第69話 召喚の狙い
願いを一つにまとめること。安直な言い方をすれば、一致団結させることがヘレナの目的であると言えよう。
「でも、一つにならなかったのは見ての通りだ。そして異世界召喚はダシに使われたようなものだな」
はあ、と純冷が呆れたような溜め息を吐く。
「異世界人という共通の[敵]を作ることによって、民の団結を高めようとしたんだ。私たちは世界を救うためという一見響きのいい目的に利用されたんだ。まあ、ヘレナの思惑通り、我々が世界の[敵]となれば、こうややこしいことにはならなかった」
「うん、まあ、法を犯した罰みたいなもんだよね」
昴がさらりという。確かに、異世界人を召喚するということはアイゼリヤが果たさなければならない使命そのものに背く行為だ。それはナターシャも天使として見過ごせない点である。
けれど、それに対する罰が既に与えられているというのは……
少し考え、ナターシャは答えに辿り着いた。
「王の存在ね」
「その通り。そもそも魔王を始め、この世界で王と呼ばれる人たちは、アイゼリヤが異世界と通じないために存在する。それが魔王だけの役割ではなく、異界に存在しながらエルフに加護を与える精霊王だったり、世界の安寧を守るため調停者としての役割を果たす天使の長だったりしたわけ。でも、この役割を認識してるのは魔王と天使長と精霊王くらいじゃないかな。獣王と赤の王はただの人間だし」
「えっ?」
ナターシャと純冷が目を丸くする。
「何故赤の王が人間だって知ってるの?」
「どうしてそう思った?」
二人に一気に詰め寄られて戸惑う昴。戸惑いながらも理由を告げた。
「竜国の王が赤の王でしょ? 竜国はてっきり竜の友の一族が取り仕切っているもんだと思ってたんだけど。ほら、先の魔王との戦いでも、竜の友からパーティメンバー出たから」
ああ、なるほどな、と納得する純冷。ナターシャは驚いた、とだけ呟いた。
「まあ、確かにね。魔王との戦いでの活躍は大いに左右したわ。けれど、元々、竜国を統治していたのは竜人よ」
竜人……アルセウスのデッキに多くいる種族だ。
竜人には竜と人の子が愛し合ったという伝承があり、その子孫が、竜の容姿を体の一部に持つ者として今日の竜人まで繋がったとされている。
「実は竜人はね、タイラント以外からも差別が多い種族だったの。竜の遺伝子を持つから恐れられていただけ。あまりこちら側の人間とは関わりが深くなかった。そこに歩み寄ろうとしたのが竜の友を名乗る人間の一部ね」
「ほえー、そこまでは知らなかったよ」
話を戻すよ、と昴は続けた。
「で、じゃあただの人間の王様がどうやってヘレナの魔法の抑止力になったかっていうのが俺は重要だと思うんだ。
ここで思い出してほしいのが、召喚された俺たちのように、各属性の王が宿ってるって話」
よく考えると変だよね、と端的に述べた。
「おかしな話だとは思うけれど……」
ナターシャはいまいちぴんときていない様子だ。
純冷が続ける。
「変だろう。ただ同調するなら、どんな人物だってかまわなかったはずだ。何故わざわざ王なんだ?」
「!!」
「例えば、天使の崇める神なんかがヘレナに罰を与えればいいだろう? 魔王が先の戦いと同じく介入しようとしたように」
確かに、と考え込む。ヘレナが姫巫女として崇めているのは天使たちが勅命を受けたりする神と同じである。つまりはその神がアイゼリヤの役割として[並行世界を並行世界たらしめる]というものを与え、守らせているわけだ。
そんな[世界の法律]を作れるような神が、何故ヘレナの暴挙に何もしないのか。
「神様は何もしていないんじゃなくて、既に何かしていたんだよ。魔王との戦いのときもそうだったけど、アイゼリヤの神様は神様の力じゃなくて、民の力で解決させようとしている節があった。天使長もそれに準ずる動きをしているから、まあ納得はいくよね」
神の考えを簡単に決めつけるのは不敬かもしれないが、理論を突きつけられれば、一概に否定もできない。
「つまり、ヘレナ姫が暴挙に出たときの策として、神が王たちに何かをしていたということ?」
「うん。そしてそれはたぶん魔王以外の王たちは承諾済みだったんだと思うよ。魔王は魔王の決まりで滅ぼさなきゃならないからね。悪即斬みたいな?」
「ただ、神としても一番予想外だったのが、魔王の存在だろうな。自分の抑止力が効かなかったときのための切り札だったのだろうから、潰されるとは思わなかっただろう。世界の死神だし」
「クロハって子と魂が結合するってことが?」
昴は横に寝かせた魔王の髪を撫でる。
「魔王が魔王として機能できなくなることが、だよ」




