第4話 アイドルテイカー
昴はタウンショップでハーツポイントサービスのブレイブハーツを見ながら、ため息を吐いた。
「本日もまた、裕弥様はいらっしゃいませんね」
店員が昴にサービスのドリンクを差し出しながら言った。昴は礼を言いつつ、再びため息を吐いた。
昴が気に病んでいるのはまさしく裕弥のことだったのだ。
[千裕]と名乗った裕弥は昴の前から姿を消した。あれ以来会っていない。どこに行ったのかもわからない。宿屋には荷物もなかったし、タウンショップにも全く顔を出さなくなってしまった。
「行方がわからないというのは気がかりですが、いつまでも気に病むのはいけませんよ」
「そうなんだけど……結局、一回も裕弥とブレイブハーツできなかった……」
「そこですか……」
今度は店員がため息を吐き、こう返した。
「大丈夫ですよ。昴様も裕弥様も、ブレイブハーツテイカーなのでしょう? でしたら、ブレイブハーツを続けているうちにいつか対戦する日が来ますよ」
「ん、それもそうだね」
昴は店員の言葉に立ち上がるが、すぐに力なく座った。
「俺、まだアイゼリヤのことなんにもわからないんだけど……」
どうすればいいんだろう……?
途方に暮れている昴に店員は一枚のちらしを差し出した。
「この方に会ってみてはいかがでしょうか?」
ちらしには天使のコスプレをした金髪でツインテールの少女がいた。見出しはこうだ。
「歌って踊れる新参テイカー 黄色の天使 ブレイカーアミ、赤の街エシュに降臨!!」
昴はしばしちらしを見つめ、店員を見て問う。
「これ、何?」
「イベントのちらしです。この方は昴様がいらっしゃる一週間ほど前から頭角を現した黄属性使いのブレイブハーツテイカーです。黄の街オールで売れっ子のアイドルなんだとか」
「強いの?」
昴の目にいつもの輝きが戻ってきた。店員は微笑んで頷いた。
「ええ。ブレイカーアミの名は伊達ではありません」
聞くなり、昴はすっ飛んで行った。
「よし、その子とブレイブハーツだ!!」
昴が店員から[ブレイカーアミ]の話を聞いて喜んでいた頃──
「赤の街エシュ……商業が栄えている街。中でも[タウンショップ]というブレイブハーツを取り扱っているカードショップではハーツポイントサービスを行っている。気軽にブレイブハーツができる店として人気、と……」
馬車の中、少女が呟く。その手には[赤の街エシュ]と書かれたパンフレット。
「赤属性使いが多い街……あたし、まだ赤属性とはやったことなかったわね。楽しみ♪」
「あら、アミ、やる気満々ね」
同乗しているスーツ姿の女性が少女に言った。少女は笑顔のまま答えた。
「ねえ、ハンナ。テイカーの情報はないの?」
「そうねえ……そこに書いてあるタウンショップに私の弟がいるので、ハーツポイントサービスに参加しているテイカーなら、何人か。何でもあなたと同じ年の頃の少年で最近勝ち続けている子がいるとか」
「へえ。名前は?」
「紅月 昴というそうよ」
馬車はエシュにさしかかった。
エシュはいつも以上の賑わいを見せていた。街の中心にある広場にステージが設営され、商店街はどこもかしこも大売り出し。昴は現実的に、日持ちする食糧や服、日用雑貨などを買い貯めた。
別に、街を出ようという訳じゃない。出るとしてもあのブレイカーアミというテイカーと戦ってからだ。
旅はした方がいいとは考えていた。
他にも街は色々あるだろうし、テイカーだって色々いるだろう。まだいまいちぴんときていないが、ヘレナからは[世界を救ってほしい]と頼まれているのだ。この街は平和に見えるが、他はきっと違う。だから見に行こうと思う。
まあ、何よりもまず、あの子と戦ってから!
