第95話 裕弥の願い
「え」
問われた純冷は目を丸くした。
「裕弥という人格は白の王のものではないのか?」
千裕は困ったような顔をして、鍵盤を見る。
「久遠裕弥はいたはずなんだ。……たぶん、アミのお母さんと同じなんだと思う」
[天使の長たる者アンナ]を名前の一致からアミは母親だと断言した。そこから派生した可能性として、異世界から召喚された五人のテイカーの家族がアイゼリヤの乱世に巻き込まれているかもしれない、という可能性をアミは示した。
まだ天使長とアミの母親の名前が同じというだけで根拠は薄いが、白の王の名前がユーヤで、白のテイカーとして呼ばれた千裕の中に存在した人格の名前が[裕弥]であることも、無関係とは言えないかもしれない。
純冷は白の王ユーヤが別人格として千裕を補助しているものだと思っていたのだが……純冷は裕弥だったときの千裕を目にしていないのでなんとも言えない。
「どうして私に聞くんだ?」
「久遠千裕を知ってるのが純冷しかいないから」
それもそうだ。まさか知り合いに会うとは純冷も思っていなかった。異世界のごたごたに自分が巻き込まれるだけでも驚きだというのに、友人まで巻き込まれていたのだ。しかも、より中心に近い場所で。
千裕が[久遠裕弥]という人物がいた可能性を考えるのもわかる。アミの示した仮説が確かなら、千裕だって家族が巻き込まれているかもしれない。
「だが、お前にはそもそも見舞いに来るような家族もいなかったぞ?」
「だよなぁ……俺も家族の顔思い出せないし。でも、何か確信があるんだ。[久遠裕弥]がいたっていう確信が」
千裕はまだ記憶喪失から完全に回復はしていない。二重人格については、裕弥になっているところを純冷は見ていないので、もしかしたら裕弥はいなくなったか、千裕の中にいるけれど出て来ないかのいずれかだろう。
そもそも[裕弥]という人格を[白の王]だと仮定していたのが間違っているのかもしれない。だが、[久遠裕弥]という人物がいたとして、純冷が該当の人物どころか、千裕の家族さえ知らないのだ。聞かれても答えようがないだろう。
ただ、先程昴が言っていた。千裕が使う[鎖使い]のデッキは獣王のデッキだとするなら不自然だ。白の王と呼ばれるくらいだから、白属性のデッキを使っていたことにちがいないだろうが……
白の王のデッキだとしたら、他種族を戒めるような[鎖使い]の名を冠したカードを主軸に使うだろうか。勝手なイメージだが、様々な人種の壁をなくそうと奔走した獣王なら、昴のような仲間と力を合わせてパワーアップするタイプの方が好みそうだ。
ブレイヴハーツ全体から見ても、エボルブもアブソープションもしない千裕のプレイスタイルは異様である。まるで、仲間を拒むような……
「いや、孤独を望んでいるのか?」
「純冷?」
純冷の呟きに、千裕が顔を覗き込む。
純冷の予想が正しければ、久遠裕弥が望んだデッキは孤独であるためのデッキ。戒めを強くすることで、孤高である自らを強めようとするデッキだ。願いが属性やデッキに反映されるのなら……
いや、待て、と純冷は考え方を改める。孤独や戒めといった言葉がマイナスイメージを生んでいるだけで、願いというものは[より良くなりたい]というプラスイメージのために生まれるもののはずだ。
昴に出会わなければ至らなかった仮定に到達する。昴は夢がなくて、焦っているけれど、ブレイヴハーツが楽しいからやっていると言っていた。アミにブレイヴハーツ馬鹿と称されても懲りることがない。純冷でさえ、呆れるくらいだ。
「千裕。私は裕弥のことは知らない。でも、裕弥が何を願ったか、知る術はある。何を願い、何を託し、何のために[久遠裕弥]が存在したか。千裕は知りたいか?」
純冷の問いかけに千裕は戸惑う。
本当は、裕弥のことを誰よりも知っているのは千裕自身のはずだ。けれど、アイゼリヤに来る以前の、元の世界にいた頃の記憶が曖昧で、[久遠裕弥]の存在を確信できない。
