第2話 白のテイカー
純冷と別れた昴は、とりあえず街に行こうということにした。もらった地図を頼りに森を進んでいく。
その途中でのこと。
「あれ? 誰か倒れてる!!」
長い白髪の人物が倒れていた。おそらく昴と同じ年くらいの子供のようだが、性別はわからない。
「倒れてるなんて……誰かに襲われたのかな? 見た目には怪我はなさそうだけど」
昴は近づいて起こそうとした。が、その前にむくりと起き上がった。
「うわあっ!?」
昴は思わず声を上げた。その子は昴を見た。
「こんにちは」
にっこり笑ってそう言った。
「あ、うん。こんにちは」
「じゃ、おやすみ」
「うん、おやす……って、違う!!」
少年とも少女ともつかないその子は昴の鋭い突っ込みに倒しかけた体を戻す。
「えー? 寝ちゃ駄目?」
「いや、こんなところで寝たら風邪引くって、そうでもない! ……ええと、どうしてこんなところで?」
「ん、僕、ブレイブハーツテイカーなんだ」
どこか間の抜けた声のままで説明する。
「それで、最近ここに来たばっかりで、おんなじ感じの子がこの辺りにいるって聞いて、で、迷った」
要領を得ていない気もするが、結論はわかったのでいいとしよう。
「最近ここに来たってことは……もしかして、ヘレナさんに召喚されたの?」
「うん。あ、君がそうなんだー。じゃ、街行こう」
「え?」
少年は昴の手を引いて歩き出した。随分とマイペースな子だなぁ、と苦笑しつつ、昴は一緒に行くことにした。
「ところで君は?」
「ん?」
「名前。俺は紅月 昴っていうんだ。君は?」
昴が聞くと、少年はうーん、と唸る。いや、自分の名前で悩む余地があるのか?
「えっとね、僕は裕弥。だったと思う」
「思うって……」
自分の名前だろうに、と思ったが、何か事情があるようだ。裕弥は続けた。
「僕、実は記憶喪失みたいなんだ。異世界から召喚される時になんかふわぁって抜けてっちゃったみたい」
ということは、この性格は記憶喪失の副産物だろう、多分。
「俺みたいな、異世界から来た子を探しに来たって言ってたけど、君はいつからいるの?」
「うーんとね、二週間はいる。何でも、異世界から召喚されたのの中で僕が一番最初だったらしいよ?」
「へえ。じゃあ、ブレイブハーツのルールとか、俺より詳しいんだ」
「どうだろう? 僕、白使いだから、他の属性はわかんないかも」
「白? 白ってどんなデッキなの? 俺、まだ見たことない」
昴が目をきらきらさせてずいずい寄るのも気に留めず、うーん、と裕弥は宙を見た。
「まあ、昴とは後で戦うよ。僕はまず街に戻らないと」
「ん、そうだね」
森の出口が見えてきた。
「あ、森出たら道わかるようになった。こっち」
裕弥が案内する。
「本当、ゲームの中にいるみたいだ……」
昴はふと、本家ブレイブハーツのゲームを思い出して呟いた。
「ゲームの中?」
「あ、いや」
昴は裕弥に自分が来た経緯を話した。
「へえ……それは面白いね」
「うん。俺、RPGとか、ゲーム全般やるから。色んな意味で面白いよ」
「僕、興味ある……かも。もっと教えて」
「喜んで!!」
他愛のない会話で二人は盛り上がる。話に夢中なあまり、二人は全く気づいていなかった。二人を追う怪しい影があることに……
「ここが、街……!」
「うん。赤の街[エシュ]」
昴と裕弥が辿り着いたのは、人が行き交う繁華街。賑やかで、明るい街だ。
「僕はこの街のカードショップでお金稼いでる。行ってみる?」
「うん!」
ちゃんとお金の稼ぎ方があるんだ、と昴は目を輝かせる。しかもカードショップでだという。果たしてどんなことをするのだろう?
