第49話 属性
「BURN」
「Rainy」
向かい立つ竜と精霊。それはこの世界に来て初めて昴が目にしたのと同じカードである。
あのとき対戦相手だった純冷が今回BURNを使っているというこの状況はなんとも奇妙だが、純冷の凛とした顔つきが、今はとても頼もしい。
対戦フィールドは荒れ地なのか、草木の一つも生えない見渡す限りのどんよりした景色だった。黒の街ホシェフを彷彿とさせる。だが、昴のフィールドカード[荒れ果てた荒野]にも似ている。初期フィールドの光景はランダムで決まるようだが、どことなくこの光景が赤属性の炎竜たちに味方しているように思えて、昴は自分が戦うわけではないが闘志が燃えたぎるのを感じる。
その昴の戦意が伝わっているのか、カードを手にする純冷の瞳にも焔が灯っているように見えた。
純冷の先攻である。
「ドロー」
カードを一枚引き、エボルブシーンは飛ばし、チューンシーンへ。
「エッジスナイプドラゴンをアブソープション」
赤属性を使うのは初めてであるものの、普段は守備重視系の堅実なプレイスタイルを取っているためか、他属性の基本的なプレイスタイルも把握しているらしい。
エッジスナイプドラゴンのアブソープションは昴の好む戦術の欠かせない一つだ。
赤属性の主な特性は「連携による手数、パワーの増強」である。
フィールドは置いていないがアブソープション時のアビリティで炎竜を呼び出すことのできるエッジスナイプは非常に重宝している。
エッジスナイプで呼び出されたのは正規兵[ソードガトリングドラゴン]である。
ちなみにこのソードガトリングはエッジスナイプの進化系のアーミーのようで、様相はエッジスナイプに比べると少し重装備に感じられる。
昴が最近組み込んだカードである。
はて、エッジスナイプの進化系というだけあって、ソードガトリングのアビリティはエッジスナイプより少しランクアップしている。
初めて使うとは思えない、なかなかの引きだ。昴は思わず口角を上げる。それと同時、純冷が高らかにその能力を宣告する。
「小さな竜は大きな竜を呼び、更に大きな炎を生み出す。[ソードガトリングドラゴン]の召喚時アビリティ発動! 山札の一番上を確認、それが竜であればアドベントできる──[火種の竜 アラク]をバックアップにアドベント」
[炎竜の咆哮]がなくても、竜は引き合うもの。こういう連鎖の方法だってあるのだ。
昴が見出だした新しい戦術を純冷は見事につかいこなしていた。
「リバースバックアップを一枚セットし、ターンエンドだ」
「我輩のターン」
タイラントにターンが回る。
「イリュージョナルスターをアブソープション」
以前見た純冷のプレイスタイルとさして変わりないようだ。バックアップが後方に一枚セットされ、そのままバトルシーンに移行する。
「コマンドチェック」
にやりと嫌味たらしい笑みを浮かべるタイラントが返したカードはクリティカルコマンド。序盤からなかなかの引きである。
しかし純冷は動じた様子もなく、ダメージコマンドをめくる。一枚目はブランク。二枚目は……
「ドローコマンドだ。BURNにパワー、一枚ドロー」
「はっ」
タイラントは余裕綽々で二つのブレイヴポイントを得る。
しかし、昴はあることに気づいた。
純冷が引いたドローコマンド持ちのカードは昴のデッキのものではない。よく見れば名前がわかる。
ダメージに置かれたカードの名は──[異形の悪鬼 ハデス]。
他の者たちは気づいていないようだが、純冷はもしかして、先程の対戦の行く末も見ていたのだろうか?
