
視線を落として、彼女のことを見ていると彼女はとある百合の電撃恋愛のパッケージを手に取ってそれを何やら思案深く見つめた様子をしていた。
それに疑問に思って、じっと見ていると彼女は私の視線に気づいて何かを思い出していう。
「あ、そうそう。千夏が呼んでましたよ。今から、ご飯です!」
「あ、ありがと」
よかった。自分から千夏に尋ねなくても知らせてくれて。まあ、来てくれたのは友達のほうだけど。
「じゃ、一階に降りましょう! 今日は鍋みたいですよー。千夏の手料理久しぶりだから、楽しみー」
え、千夏って以前にも料理を振舞ったことがあったの……。私と大違いだな。
私は、彼女について行って一階へ降りた。
一階リビングに到着すると、良い匂いが鼻をくすぐった。
それにしても鍋か……。多人数だと便利な食事の選択だなー。なんて、料理をしていない私が言うことではないんだろうけど。鍋なんて久しぶりだ。
「もうお姉ちゃん自室に引きこもってないでさ、リビングでゲームすれば良かったのにー」
リビングに到着するなり、しっかりものの妹から咎められる。いや、妹の友達がいる前でゲームなんてできるわけないじゃん……。千夏は部屋で友達と遊んでいる様子でもなかったし、この広いリビングの大きなテレビでキスシーンが流れる気まずさを考えて欲しい。
「うん……」
と、私は思案を押し殺して当惑した返事をした。そういうと、千夏は小さく息を吐いた。日に日に、妹のお母さんレベルが上がってくなー。
「アナタが千夏のお姉さん?」
この場にいた千夏のもう一人の友人が、キッチンから私の元へと寄ってきた。彼女は、なんだか落ち着いた雰囲気の子だ。
「え、は、はい、そうです……」
落ち着いた彼女と違って、私はキョドって応える。
「へー、そうなんですか」
な、なんだこの子。彼女は私をじっと見定めるように見ている。
「私、一ノ瀬愛華です! よろしくお願いしますね、お義姉さん!」
「うん……」
なんだろ、変な言い方された気がする……。
「あー、私も紹介してないー」
と、言って会話に入ってきたのは私の部屋に来た子だ。彼女は、一ノ瀬ちゃんと私の間に入ってくると手をあげていった。
「私は天美由紀だよ! よろしくー」
「……うん」
天美ちゃんと一ノ瀬ちゃん。うん、覚えた。心の中で、千夏の友達の名前を復唱した。
「もうすぐ準備終わるから、おねえちゃんたちは鍋に食材投入していって」
キッチンから千夏の指示が入る。食卓を見ると、コンロに乗った鍋があってその周りには鍋に投入する食材が皿に乗っている。食材に大根おろしがあることから、雪見鍋のようだ。
「じゃー私やろー」
と、率先したのは天美ちゃんだ。彼女は席を立ちながら、食材を選別すると取ったしいたけから入れ始めた。
「私は、アク取りやるね」
そういったのは一ノ瀬ちゃんだ。彼女は席に座って、お玉を取って、天美ちゃんがお肉を投入するのを待っていた。
で、私はというと。席に座って、もどかしく鍋の模様が豪華に変わっていくのをじっと眺めていた。
いやー、しっかりした友達たちだ。千夏の友達は、千夏と同様にしっかりした子のようだ。
最後にお豆腐を切ってきた千夏はそれを持ってきて食卓についた。
私がじっと見ている内に、鍋はついに完成する。それが合図となって、食卓に、頂きます! と私を含めた四人の声が響いた。
美味しい夕飯を終えて、私は自室にいた。千夏と友達たちは、キッチンで一通り片付けるとお風呂に入るそうだ。私は、彼女たちの事が終わるのを待って、途中だったゲームをすることにした。
とある百合の電撃恋愛。キスシーンのまま止めていた。有能な自分の事を棚に上げていた主人公は、無能な子に助けられて恋情を抱いて無理やりキスを奪った、っていうシーンだ。次のシーンでは、無能な子にビンタされていた。
「まあ、そうだよね」
私はゲームに向かって感想を漏らした。
まあ、手のひら返しはひどいよねー。
長年、恋愛ゲームをしているとこういった展開になっても、急に絶縁したり疎遠になったりするわけでもなく、主人公力というか、強引な積極性を打ち出して攻略対象を攻略していくものだと判る。それでも、こんなピリピリした展開になるとドキドキするものだ。
「都合いい女ですねー」
「そうだねー」
ん? あれ、ゲームから聞こえてきた音声かな? それにしては後ろのほうで……。そう思って振り返ると、そこにはフローラルな香りを漂わせた風呂上りの天美ちゃんがいた。
「あ、天美ちゃん……」
「こんばんわ、綾香さん」
いつの間にか、下の名で呼ばれるようになっている……。
