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Brave Hearts  作者: 九JACK
中央神殿編
57/127

第54話 王

「うぇぇ……」

 情けない呻きをこぼしたのは、魔法の申し子とも言える精霊王国出身のエルフ、ナリシアだった。傍らで妹のアリに心配されている。

「魔法酔い、大したことないわね」

「エレベーター感もなんか慣れてきたし」

 そんな逞しい意見を述べたのはアミと昴である。純冷も平然とした顔をしているため、異世界組は平気なようである。

「ナル、いつもながらに情けないわね」

 一人魔力酔いをてきめんに食らったナリシアに容赦ない一言を叩きつけるのはここまで案内してきたナターシャである。どうやらナリシアの魔力酔いはいつものことらしい。

 だが、昴は顔を上げて思う。シエロやサバーニャの面差しもあまり芳しく見えない。アイゼリヤの人は魔力酔いに弱いのだろうか。魔王は平然とした顔をしているが……規格外だろう。

「仕方ないじゃないか……一般で使われる魔法と精霊王国が使う魔法じゃ質が全然違うんだよ……」

「召喚テイカーを見習いなさい」

「彼らは魔力がないんでしょ? 魔力がなきゃ魔力酔いはしないよ」

 なるほど、そういうことか。一つ勉強になった。アイゼリヤの人間は多少なりとも魔力を持っている。剣士としての活躍が多く、魔法をあまり使わないシエロでさえ顔色を悪くしているのは、少ないながらも魔力酔いの影響を受けているのだろう。

「あれ? でもターシャは魔力酔いしてないね」

 昴が疑問を口にすると、ナターシャは苦笑する。ナターシャにとって中央神殿は職場であり、自宅である。魔力酔いでいちいち倒れていたら話にならないそうだ。

「さて、わたしの部屋なのだけれど、説明より先に魔力酔いの回復をした方がよさそうね。マナドレイン」

 ナターシャはそう唱え、そこいらにあった小瓶を開ける。すると、ナリシア、シエロ、サバーニャ、アリから靄のようなものが立ち上り、瓶に吸い込まれていく。

 昴やアミは首を傾げた。

「なんでここでマナドレイン?」

 マナドレインとは相手の魔力を吸収して自分のものにする魔法だ。魔力酔い回復に役に立つのか?

 疑問符を浮かべる二人とは対照的に、純冷はすぐに納得したようだった。

「魔力酔いとは魔力に当てられることなんだな? 魔力には個々に許容限度があったはずだ。その限度を超えると、魔力酔いが発生する。体の免疫力では対抗できないほどの病原菌が入れられたときに病気になるのと同じ仕組みというわけだ」

「ご名答」

 この子、冴えているわね、とナターシャは目を細める。

 一方、病原菌の説明で、昴とアミは納得したらしい。

「でも俺たちが魔力酔いしないのは?」

「魔力がないって言われたろ。魔力がなければ魔力の許容限度なんてないんだ。病原菌に対する抗体を既に持っているようなものだろう」

「魔力を病原菌扱いなのね……」

「言葉の綾だ」

 頬をひきつらせるナターシャに純冷はあっさり答える。例えがよくないが、他に思いつかないのだから仕方ないだろう。

 しばらくすると、一番ひどかったナリシアが落ち着きを取り戻す。そこでナターシャが皆に適当に座って、と言った。なんとなくではあるが、異世界組とアイゼリヤ組に別れる。魔王は中間の位置の壁に背を預け、シエロに負われていた裕弥改め千裕は、奥のベッドに寝かされた。

 目を覚ましたハンナにアミが軽く状況説明をする。目を白黒させながらであるが、状況を知ったハンナは、ソファの隅に落ち着いて、ようやく話し合いスタートだ。

「まず、指名手配の説明をしてもらおうかしら?」

「あ、あはは……」

 ナターシャの鋭い視線に空笑いを浮かべるナリシア。真面目な顔をした純冷が代わりに切り出す。

「そこのアリ……アリシア・ナジェリが精霊王国で精霊王を召喚するための生け贄にされそうなところを私が助けた。その後、逃亡の妨害に来たナリシアを口説き落として逃亡の協力を得ている」

「口説き落とされたのか耳長男」

「言葉の綾だよ落ち着いてターシャ!」

 言い争うナターシャとナリシアにクエスチョンマークを浮かべる純冷。妙なところで鈍い。

「唆した、と表現した方が正しいか」

「純冷本格的に悪人っぽい」

「指名手配されてるんだから正真正銘悪人でしょう」

 異世界組は異世界組でずれた会話である。

 ナターシャが深く溜め息を吐き、生け贄の誘拐ね、と憂いを帯びた声で呟く。

「召喚が行われようとしていたのなら、アイゼリヤでは禁忌だから、止めたのは正解だと思うわ。けれど、精霊王というのは、生け贄なんかなくても精霊使いであるエルフの呼び掛けには答えてくれるのではなくて?」

 ナターシャが問いを向けた先は当然ながらエルフのナリシアである。その陰に隠れながら、アリがナターシャを見ている。

 そんな妹を撫でながら、困り顔でナリシアは告げた。

「それが呼び掛けに応じなくなってしまったから、古文書にあった生け贄を捧げて呼び出すという方法にすがったんだよ」

「精霊王が? 王国は精霊王によってかなり強い加護を受けているはずでしょう? そもそも何故呼び掛けたの?」

「そりゃ、[ブレイヴハーツウォーズ]のためさ」

 曰く、精霊王の加護により、戦乱を避けられていた精霊王国だが、[ブレイヴハーツウォーズ]の発生により、戦いの波が訪れるのも時間の問題となってしまった。この困難を避けようと精霊王に助力を乞うたらしい。

