第68話 ブレイヴハーツに込められた願い
「魔王!?」
急にふらりと倒れた魔王を慌てて支える昴。その体の異様な軽さに危機感を覚える。
よく考えればわかることだった。魔王の体は人間である黒羽のものだ。人間と魔王の相違は食事の有無。魔王は死神なので、特に何も食べる必要はない。しかし、黒羽は違う。人間であるからにはただ動くだけでエネルギーが消費され……まあ、簡単に言うと、栄養失調である。魔王が食事をしたとは思えない。
千裕が召喚されてから一ヶ月以上は経っている。千裕の次に召喚されたのが黒羽だ。ということは一ヶ月近く何も食べていない可能性がある。それは死んでもおかしくない期間だ。
……と、そんなわけあるか、と思い直した。
不本意とはいえ、自分の体になったものをみすみす死なせるとはとても思えない。間抜けすぎる。魔王の屋敷にはクリ坊もいた。食事の手配くらいはできるだろう。
そう考えると、倒れた原因は、魔王本人、もしくは黒羽と魔王の両方にあるかもしれない。
そこまで考えたところで、純冷がナターシャと共にやってくる。昴の叫びは隣室に届くに充分だったことだろう。
意識を失っている魔王を見て、純冷が何事かと問いかけてくるが、昴はよくわからないとしか答えられなかった。
「ただ、話してたら急に倒れて」
「顔色が悪いが……どんな話をしていたんだ?」
「んと、[白の王]の話」
それを聞いて考え込む純冷に、ナターシャが言う。
「魔力の揺れがあったわ。[白の王]の話で精神的に不安定になったのではないかしら。魔王にとって、[白の王]を手にかけたことはトラウマレベルの事象でしょうしね」
「ああ、私も似たようなことを考えていた。ナリシアから意見を聞きたかったが、魔力揺れがあったということは……魔力酔いしていそうだ」
「同感」
魔王の魔力が揺れたのだ。ただでは済むまい。
それは諦めるとして、ナターシャには純冷の発言に引っ掛かる部分があった。
「スミレ、[同じこと]ではなく、[似たようなこと]と言ったことには何か意図があるのかしら?」
「それは俺も思った」
昴も純冷に疑問符を投げ掛ける。純冷はふむ、と顎に手を当て、説明した。
「これは私の推測だが、我々の中に[王の魂]が眠っていると仮定して、だ。アミの新しいカードの顕現にも言えることだが、[魂の同調]があったとしたら、その衝撃で意識を失うのはあり得ることなのではないか、と思ってな」
「え……あんた何歳……?」
「なるほど」
純冷の推論が完成されすぎていて引き気味のナターシャをさておいて、昴は納得する。
アミの[破壊衝動]が天使長との同調に繋がり、[アンナ]の顕現に至ったとすると、倒れるくらいはあるかもしれない。
それに。
「魔王は黒羽に意識を乗っ取られないようにしてるみたいだからね。このマントで」
「そうなのか?」
「初耳ね」
そういえば説明していなかったことを思い出し、あ、と昴は思った。あまり明かさない方がいい情報だったかもしれない。
「えーと……黒羽の意識が錯乱状態なのは話したよね」
「ああ、アルーカがそんなことを言っていたな」
「その黒羽に意識を乗っ取られると、まともに会話もできない状態なんだ。そのためにこのマントを着せてるってクリ坊……側近の魔物が言ってた」
「黒羽とはコミュニケーションが取れないということか。これは千裕の人格交替より厄介だな……」
「同調しようとして、このマントが阻害した、という捉え方もできそうね」
そう、言い換えれば、このマントは宿主との意識の同調を阻害する代物なのだ。
「だが、仮にそうだとして、何故同調しようとしたか、だ。……[白の王]が絡んでいそうではあるが」
「……ねえ」
昴が少し真剣な顔で純冷を見つめる。純冷は昴の様子にいずまいを正した。
重要な話をする、という空気が感じ取れたのだ。
「もしかして、なんだけど……そろそろ、各属性の特徴について、考えてみる必要があるんじゃない?」
「属性の特徴?」
傍らで聞いていたナターシャが首を傾げる。純冷も虚を衝かれたようだったが、なるほど、と唸った。
