第73話 精霊の巫女の存在意義
アリシアは起きたようだ。寝ていると思っていたので一同驚いた。
小さい子どもはぐっすり寝るものだと思っていたが、エルフは年齢が見た目通りではない。アリシアも実はこう見えて昴たちより年上なのかもしれない。
「……まあ、精霊王国のことは精霊王国の者に聞くのが妥当か」
いち早く落ち着いた純冷が、アリシアに近づく。
「怖いだろうが……私と出会ったときにやっていたあの[儀式]とやらについて、教えてくれないか?」
「アリ、スミレ、信じてるよ」
話します、と純冷にくっついて話の輪に入った。
「精霊王国は青の街[マイム]に変わってからも、その体質は変わらなかった。相変わらずエルフは人間とか他の種族と関わるのを嫌って、ナルに蒼き森の守護者を任せた。誰も入って来られないように」
「蒼き森って結界か何かなの?」
昴がゲームをしていたときから疑問に思っていたことだ。蒼き森に入るには、精霊の遣いたるエルフに認められなければならない。そういう設定があり、ゲーム内のアイゼリヤでも、入れたのは元々エルフのナリシア、その仲間であったシエロ、ナターシャ、主人公、他は獣王くらいしか入れなかったのではないか。
魔物は精霊王国には立ち入れず、精霊王国でのイベントは魔物関連というより、人間関係面だったような気がする。
魔物が入れないのは、精霊王が守っている聖域的な理由かと思っていたが、なんとなく違う気がする。
「蒼き森は結界。エルフたちの魔力がいっぱい注がれた魔法の木から成ってるの。エルフは外を嫌うから、命懸けでやってるの」
「命!?」
「そう。死んでもエルフの魔力は絶えないから、死んだエルフは森の木の下に埋められる。木が土から栄養を吸って育つように、魔力を吸って育つように」
「思っていたより猟奇的ね」
ナターシャが表情をひきつらせている。昴も大いに同感だったが、純冷は違う感想を抱いたようだ。
「それほどまでにして、外と関わりたくない理由はなんだ?」
アリシアが真っ直ぐ答える。
「守りたいの」
純冷が目を見開く。
守る。それは青属性の特徴でもあり、純冷の願いでもある。弟と自分、どちらが大事か天秤にかけるなら、弟を迷いなく選べる。弟以外はどうでもいいとさえ思う。……これも猟奇的と言われるだろうか。
ナターシャが問う。
「何を守るというの?」
「精霊王さま」
まあ、そうだろう。
精霊王国は[精霊王]の名を冠するほどの国だ。精霊王を守り讃えるのが第一だろう。
「精霊王さまは神聖な存在として扱われた。でも、精霊王は本当は神様なんかじゃないし、神様になりたかったわけでもない」
「え、そうなの?」
昴が意外そうに問う。エルフの性質は精霊王由来だとすっかり思い込んでいた。
「精霊王さまと話せるのは[精霊の巫女]だけ。それはエルフの中から精霊王さまが選んで言葉をかけるの」
「……そういえば、[精霊の巫女 アリシア]というカードがあったが」
「そう、わたしが今の精霊の巫女。でも、精霊王さまはわたしに答えてくれなくなった。だから、わたしの何かがだめだから精霊王さまが答えてくれず、けれど一度精霊の巫女に選ばれた者が存命だから精霊王さまが新たに巫女を選ばない、エルフのみんなはそう考えたの」
純冷が苦々しい面持ちになる。
「それであの生贄話になるわけか」
「まあ、神様への供物ってことにしちゃえば、大義名分として都合がいいもんね」
純冷に続いて答えた昴の声は平坦である。怒っているらしい。
昴からすれば、アイゼリヤは夢にまで見た世界だ。その世界が、こんなに物騒でありきたりで夢のない世界では、失望もするだろう。ゲーム自体は素晴らしかったのだから、夢を持つなという方が難しい。
「でも、精霊王さまは本来、エルフなら誰にでも話せるの」
「「……へ!?」」
予想の斜め上をいく解答に昴も純冷もナターシャも、開いた口が塞がらなかった。
「じゃあ、精霊王は何のために精霊の巫女を……?」
当然そうなる。
アリシアはそこで口をつぐんだ。言えないことなのだろうか。精霊王の深淵なる秘密……だとけ。
「精霊王さまは、話すのが苦手なの」
「「はぁっ!?」」
目が飛び出るかと思った。
「精霊王さまは元々口数の少ない方で、でも頭が回る方なの。でも、頭が良すぎて何言ってるのかわからないって、天使長さまとか色んな人に言われたみたい」
「天使長……」
ナターシャが遠い目をする横で昴と純冷が納得する。世界の破壊を望む長。歯に衣着せぬ物言いは容易に想像できる。
「初代アイゼリヤの姫巫女さまに、巫女として理解し合えそうな者を選んでは? って提案されたみたい」
「なるほどな……」
姿を見せない精霊王の知られざる……知りたくなかった現実を見せられた。