裕弥の案内で着いたのは、[タウンショップ]という店だった。
「こんにちはー」
裕弥が入っていくと、客がざわめく。店員が笑顔で挨拶した以外はみんな表情が強ばっている。
「あれ? そちらは?」
「んー、さっき会った友達。ブレイブハーツテイカーなんだ」
「こんにちは」
昴の挨拶には何故か一瞬遅れて返す。昴と裕弥を見比べて目を丸くしているようだが、何かおかしいことでもあっただろうか。
「ブレイブハーツテイカーさんということは、ハーツポイントゲームサービスのご利用を希望されているのですね」
「うん」
昴ではなく、裕弥が応じる。
「ねえ、ハーツポイントゲームサービスって?」
「ブレイブハーツでお金稼ぐの。ハーツポイントある?」
ハーツポイントと言えば、ブレイブハーツの勝者に与えられるポイントだ。
「俺、まだ一回しか勝ってないから、1ポイントだけど」
「うん。それなら僕の分を分ける」
」
「えっ!?」
ハーツポイントってそんなことができるのか?
「店員さん、プレイ料のハーツポイント二人分、僕のから引いといて」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
店の奥に案内される。その途中で裕弥が説明した。
「ハーツポイントゲームサービスは、ハーツポイントを支払って、ブレイブハーツをするんだ。勝ったら当然そのゲームの分のハーツポイントをもらえるし、支払った分も戻ってくる。その上、そのゲームで得たブレイブポイントの数に応じてお金ももらえるってわけ」
「すごいシステムだね」
「勝敗については裏で賭けもされてるらしいから、勝ったらそっちからの謝礼金もある」
それはなかなかにどろどろした稼ぎだ。
「負けたら?」
「わかんない。僕、ここじゃ負けたことないし。確か、ブレイブポイントはもらえる筈」
負けられないということか。
しかし、今の一連の会話で裕弥はさらりとすごいことを言った。
ここじゃ負けたことないし。
一体裕弥はどんな戦いをするのだろう?昴は自分のことよりそっちでわくわくしていた。
案内された店の奥はブレイブハーツ用のテーブルが三つ並んでいた。そのテーブルを囲うように柵があり、柵の外側には大勢の人がいた。
「あれ全部参加する人?」
「ううん。大半が観客。ほら、賭けてる人とかだよ」
「あー、なるほど」
「あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
店員が昴に聞いた。
「俺は紅月 昴」
「ありがとうございます。では、裕弥様とテーブルの柵の内に入ってお待ちください」
言われた通り、柵の内側に入っていく。
「今日はすぐできるみたいだ」
「いつもは?」
「しばらく柵の外側で見学。自分の番を待つ」
そう話していると、別な人物が入ってきた。筋骨隆々の男と手足の長い女性。背の小さなものもいる。絵本に出てくるドワーフのようだ。
「でっかい男がカラック、女の人がイーシャで、彼はドワーフのポックル。ここのヘビーユーザー」
「裕弥、詳しいね」
「僕もヘビーユーザーだから」
「……あの中の誰と戦うことになるんだろう?」
ん、と裕弥は黒いデジタル掲示板を示した。
「そろそろあそこに出てくるよ」
裕弥が言うと、文字が流れてきた。
Aテーブル カラックvsイーシャ
Bテーブル ポックルvs昴
Cテーブル 裕弥vsリュート
「あー、リュートか……」
「裕弥、どうかしたの?」
「よく当たるんだ、リュートって。お前は俺様のライバルだ、とか言ってて……僕、苦手」
「ふーん……俺が当たったポックルってどんな人?」
「青使い。普段は冷静だけど、ハプニングに弱い。昴、頑張ってね」
「うん、裕弥も」
二人はそれぞれのテーブルについた。
そういえば、裕弥の対戦相手って、まだ来ていないんじゃ……と思ったところで、観客がざわつく。
「はっはっは、裕弥! 今日こそ決着だ!」
柵を飛び越え、虎の獣人が入ってきた。どうやら彼がリュートらしい。心なしか、裕弥が少しげんなりしている。
「……デッキ」
「ああ?」
「早くデッキセットしてよ。みんな待ってる」
「お、おう」
リュートがデッキをセットし、審判のかけ声がかかった。
「それでは始めましょう。Brave Hearts,Ready?」
「「Go!!」」
店のテーブルではカードが具現化することはないようだ。あの臨場感が堪らない昴はちょっとがっかりした。
「聖霊の巫女」
「BURN」
ポックルの先攻だ。
「ドロー。[いたずら妖精 パック]をアブソープション!」
昴は虚を突かれた。というのは、アブソープションしたパックは奴隷の階級のアーミーだったのだ。