……色々言いつつ、結局昴はブレイブハーツをすることしか考えていない。
どんなテイカーだろう、といつものように目を輝かせて歩いていると、人にぶつかった。
「あ、ごめん……」
金髪でツインテールの少女が転んでいた。少女は顔を上げた。
「いったいわね! どこ見て歩いてるのよ!」
「だから、ごめん……あ」
少し離れたところにデッキケースが落ちていた。昴はそれを拾う。
「これ、君の?」
少女に差し出すと、ひったくるようにとった。
「そうよ。ありがと」
「君、ブレイブハーツテイカー?」
少女は不機嫌そうな顔で立ち上がり、眉をひそめて聞き返す。
「なんでそんなこと聞くのよ?」
「いや、なんとなく……どこかで君の顔、見たことあるような……」
少女の表情がやにわに変わる。
「き、気のせいじゃない?」
声もひっくり返っている。昴は大して気にしないが。
「うーん……そうかも。ごめんね、引き留めて」
昴があっさり言うと、何故か今度は少女はキレた。
「ちょっと待ちなさい」
「ん?」
振り向くと、少女が鬼の形相でデッキを構えていた。
「あんた、ブレイブハーツテイカーなら、今すぐここで相手しなさい」
「えっ……? いいけど」
昴は訳がわからない。でも、ブレイブハーツができるならいいか、と深く考えなかった。
「スタンバイ!」
少女が言うと、地面からテーブルが現れる。どこでもブレイブハーツができるよう、アイゼリヤ中にそういう魔法がセットされている。
テーブルに昴がデッキをセットすると、少女は言った。
「先攻はあたしがもらうわよ。Brave Hearts,Ready?」
「「Go!!」」
「Lightning」
「BURN」
少女は黄属性使いのようだ。
「あたしのターン、ドロー![エンジェルナイト パロエ]をアブソープション!」
鈍色の鎧を纏うLightningの元に天使が舞い降りる。
「パロエのアブソープションアビリティで、フィールドを山札から選んでセット![光の加護]」
更にリバースバックアップを一枚セットし、ターンを終了した。
昴のターン。
「エッジスナイプドラゴンをアブソープション。アビリティで山札の上が竜ならアドベント」
引いたのは[竜の友 ソル]。ヒューマンアーミーだ。
「残念。俺はリバースバックアップをセットし、フィールド[炎竜の咆哮]をセット。バトルシーン」
ちなみに、ソルは破棄される。
昴の攻撃。コマンドはブランク。少女は一ダメージを受けた。
昴のターンは終了。淡々と進んでいく。
「あたしのターン、ドロー。光の加護のアビリティ、山札の上から五枚を公開」
志願兵[プロテクトフェアリー][エンジェルナイト ロイ]正規兵[大天使 ガブリエル][フェアリーテイマー]奴隷[獄門の奏者]の五枚だ。
「この中の天使はガブリエル一枚。よってあんたのリバースバックアップ、破壊させてもらうわ!」
「くっ……」
光の加護は公開した五枚のうちの天使アーミーの数だけ相手の場のカードを破壊できる。強烈な能力だ。
「ついでに、その天使アーミーをアドベントできちゃったり♪おいで、ガブリエル!!」
これは出たカード次第では五つのサークルが一気に埋まる。
「さあ、華麗なる演舞の幕開けよ! ガブリエル!!」
一ダメージ。
「Lightning、いっくよー!」
一ダメージ。昴のダメージは二に。
「ターンエンド」
「俺のターン。……ねえ、さっき怒ってたような気がしたんだけど、何が悪かったのかな?」
昴が言うと、少女はひきつった笑みで答える。
「別に。早くターン進めたら?」
やっぱり怒ってるなあ、と頭を悩ませつつ、昴はターンを進める。
「ドロー……」
ドローしたカードを見、昴は悩みが吹き飛んだ。
「へへ、俺、対黄属性のために色々店員さんに教えてもらったんだ」
「……そういや、さっきの光の加護のアビリティも、あまり驚いてなかったわね」
「うん。黄属性はあんな感じの破壊系アビリティが多いって聞いてたから。で、赤属性でも破壊系アビリティアーミーを主軸でやってるテイカーに聞いたんだ。赤だし、強いカードも知ってた」
昴はサイドにアドベントした。
「[竜の友 サイ]?」
少女が不審そうにそのカードを見つめる。
「サイは登場時、山札の上三枚を見て、竜のアーミーを一体アドベントし、一枚リバースバックアップにセットできる」
昴はカードを一枚伏せてセットし、もう片方のサイドに[エンシェントドラゴン アーク]をアドベントした。
「それがどうしたっていうの? 光の加護以外にも破壊アビリティを持つカードはいくらでもあるわ」
「うん。でも見てて。サイはガブリエルに、センターとアークはLightningに攻撃!」
ガブリエルは破壊、アークの攻撃は受け、BURNの攻撃はシェルターされた。
「ターンエンド」
「ちょっと、さっきの思わせ振りな発言は何だったの?」
何も起こらなかったことに少女は拍子抜けした。
「ま、ターンをどうぞ」
「ターンアップ、ドロー。光の加護のアビリティ、山札の上五枚を公開。[大天使 ミカエル]
