第35話 推測
純冷は記憶を辿る。
確かに、主人公は竜の住処に向かう途中でシエロと会った。竜と交渉して一度ばっさり断られた後に魔物を退治をして、竜と仲良くなるといった感じのストーリーも合っている。
やはり、あのゲームのストーリーは実際にアイゼリヤで起こったことなのだろう。
では、主人公キャラクターとされていた少年"コウ"とは一体何者なのだろうか。竜をも従えることのできた少年、異世界でゲームの主人公にされても見劣りしないほどの少年が何故アイゼリヤで名を残していない?
純冷はターシャの「コウはあの件で名を上げたというわけでもない」という台詞が気になっていた。純冷の知るゲーム内では主人公のコウは"勇者"と呼ばれていた──
いや。
違う。冷静に考えて、純冷は気づく。
ゲームの触れ込みでは[キミが勇者となって世界を救うのだ!!]となっていた。故にプレイヤーたちは主人公のことを勇者と呼んだ。
だが、ストーリー内で主人公が[勇者]と呼ばれたことがあったか?
否である。
純冷たちの世間一般で[勇者]と呼称していたから、勘違いした。何もこちらの世界で彼が勇者であるとは限らないのだ。こちらの世界でも彼が主人公だとは限らないのだ。
「なるほどな。コウがその後取る行動はほとんど他の仲間が考えた策を実行に移すための後押しだけだ。前向きすぎて、猪突猛進なところがあって、時折失敗し、仲間とぶつかることもあったが持ち前の精神力で乗り越えた。けれどそんな細かい道中のことが英雄譚にされるとは考えづらい。それで、シエロか」
「ちょっと待ちなさい、あなた。結局コウのことも知っていたんじゃない」
純冷の独り言にターシャが反応する。ナリシアも驚いているところを見るに、純冷の口にしたことはこの世界における事実そのままだったのだろう。
ターシャのオレンジの光に鋭い疑いが灯る。
「何者なの?」
その問いに純冷は即答しかねた。自分が何者か。純冷には明確な答えが持てなかったのだ。アリに答えたときのように、ブレイブハーツテイカーであるのは確かだが、ターシャが今求めているのはそのような答えではないだろう。
異世界人であることは既にばれているからいいのだが、その異世界のゲームで魔王との戦いの内容を知ったと説明するのはいかがなものだろう。何かややこしいことになりそうな予感が拭えない。
ここまで怪しげな言動をしておいて何も言わないのも却って怪しいか、と割り切り、純冷は事実を口にする。
「私はこのアイゼリヤのヘレナ姫によって召喚されたブレイブハーツテイカーだ」
「召喚、ですって……!?」
ターシャの驚愕の声。しかし純冷の方も驚愕していた。ターシャの言葉に。
ヘレナが直々に呼び出したことの方が問題となるかと思っていたのだ。ところがターシャが反応を示したのは[召喚]という単語だった。傍らで聞いていたナリシアも、話に置いていかれ気味だったアリさえも驚いていた。
そんなに召喚という行為は驚かれることなのだろうか。召喚された側としては確かに驚いたが。
疑問を口にすると「そういう問題ではない」とターシャに指摘される。
「あなたの世界ではどうか知らないけどね、アイゼリヤにおいて[召喚]は禁術なのよ」
「禁術!?」
読んで字のごとく、禁術とは使ってはいけない術のことだ。召喚は禁術。その事実に純冷は戸惑い、確認するようにナリシアに目をやると、彼は神妙な面持ちで顎に手を当て、何やら考え込んでいた。
「召喚術で人を……並行世界同士の調和を保つための姫がそんなことにまで」
青ざめて呟いている。問うまでもなく、禁術なのは事実なのだろう。
よくよく考えれば、純冷でもわかることだ。ゲームストーリーの隠しシナリオでは知られざる魔王の役割、アイゼリヤという世界の役割が明かされる。ブレイブハーツをプレイした者なら誰もが知っている常識的な知識[アイゼリヤは並行世界を並行たらしめるために存在する]ということ。
別の並行世界から人を召喚し、交わりを持つなど、[並行]という言葉そのものを根本から覆すようなものだ。それを[並行]を管理する世界が成すなど、言語道断極まりない。
ヘレナ姫が間違っている?