でも、奴隷アーミーとて侮れない。純冷の使ったローレライのように強力な能力を持っているかもしれないのだ。
しかし。
「アドベント! [水霊 カナリア]」
「ちょっと待って」
昴はポックルを止めた。ポックルが不機嫌そうになんだよ、と言う。
「……奴隷アーミーをアブソープションした時って、センターの階級、変わらないんじゃなかったっけ?」
「それがどうした?」
気づいてないのか、と昴は苦笑いし、続けた。
「だから、正規兵のカナリアはアドベントできないと思うんだけど」
「……はっ!!」
ポックルは自分の場を見て目を見張った。
センターは聖霊の巫女。リバースメインだったのだから、当然志願兵だ。エボルブもしていない。だから、奴隷アーミーのパックではアブソープションしても階級はそのままだし、正規兵のカナリアを呼ぶことはできない。
「うわっ、何やってんだ。ちびポックル!」
「ミスが初歩すぎ」
「お前みたいなクズがよくここに出て来られたよな」
観客が口々に言い、笑う。ポックルは泣き出した。昴は……
「静かにしろ!! クズはどっちだ!?」
何か、かちんときて、叫んだ。
「自分が言われたらとか考えないのか?ミスなんて誰でもするだろう?黙って見てろよ!!」
場が静まり返る。昴はポックルに先を進めるよう促した。
「今のはなかったってことで、どうぞ」
「う、うん……」
ポックルはカナリアを手札に戻し、代わりにリバースバックアップをセットした。
「ターンエンド」
「じゃあ、俺のターン。ドロー」
試合は淡々と進んでいった。
結局、観客からの野次→昴が怒鳴るという繰り返しで、ポックルはすっかりどぎまぎしてしまい、Bテーブルのゲームは昴の勝利で早々と終わった。
「ありがとうございました」
昴はポックルに握手を求めたが、ポックルは首を横に振って断った。
「……ぼくのせいで、つまんないゲームにしちゃった……握手なんてできないよ」
「君のせいじゃないよ」
昴は観客をぎろりと睨んだ。
「俺、始めたばかりであんまりゲームする相手がいなかったんだ。ブレイブハーツ、対戦してくれてありがとう」
そう言うと、ポックルの顔がぱあっと明るくなった。握手に応じる。
「きみ、名前は?」
「紅月 昴。よろしくね、ポックルさん」
「うん」
手を離すと、ポックルは昴を見学席へ誘った。対戦が早く終わったため、他の対戦を見ることにした。
「きみは裕弥と一緒にいたね。友達なのか?」
「うん。知り合ったばかりだけど。やっぱり裕弥って強いの?」
「強いさ。この店最強はリュートだったけど、それは裕弥が現れる前の話。裕弥は誰にも負けない。強くて不思議な子だ」
昴はポックルの視線につられて裕弥の対戦を見た。
「Knightの攻撃」
裕弥の陣形を見て、昴は驚いた。
「エボルブもアブソープションもしてない……?」
「あれが裕弥のプレイスタイルさ」
それで、どうして勝てるんだ? 昴は相手のリュートを見る。手札は一枚。センターのパワーはアブソープションも含め11000。対する裕弥のセンター[Knight]はノーマルパワー7000。
「Knightはアブソープションできないけど、その分パワーはプラス5000。更にバックアップのパワー6000を加え、合計18000」
手札に10000のシェルターがなければ、防げない。
「炎竜の子 サラマンドラでシェルター!」
サラマンドラは奴隷アーミーで、シェルター値は10000。シェルターできる。
しかし、攻撃は通った。
「リプレイコマンドゲット」
「くっそー!」
リュートのダメージコマンドはブランク。裕弥の勝利だ。
「なんで勝てないんだ。コマンド出過ぎだろ!イカサマなんじゃねぇのか?」
「ダメージも合わせて三回。普通だけど。っていうか、イカサマして勝てない人に言われたくない」
裕弥はさらりと爆弾発言をした。
「なっ……!?」
「あそこで君がサラマンドラを持ってる筈がない。コマンドで出た訳じゃないし、ドローで引いた訳でもない。不自然にカードが一枚増えていることに僕が気づかないと思った?」
「くっ……」
裕弥は言い終えると昴の元にやってきて、行こう、とその場を去った。
奥の部屋を出ると入口のカウンターで案内してくれた店員が待っていた。
「裕弥様、今日はもうお帰りですか?」
「うん。このままいてもみんなが楽しくないだろうし」
「昴様もご一緒で?」
「はい」
では、と店員が巾着を差し出す。
「こちらが本日の賞金になります」
「ありがとう。ほら、こっちは昴の分」
巾着からじゃらじゃらという音がする。
「じゃ、宿屋に行こう」
昴と裕弥は店を出た。