第53話 神殿へ
ターシャの言葉に純冷が難色を示す。
「私たちが指名手配されているというのなら、中央神殿に行くのはまずくないか? 中央神殿は情報の宝庫だぞ。わざわざ捕まりに行くのと変わりないじゃないか」
アイゼリヤの中心に存在する中央神殿は精霊王国との仲こそよくないものの情報のやりとりは盛んである。そんな情報発信源のようなところに飛び込んでいくなど追われる身としては無謀極まりないだろう。
しかし、ターシャは自分の胸をとん、と叩いた。
「そこは任せなさい。わたしがどうにかパスしてあげる。知ってるかもしれないけど、わたしは中央神殿の中でも結構上層の権限を持っているんだから」
つまるところ、職権乱用宣言である。アイゼリヤの統括を担う天使の一人としてそれはどうなんだ、と他一同は思った。だが、ターシャにとっては、それくらいする価値のある存在だった。純冷だけじゃない。異世界から召喚された昴やアミも、だ。
そもそも禁術とされている召喚術をどうアイゼリヤの規制を掻い潜って実行したかも知りたいし、[ブレイヴハーツウォーズ]が始まって以来のアイゼリヤのおかしな空気感を解消する術を彼らが持っているというのが何より興味深い。
ターシャにとって情報の宝庫はむしろ、純冷たちなのだ。
それに、譬世界のためだとしても、禁を犯して招かれた存在である彼らを監視のために手元に置いておきたい、というのもある。
「だが、魔王もいるんだぞ。まずくないか?」
純冷の言うとおり、魔王の存在は厄介だ。魔王といえば、中央神殿のみならず、アイゼリヤ全土の敵と称しても過言ではない。特に中央神殿は敵視し、その行動を警戒しているくらいだ。
「むしろ、魔王がどこにいるか、わかっていた方が神殿は安心すると思うわ」
ターシャは安心させるように微笑む。
「神殿が魔王を恐れているのは、その動向がわからないから。前回の侵攻以来、所在すら掴めない、いつまた侵攻してくるかわからない。故に不安なの。それが中央神殿の中にいるのなら安心だわ。それに今は人の姿を借りているから、あまり大きな力は使えないでしょうし」
暗に監視下に置くと言われたのを察し、魔王が顔をしかめる。他は気づいていないようだが。
ターシャはそこで止めの一言を放つ。
「今立てる面々で大人数の転移魔法を使えるのはわたしか魔王しかいないわ」
それは、
「逃げ道もある」と示しているのだ。いざというときの。
そこまで言われては反論はできない。
逃げ道を保障されているのなら、行かないという選択肢は消えるのだ。……魔王はどこまでも気に食わないといった顔だが。
「まあ、他に宛てもないからな」
シエロが肩を竦めて放った言葉で決定となった。
昴たちに異論はないが、多少の不安はあった。
これまで行った場所はゲームマップで回ったことのある場所で、まあ、変わり果てていた場所もあるが、ある程度勝手は知っていた。
しかし、中央神殿はゲームマップには最後まで出てこない場所だ。おそらく、ターシャが人間に紛れて生活していたところから見るに、秘匿性の高い場所なのだろう。
勝手のわからない場所に行かねばならないというのはどうにも不安だったが、シエロの言ったとおり、他に宛てもない。
一行は中央神殿へ向かうこととなった。
ターシャが転移魔法を使い、一行が着いたのは、天を突くように建てられた白亜の塔。
「ひょえー、これが中央神殿?」
「そうよ」
「初めて見た」
昴の言葉は当たり前なのだが、アイゼリヤの一同は虚を衝かれた。これまで召喚されたテイカーたちはアイゼリヤのありとあらゆること、一般人が知らないようなことまで知っていたのだ。知らないことがあるというのは驚きだった。
まあ、昴たちからすると、単にマップに出て来なかったから知らないというだけなのだが。
「入る前に、一応、気づかれないように隠匿魔法かけておくわ」
隠匿魔法というのは、人の雰囲気、気配を変えるものらしい。効果は地味だが、なかなか役に立ちそうだ。
かけられたのは手配を受けている純冷、アリ、ナリシアと、世界の敵とも呼べる魔王。まあ、魔王が人間の姿をしているなど前代未聞なのでそうそうバレることはないだろうが、念のためだという。
「さて、と。じゃあ入るわよ」
ターシャが先導し、入っていく。中は無機質なコンクリートのような灰色の壁と中央に螺旋階段。
向かうのはターシャの私室だというが……
「……ねぇ、これ、何階まであるの?」
誰もが思った疑問を昴が口にする。どこまで続くか知れない螺旋階段を見上げて。
この階段を上るとなると少々どころか結構つらい。気絶している者が数名いるし……
「一九七階よ」
……想像以上に高かった。
「心配することはないわ。転移魔法陣を十回ほどくぐればすぐよ」
既に転移魔法を全員経験済みではあったが。
「十回……? 慣れない子にはしんどくない?」
ナリシアが控えめに声を上げる。どうやら転移時の浮遊感に酔う、ということもあるらしい。転移魔法はさしずめエレベーターのようなものか。確かにあの浮遊感を十回連続は……きついかもしれない。
が、ターシャは無情な一言でその反論を除ける。
「じゃあ階段上る?」
全員黙った。




