第36話 賢王は何故死んだ?
「獣人国の王が死んだ、と言っていたな。魔王と何か関係あるのか?」
ターシャに問いかけながら純冷は獣人国王のことを思い出そうとした。
テレビゲームブレイブハーツにおいて重要な役割を担うサブキャラクター。各国首脳はそこそこ重要だったが獣人国王だけは別格だった。
それはあのシエロの主であることも影響しているが、それよりも彼は魔王との関わりが深かった記憶がある。
隠しシナリオのラストでは魔王が獣人国王に対してのみ、自分の本当の役割を明かしている。それだけ信頼関係が築かれていたのだろう。
「まず、獣人国が人間の王によって作られたのは知ってる?」
「ああ。獣人国の王は人間と他種族の共存に積極的な人物だったらしいな」
偏見を持たず、全てを受け入れる。そんな王の人柄の良さから、獣人も人間も集った。
比較的新しくできた国であるが、他国から軽んじられることがなかったのも、この王故だろう。
やっぱり知ってるのね、とターシャは短く息を吐き、続けた。
「わたしたちは敬意をもってその王を賢王と呼んでいるわ。賢王は獣人国創立からもわかるとおり、どれだけ異質なものも受け入れる度量の持ち主だったの。そんな彼は、魔王すらも受け入れた」
純冷の脳裏に隠しシナリオのラストシーンが流れる。
隠しシナリオのストーリーは獣人国王の手紙をある場所に届けるというものだった。ここだけ見るととても簡単なクエストに見えるが、これがなかなか難しく、様々な敵にその手紙が狙われるため、手紙を守りながら敵と戦わなくてはならない。
王の命で手紙を見てはいけないという条件もついている。他にも細々と色々な条件を満たしたまま、送り届けないとクリアにならない。
結局その手紙が何なのかは主人公たちには伝えられず、手紙は無事宛先──魔王の許に着くのだが。
ゲームのエンドロールまでではパーティーメンバーは宛先も内容も知らないはずだが、獣人国王が話したのだろうか。おそらくターシャが今話していることはあの手紙に関わることだろうが。
「魔王に、アイゼリヤで暮らさないかって持ちかけたのだそうよ。北の地──今で言う[黒の街 ホシェフ]に魔物が住まうのは、賢王の計らいだと聞いているわ。さすがに魔王は住んでいないようだけれどね」
アイゼリヤの地図は純冷も把握していた。というより、ゲームのマップと同じなのだ。地名が変わっているだけなので覚えやすかった。
暗黒街と呼ばれていた北方が黒の街 ホシェフ、南の竜国が赤の街 エシュ、東にある精霊王国が青の街 マイム、神殿のあった中央、現在いるここが黄の街 オールといった具合に。
獣人国があったのはアイゼリヤの西、今は白の街セアラーと呼ばれているところだ。
どうやら賢王は魔王に北の地をやったらしい。思うに隠しシナリオのあの手紙にはそういった内容があったのではないだろうか。それなら、他国に洩れたらまずい情報であるのも確かだ。
「魔王の侵攻も収まって、賢王のおかげで魔物も正式に暗黒街に落ち着けるようになった。全て丸く収まり、平穏な日々が続くと思われたのだけれど……人間同士のいさかいが起きた」
アイゼリヤで国同士の戦争が勃発した話は来た当初にアルーカから説明を受けていた。ナリシアにも聞いている。
「竜国と中央神殿だな?」
純冷が当てると、ターシャは渋い顔で首肯した。
「元々竜国の人間というのは過激なのが多いのよ。ある程度肝がすわってないと、竜と対話なんてできないでしょうからね。でも、コウみたいなお人好しは稀。ご先祖さまくらいだと違うんだろうけど。
知っているかもしれないけれど、竜国から見ると、中央を越えた先に暗黒街がある。つまり、魔物の棲む街ね。魔物を根絶やしにしようと、竜国のやつらは進軍しようとした」
そうなると、一番の近道は中央を通るコース。中央神殿の者たちは進軍する竜国に何事かとなるわけだ。
「神殿は獣人国から暗黒街には危害を加えないようにと打診を受けていた。賢王は抜かりないから、おそらく他の国にも同じように打診していたんでしょうけど、竜国は納得しなかったのね。