その結論に純冷はすぐに辿り着いた。不思議と混乱はしていない。
「ヘレナ姫は召喚が禁術であることを知っているはず。並行世界管理の頂点、姫巫女なのだから。そんな禁を犯しても、ブレイブハーツウォーズは止めなければならないものなのか?」
「確かに、ぼくらもそう思うよ。けれど、それよりももっと不可解な点がこの問題にはある」
ナリシアが深刻な表情で告げるのに、ターシャがそうね、と相槌を打った。
ターシャの目が純冷を射抜く。
「あなたは、魔王の役割って知っている?」
純冷は記憶を巡らせる。魔王の役割と聞いてすぐに出てくるのは、隠しシナリオのラストシーンだが。
「アイゼリヤが道を外れたときに破壊すること、か」
一般的にはこちらで理解されているだろう、という知識を口にした。隠しシナリオは限られた条件をクリアした上であることに気がつかなければ発生しない、クリア難易度の高いシナリオだ。いや、見つけてしまえばクリア自体は難しくないのだが、その見つけるのがかなりの難易度らしい。
普通なら、ネット上で掲示板などに攻略法が載っていたり、攻略本があったりするのだが、ブレイブハーツの隠しシナリオに関してだけは製作者側からの厳しい規制のためか、発生方法からストーリー内容まで何一つ手掛かりを得られない。
そんな謎めいた部分もあり、テレビゲーム・ブレイブハーツは圧倒的人気をはくしたゲームとなったのだが。
ここまでの徹底ぶりを見るに、魔王のもう一つの役割というのは隠しておいた方がいいのかもしれない。
隠しシナリオのストーリー上、ナリシアやターシャなどのパーティー一行が魔王の「世界を滅ぼせないなら、その世界を見守る」という役割を知ることはなかったはずだ。
それを知ったのは最後の会話イベントで出てきた[獣人国の王]だけ。
──獣人国の王?
そのことに純冷は何か引っ掛かりを覚えたが、続いたターシャの言葉に耳を傾ける。
「そう。当時のアイゼリヤの何がいけなかったのか、わたしたちにはわからない。けれど、アイゼリヤが魔王の中の基準の何かに反していたために、件の魔王侵攻は起こった。さしずめ魔王は[もう一人の管理人]といったところでしょうね。
であるならば、既に魔王侵攻が始まっていてもおかしくはないはずなの。ヘレナ姫が禁術を犯した。これはあまりにもわかりやすい基準違反だわ。なのに何故、魔王は現れないの?」
「それに、禁術はおいそれと使えるような代物じゃない。何故成功しているのか? それも気になる」
「……魔王に、何かあったのか?」
純冷が口にした推測にナリシアもターシャも否やを唱えなかった。
純冷はふと、自分が召喚されたときのアルーカの言葉を思い出す。
「やっとヘレナがまともな人を召喚したと思って」
「一人目は、召喚の反動で記憶喪失になった天然ふわふわ少年。二人目は願いのために気が狂った可哀想な死神少年。三人目は可愛い顔して破壊願望の強いアイドル系の少女……かしら」
その話にも純冷は少し引っ掛かっていたのだ。
三人目はまだいいとして、一人目、二人目の召喚は果たして成功と言えるのだろうか。記憶喪失に心身喪失。弊害を受けて招かれたという二人。
純冷は「やっとまともな人を」と言われた。
唯一純冷が会った異世界からのテイカー昴も召喚による副作用を受けていない点を思えば充分にまともと言えるだろう。
「ヘレナ姫は、五人の召喚を行った」
純冷がぽつりと自らの知る情報を明かす。
「最初の二人は記憶喪失や心身喪失……副作用のような障害が見られたと聞いた」
「五人……最初の二人……それぞれのテイカーの属性はわかる?」
「私が他四人のうちで会ったのは最後の一人だけだ。そいつは赤属性。三人目と思われるやつに確証はないが、合っているならそいつは黄属性のはずだ」
ブレイカーアミの情報は純冷の耳にもしっかり入っていた。
「スミレは青で、赤と黄……残っているのは、白と黒だね」
五人が五人、それぞれ違う属性のテイカー。ナリシアのその推測は間違っていない。
白と黒、というワードにターシャが眉をひそめた。
「まさか、獣人国王と魔王に関係あるんじゃないでしょうね……?」




