第5話 アイドルイベント
昴は道端で出会ったアイドルテイカーブレイカーアミとその付き人ハンナと共に、タウンショップに向かった。
「お戻りになられたのですか、昴様。まだイベントは開始されてもいないはずですが……って……」
いつもの店員が丁寧な口調で出迎えかけ、同行人を見、言葉をなくした。
「ハンナ、姉さん……?」
「元気なようね、シン」
「仕事で来るって、言ってたけど……まさか、仕事って」
シン、と呼ばれた店員はアミとハンナを見比べる。
「そうよ。アミの付き人。驚いたでしょ?」
「ちょっと待った!」
アミが会話の進む二人の間に割って入る。
「ハンナ、二人で盛り上がってないで説明しなさい!」
「あらあら、ごめんなさい、アミ……昴くんもちょっと混乱しているかしら? こっちは私の弟のシン。ってことは、君がシンの言ってた最近連戦連勝中の新参テイカーくん?」
昴がきょとんとする。代わりにシンが頷いた。
「ええぇっ!? じゃあ、ハンナが言ってた紅月 昴って、あんたのことだったの!?」
そういえばまだ名乗っていなかった、と思い、昴は頷いた。
「うん。俺は紅月 昴。よろしく」
「……あたしはアミ。風間 アミよ」
「へ?」
「あたしの本名! あんた、もしかしなくてもヘレナに呼ばれて来たんでしょ?」
アミの言葉にまたしても昴はきょとんとする。
「な、なんで君がそれを知ってるの?」
「そりゃもちろん」
アミは肩にかかるツインテールを軽く振り払い、告げた。
「あたしもそうだからに決まってるでしょ!」
アミの発言にしばし驚いていた昴だったが、ふと思い、口を開く。
「ねえ、ハンナさんやシンさんの前だけど、話していいの?」
「いいのよ」
アミはあっさり告げた。
まあ、確かにアルーカは他に話してはいけないなんて言っていなかったから、気にする必要もないのだろうけれど、森では賊に襲われ、エシュの宿屋でも襲撃を受け、と物騒な目に遭っている昴だ。なんとなく、その情報を堂々と流すのはどうなんだ、と考えてしまう。
「安心なさい。ハンナは協力者よ。多分、その人も」
昴はハンナとシンを交互に見た。口を開いたのはシンだった。
「アルーカ様から、ヘレナ様のご用命を承りました。もしかしたら、とは思っていたのですが」
「あら、シンったら、言ってなかったの? そりゃ驚くわね。そういうこと。私たちは敵じゃないから、そう理解して接してくれると嬉しいわ」
アルーカの名が出たことで昴は安心した。
「いやぁ、でも本当にいたのね。あたし以外にも召喚されたテイカーが」
「あら、アミは私を信じてなかったの?」
「だって、会ったことなかったんだもん」
「俺は君で三人目だ」
昴がぽつりと言うと、アミは目を剥いた。
「ええっ!? 召喚されたテイカーって、そんなにいるの!?」
「アルーカの話だと、五人いるってことだったけど。俺が会ってないのはあと一人だけ」
この世界に来て、一ヶ月、そんな短期間で同じ境遇の者に会えるなんて、ある意味強運だ。
「ええー、何それ羨ましい! あたしにも会わせなさいよ!」
アミが駄々をこねるように言った。
「昴くんにだって、計画とかそういうものがあるでしょ!」とハンナが軽くたしなめる。
しかし、昴は考えて頷いた。
「俺、そのテイカーを探したいんだ。手を貸してくれないかな?」
「いいわよ」
アミは即答だった。
「ハンナ、馬車は三人乗りくらい平気よね?」
「ええ、問題ないわ」
「じゃ、決まり。あたしの旅について来なさい」
「え、そんなあっさり!?」
昴はさくさくと進んでいく話に目を白黒させた。
「あたしだって、色んなテイカーに会いたいわよ」
楽しげに笑うアミの表情に昴は納得する。
ただし、とそこへハンナが付け加える。
「アミのこの街のイベントが終わってから、ね!」
──で。
今、昴はテイカーとのゲームの嵐に遭っている。原因はアミ。
イベント会場の広場にアミ、ハンナと共にやってきた昴は、アミの「あんたとブレイブハーツしたせいで遅れたんだから、ちょっと手伝いなさい」というのに、あっさり頷いた。それがそもそもの間違いだった。
「みんな、遅くなってごめん!! さあて、早速あたしとのゲームイベントを始めるよ。あたしとブレイブハーツしたい人ー!」
観衆は一斉に声を上げた。
「うーん、多いなあ……みんなとゲームできればいいんだけど、あたしの体は一つなの。という訳で、今日はあたしの助っ人を紹介するわ!」
そうして昴はアミと同じステージに立たされた。
