第51話 情報共有
タイラントが倒され、純冷のデッキも戻って、昴たち的には大団円の一幕を迎えたのだが、顔をしかめる人物が一人いた。
天使、ナターシャである。
まあ、ナターシャ以外の他のアイゼリヤの人物たちもそれぞれに様々な錯綜をしていたが、ナターシャのそれは他の人物と比べると異質というか、アイゼリヤの統括を担う天使らしいものだった。
純冷の話や、昴たち他の召喚されたテイカーの様子を見、どうにも彼らがただ者ではないと感じていたのだ。疑問は山ほどある。
ただ者ではないといえば、召喚されている時点で既にただ者ではないのだが、それ以外にも。
召喚されたテイカーが、アイゼリヤのものであるはずのブレイヴハーツにやけに強いこと。魔力を持っていないこと。魔力を持っていないにも拘らず、ブレイヴハーツの魔法を使いこなしていること。……例を挙げればキリはない。
タイラントやアルセウスについても詳しい節があったし、何より先程までのデッキ譲渡現象もただ事ではない。いや、ただ事ではないこともそうだが、アイゼリヤの統括を担うナターシャの属する中央神殿でさえ、把握していない事象を、この子どもたちは平然と受け入れ、応用までしている。
……これは色々と確かめなければならないことが多いわね。
ナターシャは検証すべき事項の数々に微かに目を細めた。
「やあ、しかし、純冷が負けたってときは驚いたよ」
一方、戦いを終えたテイカーたち、主に昴は呑気だった。純冷が昴の言葉に少し鼻を曲げたようにそっぽを向く。
「別に……私だって、無敵というわけじゃないんだから、仕方ないだろ」
「あれ? 純冷照れてる?」
「五月蝿いっ」
……実に平和である。純冷が赤らめた顔を見られないようにか、俯いている。
「……私は鍔樹が心配なだけだ……」
空気に溶け込むような小さな声で、純冷は言った。
昴が疑問符を浮かべて反応する。
「鍔樹って? さっきもなんか言ってたような……」
「忘れろ」
失言だ、ときっぱり言って純冷は取り消そうとするが、そこへナリシアが割り入る。
「もしかして、守りたいって言ってた弟くんの名前?」
「……ナリシア、そんなことを覚えていたのか」
苦みを帯びた表情で純冷はナリシアを横目に見る。しかし、観念したのか、溜め息を一つ、「そうだ」と肯定した。
「元の世界にいる……唯一といっていいかもしれない……私の家族だ」
なるほどね、とナリシアは納得したようだが、今度は昴と、アミまでもが不思議そうな顔をする。
「弟が唯一の家族って、どういうことよ?」
戦争のあったアイゼリヤでは孤児などよくあることだが、アミ、昴、純冷の元いた世界、元いた国は平和の中にあるため、かなり珍しい。
純冷が当然といえば当然の疑問に眉根を寄せる。
「国が平和でも、そう簡単には消えないものがある。あまり口にしたくはないが……家庭内暴力、とかなら、聞いたことあるだろう?」
アミと昴ははっと息を飲む。
「まさか……」
純冷はそう深刻な顔をするな、と自嘲を含んだ笑みを浮かべた。
「うちの母の方の実家が、なかなかに名家でな。昔みたいな思想や一族存続の意識が高すぎるんだ。青木というのも、母の苗字だし」
「ひょえー……」
つまりは女系一族ということか。
「それは違う。長らく、青木の家は男児に恵まれなくてな。数世代ぶりに生まれたのが、弟の鍔樹というわけさ」
……そこはかとなく、嫌な予感のしてくる話である。
昴は能天気なところがあるが、空気は読めるし察しは悪くない。
純冷が焼かれて泣いていたのは、病院の幻影だ。あそこに鍔樹がいる、と言っていた。つまり入院しているのだろう。
「鍔樹は生まれつき身体が弱くてな。そんな鍔樹を、強くあれ、と……その折檻し始めてだな」
はっきり言って、私は早く帰りたくて仕方ない。鍔樹の入院の面倒は私が全部世話しているから……退院をしていたとしても……と純冷は暗い表情だ。
「ちょっと待って、俺らじゃとても抱えきれない……入院の面倒って?」
「私はこんな格好はしているが、学校行く間も惜しんでバイト三昧さ。入院費を工面している。まあ、鍔樹のためならなんでもないが」
……今さらっとすごいこと言いましたね!?
