第60話 新たなる力
「Brave Hearts,Ready?」
「「GO!!」」
アイゼリヤ、中央神殿にて、二人のテイカーがカードをめくった。
「よくやるわね……」
陰から呆れた様子でそれを見るのは、アミである。ブレイヴハーツをこよなく愛する二人に、呆れてもいたし、ちょっと羨ましいという思いもあった。
アミは今日、アミの手元に現れたカードを胸に抱いていた。
[天使の長たる者 アンナ]、騎士階級という未知の階級のカードだ。ナターシャ曰く、アンナは天使長の名であるらしい。天使の長たる者、という冠詞は文字通りに捉えてよいのだろう、とナターシャが言っていた。
各地でそのとちの長が行方知れずになる現象が起こっており、その時期とアミたちが召喚された時期が重なっているという。千裕や黒羽のように、アミ、昴、純冷にも長たちが取り込まれている可能性があることはナターシャから聞いたことだ。それがこの世界にとってどれほど重大な事態なのかはさっぱりわからないから、アミはあまり気にしないことにしている。
問題は、アンナという名前とカードに描かれた彼女の容姿だ。
──何故こんなにも、あたしのお母さんにそっくりなの?
アミの母、アンナはアミにアイドルになれるんじゃないかという夢物語を見せ、それを現実にさせた人物である。アミがデビューして間もない頃に死んでしまったが。
そういえば、母は、ブレイヴハーツの発売の頃に亡くなった。以前は悲しみばかりだったが、今、こういう状況下に置かれて考えると、何やら因縁めいたものを感じる。
もう一度、カードを眺めてみた。自分は母に似ている、アンナの忘れ形見だ、と言われたことは幾度となくあるため、自分に似ているのは当然だろう。ただ、アミにはそれ以上に母によく似て見えた。
母が亡くなった時期と、ブレイヴハーツが一大ブームを巻き起こした時期が重なっていることに何か意味がありそうだと考えるのは、考えすぎだろうか。
その理論だと、まるで、母が天使長としてアイゼリヤに召喚されたみたいではないか。
──あり得ない。やはり、考えすぎか。
「あたしもあいつらみたいに、馬鹿みたいにブレイヴハーツを楽しめたらいいのに」
アミは考えずにはいられない。与えられた能力の意味を。何も考えないでいられるほど能天気ではないし、何も考えないでいさせてくれるほど、事態は親切ではなさそうだ。
「ややこしいことは嫌いよ……」
そっと溜め息を吐き、アミは昴と純冷のブレイヴハーツを見るともなしに見た。
「ターンアップ、ドロー」
純冷のターンである。場面は純冷のダメージが2、昴が3で、純冷が青属性の特性である防御力を生かした展開となっている。
「イリュージョナルスターにアブソープション。元いたイリュージョナルスターはチャームへ。リバースバックアップセット」
いよいよバトルシーンである。
昴のセンターはいつも通り[BURN]、アブソープションは[エッジスナイプドラゴン]である。特に変わったところは見られないが、後ろに伏せてあるリバースバックアップの存在が気になるところだ。
純冷はまず、サイドの[ブラウニー]でアタックした。新しいカードだ。階級は正規兵。ただ、自分のターン中には志願兵としてバックアップ能力を得る。優秀なアタッカーでありながらフォローもできる働き者アーミーだ。
昴はシェルターする。このアタックを受けてしまえば昴にはリーチがかかるのだ。当然防ぐだろう。
純冷も予想していたのか、別段悔しがることもなく、センターでのアタックに移る。
普通に考えれば、クリティカルコマンドが出ることを憂慮して多めにシェルターアーミーを出すところだが……
「アンシェルター」
昴が堂々と宣言した言葉に、見ていたアミだけでなく、相対する純冷までもが驚いていた。このシチュエーションでアンシェルターの選択肢は普通ない。だが、昴の瞳は自信に満ちていた。
これはきっと、あのリバースバックアップに何かあるにちがいない。
純冷はコマンドチェックに移った。
「ドライブコマンド発動」
うわあ、とアミは思った。普通にコマンドを引いたのだ。純冷は涼しい顔をしているが、先のターンでも、絶妙なタイミングでコマンドを引いていた。それが故の昴の劣勢である。
