第37話 異世界人
魔王の属性がどんなものかは知らないが、おそらく"黒属性"という種別なのだろう。ブレイブハーツの属性は五色の色から来ている。街の名前も属性に何らかの関わりはあるはずだ。マイムにいたナリシアが青属性であるように。
まあ、魔王の属性が何であれ、ブレイブハーツの魔法で"人が死んだ"。
しかもただの人ではない。獣人国の賢王が、だ。
「いや、スミレ。ここで問題なのは賢王が死んだことよりもそれが"魔王の手によって"成されたことなのが問題なんだ」
「? それで戦況が悪化した、のか?」
純冷の問いにナリシアはふるふると首を振る。
「それよりもっと深刻。……魔王が壊れた」
壊れた。それの意味するところを察し、純冷は息を飲む。
壊れたという言葉は通常、物体に対して使うものである。人間などに対して使う場合もあるがそのときの意味合いは、錯乱、発狂──精神崩壊を示す。
「魔王が、か?」
俄に信じがたい話だった。純冷からして魔王という存在はゲームのキャラクターではあるが、勇者たちに負けても普通のRPGのラスボスと違い、開き直ったり、キャラ崩壊したりなどがなく、負けても尚己の役目に殉じて生きる超然とした存在だった。そんな人物が正気を失うなど……
「実際に魔王と戦ったぼくたちも信じられなかった。けれど、暗黒街に住んでいる知り合いが言うんだ。"あんな魔王は見たことがない"と。信用できる人物からの証言だったから、嘘だとは思えなくて」
ナリシアたちが信用する黒の街の住人というと、もしかして、あの墓守もいるのか。
「それで、世界のバランスがおかしくなった。アイゼリヤにかかる並行世界への干渉制限が緩くなったのかな。もしかしたらスミレたちの召喚に成功したことにも関わりがあるのかもね」
「待て。魔王と賢王のその戦いがあったのは」
ナリシアがうーん、と首を捻る。そこに沈黙を保っていたターシャが割って入る。
「三ヶ月前よ」
ぞわりと鳥肌が立つ。
三ヶ月前。純冷たちが召喚される少し前の話だ。
「アイドルテイカーのアミが名を上げ始める少し前ね」
ターシャが捕捉する。
「やはり、ブレイカーアミは異世界のテイカーなのか」
「ええ、間違いないわ。わたしが一度見て確かめたもの」
ターシャが言う。純冷を初見で異世界人と見抜いたのと同じ能力だろう。純冷には心当たりがあった。
ゲームの中でオールには大図書館があった。ある程度までストーリーをクリアすると図書館から情報収集ができるようになる。そこには後々のクエストの手掛かりだったり、構成上ストーリーに組み込めなかった豆知識だったりが見られる。
その中には天使についての記述もあった。
天使の前で偽りは許されない。故に天使には全ての真実を見抜く目がある──だったか。
変装時に目の色だけは変わらないというのもそのあたりのことが影響しているのだろう。
「しかし、異世界人をどうやって見分けるんだ?」
「わりと簡単よ。異世界人は"魔力を持っていない"の」
ターシャの発言は衝撃的だった。
「魔力を持っていない?」
「そんな、まさか! スミレはちゃんとカホールを放っていたよ?」
衝撃を受けたのは純冷だけではないらしい。純冷と一度ブレイブハーツで対戦し、その魔法[カホール]を受けたナリシアが声を上げる。
一方で、じっと聞いていたアリがこてんと首を傾げた。
「れ? ナル、気づいてなかった? スミレ、魔力なしで魔法してた。だから、森でも魔力酔いしなかった」
「ああ!」
アリの証言の意味は純冷には全くわからなかったが、ナリシアの瞳に理解の色が灯る。
今度はターシャが驚いている。
「魔力酔いしないの? 変わった人間ね」
「魔力の受け皿がない、もしくは極端に小さいってことだよ。コウもそうだったろ?」
「あー、なるほど」
純冷、置いてきぼりである。
「どういうことだ?」
目を白黒させる純冷にアリがぽそりと訊ねる。
すっとターシャを示した。
「このお姉さんを見て、純冷は何か感じた?」
「何かって……ええと、記憶から、[気高き天姫 ナターシャ]だというのを思い出したが」
「んーと、このお姉さんが、姿を変えたときは?」
「記憶と噛み合う容姿になってほっとした。そういう魔法もあるんだな、と」
「……お姉さんの目、見て、どう思う?」
その問いに純冷はまじまじとターシャを眺める。わざとか無意識かはわからないが、かちりと目が合い、数十秒。
純冷はかくりと首を傾げた。
「変わった色の目だな。夕暮れみたいだ」
「っ!?」
ターシャの顔が真っ赤になる。夕暮れみたいだ。