「ターシャ、あなたはこのブレイヴハーツウォーズを何のための戦いだと思ってる?」
「え、何って……戦争を終わらせるための戦いでしょう?」
「はあ……よく聞く話だが、戦いを終わらせるための戦いって矛盾も甚だしいな」
純冷が溜め息を吐く。昴も同感だった。よくアニメや漫画である[戦争を終わらせるための戦い]とは、矛盾甚だしい。これは最近のアニメや漫画に見られるテーマだ。
戦いを終わらせるための戦い、なんてありふれている。異世界ものには特に。
「この世界はアイゼリヤ。その役目は[並行世界を並行世界たらしめること]。それは同時にこの世界を統括する姫巫女であるヘレナの役目でもある。ここまではターシャもわかるでしょ?」
「なんか暗に馬鹿にされてるみたいだけど、そうね」
ここからが、昴や純冷が異世界から来たからこそ、出せる意見だ。
「つまり、ヘレナの役目って、[世界同士が繋がらないように監視すること]で、その過程であらゆる世界を覗き見してるんだよね。こうして俺たちを呼び出せたことも踏まえて、ヘレナは[異世界に干渉する力]を持っていたことは間違いない。違う世界を覗くくらいはお茶の子さいさいってことになるかな」
つまり、ヘレナは[異世界のことを知っている]ということになる。勿論、異世界での考え方なんかも。
そうなると[戦いを終わらせるための戦い]の矛盾性にはさぞかし悩んだことだろう。
「この矛盾性と生産性のなさを知っていたなら、ヘレナは[戦争を終わらせるため]にブレイヴハーツウォーズを持ち出した、というのは不自然になるな」
「そこなんだよ、純冷」
そう、ヘレナの[戦争を終わらせるため]のカードゲーム解決は[大義名分]でしかない。そのように考えられるのだ。
「じゃあ、ヘレナ姫の考えは一体何だというの?」
ナターシャの疑問はもっともである。
ただ、昴にはその疑問への解答に当たりがついていた。
「もしも、[本来の目的]と[大義名分]が逆だったとしたら?」
「え?」
「……まあ、そうなるだろうな」
ナターシャはさっぱりのようだが、純冷は納得したようだ。昴は解答に導くために問いかけていく。
「じゃあ、ターシャ、このブレイヴハーツウォーズの[大義名分]ってなぁんだ?」
「それこそ戦争を終わらせるため、では?」
「違うよ。それは[本来の目的]に見せかけてるやつでしょ。ブレイヴハーツウォーズの景品だよ」
「え、は、はぁっ!? 景品って言ったら、[なんでも願いを叶える]……」
「そ。みんながブレイヴハーツで勝ちたがる目的、つまり釣る言葉が所謂[大義名分]なんだよ。[ここまでしてあげるんだから、もう戦争はやめましょう?]なんて、もっともらしい言い分じゃない」
「でも、それじゃ、一人しか満足しないわ」
「じゃあ、こう考えてみたら?」
昴は人差し指を立て、妖しく笑んでみせる。
「[元々願いを叶えさせる気なんてない]」
「え?」
きょとんとするナターシャ。傍らの純冷は目が据わっている。苛立っているようだ。
それは苛立ちもする。優勝商品の[なんでも願いを叶える]というのを目標にブレイヴハーツウォーズに参加している者が大半なのだ。純冷も例外ではない。
それが、[そもそも叶える気などなかった]などと言われたら、腹を立てるな、という方が無理がある。純冷も、他のブレイヴハーツウォーズの参加者も怒って然るべきなのだ。
「ターシャの言葉を借りるなら、誰も満足させる気なんてないんだよ。ヘレナにとっての[本来の目的]は[願いの具現]なんだ」
願いを叶える、というのとは微妙に違うが。
「アミのなんかわかりやすいでしょ。[破壊したい]からアーミーなどを問答無用で破棄させる破壊デッキ。[破壊したい]という[願い]を具現化したのが黄属性デッキってことになる」
「でも、願いを具現化して、どうするっていうの?」
昴は少し悲しそうに、寂しそうに笑って告げた。
「ヘレナは[共通の願い]ができることで、戦いが終わらせられるって考えたんだ」
叶わないであろう、[願い]を。




