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Brave Hearts  作者: 九JACK
中央神殿編
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第67話 昴の考え

 一人、見るともなしに外の景色を眺めている人物が一人。それは[世界の死神]を名乗る魔王と呼ばれる存在であるが、人間の姿をしているが故に、その名が抱かせるほどの畏怖は感じられない。

 魔王は感傷に浸っていた。というのも、他の者たちはセアラーに行くにあたって身仕度をしているようなのだが、魔王にはそれが必要ないのだ。人間の姿をしているから、アルセウスのように特別な服を用意しなくとも良いし、アミたちのように獣人を集めるために奔走する必要もない。そもそも魔王が呼び掛けたところで、誰も集まらないのは目に見えている。

 その上、特に持ち物もないので、ほとんど身一つでいいのだ。これ以上準備のしようがない。必要不可欠なものといえば、魔界から持ち出した黒いマントくらいなもの。このマントは特別製で、魔王の中に人間の魂が混じった(実際は逆)と認識した使い魔たちが、魔王の魔王としての自我を保つために術をかけるか何かしたものだ。

 魔界はアイゼリヤの北に陣取っているが、アイゼリヤであってアイゼリヤでない。それは魔王の配下たる魔物たちが魔王と同じく、[並行世界を守る兵士]として存在するからだ。アイゼリヤの住人ではないのだ。だから使うのもアイゼリヤの魔法とは違う。その世界ごとに合わせて性質を変えた術を使うのだ。

 この黒いマントはそんな術で作られたもの。アイゼリヤの魔法技術のものでなければ、他の世界のものでもない。配下たちが魔界で使う魔界特有の術で作ったものだ。

 故に、万が一、破れるなどの事象があったとしても、アイゼリヤでは治せない。

 ……となると本格的にやることがない。窓際で黄昏れるのが関の山だろう。

 そこへ、誰かがやってきた。敵意はないので気にしないが、雰囲気だけで笑みを浮かべているのがわかる。

「仕度は済んだの?」

 見ればわかるだろうに、そんなことを聞いてきたのは、異世界組の中でも天真爛漫で読めないといった印象の昴だ。魔王はこいつは嫌いではない。

「仕度することがなくてな。必要なのはこのマントとデッキだけなんだ」

「ふぅん。俺も一緒。仕度って言っても、やることないんだよね。アミとハンナさんとサバーニャが獣人集めのために色々やってるみたいだけど、交渉とかそういうの、あの人たちの方が得意だろうし。純冷に至ってはゼウスのローブ作ってるってさ。わかる!? 服を一から作るってすごすぎない!? しかも手縫いだよ!? 俺には無理だね。次元が違うというか……ミシンもないのによく服作ろうと思うよね……」

 ミシンについては、今は封じ込めている黒羽という少年の知識の中にあるため不思議には思わなかったが、普通に驚いたり、納得したりしている様子の昴が魔王には新鮮だった。

「……オマエはなんでもそつなくこなしそうだが」

「うーん、まあ、普通から見たら人並み以上にはできるみたいだけど」

 否定しないのか、と魔王は思った。

「でも、俺は極めるってことをしてないから、誰にも負けないっていうことがぱっと思い浮かばないんだよなぁ。何が好きとか聞かれても、色んなことまんべんなく好きだからさ」

「それはそれですごいことじゃないか?」

 好き嫌いがないというのは誇っていいことのように魔王には思えたが、昴としては違うらしい。

「すごいのかもしれないけどさ。知ってる? きつねとぶどうっていう話があるんだけど。狐と猫がいてさ、狐には特技がいっぱいあるけど、猫は木を登ることしか取り柄がないんだ。それで、狼がやってきたとき、猫はすぐ木に登って逃げたけど、狐は色々できるから、どんな方法でやってやろうかって考えているうちに狼に食べられちゃうの」

「間抜けな狐だな」

「だよね。俺もそう思う」

 でもさ、と昴は苦笑した。

「残念だけど、俺は狐側なんだよね。色々できるから、何やったらいいかわからない。それが俺の悩み」

 昴の口から[悩み]という言葉が出てきたことに魔王は驚く。言っては悪いが、昴は何も抱えていなさそうで、だからこそ感情に真っ直ぐに、物事に臨める人物だと思っていた。それが迷ったり悩んだりしているなんて、思いもしなかったのだ。

 けれど、昴が語った間抜けな狐の話で納得がいくところもあった。

 昴は色々なことができるから、[とりあえず]目の前にあることを成し遂げるために感情に従うのだ。

 自分の考えや意志、感情を持たない人間ほど役に立たないものはない、と魔王は考えていたが、違うのだ。それだけが全てではない。

「夕焼け、綺麗だね」

 昴はそっと魔王の傍らに立ち、同じように窓の外を眺める。確かに、外は夕暮れだった。

 魔界で出会ってからタイラントとの一件まで、あまりにも目まぐるしく過ぎたものだから、時間の間隔がなかった。夕陽を眺めるのも、一体何日ぶりなのだろう。

「俺ね、夢がないんだ」

「そうなのか」

「それなのに、ブレイヴハーツウォーズに参加してるんだ」

「……」

 今のアイゼリヤにいる以上、ブレイヴハーツウォーズに参加するのは仕方ないこと、と思ったが、昴の中ではそうではないらしい。

「夢がないけど、ブレイヴハーツウォーズで優勝目指してるの。変じゃない?」

 確かに。

 ブレイヴハーツウォーズの優勝者に与えられるのは[なんでも願いを叶えられる]権利。叶えたい夢もないのに優勝を目指す、というのもおかしな話だ。

 ああ、そういうことか。

 昴は狐と同じで色々なことができる。けれど何か一つに絞れないところまで含めて、狐と同じなのだ。

「元の世界ではさ、こういうカードゲームってたくさんあったんだよ。友達とたくさん遊んだから、どんなルールでも大抵、対応できるんだ。だから、ブレイヴハーツにも苦労はしなかった」

「そうか」

「でも、ブレイヴハーツはあの世界のカードゲームとは決定的に違うんだ」

 昴を見ると、その目は確信に満ちていた。

「命がかかっていたりとか、物理的に傷ついたりとか、そういうところは勿論だけど……なんだろう、何が起こるかわからないわくわくがあるから楽しいんだ」

 昴は、要領がよかった。カードゲームも、コツを掴んでしまえば楽しいゲームではなく、ただの作業になってしまうことを知っていた。

 アイゼリヤのブレイヴハーツも同じかもしれない。にも拘らず、彼には何か確信があったのだ。このカードゲームは違う、と。

「だからさ、ブレイヴハーツをやったら、俺も何か変われると思うんだ。そうしたら、白紙のままの進路希望用紙もきっと、埋められるって」

「そうか」

 魔王は昴のその決断が微笑ましく思えた。

 同時に、自分がやりたいことか、と思いを馳せた。

「……オレは、取り戻したい」

 気づけば、口にしていた。

「取り戻す?」

「……なくなった命なら叶わない。けれど、オマエたちが示してくれた。[白の王]が……ユーヤが生きているかもしれない可能性を。だから、賭けたい。その可能性に」

 自分の望みなど、これまで魔王は誰にも語ってこなかった。魔王は[世界の死神]。世界がその世界の役目から外れようとしたときにそれを正す者。それだけが役目の自分に、望みなどなかった。

「[白の王]が大切なんだね」

「ああ。アイツはオレを救ってくれた、唯一の人間だ」

 [オレ]を──

 そこで魔王の視界はぼやけ、昴の叫び声を捉えながら、魔王は意識を失った。

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