第59話 叶えたい夢がある
ナターシャの部屋で皆が寝静まっている頃、二人の人物が起きていた。
「まさか天使さまからブースターパックもらうとは思わなかった」
「同感だ」
そう言って向かい合うのは昴と純冷。二人共、本の世界なら箱売りくらいにはなっていそうなパック数を黙々と開けている。
そうしてカードの選別をしていき、新たなデッキに組み込もうか試行錯誤している二人。他のアミもパックを渡されたはずだが、顕現した[騎士]階級のカード[天使の長たる者アンナ]の出現だけで満足したのか、ナターシャから提供されたパックには手をつけずに寝た。
ナターシャも日記を書き終えると、さっさと寝てしまった。いつまでもデッキ調整を続ける昴と純冷に少々呆れた溜め息を吐いていた。
しかし、アミの手に新たなカードが出現した以上、アミも一端のテイカーである。新しいカードを使うためにデッキ構成を変えてくるにちがいない。昴と純冷の手元にあるのは、奴隷アーミーから正規兵アーミーまでだ。騎士アーミーを持つアミに分があることは確かである。
要するに、二人は二人共、負けず嫌いなのだ。
ただ、二人がパックを開け続けるのはそれだけが理由ではなかった。
「昴、もう気づいているか」
「うん」
昴は開けていたパックの中身のカードをばらりと晒す。純冷はやはりな、と呟いた。
純冷も同様に、パックのカードを見せる。きっと、ナターシャが見たら目を剥いたことだろう。
純冷がその異常を端的に述べる。
「何故かは知らないが、私とお前が開けるパックには、青属性と赤属性、両方のカードが入っている」
「うん」
昴も、アイゼリヤ的におかしな出来事だと認識している。
以前、ナターシャが指摘したことだったと思うが、アイゼリヤのブレイヴハーツテイカーは自分が初めて手にした属性のカードしか手にできないという。つまり、昴や純冷で例えるなら、昴は赤属性、純冷は青属性しか手にできないことになる。もっとわかりやすく言うと、どんなブースターパックを買って、どれだけ開けても、昴は赤属性、純冷は青属性のカードしか出てこないということになる。
だが、今は違った。昴は赤属性も引くが昴が開けた中には青属性のカードも混ざっている。純冷が開けたパックにも青属性だけではなく、赤属性のカードが混ざっている。
二人が思い当たるところは一つ。
「……やっぱり、タイラントと戦ったときのデッキの譲渡が関係してるのかな」
「まあ、そう考えるのが妥当だろうな」
純冷が赤属性と青属性のカードを分けながら頷く。
というか、それ以外あり得ないだろう。
デッキ譲渡。アイゼリヤで普通ならあり得ないとナターシャが言っていた。あのとき、純冷は一時的に赤属性デッキを使えるようになった。それを見事に使いこなし、タイラントに勝利した。
だが、アイゼリヤのルールとしてはおかしい。青属性を選んだら、青属性しか使えないはずなのである。それに青属性と赤属性では特性が全く違う。防御特化とパワーアップ特化。性質の違うデッキを他のテイカーが使いこなすなどあり得ないのだ。
だが、純冷はそれを成し遂げた。それについて昴は特に疑問を抱いていない。元の世界でカードゲームをやっていれば、何も不思議なことはない。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず、という言葉がある。そのことからかどうかは知らないが、様々なデッキの特性を知るために自分が使うデッキだけでなく、友人のデッキと交換して戦うこともある。そうして様々な戦闘スタイルを習得することで、どんな相手にも対応することができるようになるし、対戦して、自分のデッキの弱点などを知ることができる。それがカードゲームの当たり前ですらあった。つまり、昴たちからすれば、アイゼリヤのこのシステムの方が違和感ばりばりなのである。
「ふう……しかしまあ、これだけパックを開けるのは久しぶりだな」
「なんかカードゲームやってるって感じするよね」
