第57話 カードとアイゼリヤと
「新しいカード……しかも、幻の[騎士]階級……」
驚くナリシアに、それだけじゃないわ、とナターシャが告げる。
「名前にある[天使の長たる者]っていうのは、もしかしたら、天使長を意味しているのではなくて?」
「でも、ターシャでも天使長の名前はわからないんだろ? まあ、可能性は充分あるけど」
ナリシアが肩を竦めて純冷を見ると、純冷はその意を汲んだように、自分のデッキを取り出し、その中の一枚を示した。
純冷が出したのは[奴隷]階級のドローコマンド、[精霊の巫女 アリシア]である。
昴が覗き込んで気づく。
「このカードの女の子、純冷と一緒に来たこの子にそっくり! ええと」
「彼女の名前はアリシア。ナリシアの妹だ。アルと呼んでやってくれ」
「名前が同じ……?」
サバーニャが首を傾げる。純冷はしっかりとした声で「そうだ」と頷く。
「ナリシアと出会ったときに私もそのことに気づいた。アルは実際にマイムでも[精霊の巫女]という職に就いていた。偶然の一致にしてはできすぎている。そうは思わないか?」
それに、と純冷は更に続ける。
「昴とアルセウスの対戦でだったと思うが、アルセウスの操るカードに[バーサーク・ゼウス]という名のついたカードが出てきた。あれは獣人ではなく、竜人だったが、容姿の類似があったことは確かだろう?」
「そうね」
アルセウスは腕だけが人間のものである異形の獣人だった。対して、カードの[ゼウス]も腕だけが人間のものだった。[バーサーク・ゼウス]というのがアルセウスの異名であることも気がかりになってくる。
これらの点から、純冷はかねてより抱いていた疑問を確信へと近づけていく。
昴も気づいたようだ。もしかして、と口にする。
「カードはアイゼリヤに実在している人物ってこと?」
「私たち、召喚された五人のテイカーに限っては、その可能性が高いということだ」
「俺たちに限って?」
昴が首を傾げるのに、純冷は頷く。
「でないと、アイゼリヤの住民が私たちのカードを知らない理由の説明がつかない」
確かに、情報屋のサバーニャが昴のカードを知らなかったのも、情報通のナリシアが[精霊の巫女 アリシア]の存在を知らなかったのも、そうでないと説明がつかない。ついでに言えば、ナターシャも知らなかった。
ナターシャは純冷の推測に眉根を寄せる。
「じゃあ、もしかしてだけど、アイゼリヤの巫女は召喚という禁忌を犯したばかりでなく、あなたたちの存在でアイゼリヤのブレイヴハーツウォーズまで操作しようとしているの?」
純冷は一瞬考える。アイゼリヤの姫巫女、ヘレナには会わなかった。その友人である黒猫の獣人アルーカから得られた情報も加味して考えると、そう断定するのは早い気がする。
「ヘレナが何を求めているか、か……」
「ヘレナさまが求めているのは平和よ!」
そこに割って入ったのはサバーニャだ。昴たちはサバーニャのヘレナ愛を知っているが、ほぼ初対面の純冷たちは面食らう。
「ヘレナさまはこの戦争を早く終わらせたいに決まっているわ。だから禁忌にまで手を染めた。その決心をアイゼリヤの住民として、否定することはできないわ」
まあまあ、とサバーニャを宥める昴。
「どうだかな」
口を挟んできたのは、腕を組み、壁に凭れて目を閉じていた魔王だった。
「理由はどうあれ、ヘレナは禁忌に手を染めた。世界の並行を保つために存在する世界の姫巫女が世界の並行を乱すとあっては、世界の死神として、オレも黙っているわけにはいかない」
「あなたはヘレナさまが悪いっていうの?」
「そう言っている」
「魔王だからって調子に乗らないでよね」
サバーニャがばちばちと火花が散りそうな視線を魔王に送るが、魔王は目を閉じたままなので、てんで効いていない。ふしゃーっと毛を逆立てるサバーニャを昴が再びまあまあと宥める。
サバーニャが魔王を目の敵にするのはわかっていた。サバーニャはこの中で最もアイゼリヤの一般住民に近い。一般人からしたら、姫巫女ヘレナを拐って、一度世界を混沌に陥れた輩など、信用ならないにちがいない。
だが、いちいち嫌い合っていては話が進まないのだ。
ナターシャが冷静に言う。
「個人の遺恨は後にして。今ここで話している事案は、もしかしたら世界の命運がかかっているのかもしれないのよ?」
「ナターシャさま……」
ナターシャの言葉にサバーニャは沈黙する。サバーニャは何もできない自分がもどかしかった。アルーカの、ひいてはヘレナのためになりたいというのに。
昴はサバーニャが沈黙したのを見、未だにカードを大事そうに抱えているアミに歩み寄った。
「……お母さんと、おんなじ名前なの?」
「ええ。……でも、話を聞いていると、まるで、仕組まれたみたいね」
感傷に浸るのをやめたアミはいつも通り辛辣に言った。
「結局ヘレナってのは何がしたいわけ? あたしたちを振り回してさ。世界の命運を託すとかそういう話になってるけど、あたしたちは英雄になるっていうより、利用されてるわよね? その感じが否めないわ」
世界を滅茶苦茶にしたのは元を正せばブレイヴハーツウォーズを広めたヘレナでしょうに、となかなかの舌鉾をしている。
「あたしたちに世界の混乱をどうしろっていうの? あたしたちは完璧じゃないわ。純冷がタイラントに負けたように、あたしがモリさんや昴に負けたようにあたしたちだって、ずっと勝ち続けるのは難しいのよ? それがカードゲームで勝って、頂点に立つって、途中参加なんだから難しいわよ。大体、期限も切られてないんでしょ? 終わりなき戦いじゃない」
確かに、その通りだ。召喚されたテイカーたちは確かに強いかもしれないが、無敵ではない。しかも、ブレイヴハーツウォーズには途中参加だ。途中参加のやつが世界の頂点を取るのは難しい。
ただ、純冷は違う意見を持っているようだった。
「ヘレナのこの戦争を終わらせてほしいという言葉の意味は別にあると思うな。この戦争が終わるとき。それは世界の頂点のブレイヴハーツテイカーが決まって、どんな願いでもたった一つ叶えてもらえるというものだ。確かにヘレナは召喚した私たちに望みを託しているようだが、ブレイヴハーツウォーズはあくまで、私たちを食いつかせるための餌にすぎないんじゃないか? 願いをなんでも叶えてやる代わりにこの世界をどうにかしてほしい。それがヘレナの根底の望みだと思う。……少なくとも、ここにいる召喚されたテイカーは各々望みを持っているから、この戦いに巻き込まれることをよしとしたんじゃないか?」
暗に純冷は自分は餌に釣られてここまで来た、と語っている。アミは口を閉ざした。
願いなんていくらでもあるだろう。アミのように、破壊を望む者もいれば、世界平和を望む者だっている。純冷は守りたいという願いを抱いている。
──欲望は誰しもが抱くものだ。抱いて当然のものだ。否定はできない。
だが、この場でただ一人、きょとんとする者があった。
「この流れで申し訳ないんだけど──」
手を挙げて述べたのは、
「俺、特に願いとかないんだよね」
昴だった。