「は、働いてるの……? 純冷、何歳?」
「16だな。高校には入らなかった」
ちなみにこの制服は親戚のお下がりだ、と純冷はなんでもないことのように言う。
「16って年上だな!?」
「えっ、そうなのか? お前たちとそんなに離れているとは思わないのだが」
「あ、いや、その、予想外に近くてびっくりした……」
昴の印象としては、純冷って大人びているなぁ、というものがあったから、もう少し年上だと思ったが、一歳しか違わないじゃないか。
「この際だ。年くらい明かしても問題なかろう」
「俺は15。中三だよ?」
情報交換という意見には昴は賛成だった。同じ世界から召喚されたものの、純冷やアミに関してわからないことは多い。
しかし、アミは? と見やると顔いっぱいに渋面を浮かべていた。
「……言わなきゃだめ?」
「だめということはないが、情報として知っておくことに損はないと思うぞ?」
こちらばかり明かすのもなぁ、と苦い笑みを返してくる純冷にぐぅ、とアミは唸る。
「…………笑わない?」
「笑わない笑わない」
主に昴に向けてアミは訊ねる。昴が即応してからから笑うのを見、しばしぶつくさと一人で唸った後、
「…………………………………………15」
かなりの躊躇いを持って、告げた。
宣言どおり、昴は笑わなかった。もちろん純冷も。ただ、その分きょとんとした表情で二人はアミをまじまじと見つめ、少し長いような気のする沈黙が漂う。
「……あの、黙られてもツラいと言いますか」
耐えかねたアミが口火を切る。しかし、その言葉を向けられた昴と純冷は戸惑ったように顔を見合せるしかなかった。
「えっと、その……すまんな。もう少し下と思っていた」
「素直に謝られると怒りづらいわ」
「怒りたいの!?」
五月蝿いわね! と昴に突っかかるアミ。理不尽である。
「そもそも私の成長期が早々に終わったのが悪いんだわ。小四のときにはもうこうだったもの」
二括りにされた金髪の毛先を指で弄りながらぶつぶつと愚痴を垂れる。
「そんなことはどうでもいいのよ。私たちが知っておくべき互いの情報っていうのは、他にもっとあるはずよ」
不機嫌そうに話の矛先を変える。
まあ、それは確かだ。
「……ここが、ブレイヴハーツの世界だというのは?」
「わかってるわ」
「もちろん! ……あああ、ここには英雄騎士シエロに蒼き森の守護者ナリシア、気高き天姫ナターシャまで……パーティメンバー勢揃い! 天国か!」
そういう問題じゃない。
アミどころか純冷まで若干引いてしまったのは仕方ないことだろう。
「うわぁ、一段落ついたので握手したい握手。裕弥とかいいなぁ、シエロにおぶられて」
「……裕弥って?」
純冷が的確に疑問点をついたことにより、昴があっと意識を戻す。
純冷たち一行とは別行動を取っていたのだから、こちらの面々には知らない顔も多いだろう。紹介しておかねば。
特に裕弥と、魔王の憑いた黒羽などは同じ召喚されたテイカーだ。知っていて損はないはず。
そう思って昴は純冷にシエロにおぶられた裕弥を示す。
「あの子が召喚されたテイカーの一人の裕……」
「千裕!?」
裕弥の顔を見た瞬間に純冷が叫ぶ。純冷が口にした名にアミと昴が顔を見合せる。
「なんでそっちの名前を? 裕弥とは初対面のはずでしょう?」
「初対面なんかじゃない。召喚されるよりずっと前から知り合いだ。久遠千裕とは」
「……え」
久しぶりに昴のブレイヴハーツ馬鹿が炸裂。シリアス続きだったので無性に安心する作者。
(たまにはギャグに流したい)