カードゲームの醍醐味として、パックを開けて何が出てくるかわからないというところがある。赤属性と青属性の二属性だけだが、何が出るかわからないのは昴にとっても純冷にとっても楽しかった。
そこで昴がふと疑問を口にする。
「そういえば、純冷ってカードゲームやってたの? 家の事情を聞いてると、無理がありそうな気がするけど」
純冷は病弱な弟のために中学生の頃から働いているという話だったはずだカードゲームなどの娯楽に勤しむ暇などあったのだろうか。
と思っていると、純冷が懐かしげに目元を綻ばせた。
「ああ、もう随分と昔のような気がするが小学生で、テレビゲームのブレイヴハーツが出たときなんかは鍔樹はまだ元気だったからな。一緒に遊んでいた」
弟と和気藹々としていた日々。純冷にはもう遠い昔のことのように思える。
「言ってたね。弟くんがブレイヴハーツ好きなんだっけ」
「ああ。大ファンだ。ブレイヴハーツを一緒に何周プレイしたことか。私が今、あのアイゼリヤにいると知ったら羨ましがるだろうな」
「そりゃそうだ。ましてや、パーティメンバーだったシエロやナリシア、ターシャと一緒だなんて、ブレイヴハーツファンからしたら、夢のようだよ」
そうだな、と純冷は昴に微笑んでから、目を伏せる。
「だが、これは夢ではない。私たちはブレイヴハーツウォーズを終わらせるために痛みを伴うカードゲームをやっている」
「痛かったら夢じゃないっていうのはよく聞くけど、こういうのは嫌だね。タイラントみたいなのが実在するのも嫌だけど」
純冷は頷きながら、それでも、と付け加える。
「私は願いのために戦い続けるよ。元の世界で待つ、鍔樹のために」
「純冷らしいや」
そう笑って、昴は一旦手を止め、天を仰ぐ。暗い天井がその目に映った。
「俺はないからなあ、そういうの」
昴のその一言を純冷は聞き逃さなかった。
「お前にはないのか? 夢とか、願いとか」
「あったら、進路希望書が真っ白なままじゃないよ。将来の夢すらないんだ」
珍しく、自信のなさげな表情の昴。純冷には新鮮だった。昴は時に猪突猛進に思えるくらい何事にも前向きで、目標に向かっていっているように見えたから。そんな昴に目標と呼べるものがないというのは意外だった。こんな表情を見せるのも意外だ。
昴は苦笑いを浮かべる。
「俺は中学三年生。そうこうしているうちに高校受験がやってくる。俺は勉強も人並みにできるし、運動に困ったこともない。正義感も倫理観もしっかりしてるって言われる。でもね、みんなが羨むように俺は完璧なんかじゃないんだ。みんなが俺を羨むように、目標とするように、夢を見るように、俺には夢がない。みんな、信じないと思うけどね。俺はこう、夢がないことが悩みなんだ」
純冷は青属性のカードに手を伸ばしながら、昴に問う。
「では何故、この世界でブレイヴハーツなんかやるんだ? 夢がないなら、[なんでも願いを叶えられる]なんて特権、必要ないだろう」
昴は笑った。
「もちろん、そんなもの求めちゃいないよ。ただ俺は、楽しくカードゲームができれば、それでいいかなって思ったんだ」
「欲がないな」
「欲がないから悩んでるんじゃないか」
「それもそうか」
くすくすと笑い合いながら、二人はそれぞれ新しいカードを見、デッキを組み換えていった。
楽しくゲームをしたいだけ、か、と純冷は思う。
本当にアイゼリヤに必要なのは、純冷や他のテイカーのように、願いのためにブレイヴハーツを続ける者ではなく、昴のように、純粋にブレイヴハーツをカードゲームとして楽しむ心を持っ者なのかもしれない。
ただ、世界には昴のような人物ばかりでないことも現実だ。純冷は弟のためにやはり戦い続けるだろうし、アミも破壊を願い続けるだろう。大切な友を失った魔王も何かしら願っているはずだ。
人は願うことをやめない。だから、カードゲームでさえ、戦争の火種になるのだ。
そう考え、純冷がデッキを組み終えると、昴が純冷を見て、にやりと笑っていた。その手にはデッキが握られている。
「新しいデッキ、組み終わったみたいだね。俺と一戦」
あまりにも無邪気な昴に純冷は軽く笑って応じた。
「ああ。受けて立つ」
今は楽しもう。昴のように。