リプレイコマンド。クリティカルコマンドの次くらいに来てほしくないコマンドだ。効果はダウンしている仲間をアップさせ、再び攻撃できるようにするというものである。
「[ブラウニー]をリプレイ選択」
純冷は[ブラウニー]を縦向きに戻し、アップさせることを宣言。これでもう片方のサイド含めて二回の攻撃が可能となる。昴の手札は四枚。サイドにはコマンドチェックがないから、防げるかもしれないが、コマンドのもう一つの効果によって、[ブラウニー]のパワーは5000上がっている。守りきれたとして、手札の枚数が心許なくなるのは明白だ。
だが、そんなピンチでも尚、咲希は笑っていた。──まるで、逆転の一手を持っているかのように。
そんな周囲の予想に違わず、昴は高らかに宣言した。
「リバースバックアップ、オープン!!」
伏せられていたうちの一枚が開かれる。
「[炎霊 みなも]! 相手のドライブコマンドチェックでコマンドが出たときにオープン。アビリティ発動。相手以上のダメージ枚数がなら、一枚を回復、攻撃を一度だけ無効にできる」
うわ、とアミは顔を歪めた。えげつないアビリティである。まあ、開かれたカードの階級は奴隷。奴隷階級のカードはパワーが貧弱な分、アビリティが強烈であることが多い。それにしても、とは思うが。まさに起死回生の一手である。純冷と昴のダメージ枚数がイーブンになる。
「更に隣のリバースバックアップもオープン。相手のターン中に自陣に炎霊が現れたとき、オープンできる。[炎霊 つきよ]」
ふむ、と純冷が頷く。どうやら新しくしたデッキ編成で、昴は炎霊系統のアーミーを試しているようだ。
炎霊アーミーは女の子のゴーストばかりなので、先日までがっちがちのドラゴンデッキを使っていた昴が使うことに違和感を覚えなくもないが、印象とは関係なく、昴はしっかり使いこなしているようだ。
つきよのアビリティは能力模倣。つまり、直前に発揮されたアビリティをそのまま再現する能力。
つまり。
「純冷と俺のダメージは同じ枚数だから……回復させてもらうね。そして、この後の[ブラウニー]からのアタックを無効化させてもらうよ」
にっこり笑っているが、やっていることはえげつない。ピンチだったのが過去形になってしまった。昴の方がリードしてしまった。純冷のターンだというのに。
「相変わらず、引きが強いな」
そうコメントする純冷に対し、昴は苦笑いだ。
「いや、純冷がコマンド引かなかったら発動できなかったわけだし、純冷の引きの強さに救われたようなもんだよ」
……いやいやいや。組み直して初めてのデッキをここまで使いこなす能力というのは充分異常だ。
「だが、まだ始まったばかりだ。どんでん返しができるのはお前だけではないということを見せてやろう」
「望むところだよ」
二人の勝負が長引きそうなのを察して、アミはその場から離れることにした。落ち着いているから、そんなことはないだろう、と思っていたが、純冷も充分すぎるくらいにブレイヴハーツ馬鹿であることが発覚した。ヘレナという自分たちを召喚した人物は、こういう性格も加味して選んだのだろうか……
アミは昴たちほどどはまりはしていない。ただ、気になるのは、元の世界でのゲーム、ブレイヴハーツを三人は知っていて、プレイ及びクリアしたことがあるということである。魔王に体を乗っ取られたり、二重人格化している黒羽や千裕も、もしかしたらブレイヴハーツをクリアしているのかもしれない。
とはいえ、今はそれを確認する術がない。黒羽は魔王に体を乗っ取られているし、千裕は昏睡状態。更に加えて言うなら、純冷は指名手配されている。厄介この上ない。
まあ、ブレイヴハーツ馬鹿二人は放っておいて、休もう。休息は取れるうちに取っておくのがいい。そう思い、アミは寝室に向かった、ところ……
「わああああっ!?」
部屋の中央に、白い影が佇んでいて、思わず悲鳴を上げてしまった。が、よくみると、それは千裕だった。
「なんだ、あんた、目を覚ましたんなら声かけなさいよね。みんな心配していたんだから。昴とか昴とか昴とか」
アミが話しかけるが、千裕は反応がない。
無視されているのかと思い、腹を立てたアミが、ずんずんと距離を詰め……息を飲んだ。
千裕は、泣いていた。
「裕弥が、いない」
そう呟いて。




