第52話 ユーヤ
久遠千裕は、青木鍔樹の唯一無二の友人だ。
おそらく偶然だろうが、よくよく入院のたびに同じ病室になったり、隣室になったりと同年代の身近な人物だった。
故に、純冷も会う機会が多かった。
見るからに病弱そうで、鍔樹と同い年なのに髪が真っ白という珍しい容姿をしていた。ただ、入院常連患者という割にはきはきした物言いで、純冷も話しやすかったのが印象深い。
何処が悪いかなどは詳しく聞いていないからわからないが、肌が弱いらしく、いつもベッドが窓から遠いところに置かれているか、窓に遮光カーテンがついているかで、あまり明るいところにいるイメージはない。元気そうに見えたが、実は見えているより辛い思いをしているんじゃないか、と純冷は心配していた。
そういえば、しばらく会っていないと思ったが。
「……まさか、召喚されているとはな」
千裕を何故知っているかの概略を説明し、純冷は呟いた。純冷は現実としてあっさり受け止めたが、ずっと「裕弥」と呼んでいた昴たちの方が戸惑っている。
「確かに裕弥、記憶喪失って言ってたけど……」
「……何?」
純冷が目を細める。
記憶を辿ると、確かアルーカは、召喚された一人目は弊害で記憶喪失になったと聞いていた。まさか千裕がその一人目……?
「……純冷? なんか怖い顔になってるよ?」
「ん、ああ、すまない」
純冷が眉間を押さえる。
昴たちはそんなに気にしていない。ただ、純冷には思うところがあるのだろう、と考えている。
ただ一つ疑問があるとすれば、
「じゃあ、この子は裕弥じゃなくて、千裕なの?」
「私が知る千裕ならな。というか私には[裕弥]というのが誰かわからんのだが」
「……それはオレが説明しよう」
す、と昴の脇から出てきたのは、魔王だった。
「え、魔王、わかるの?」
「ちょっと待て昴、今なんと?」
純冷は咄嗟に頭がついていかず、黒髪黒目に黒いマントという黒ずくめの少年を二度見した。
あ、そういえば紹介まだだったね、と昴はあっさり感たっぷりに告げる。
「彼はブレイヴハーツで出てきた魔王にして、黒属性の召喚されたテイカー、黒羽だよ」
「…………」
さすがにすぐに飲み込みきれる情報ではなかった。
「魔王の身に何かが起こったというのはわかっていたが、……ええと、一体何が起こったんだ?」
見ただけでは全てを見抜くことはできなかったらしい。まあ、純冷もそこまで万能ではないということだ。
とりあえず、自分の知る[魔王]の姿からはかけ離れているのは確かだ。
魔王というのは世界の死神。顔を隠し、俗に語られるような死神の姿をしていた気がする。姿は力の顕現により変わるらしいが、人間にもなれたのだったか。
と、純冷が思索に耽るのを読み取ったかのように、魔王は首を横に振る。
「これはオレの体じゃない。異世界から召喚された黒羽という人間の体を借りているに過ぎないのだ。
まあ、離れようにも離れられない状態なのだがな、今は」
「離れられない……は前も言ってたね。どういうことなの?」
昴のもっともな疑問に魔王は渋面を浮かべる。
「……それも含めて、全て話そう」
あまり、話したくないのだろうか。声に気が向かないという色が滲み出していた。
「別に、無理に話す必要は」
「いいんだ」
純冷が見かねて口を挟むが、魔王は拒否した。
「オレが躊躇っていては話が進まんからな」
だが、やはり気が向かないのは変わらないらしく、声色は浮かない。
「……まあ、魔王が躊躇うのも仕方ないことさ。おそらくこれから話すのは、魔王と俺くらいしか知らない話だろうしな」
シエロが裕弥を背負ったまま、話題に刺さってきた。魔王がじろりと彼を見上げる。
「……まあ、確かにあまり人に明かすのもどうかと思う事象だが仕方あるまい」
深く溜め息を吐いた後、魔王は重たげな口を開いた。
「お前たちは、こいつをユーヤと呼んでいたな。
ユーヤとは白の王──アイゼリヤで一般的に言うところの[賢王]の名前だ」