 だが、精霊王は答えなかったという。これまでに例を見ない現象にエルフは慌てふためき、精霊の巫女であるアリを捧げるという暴挙に出たらしい。

「ひどい話ね」

 アミが吐いた台詞に、昴は何が? と問う。

「精霊王もエルフもよ。突然対話をやめるわ、同族を生け贄に捧げるわ」

 まあ、それは確かに。

「だが、理由はある」

 そこで口を開いたのは、腕を組んで沈黙を保っていた魔王だった。

「精霊王も本来はオレと同じく異界の存在だ。召喚されたお前たちのようなテイカーが現れたことによって、何らかの影響を受けたことは考えられる」

 オレや、白の王のようにな、と顔を険しくする。

 確かに、ヘレナが異世界からテイカーを召喚したことにより、歪みは大きく出ている。その最たるものが魔王の存在だろう。

「……思った以上に事はややこしそうね」

 ナターシャが再び溜め息を吐く。

 昴たち異世界組は、自分たちがアイゼリヤに与えた影響というのが深刻であることを理解し、各々に考え込んだ。


 昴はゲーム情報をすぐさま思い出す。

 テレビゲーム[ブレイヴハーツ]において、精霊王は名前しか出てこないキャラクターの一人だ。そこまで重要キャラクターではない。メインパーティの一人であり、エルフのナリシアは他のエルフほど精霊王への信仰は深くないようだし、物語に絡みが少ないのも頷ける。

 容姿がわからないキャラクター……そこで思わず昴は千裕を見る。千裕──ユーヤはこの世界で言うところの賢王と瓜二つの容姿、と魔王が言っていた。

 魔王や賢王といったこの世界における上層位の者が召喚テイカーと同体になっているということを踏まえると、一つの仮説が浮かぶ。

「もしかして、精霊王も異世界召喚に巻き込まれたんじゃない?」

 昴の一言に、周囲は水を打ったように静まり返る。

 そのまま十秒ほどの膠着が続いて、昴が気まずくなってきた頃、ナターシャがそれだわ! と叫ぶ。

「アイゼリヤにおいて、召喚魔法は禁術よ。それを無理矢理実行した成果がそこの魔王や千裕という少年に表れているわ。あなたたち三人は魔王や白の王のような極端な変化はないけれど……干渉している可能性は大いにありうるわね」

 ナターシャの発言に、シエロとナリシアが一瞬昴に目を向けるが、一瞬のことなので昴は気づかない。

 ナターシャも、昴に関してある可能性に思い至っていたが、そこには敢えて触れず、純冷を見る。

「スミレと言ったわね。もしかしたら、あなたは精霊王と統合しているかもしれないわ」

「私が? 精霊王と?」

「ちゃんと根拠はあるわよ」

 ナターシャが説明する。

「現在、[ブレイヴハーツウォーズ]が広まってからの時代で、各国の主には属性色ごとの渾名がついたわ。魔王は黒属性使い故、黒の王。賢王は白属性使い故、白の王。精霊王は青属性の国を治めている故、青の王、とね」

 魔王が賢王を白の王と呼んでいたときから予想はついていたが、まさかその通りとは。きっと竜国の主や中央神殿の長辺りにも名前があるにちがいない。

 それはさておき、もし、青の王たる精霊王が青のテイカーたる純冷に取り憑いているのなら……

「だが、私は魔王のように不可解な変化を遂げていないし、白の王と千裕のように二重人格にもなっていないぞ?」

 純冷の主張はもっともだが、ここで昴が口を挟んだ。

「純冷、ブレイヴハーツをやったなら知っているはずだよ。精霊王は理知の王。何者にも惑わされぬ不動の精神を持つ者だ、と」

「それがどうした?」

「それって、どんな場面でも冷静で理知的な受け答えのできる純冷と似てない?」

 言われて純冷もはっとしたようだ。

 ナターシャがとどめのように言う。

「よく似た魂であるから、変異を起こさず、馴染んだのでは?」

 それに、と付け加える。

「話を聞いていると、スミレが召喚された時期と精霊王が答えなくなった時期は同じように思えるわ。でなければ、生け贄に捧げられようとしていた巫女を都合よく助けに行けるとは思えない」

 ナリシアによれば、生け贄の儀式は精霊王が答えなくなってから大わらわで準備されたようだから、純冷がこの世界に召喚された時期と重なり、それ故にアリの救出が成功したとも言える。

 そこにナリシアも声を上げた。

「それに、よく考えると、スミレにアリの祈りの声が届いたのもおかしい。アリの祈りは精霊王に捧げるためのものだ。エルフでさえ聞き取るのは難しい。それを何故スミレは聞けたんだ?」

「確かに……」

 その答えは「純冷が精霊王と一体化したから」という可能性がぐんと高まるものだった。

 純冷も思い返せば、蒼き森での出来事は不自然であることに気づく。当初はアリの巫女の力でどうにかしたのだろうと予想していたのだが……

「王と呼ばれる存在との一体化か。俄に信じがたいが、あり得ないわけではなさそうだ。だとしたら……」

 純冷は頷きつつも、ふと視線を昴とアミにやる。

「昴とアミも、赤の王、黄の王と呼ばれる存在がついているのではないか?」

 そこで頭を悩ませたのは、ナターシャだった。昴の方は予想はできたが、

「黄の王と呼ばれる存在は今のところないわ。アイゼリヤの神は超然として天上で過ごしているはずだもの。[ブレイヴハーツウォーズ]には拘わっていない」

「いや、いるよ」

 シエロが告げる。

「天使長……神出鬼没だからあまり気にしていなかったが、ここ最近目撃情報がない」

 場が再び静まる。



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