「今、この子攻略中なんですか?」
「う、うん、そうだよ……」
なんだろ……、絶対小学生の子との会話じゃない。
「……この子、お姉ちゃん好きなんですよ」
「え、そうなの?」
「はい。この子の話すごくいい話で、……お姉ちゃん………」
阿吽が聞こえた。
私はゲームを止めて、彼女の顔を見上げると彼女は――涙を流していた。
「だ、大丈夫?!」
焦って彼女の肩を抱いて、じっと彼女の目を見ると彼女はハッと気づいていう。
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと思い出しちゃって」
そういう天美ちゃんは涙を拭った。
「……えと、えと」
迷った挙句、弱気な彼女の頭を撫でてみた。千夏にもそんなことあんまりやらないけど、お母さんがやってくれているみたいにそっと優しく撫でた。
「綾香……さん」
「元気出して、ね? あ、あの天美ちゃんのお姉ちゃんもきっと、えと、天美ちゃんに元気でいてって――」
「ふふ……、なんですかソレ……。お姉ちゃん死んでいませんよ」
早とちりだ……。これは慰めるどころか、ヘコませちゃったかも……。
「でも、元気出ました。ありがとうございます、綾香さん」
「う、うん」
よくわからないけど、天美ちゃんは可愛らしい笑みを浮かべてくれた。
「お姉ちゃんとは、全然一緒にいられなくて、同じ日に生まれたのに同じところにいられない……。それが寂しくて思い出しちゃったんです」
「そ、そうなんだ……」
あれ同じ日?
「同じ日ってもしかして……?」
「え……、ああ、私とお姉ちゃんは双子なんですよ」
ええー、それってユリゲーをしているので小学生なんだ……。最近の小学生は凄いな。
「……一緒にいられる姉妹は羨ましいです」
彼女は最後にそういって、おやすみなさいと挨拶をすると部屋を出て行った。
一緒にいられる姉妹、か……。
同じ時間を過ごせば過ごすほど、その大切さというのは希薄になっていくのかもしれない。また、同じ時間を過ごせないと知るとその尊さに気づくのかもしれない。
私には妹いる。私は千夏のことを大事に思っている、と思う。自信はない。だって、それが当たり前のことだからだ。
私はそっとゲームを終えて、ベッドについた。瞬きすると、眠気はすぐに訪れた。
しばらくして、私は目が覚める。眠気はすぐに来たけど、やはり深い眠りはできず、夏の暑さのせいか冷たい水を求めてリビングへと降りた。
と、キッチンには明かりが灯っていた。誰だろう、と見てみるに千夏が眠たそうな眼で冷蔵庫から飲み物を取り出していた。
「千夏も起きてきたの?」
私は声をかけた。千夏は驚いてこちらを見ると、顔を赤らめた。
「お、お姉ちゃん……。あ、もしかして飲み物?」
「うん、千夏も?」
「うん、暑くて」
姉妹揃って、同じ時間帯に目覚めて同様の行動を取るとはやっぱり姉妹だな。
千夏は、冷蔵庫から麦茶の入った容器を取り出して、近くの食器棚から白猫と黒猫のカップを取り出してそれに注いだ。
「はい、お姉ちゃん」
千夏から差し出された白猫のカップを受け取った。
「ありがと」
それにちょびっとずつ口につけていく。
飲んでいる間、静寂が犇めいた。いや、正確にはこんなに深夜にも限らずせせこましく鳴り止まないセミの音があった。また飲み物を喉へと運ぶ音。夜だからこそ、音は何倍にも聞こえて言葉を出すことを躊躇っていた。
だけども、それはすぐに終わる。私はカップから口を離すと小さい声でいった。
「千夏……」
「なに? お姉ちゃん」
「……大好きだよ、ありがと」
とても小さい声でいった。姉妹としての愛情の現れ。そんな言葉、トラウマだと思っていたのに、小さい声はすんなりと言えた。
千夏は何も言わず、カップを覆って持って顔を隠していた。ほのかに赤らめる様子が伺えた。
カップをそっと置いて、おやすみなさい、と言って私は足早に自室へと戻っていった。
照れた顔を隠していた。ちょっとは姉ぽっかった……かな。
私はベッド近くの机上に置かれた白猫のストラップのついたスマホを取った。スマホは、受信を知らせていたのだ。それを見てみるに、何時間か前に莉奈ちゃんからメールが送られてきていたようだった。
『今週末の夏祭り楽しみだね!』
短文で分かりやすいメールだった。
私はその返信を考えてベッド上で寝そべっていると、いつの間にか朝を迎えていた。
今回で短編、終了です!
次回投稿は西条莉奈のお話です。
あんまり主人公感ありませんけど、
この作品の主人公は、
桐生綾香です!