賢王の名を言え、と言われると、答えられるアイゼリヤの住民は少ない。
賢王は賢王として名を残してはいるが、実名は全く知れていない。
「あいつはそれでかまわない、と言っていたがな……」
魔王は懐かしむように目を細める。
賢王は賢王と冠するに相応しく、賢明で、民を思いやる人間だった。少しでも情勢をよくできるのなら、名などどうでもよいのだ、と。
ある種の自己犠牲精神の持ち主だった、とも言えるだろう。求める平穏な世界のためなら、歴史に名を残すなんてことに興味はない。私利私欲の欠片もない青年だった。
まあ、そういう彼だからこそ、魔王も好感を持ち、唯一心を開けた相手だったのだが。
「しかし、主がお前に名を教えたということは、相当信頼していたのだな」
「……」
シエロの一言は今の魔王には皮肉にしか聞こえなかった。
魔王は、そんな賢王を、手にかけてしまったのだから。
「ユーヤ、ね……」
そんな二人のやりとりを尻目に、話を天使のターシャは情報として自分の中にインプットしていた。
一方、千裕を裕弥として知っていた昴とアミは戸惑うばかりだ。
「裕弥……白の王?」
「待ってわけわかんない。まさか魔王と同じ原理とか言うんじゃないでしょうね?」
「さてな」
当の魔王は他人事のように答える。
「そいつの持つデッキは白の王のものに似ていたし、容姿も瓜二つだ。……ただ、オレを見ても何も」
ぐ、と唇を噛む魔王の言葉に昴は目を見開く。
「そうだ! 思い出したって……裕弥、何か思い出したって言ってた! 倒れる直前に」
昴の言葉に魔王がびくんと肩を跳ねさせる。その心情は微妙なところだろう。記憶が欠落したままなのも悲しいが、思い出してもほしくない、といったところか。
そんな魔王の様子に気づかず、思い立ったが吉日とばかりに、昴は裕弥を起こしにかかる。が、それをごんがりアミが拳骨で止める。
「ちょっと落ち着きなさいよ、あんた。タイラントのことやアルセウスのこともあるし、今合流した純冷だっけ? の情報もちゃんと整理しないと。この場でこいつを起こしたって、どうにもならないわ。せめてこの趣味の悪い屋敷から移動しましょう」
確かに、そのとおりだ。突然大量の情報が溢れて混乱していた昴は、存外痛かった拳のおかげで一旦冷静になる。
純冷が何故ナリシアと一緒にいたのかも気になるところだ。
それを気にしているのは、昴ばかりではなかった。
「……ちょっと」
口を開かず情報収集に勤しんでいたターシャがナリシアの方にずいずいと寄る。寄られたナリシアはその鬼気迫る様子にじり、と思わず退いた。
「な、何かな?」
「あなたたち、手配書が回ってるわよ!?」
「「ええっ!?」」
反応したのは本人たちより、周りで聞いていた方だ。本人たち──純冷とナリシアは「ああ」と納得したような、冷めきった顔をしている。
「まあ、そろそろ追われてもおかしくはないか」
「いやいやいやいや、純冷!? 一体何したの!?」
「有り体に言えば、人さらいだな」
「重罪だね!?」
殊の外あっさり告げられた純冷の言葉に昴が突っ込む。
「いや、色々とわけがあってだな……」
「わけがあっても人さらいってどうなのよ」
「……スミレ、責めないで」
すると今までナリシアの陰に隠れていた女の子が庇うように純冷の前に出た。
「……君は?」
「……アリ。スミレを、精霊で呼んだ。助けてって言ったの、わたし。だからスミレ、悪くない」
結芽と同じくらいに見える子だなぁ、と思いながら、昴はアリの頭を撫で、頷いた。
「わかった。責めない。ただ、お話は聞かせてね」
こくりと小さく頷くアリ。微笑ましい一幕だが、そんなことをしている場合ではない。
「精霊王国からの手配書なんてただ事じゃないわよ。そんじょそこらの街に落ち着いてもいられないわ」
ターシャの言うことも確かで、手配者二名はうっと返答に詰まる。
しかし、手配者二名を責めるのは後回しにし、ターシャは一つの提案をした。
「中央神殿に行きましょう」