[神の癒し手 ラファエル]をアドベント! さあ、リバースバックアップとエンシェントドラゴン、お愛想願うわ!」
その叫びに応じ、アークは破壊される。しかし。
「リバースバックアップ、オープン!」
「えっ、何で!?」
少女が信じられず、昴を見る。昴はオープンしたカードを示した。
「[炎霊 かぐら]のオープン条件が、破壊に指定された時だからだよ」
炎霊 かぐら。リプレイコマンドを持つ奴隷アーミーだ。可愛らしい女の子の幽霊だが、そのオープン時能力はえげつない。
「かぐらは破壊されるよ。君のミカエルと一緒に」
「なっ……!」
要するに、道連れだ。現れたかぐらは炎を纏い、ミカエルへと向かう。その炎でミカエルを取り囲み、場から消し去った。
「きゃあ!? ミカエルが!!」
「ん、ありがとね、かぐら」
昴はかぐらを破壊されたアーミーを置くダウンチャームに移動した。
「くうっ……よくも!」
「ははは、楽しくなってきた! さ、ターンを続けて」
少女は手札からアドベントはせず、バトルシーンに移る。しかし、バックアップのいないラファエルはセンターのBURNはもちろん、サイドのサイにも届かない。
頭のいいやつ。少女はそう思いながらLightningで攻撃した。コマンドはブランクだ。
「ターンエンドよ」
「ターンアップ、ドロー。再び降臨せよ、エンシェントドラゴン アーク!」
アークがアドベントされたことで、炎竜の咆哮が発動。山札の一番上は[溶岩竜 バイドラ]。よって連続アドベントが発動。
「エッジスナイプ、[フレイムサラマンドラ][炎翔竜 サラマンドラ]をアドベント!」
「て、手札を減らさずに、サークルを埋めた……?」
「しかも、全部炎竜。ということで、前列アーミーは5000パワーアップ!」
「ぐっ……」
少女は手札を見る。残り手札は七枚。けれどもシェルター値は全て5000。サイドの二体の攻撃を止めるのでいっぱいいっぱいだ。
「バトルシーン!アーク!」
「シェルターするわ!」
残り四枚。
「サラマンドラ!」
「それも通さない!」
手札はあっという間に一枚に。
正規兵のラファエルはサイドからシェルターサークルに移動できるがそれでも手札と合わせて値は10000。Lightningは合計10000パワー。BURNは9000パワーに自らの能力で5000、炎竜の咆哮の能力で5000パワーアップしている。19000パワーだ。コマンドチェックがあることを踏まえると、ダメージにまだ余裕があるから受けた方がいい。たとえ昴がクリティカルコマンドを引いたとしても、彼女は負けないのだ。
「コマンドチェック……リプレイコマンド!」
「ええっ!?」
今クリティカル以上に引かれたくないコマンドだった。
「炎翔竜をアップ、もう一度バトルへ。それに伴い後方のフレイムサラマンドラもアップ。炎翔竜を支援だ!!」
「くうっ……けど、リバースバックアップ、オープン!」
ダメージにリーチがかかった少女は一ターン目に伏せたカードをオープンした。
「[道化の堕天使 アザゼル]! オープンアビリティであんたのフィールドを破壊!」
「ん、ターンエンド」
「ターンアップ、ドロー。光の加護!我に導きの光を」
アビリティで出た天使は三枚。アザゼルとミカエルとガブリエルだ。ガブリエルを呼ぶためにラファエルは破棄した。
昴はアーク、炎翔竜、バイドラを破壊される。「バイドラのアビリティ!」
「ええっ!?」
「破壊された時、センターにパワープラス3000」
「なっ……にぃ……?」
これでバックアップのいるセンターしか攻撃が通らなくなった。
「バトルシーン、Lightning!」
昴はシェルターしない。クリティカルが出てもまだ負けにならないからだ。
「ゲット、クリティカルコマンド! センターにクリティカル、パワーはミカエルに!」
これでミカエルの攻撃は通る。二ダメージ分のコマンドはブランクだ。
「ミカエル!!」
「ソルでシェルター!」
「……ターンエンド」
昴のターン。
「炎竜の咆哮を再びセット」
少女は悔しげに唇を噛む。もう一枚あったとは。
「フレイムガトリンガーをアドベント。ブレイクフレア、火種の竜 アラクをフィールドの能力でアドベント」
総攻撃。
勝敗は決した。
「何が悪かったかわからないけど、ごめんね。……アドム!」
ぱちぱちぱち。
拍手があった。見ると、スーツ姿の女の人がいた。
「いいものを見せてもらったわ。まさかアミが負けるなんて」
「ハンナ! いつから見てたのよ!」
金髪ツインテールの少女はスーツの女性をぽかぽか叩いた。
「最初からよ。あなたの付き人ですもの」
それより、とハンナは昴を見て、頭を下げた。
「アミがご迷惑をおかけしました」
「い、いえ。俺は楽しかったし、全然……ん? アミ……アミってまさか、ブレイカーアミ?」
「今頃?」
昴の反応にアミはため息を吐く。
「そうよ、あたしがブレイカーアミ。イベント前に戦えたこと、存分に感謝しなさい!」
昴は思わぬ形で目的を果たしてしまったのだった。