第78話 死後の世界
「魔王!? 起きて大丈夫なの?」
昴の質問にナターシャがずっこける。が、昴が心配するのは道理だ。昴の目の前で魔王は倒れたのだし、昴にとって、魔王は敵ではない。かつて敵対していたナターシャたちと違い、昴たちにとっては魔王もゲームの登場人物に過ぎないのだ。
それに、今は人間の姿をしている。より親しみが持てるといってもいいだろう。しかもそれは元の世界の住民の姿だ。
「ああ、すまない。オレにも何が起こったのかさっぱりなんだ。……まあ、こいつに関係しているのだろう」
魔王はこつこつと自分の肩を示した。おそらく、マントで封じ込めている黒羽のことを言っているのだろう。
王と言えば、[黒の王]に該当する魔王なわけだが、これまでの話し合いからするに、彼に関しては例外的な部分がある。
まず、ビジュアル設定が公開されていることだ。他の王たちと違い、魔王はゲームにおけるラスボス、れっきとしたメインキャラクターである。それをキャラデザしないというのはゲームにおける怠慢とも言えよう。
まあ、顔が明らかだったわけではない。[世界の死神]である魔王はローブを着て、フードを目深に被っている。顔面にあたる部分は影になっており、見えない。
「さて、精霊王の姿についてだったな」
「あ、うん」
まさか答えてくれるのだろうか。魔王と精霊王に面識があったかどうかからまず不明なのだが。
「奴は孤独な世界の神だった。奴は孤独という言葉そのものを知らぬから、何にもない空間をただ眺めているだけでも退屈しなかったらしい。何かを作る方が退屈だ、と言っていた」
「……魔王さまは、精霊王さまと会ったことがあるの?」
一同の中で一番驚いていたのはアリシアだった。自国で神のように崇められている存在だ。気になりもするだろう。
魔王は当たり前だろ、とでも言いたげに呆れた顔をしていた。
「オマエたちはオレたちを[王]と呼んでいるが、実際は神なんだ。それにオレは[世界の死神]。ありとあらゆる世界を渡り歩いている。それはアイゼリヤに限った話ではないぞ」
世界というのは無数に並行して存在している。それについてはアイゼリヤ自体がその証明のようなものだ。アイゼリヤの役割は[並行世界を並行世界たらしめること]である。つまり、世界は他にいくつも存在するのだ。
それにナターシャも言っていた。精霊王も[異世界]の存在だと。精霊王にはアイゼリヤとはまた別に管理する世界が存在すると考えて間違いないだろう。
「で? 精霊王はこいつに似てたの?」
アミはさっさと結論に辿り着きたいのかせっつくような疑問を飛ばす。
魔王は肩を竦めた。
「何百年か何千年かもわからないくらいの記憶を当てにするならな。雰囲気は間違いなくそのスミレとやらに似ていたぞ。もう少し幼い感じだし、精霊王は男だがな」
性別が違う。純冷は男子生徒よりブレザーの男子制服を着こなしているためわかりにくいが、女子である。
だが、精霊王が男であるということは、ここまでの話から考えて、かなり重要な情報だ。
何かを悟った純冷が顔を青ざめさせる。
「そんなことより」
魔王が話をぶった切る。
「セアラーにはいつ発つんだ?」
「んー」
昴も空気を読んで話題に乗る。
「まだ決まってないんだよね。魔王はあの人に会いたくて仕方ないだろうけど、準備がいるんだ」
「準備?」
「そう。[白の王]が帰ってくるための準備」
魔王は俯く。それを覗き込んで、昴が訊ねる。
「悔やんでいるの?」
何を、とは言わなかった。魔王は俯いたまま、曖昧に「ああ」と答えた。
「むしろ、あいつのことを忘れたことはない。この手が、この力が……」
見れば、手が小刻みに震えている。きっと[白の王]を殺してしまったときのことを思い出しているのだろう。
魔王にとって、唯一の人物だったのだ。唯一、心を許せる相手。だからこそ、騙されてしまった。アグリアル・タイラントに。
そこで、昴はあれ? と思う。
「魔王はどんな世界にも行けるんだよね? じゃあ、天国とかには行ってみようとは思わなかったの?」
すると、魔王は渋面を浮かべた。
「天国とか地獄とか言う世界はない。生き物は自然に死に、自然に消え、自然に生まれる。その世界に生まれた時点で世界の一部だ。もし仮に天国という異世界があったとして、死後でも異世界に行くようなことがあれば、アイゼリヤが止めなければならないし、アイゼリヤが対応しないなら、オレがその世界を殺しに行かなければならない」
その説明を咀嚼し、それが何を示すのか悟った昴は息を飲んだ。
仮に天国に召されたとして、そうしたら、魔王は[もう一度]、手を下すことになるのだ。それがどれだけ残酷でも。
それなら、天国は存在しない方がいい。
「とはいえ、オレもあのときからアイゼリヤから出られなくなったのだが……」
寂しげな魔王の表情に昴はふと思った。
人間には天国とか地獄とか、輪廻転生といった思想があり、それをある種の救いにして生きている。
けれど、天国も地獄もないと知っている傍らの死神はどうなるのだろう?
──だからこそ、死者が蘇る、叶わないと知る願いを望んでしまうのだろう。
とても、悲しいことのように感じた。