そう考えると、純冷の闘志がより明瞭に感じられる。
純冷は自分が負けたことに対する感情もそうだが、それ以外にもちゃんと目を向け、背負っている。背負うべきものを理解している。
同じものを見つめているのだと、確信できた。
ならば尚更、この対戦は純冷に託して正解だったのだろう、と昴は考える。
純冷は強い。テイカーとしての強さもだが、人間として、全体的に。
目的や夢を明瞭に抱けない昴にとっては憧れであり、目指すべき場所にいる人物のような気がした。
だからこそ、この対戦を純冷に託したことは大きいと思う。何より、昴が何かを掴めそうな予感がしている。
それに──ある程度、ゲームへの対応の柔軟性はあるが、実際昴は純冷のようなやり方をこうも咄嗟に思いつき、実践に移すなどできないだろう。
純冷のそれは失敗することへの恐れのない、所謂怖いもの知らずとか、向こう見ずな行動ではない。溜め込んできた知識を生かすだけの裁量があるように感じられた。
それくらい、純冷の姿が昴には頼もしく映っていたのだ。
初めての属性で、などとタイラントは嘲っていたが、
そうやって笑っていられるのも今のうちだ。
初めての属性だろうがなんだろうが、純冷ならきっと使いこなせる。
そんな昴の予測を裏付けるように、純冷は口の片端を上げ、不敵な笑みを浮かべていた。
「私のターン、ドロー」
そういえば、純冷はフィールドをセットしていない。
フィールドカードは50枚のデッキのうちに3枚しか入れられないため、まあそう毎回毎回引けるとは限らないのだが。まあ、フィールドをセットしていないという点は対戦相手のタイラントも同じである。
純冷はこのターン、特に展開することもなく、すぐにバトルシーンに移行する。手札温存だろうか。先程のターンの展開も、ほとんどがカードのアビリティによるものだったため、序盤にしてはなかなかの枚数がある。
純冷とタイラントの対戦は何の面白味もなく、淡々と進んだ。以前純冷と対戦したことのある昴からすると、物足りないものを感じる。
純冷の戦術は強かで、おそらく昴より手慣れており、機転が利く構成にされているはずだ。それは、好みの展開というものはあるだろうけれど、臨機応変に対応できる、多様性のあるやり方を持っているのが垣間見えて、昴は純冷と対戦する日を待ち構えていた。楽しみで楽しみで仕方がなかった。
だが、タイラントのプレイスタイルは見ていてつまらない。まあ、純冷のデッキを把握しているわけではないが、戦術がワンパターンのような気がする。つまらない。
といってもまだ対戦は始まったばかりだ。まだ、前哨戦。
どう楽しませてくれるのか……
しかし、数ターンは面白味に欠ける展開が続いた。どちらもカード効果が発揮されることなく、淡々とフィールド上のアーミーのみでのアタック。セットされたリバースバックアップも、お互いトリガーを引かないようで発動もなく、アタックを受けたり、シェルターしたりというあまりにも淡々とした、作業のようなやりとりが続く。
何よりつまらなかったのは、やはり純冷のデッキを使うタイラントのプレイスタイルだ。引きがよくないのかもしれないが、青属性の特徴である堅牢な守備態勢を生かせていない。むしろ使い慣れない赤属性の純冷の方が手札温存や切り捨てのタイミングを心得ているような気がする。
何故だか、昴は見ているだけだが、純冷共々対戦テーブルについて、戦っているような気分だった。純冷が、ここはシェルター、ここは受けて、と昴の考えと同調した動きをしているからかもしれない。
……しかしタイラントのあれは、あんまりすぎやしないだろうか。
タイラントの方こそ、初めて青属性を使うのではないか?
カホールの魔法を使い、アルセウスを刺したときも「カホールも悪くないな」などと言っていた。あれがカホールを──つまりは青属性を初めて使うからこその発言だったとしたなら、得心がいく。
元々は黄属性使いだと昴は軽くタイラントに関する説明を受けていた。
そこから組み立てた推測なのだが。
ブレイヴハーツが広まって、最初に手にした属性こそが運命の属性となるという仕組み、つまりその属性以外のカードが使えないという仕組みは、ブレイヴハーツというカードゲームをより平等に楽しむためのシステムなのではないか。
運命という大仰な言葉で表現されているが、つまりは単なる相性、適性が反映された仕組みなのだ。
原因はよくわからないが、タイラントは対戦で勝利した相手のデッキの所有権を剥奪──つまりは相手の属性を使えるようになる、ということだ。
アイゼリヤのブレイヴハーツウォーズのルールから逸脱したためにデッキ所有権を剥奪され、代わりにその剥奪能力を得たというのもなんとも皮肉な話だが。
まあ、つまりは所有するデッキのない間のタイラントは先の純冷と同様、所謂「無属性」という扱いになり、様々な属性のデッキを制限つきではあるが使えるようになったのではないだろうか。
しかし、元々の属性、再び大仰な表現を用いるなら「運命の属性」はやはり最初に所有していた黄属性のはずだ。
そしておそらく、属性同士にも相性というものがある。
赤属性は、連鎖的アドベント、手数を増やすことにより全体的なパワーの底上げが行える攻撃型が特徴の属性。
青属性はチャームゾーンや手札温存などを用い、堅牢な守備に特化した属性。
黄属性はアーミーたちの朗らかな雰囲気とは裏腹に、相手のフィールド上を破壊、破壊、破壊と繰り返す、破壊系攻撃の属性。
白属性は仲間との連携もそうだが、バックアップ等により、相手の行動に制限、妨害をかける束縛系アビリティを主とする属性。
黒属性はまだ全容が明らかになったわけではないが、ダウンチャームからの復活というコールアビリティを主体に展開される属性だ。
組み合わせるにしても、これだけ一つ一つが特徴的だと慣らすのも一苦労だろう。
ましてや属性変えというのはもっと難しい。黄属性の破壊的なアビリティに慣れていたのなら、青属性の堅実性にはそうすぐには慣れないだろう。元使用者のプレイスタイルを真似るのがせいぜいだ。
だが、元々手札温存という同じ目的を念頭に作られたデッキを使っていたのなら?
……そう、昴と純冷のプレイスタイルは似ているのだ。
その上に赤属性の特性である連携パワー特化型の攻撃タイプが加われば──
もはや、勝てない方がおかしい。
故に昴も純冷も、タイラントに対し、不敵に笑っていた。
やっと属性の特性説明できました。