「あたしの騎士《Knight》、紅月 昴くんよ!」
「Knightって……」
昴は照れる一方で、[Knight]という響きに裕弥を思い出す。
アミに会わせたいというのもあるけれど、最後のあの言葉の意味が知りたい。だから会いたい。
昴は物思いに耽りそうになったが、すぐ喧騒がその思考を掻き消す。
アミはこう続けたのだ。
「今日、あたしとブレイブハーツをできるのは、あたしの騎士《Knight》に勝った人だけよ」
「へ?」
考える間もなく、昴の元にテイカーが殺到した。
「Brave Hearts,Ready?Go!!」
ああ、何回目だろう、これ。
昴は考え……やめた。あとでハーツポイントを数えればわかる。
昴は山のようにハーツポイントのクリスタルを手に入れた。連戦連勝中だ。
ブレイブハーツをするのは楽しいからいいんだけど……さすがに、疲れてきたなぁ……
そう思ってアミに視線を送るが、とうのアミはサイン書きに忙しい。
むう……みんな、これでいいのか? アミとブレイブハーツしたかったんじゃないのか? ……と疑問を抱きつつ、順調に勝っていった。
「アミ、さすがに限界……俺、初めて自分の限界を知ったかも」
イベント開始、つまり昴一人のブレイブハーツ開始から五時間が経ち、さすがの昴も音を上げた。
それに対するアミの返答がこれだ。
「じゃあその限界を超えなさい」
昴は確信した。
「鬼……」
「ん? なんか言った?」
「いや……」
「アイドル捕まえて鬼なんて言うやつは、旅で馬車に乗せないんだからね」
「聞いてるし!?」
やはりアミは鬼だ。昴と同じか年下くらいにしか見えないのに抜け目がない。恐ろしいことだ。
「にしたってあんた強すぎ。一人くらいあたしに回してくれたっていいじゃない!」
「誰だよ、Knightに勝った人とだけ戦うって言ったのは……それに、手加減なんてしたら相手に失礼だし」
「それもそうね」
「俺のターンアップ、ドロー」
昴のドラゴン連鎖に相手の手札が尽き、攻撃が通った。
「あの子供、また勝った」
「さすが、ブレイカーアミがKnightというだけのことはある」
Knight……裕弥……
昴が少し動きを止めたのをアミは見た。しかし素知らぬふりで言葉を紡ぐ。
「さあて、ブレイブハーツで盛り上がってきたとこだし、あたし、歌っちゃおっかな?」
歓声が上がる。惹き付けるのが上手い。
昴はようやく一息吐き、アミの歌を聴いた。
Brave Hearts,
Brave Hearts
勇気の剣掲げ
今炎切り裂いて…
遥かなる世界から
呼び覚まされた戦士たち
決意と夢を抱き
歩き始めた
全てを覆う炎
優しく包む水
風が通り抜けた時
戦士は立ち上がる
"You have the [Brave Hearts]!"
Brave Hearts,
Brave Hearts
果てしない翼広げ
高く飛び立とう 今!
Brave Hearts,
Brave Hearts
勇気の剣掲げ
今炎切り裂いて……
Brave Hearts!
思いが一つとなり
迷いが消えた時
戦いの世界から
解き放たれる
全てを覆う光
優しく包む闇
願いに揺れ動いた
心が叫び出す
"You have the [Brave Hearts]!"
Brave Hearts,
Brave Hearts
揺るぎない夢を掲げ
遠く 踏み出そう今!
Brave Hearts,
Brave Hearts
剣は胸の中に
夢はそう いつもここに……
Brave Hearts,
勇気ある者たちの物語
Brave Hearts,
諦めないのなら
夢はずっと 終わらないから……
Brave Hearts,
Brave Hearts
果てしない翼広げ
高く飛び立とう 今!
Brave Hearts,
Brave Hearts
勇気の剣掲げ
今炎切り裂いて……
Brave Hearts!
曲が鳴り止むと、わあっと歓声に包まれる。昴も感動していた。
意外だな、と観客に手を振るアミの横顔を見ながら思った。歌っている時のアミは普段より大人っぽい。
「昴、あんた今失礼なこと考えてなかった?」
「え?」
アミにぎろりと睨まれた。いや、なんで?
「歌ってる時のアミって綺麗だな、と」
「まるで普段はそうじゃないみたいね」
「そうは言ってないって」
「まあ、いいわ。あんたのおかげでイベントも成功だし、今夜には発つわよ」
はやっ!?
昴は驚いたが、何も言わないことにした。何か言うと、馬車に乗せないと言われそうな気がして。