こちらとしては賢王の主張を立てたかった。魔物は以前のようにほとんど暗黒街から出なくなったからね。害がないなら関わる必要はないわ。だから竜国軍を通すわけにはいかないと」
「それを竜国は承服しなかった」
「そのとおり。推し通ろうとした竜国に中央は応戦。それに気づいた獣人国が仲裁に入るがむしろ悪化。泥沼の戦争が完成ってわけ。
十数年続いたかしら? それである日突然、ヘレナ姫からブレイブハーツで決着をつけるよう言い渡されたの」
「また唐突な話だな」
それがカードゲーム・ブレイブハーツがアイゼリヤで広まったところまでを聞いての純冷の率直な感想だった。
その反応にターシャは肩を竦める。
「同感だったわ。何故突然カードなんかで? 戦争をしていた者たちは殊更、疑問に思ったことでしょうね。
戦争で街が国が荒んでいくのを見てはいられない。血を流すような戦いはやめて、というのがヘレナ姫の言い分だったわ。アイゼリヤにおける頂点の姫様の涙は民の心を打つには充分だったわね。
今見てわかるとおり、結局ごたごたした状態のままだけれど、一応前よりはいくらかよくなったんじゃないかって、各街に張り込んでいた他の天使たちも言っていたわ。オールの街を見ていたわたしもそう思った。思っていた。あのときまでは」
ぐ、とターシャの拳が握りしめられる。華やかな色の布がくしゃりと寄せられた。
「ヘレナ姫の行動に違和感を感じたらしい魔王が、前回侵攻以来初めて、アイゼリヤの地に踏み入れた。それをどうやってか察知した者が賢王を暗黒街に向かわせた。
詳しい事情はわからない。何故賢王が暗黒街──いえ、そのときにはもうホシェフだった──に行かなければならなかったのか。
そこで賢王と魔王のブレイブハーツがあったのは確か。そこで賢王は……死んだの」
「何故?」
「わからないわよ!」
当然といえば当然の疑問に、ターシャは苛立ちのままに返す。肩が震えていた。引き結んだ唇も。やるせない思いが彼女を支配しているのは充分にわかった。
沈黙したターシャに代わり、ナリシアが口を開く。
「これはぼくの推測だけど、当時アイゼリヤで使われていた魔法には、リミッターがなかったんだと思う」
「リミッター?」
新しく出たその語にはターシャも首を傾げていた。だが、ナリシアと同じエルフであるアリには何やら理解できたようで、あ、と声をこぼす。
自然とわからない二人の視線は声の方へ向かった。二対の目にじっと見られ、アリは思わずぎくりとするが、どうにか口を動かす。
「あの、エルフの魔法理論は、精霊に基づくもの。エルフは人間嫌いで、あまり関わらないけど、人間も魔法を使う。なら、魔法のことは、エルフ調べる。それで、人間の魔法には使うとき、魔力制限がある。魔法によって、使っていい魔力の量が決められている」
「つまりこういうことか。例えば、私の使うカホールが魔力量3の魔法だとすると、それを使う私の持つ魔力量が5だろうが10だろうが、その魔法で使う魔力は3以上にならないと。そういうことだな?」
アリが純冷にこくりと頷く。
「どんな低級魔法でも、込める魔力の量で効果は段違いなんだ。だからそこをある程度まで制限されているのが人間の魔法。元々魔法を持つことがないはずの人間が自分で魔力量をコントロールするのは至難の業。だから、人間の使う魔法には制限がかかっていた」
純冷はゲーム情報を振り返る。そこまで魔法に関する詳しい説明はなかったが、種族が人間であるシエロなんかはある程度魔法を使っていたが、元々魔法を使う種族のナリシア、天使のターシャのような大魔法は覚えなかった。主人公ももちろんのこと。
本職には敵わないものか、と思っていたが、そう言われると納得がいく。
「ブレイブハーツの魔法はね、そんなことを知らない人間のヘレナ姫が作ったものだ。当然リミッターなんてかかっているはずがない。魔王はそもそも役割からしてリミッターをかける必要のない存在だよ。立ち向かってくる者は完膚なきまでに叩きのめす。それが魔王だから」
それらの偶然が重なり、あの事件は起きた。
純冷は話の流れから、何が起きたのかを察した。察してしまった。
つまり魔王は
「魔王はブレイブハーツに勝利し、勝者の権利である魔法を放った。それに当たって、賢王は死んだ」




