第56話 破壊の真意
ぎくり、と固まったのは、アミだった。
ここまでの話の流れ、天使長の思想、そして、黄属性デッキの特性。それらを踏まえると、自ずと答えは導き出される。
昴も気づいたのだろう。アミを見て、その答えを口にした。
「じゃあ、まさかアミには天使長が憑依してるの?」
「心当たりは?」
ターシャに視線を向けられ、アミは思わず視線を逸らし、あっちこっちをさまよわせる。
何もかもを破壊したい。幼くか弱い体には見合わぬ破壊衝動。いつからかアミが囚われていたものだ。
「そんな世界、ぶち壊してやる」
それは、アミが常日頃から思っていることだ。
有名になったことで親友が遠ざかり、周囲の人間も一線を引いて遠ざかり、アミを理解する人間はいなくなった。
アイドルになり、ブレイヴハーツのテーマソングがバカ売れしてから、家というものはなくなった。
優しかった父親とは音信不通になり、母親はそれ以前に他界し、マネージャーの家に世話になるという、普通から逸脱した日々。
歌って踊って、みんなに好かれてちやほやされるのがアイドルだと思っていた。アミだって、一介の女の子だ。そんな夢物語のような憧れを抱いていた。
そうして、頑張って、頑張って、結果を出した。それがブレイヴハーツだ。
だが、頑張ったのに、彼女を褒めてくれる人はいなかった。むしろ彼女を雲上人のように──あるいは腫れ物のように扱い、人々は遠ざけた。
アミの周りから人がいなくなった。アミはひとりぼっちになった。思っていたのと違った。理想と違った。現実は残酷で、アミはもう[普通]には戻れない。アイドルとして売れてしまったばっかりに。
そこでアミはもう取り戻せない[普通]の尊さを知った。その上で[現実]の残酷さを理解した。
「こんな私に優しくない世界なんか、壊れてしまえばいい!!」
心の中で、そう叫んで、アミは自分を普通から遠ざけた呪わしいゲームを起動し──異世界に飛ばされたのだ。
世界を壊したい。
天使長とアミの共通点はそこにあり、アミは否定のしようがなかった。
が、強い意志を灯した目でターシャを睨み付け、アミは宣言する。
「確かに私は私を囲う世界を壊したいという願望を持っていた。そしてその意志は召喚の際、天使長とリンクしたかもしれない。
でもね、世界をぶっ壊したいと願った意志は、他の誰でもない、あたしのものよ!」
その強い意志の言葉に、アミのデッキが震える。それに気づいたアミが、不審に思いながらも、デッキを開ける。
すると、アミのデッキは目映い光を放っていた。咄嗟に全員が目を覆うほどだ。魔王も顔をしかめた。
しばらくすると、光が収まり、アミはデッキを見る。そこには見慣れぬカードがあり、そこに刻まれたカード名にアミは目を見開く。
「[天使の長たる者 アンナ]……」
天使長の名前は誰も知らない。故に、アミの前に現れたこのカードが天使長を示すものなのかはわからない。
だが、そこに神々しく描かれた天使の姿はとてもよくアミに似ていた。
純冷が顎に手を当て、考える。純冷は既に、カードゲームブレイヴハーツのカードにアイゼリヤに実在する人物の名前と姿が反映されることを知っていた。故に、今現れた[アンナ]というカードが天使長である可能性は一概に捨てきれない。
それに、ユーヤと千裕という前例がある。容姿が似通っていても、何の不思議もない。
そんなことを純冷が考える傍ら、昴は別のことに気づく。
「アミ、それ、[騎士]階級のカードだよ!」
「まさか! [騎士]階級ってあの幻の!?」
昴の口にした言葉に全員の目線が[天使の長たる者 アンナ]に釘付けになる。
確かに階級のところには[騎士]と書いてあった。
「とんでもないレアカードが発現した……?」
いまいち今起こった現象を理解できていないターシャが呟く。
騎士階級カードはブレイヴハーツのルール上存在するが、実在しないとされてきたカードだ。それがまさかここで出てくるとは。
「一体どういう仕組み? トリガーは……」
そこでアミがはたと気づく。
「あたしと天使長の意志が強く共鳴した……?」
いや、それよりも着目すべき点は。
「アンナって、あたしのお母さんの名前と同じ……」
アンナ・リュナ・リュミエール・カザマ。
長ったらしい名前になったと母は苦笑したのだという。だから、呼んでもらう名前は「風間アンナ」にしたのだとか。
アミが父に昔聞かされた話だ。
「アミはお母さんにそっくりだ。金色の髪も瞳も、歌が上手いところも」
母を知らないアミは父から聞かされる「母に似ている」という言葉を誇らしく思っていた。
母は歌手だったのだという。世界的とまではいかないまでも、母の祖国では有名だったとか。
母の祖国にたまたま行った父が、たまたま母のコンサートを見かけて、一目惚れしたという話はもう耳にたこができるほど聞いた話だ。
アミはそんな愛する妻を亡くした父が密かに泣いているのを知っていた。だから、自分が母の代わりになろうと思った。
幸いアミには歌の才能はあったし、ハーフであるため、日本人離れした容姿を持っていて、俗にいう「可愛い系」であった。
オーディションに初めて受かったときは、それはもう嬉しかった。一番に父に報告した。
しかし、父は悲しげな顔をして、そうか、と告げるだけだった。
何故父が悲しんだのかわからない。けれどアミは頑張って、アイドルとしてメジャーデビューを果たし、それでバカ売れした。
それで調子に乗ったことはない。アミは真面目に学校に通い、真面目にレッスンを受けていた。
けれど、周りから人は離れていった。
一番喜ばせたかった父も、離れていってしまった。
マネージャーに今日からあなたを預かることになりました、と言われたときの絶望は計り知れない。
父に捨てられたのだと思った。
それから風間アミは世界に絶望し、失望し──やがて、破壊願望を生み出す。
アミの一人語りを聞いた一同は唖然としていた。特に昴は。
昴は何の変哲もない普通の家に生まれ、育った。故に、昴からするとアミの育った環境は異常で、何を言ったらいいのかわからなくなるほどだった。
アミはデッキを抱きしめた。新しく出てきた[天使の長たる者 アンナ]に亡き母を重ねているのかもしれない。