昴は裕弥はちゃんといたという。純冷は千裕を千裕と呼んだ。けれど、裕弥のことを知る術がある、と千裕に示しているのだ。
裕弥のことを知るのは怖い。薄々感じているのだ。失ってしまった記憶は取り戻さない方がいい、と。記憶がある方が害になるから忘れたのだ、と千裕の中の何かが言っていた。その何かが裕弥なのかはわからない。
きっと、思い出せば、苦しい思いもするだろう。裕弥がいなくなったと感じたときのように。
それでも。苦しみと引き換えてでも。
「裕弥のことを知りたい」
それは今回のアミのデモライブの目的である白の王の復活にも繋がると予想ができる。アミと黄の王の繋がりが母親なら、千裕と白の王の繋がりは裕弥のはずだ。
それに、裕弥を知ることは、自分を知ることだと思えた。裕弥が千裕の描いた妄想だとしても、存在したことは事実で、彼がいたことに意味はあったはずだから。
それに……思い出せた純冷と鍔樹との日々は孤独に冷たい千裕の心を温めた。きっと、苦しいことだけじゃないのだ。そう思えたなら、前を向ける。
千裕の決然とした眼差しに、純冷が応える。
「裕弥を知る手がかりはきっと千裕の中にあるだろうが、裕弥の手がかりは他にも一つだけ、確かなものがある。デッキを出せ、千裕。裕弥が願ったのが何か、ブレイヴハーツをすれば見えてくる」
裕弥の願いから生まれた[鎖使い]のデッキ。[Knight]で守りたかったのは何なのか。それらは全て、カードたちが知っている。
デッキを出した純冷を見て、千裕は立ち上がる。
「スタンバイ」
テーブルが現れ、千裕と純冷が相対した。
リバースメインと山札をセットし、五枚ドロー。一度だけ引き直しをして、戦いの火蓋が切って落とされる。
純冷が再度千裕の意思確認をするように唱えた。
「Brave Hearts,Ready?」
「「Go!!」」
二人のリバースメインアーミーが開かれる。
[Rainy]
[鎖使いKnight]
純冷の先攻で始まる。
「ドロー。チューンシーン、[イリュージョナルスター]をアブソープション。リバースバックアップを二枚セットし、ターンエンド」
千裕にターンが回る。千裕は今回、[Knight]は[Knight]でも[鎖使いKnight]をリバースメインに据えた。おそらく通常の[Knight]は千裕が望んだカードであり、裕弥が望んだ[Knight]の姿は[鎖使いKnight]だからだ。
[鎖使いKnight]は所々が欠け、汚れた鎧を纏う騎士が、鎖で剣の柄と手を巻きつけている。まるで、戦いから[逃げられない]ように定められたかのような痛々しい姿に見えた。
「ドロー。フィールド[CHAIN ROAD]をセット。[太刀の鎖使いスズエ]をアドベント。[CHAIN ROAD]のアビリティでスズエにパワープラス5000」
後攻向きの能力だ、と純冷は分析する。[鎖使い]用のフィールドであろう[CHAIN ROAD]のアビリティは基本的にアドベントされた[鎖使い]アーミーのパワーアップである。だが、アドベントされたときのみの一時的なパワーアップで、継続的なパワーは得られない。[鎖使いKnight]もまたアブソープションができないキープアビリティがあるため、その補助として、サイドやバックアップたちのパワーがアップする。ただし、アドベントされたターンのみなので、再度パワーのある状態での攻撃をするにはアドベントし直さなければならないという欠点がある。
「スズエのオートアビリティ。山札の一番上を公開。それが[鎖使い]の名を持つカードならアドベントする」
公開されたカードは[小刀の鎖使いウォシェ]。よってウォシェがもう片方のサイドにアドベントされる。
「公開されたカードがアドベントされたとき、前列の全てのアーミーのパワーをプラス3000」
ウォシェは[CHAIN ROAD]の能力で更にプラス5000される。そこからリバースバックアップを一枚セット。
「バトルシーン。[鎖使いKnight]で攻撃!」




