第91話 誰か
どくんっ……
「っ!?」
昴は鼓動が大きく脈打ったような感覚に、目を見開き、硬直する。なんとかギターは支えていたが、すとん、と椅子に崩れ落ちた。
「昴?」
「どうかしたのか?」
アミや純冷の心配する声が遠い。これが何なのかわからないまま、昴はただぼうっと、意識を何かに引きずられていった。
「はじめまして、紅月昴くん」
昴はそう声をかけられ、驚いた。
そこに自分とは鏡写しのような少年がいたのだ。髪の長さも、目の色も、背丈も同じ。ただ鏡写しの少年は襤褸を纏っていた。
昴はその襤褸のことを知っている。
「大切なマント……」
テレビゲームブレイヴハーツで主人公が最初に装備している唯一のものだ。所謂初期装備というやつである。
ブレイヴハーツは周回要素のあるゲームだが、ステータス引き継ぎシステムがなかった。それでもクソゲーと言われなかったのは、二周目以降の敵の強さも変わらないというゲームのやりこみ要素としては奇妙なシステム。ただ一つ、このぼろぼろの[大切なマント]だけ、周回するごとに防御力が上がった。微々たる変化なので、これはかなりやりこんでいないと気づけない。
「君は俺を知っている?」
「わからない……どうして君が、主人公の装備を……?」
「俺が主人公? ふふっ」
鏡写しの子は昴と同じ声で笑った。主人公、という言葉を、可笑しそうに。
昴を澄んだ紅玉の瞳に映して、彼は言う。
「誰もが自分の人生における主人公さ。だから、現実に英雄や偉人がいても、その人のことを[主人公]と呼びはしないでしょう? 角度を変えればシエロの方が主人公だったかもしれないし、ナルが主人公だったかもしれない。ターシャかもしれない。ゼウスだって、タイラントでさえ、主人公になりうるんだ。魔王や賢王にスポットが当てられたように」
「えっ……君は、もしかして、アイゼリヤの人なの?」
並んだ名前たちに、昴は目を丸くする。少年が口にした名前は、全て、テレビゲームブレイヴハーツの主要キャラクターだ。
もう一人の自分のような少年の言うことはわかる。人生は他の誰でもなく、自分が主人公の物語だ。誰かが主人公に成り代わることはない。命が終わるそのときまで。
「ふふっ、うん、アイゼリヤの人。面白い。ヘレナ姫は俺のためにこんな悪戯をしてくれたんだ」
「ヘレナを知ってるの?」
「そりゃ、アイゼリヤの人だもの」
少年は昴の反応にけたけたと笑う。屈託のない笑顔は、見ているとなんだか元気をもらえる気がした。
けれど、少しすると、少年は真顔になる。同じ色をした昴の目を真っ直ぐ射抜いた。
「君たちがしようとしていること、手伝わせてくれないかな。いや、違うな……スバル、君の人生を救わせてくれないかな?」
「え」
昴は何を言われているのかわからなかった。自分の世界を救う?
それに、どうして名前を知っているのだろう? 昴は自分そっくりのキャラクターなんて知らない。ブレイヴハーツにそんなキャラクターがいたら、鬼周回をした昴が忘れるわけがないのだ。
昴の疑問をよそに、少年は続ける。
「うーんとね、そんなに難しいことじゃないんだ。君の夢を、叶える手伝いをさせてほしい」
「夢?」
その言葉に脳裏をよぎったのは、白紙のまま、家に置き去りのはずの進路希望用紙。
昴は困って、眉を八の字に曲げた。
「申し出は嬉しいんだけど……俺には[夢]がないんだ。そりゃ、英雄騎士シエロに憧れたりしたけどさ、そういう夢は叶わないものだし、なんていうんだろう……俺はシエロになりたいわけじゃないんだ。現実的じゃないのもそうだし、アイゼリヤ一番の騎士は、シエロであってほしい」
「すごいわかる! シエロ格好いいし、シエロにはずっと騎士でいてほしいよ」
思わぬ同志である。
「でも……そうしたら、[将来の夢]っていうのが、あまりにも漠然としてて、俺が何になりたいのか、わからなくて、悩んで……」
悩んでも、答えが出ない。もう決めなくちゃいけないのに。
既にアイドルとして活躍しているアミや、元の世界では弟のために働いていた純冷の存在が、昴のこの燻りを刺激する。焦燥が走ると、何も考えたくなくなる。考えなくちゃいけないのに。
「スバル、焦らなくていいし、悩まなくていいし、周りに求められたからって、決める必要はないよ。そんなの、スバルが苦しいばっかりじゃん」
「苦しい、かな……?」
「うん、苦しいって顔してる」
少年がすっと昴の頬に手を当てる。柔らかい温もりが、頬を包んだ。
「大丈夫。君は君にしか描けない物語を綴っている途中なんだ。君にしか描けないというだけで、その物語には充分な価値がある。夢を探すのだって、冒険の物語になる。君だけが、君の勇者になれる」
「……勇者」
その言葉で思い出す。
ブレイヴハーツで、声のついていないキャラクター。ルックスがはっきりしていないキャラクター。それは賢王以外に、最も見落としそうな、灯台もと暗しなところにいる。
「君は、もしかして」
「昴!!」
ぴしゃーん、と雷が落ちた。何の比喩でもない。昴の体に雷が落ちた。
ちょっとびりびりするが、昴は目を覚ました。刺激的な目覚めである。
目を開けると、血相を変えたアミと、呆れた様子の純冷がいた。魔王もちら、と昴を見ていた。
「……もしかして、回復打ったの?」
「それ以外の可能性、何か浮かぶか?」
やれやれといった様子の純冷に返す言葉もない。
突然倒れた昴を心配するあまり、痺れを切らしたアミが回復になれ、とツァホーヴと唱える姿は容易に想像できた。半ばキレ気味で。
「昴? 昴よね? あんたまで魔王や千裕みたいにへんてこなことになってないわよね!?」
「なってないよ」
少なくとも、回復のためとはいえ、人に躊躇いなく雷を落とす子よりは正常なはずである。
「だが、大丈夫か? よく考えたらお前、セアラーで千裕を探していたというときからろくに休んでいないのでは?」
「…………」
もしかしたら、そうかもしれない。
「こんの、ブレイヴハーツ馬鹿!! 寝なさい!! ツァホー」
「ストップストップストップ! 雷に打たれて強制昏倒は勘弁して!!」
そうして、昴にいくらか休息が与えられるということが決まった。
「でもさ、もやもやしてることがあるんだ。それ吹っ飛ばしてから寝たい」
「悩み事? 言ってごらんなさい」
「はあ、こういうときのお前は……これだろう?」
純冷が呆れた様子でデッキを出す。頷く昴に、アミは再び「こんのブレイヴハーツ馬鹿!!」と叫んだ。
純冷は仕方のないやつだな、と相手をしてくれる様子だったが。
「昴、それなら俺が相手になる」
「千裕……」
純冷を遮るように出てきたのは千裕だった。
「いいね。千裕と戦いたくて、セアラーのときからずっと追ってきたんだ」
千裕がスタンバイ、と唱えると、テーブルが現れる。中央神殿は丈夫なため、魔法が使用可能だ。
テーブルにデッキをセットし、号令をかける。
「Brave Hearts,Ready?」
「「Go!!」」
展開が不自然?カードゲームがしたいだけだろ?
カードゲームの話でカードゲームするのに理由いる?
というわけで!!久しぶりのカードシーンです!!