「あ、夕暮れというより、もっと柔らかい色だな。私が元いた世界でもオレンジの目というのは珍しいんじゃないか? 黄色──金目も珍しいくらいだし。赤い目もなくはないが。その中間というのは聞いたことがないな。赤みがかった茶色くらいなら、身近にいたが。見ていて落ち着く」
「ストップ、スミレ、わかった」
ナリシアが方向のずれていく純冷のコメントを止め、直後、ターシャがふしゅ〜と顔から湯気を立てる。
「ああ、すまない。主旨に沿わない回答だったか」
「ううん。目的は達したからいいんじゃないかな」
「それで、ナターシャは一体」
真っ赤になって目をぐるぐると回してしまったターシャに純冷は疑問符を浮かべる。ナリシアは苦笑いで返した。
「褒められ慣れてないの、自分の容姿」
「ええっ!? ナターシャはかなりの美形だろう」
「スミレ、やめたげて」
ナリシアはそっとターシャの耳を塞ぐ。
「天使って容姿に関わることは魔力に多大な影響を及ぼす種族なんだそうだよ。詳しいことは話すと長くなるから省くけど、褒められても貶されてもパンクするからやめてね。とりあえず、本来の容姿をとやかく言われないために普段は仮の姿なの。だから天使って知られざる存在なんだ。
で、スミレ、今ターシャが倒れたとき、空気の揺らぎみたいなもの感じなかった?」
「え? 全く」
なるほど、とナリシアは頷き、告げた。
「つまりスミレは魔力を感知できない人間なんだ。
アイゼリヤはね、魔法のある世界だから、多かれ少なかれ、人種の区別を問わず、必ず魔力を持って生まれてくる。魔法は知ってのとおり人を傷つけるものもあるから、危険が察知できるよう、魔力のあるものは皆魔力を感知できる。感度の良し悪しの差はやっぱりあるけどね。
勝手に例にして悪いけど、まずターシャは今褒められすぎて卒倒しちゃったんだけど、その際魔力がオーバーヒートしてかなり空間を揺らしたの。魔力が1しかないものでもわかるくらいにね。でもきみはそれを感じなかった。それは鈍感というよりは魔力がないと見た方が正しいと思う。相当量の魔力が動いたんだから。
ごめんね、アリ。びっくりしただろう?」
ナリシアが水を差し向けたアリを見るとふるふると首を振りながらも、肩は小刻みに震えていた。怯えている。
「アリは今のターシャの魔力振動が怖かったんだね。天使なだけあってターシャの魔力はかなりのものだから。原因が感情の揺らぎで制限がなかった分、より膨大な量の魔力が漏れ出た。
スミレは何ともないよね?」
「ああ」
「それも魔力がないからだよ。スミレが魔王と対峙しても、全然怖がらないんじゃないかな。アイゼリヤの人間は自分より強大な魔力にはやっぱり恐怖を覚えるから。魔力は直接魔法に繋がるものだからね。潜在意識としてその感情があるのは正しいと思うよ。
他に、アリが言ってたことだけど、さっきも言ったとおりターシャは基本的な魔力量が規格外だから、どんなに鈍感でも何か感じるはずなんだ。初対面のときはお店だったから、ターシャの方が制限していたのかもしれないけど、変身魔法を解いてからは結構魔力解放してた。ここがプライベートルームだからかもだけど。で、あれだけの魔力を浴びせられてけろっとしてるよね」
「それもおかしいのか?」
「魔力酔いっていうのがあるんだよ。魔力量の少ない人が大量の魔力にあてられて起こす症状。今のターシャに近いものがあるかな。ちなみに、きみがマイムに行くときに通った蒼い森は侵入者対策のために大量の魔力が放出される木が植えられている。魔力酔いを起こして引き返すようにね」
話が繋がったのはいいが、謎が増えた気がする。
「魔力を使って魔法を成すのだろう? なら、魔力のない私に何故、カホールが使えるんだ?」
「それは、アドム、カホールを始めとするブレイブハーツの専用魔法が、通常の魔法とは異なるからです」
そう告げたのはアリだった。
珍しいほどの純冷のボケ回。
純冷は結構イケメンです。見た目が。(女だけどな)それが褒められ耐性のない天使様を素で口説く……罪な子。
というあほな作者の妄想はさておき。
こっちサイドはだんだん核心に迫ります。昴は今頃二重人格気味の魔王とブレイブハーツを始めています。
アミはぶちギレてツァホーヴで墓地を焼け野原にしたあたりでしょうか。
意外と有名なブレイカーアミ。ゲームソングを歌っていたのと同一人物だと昴はいつ気がつくんでしょうか。
純冷サイドもそのうちカードシーンがありますが、今のところ謎解き続きです。
早くブレイブハーツがしたいよおぉ……
というわけで頑張ってさくさく進めます。「夕涼み重陽会」の企画開始までに一回ブレハりたい!!




