第79話 号外
赤の街[エシュ]に号外がばらまかれた。必要以上と思われる号外は道を埋め尽くし、拾っても拾っても地面が見えない。
部数ミスにも程がある、と思いながら、人に踏まれ、ゴミと化す号外を拾って掃除する男がいた。カードショップを営むシンだ。
「はあ……こんなに刷るなんて、何事ですかね」
シンは号外を読もうとしたが、周囲からの歓声の方が早く、キンキンと響き渡るそれにシンは思わず耳を塞いだ。
曰く。
「ブレイカー・アミのデモライブだってよ!!」
「セアラーとか正気かよ」
「そのぶっ飛び具合が最高!!」
「さすがブレイカー・アミ!!」
ブレイカー・アミ、といえば、アイゼリヤでめきめきと人気になったアイドル。黄のテイカーで、生粋の破壊デッキを使うアイドルにしては殺意の高い使い手。
シンは拾った号外に目を落とす。
「ブレイカー・アミ、デモライブ決定!!
近頃活動が見られなかったアイドル、ブレイカー・アミがセアラーにて堂々復活ライブを行う!! 今までどこで何をしていたかはわからないが、ブレイヴハーツ激戦区をライブ会場に選ぶ辺りはファンの期待を裏切らないぶっ飛び具合だ。
アミの世話役によると、今回のライブの目的は単なるデモではなく、今は亡き獣王国復興への足掛かりにすると意気込んでいるのだとか。
特に獣人への呼び掛けを強く訴えている。また、新しいカードの御披露目会もあるそう。
今後の動向が気になるブレイカー・アミから目が離せない!!」
シンはアミの世話役の文字に思わずげっ、と声を上げてしまった。
ブレイカー・アミはエシュにもライブに来たことがあるアイドルテイカーだ。今やアイゼリヤの一世を風靡するアイドルであり──ヘレナによって異世界から召喚されたテイカーだ。
と、同時にシンが苦い顔をする理由もある。それが[アミの世話役]の存在だ。その世話役はアミがアイドルとして活動する上で色々な手引きをしていると同時、[異世界のテイカー]を導く役目を持つ。
シンの姉・ハンナである。シンからするとハンナは姉というより母といった感じの口五月蝿さがあり、苦手だ。穏やかな性格なのだが、怒るとゴゴゴゴと地鳴りのような音が聞こえてきているような錯覚を覚えるような笑顔をする。
「デモライブって、何に対するデモでしょう。それに、激戦区のセアラーでやるなんて……セアラーに行って以来、連絡が途絶えていたので、まあ、居場所がわかっただけでもいいですが」
「てーんちょ」
「!?」
突然声をかけられ、シンが驚いて振り向くとそこには周囲から外れず、号外を手にした店の常連の虎の獣人リュートだった。よ、と気さくに話しかけてくる。
シンとリュートは元々は単なる店主と常連という関係で、こんなに仲良くはなかった。が、イカサマでショップのゲームを勝ち進んでいたリュートは、異世界からのテイカー・昴に出会ったあの辺りから変わった。俺様という一人称は抜けないが、俺様気質が和らぎ、初心者に手解きをしたり、デッキ構築の相談に乗ったりと、いい意味でタウンショップの評判の一部となった。
きっと、自分にはわからないだろう、とシンは思う。ブレイヴハーツをする人のドラマをカードショップの店主であるシンはたくさん見てきた。けれど、その感動をシンが味わうことはない。
「なーに、しけた面してんだ、店長。大ニュースじゃねぇか。あのブレイカー・アミがセアラーでライブたあ、景気のいい話だってのによ」
「まあ、興味がないわけではありませんが」
「店長がアイドル趣味だって、誰も引いたりしないぜ?」
「いえ、そういう問題ではなく」
「それはそうと」
シンの主張を聞く気がないのか、リュートが号外を見下ろす。
「大した話じゃねぇか。ブレイカー・アミってのは確か、スバルと同じくらいの女の子だろ? アイドル活動云々は知らねぇが、獣王国復興を考えているってのが、かなりアクティブでポジティブな考え方で、俺様も感心するぜ」
「ああ、リュートさんも獣王国出身ですもんね」
「ああ。まあ、アグリアル・タイラントから王様に助けてもらったっけな。でも俺様はこの街も好きだぜ」
エシュの街並みに目をやり、リュートが続ける。
「エシュは唯一、国とは別に作られた街だ。そこそこ発展もしてる。それにタウンショップがあるし、実はあんまり争いは好きじゃねぇってわかったしな」
「え?」
イカサマまでして勝ちに拘った人物の言葉とは思えなかった。
シンがあからさまに意外そうな顔をすると、照れたように頭を掻く。
「あのスバルってやつと、俺様は大して変わりねぇ。ブレイヴハーツが好きなんだ。元々、ここがエシュになる前からここいらにいたのは、平和を望む獣王のために、戦争の被害が国に及ばないよう監察する人員だったからだ」
戦争のためなんかに生きてねぇ、とリュートは高らかに宣言した。
「だからこそ、ブレイカー・アミの活動は支援してぇなぁ」
そこでシンはくすりと笑う。悪戯っぽく。
「行ってきてもいいんですよ?」
「……お、俺様がテリトリーを空けるわけには」
「獣王を慕うなら、行くべきです」
そこでリュートの顔が曇る。
「だが、獣王は……」
「このイベントに、僕の姉が関わっています」
「は?」
シンの唐突な告白にリュートは目を丸くする。
シンは続けた。
「姉は、[とある使命]のために今はアイドルの世話役をやっているんです。その一環が[獣王国再建]です。これだけ号外をばらまかせているんですから、目処が立ったんでしょう。獣王国の民だったのなら、是非、その手助けに行ってください」
「……? 使命とかはわからんが、まあ、そうだな。国の再建には民がいなくちゃぁな」
よーし、俺様の子分も連れて行くぜ、とリュートは意気込んで離れていった。シンはほう、と息を吐く。
先にリュートが言いかけたことだが、[獣王は死んだ]、これはアイゼリヤ内で知らない者はいない事実だ。
「何を掴んだんですか、姉さん」
シンは北西の空を見上げて呟いた。




