第27話 自称おじさん
昴と裕弥がクリ坊や黒の王と対面していたその頃。
アミとサバーニャの前には無数の人間の死体。中には人間と判断してよいのかわからないほどにまで腐敗の進んでいるもの、手足の千切れているもの、黒い虫が無数に群がっているもの……等々、様々。
アミは鼻を摘まみ、眉間を寄せる。目赤くなり涙が溜まっているところを見るに、臭いが染みているのだろう。
「最厄……」
アミは今の心境を端的に告げた。サバーニャも灰色の猫耳を小刻みに震えさせながら頷いた。
「どうにかならないのかしら、これ? あんまりよ。臭いもだけど」
「そうね」
いくらかこういう景色を見慣れているはずのサバーニャでさえ顔をしかめる。
「そもそもここはどこなのよ! カードゲーム馬鹿と天然びっくり箱とははぐれるし、ハンナもいないし、やんなっちゃうわ」
ぷんすかと怒り狂う少女。その意気に呼応するように波打つ二房の金髪。アミが怒りっぽいのも確かだが、今は怒鳴り散らしていないと気が萎えるような状況だ。
昴や裕弥とはぐれた、というのが最大の問題だったが、それよりも懸念すべきはアミの付き人であるハンナまでもがいないということ。
アミの記憶ではホシェフの入口らしき柱のところまでは皆一緒だったのだが、酷い腐臭のするこの場に来てからはサバーニャしかいない。
昴たちとハンナ、誰から探すべきか、と考えようとするのだが、どうも臭いが思考を妨げていけない。
「仕方ないわね」
少女は意を決し、鼻を摘まんでいた手を離し空に向けた。
「ツァホーヴ!」
その叫びに応じて、無数の死体たちの上に稲妻が降り注ぐ。
雷に焼かれた死体たちはあっという間に灰に、塵に、消えていく。風がそれを軽く凪いだ。
「ア、アミ……?」
あんまりといえばあんまりな対応にサバーニャが唖然とする。同じ黄属性のテイカーであるサバーニャだが、いっぺんで周囲一体を焦土とする黄色の魔法など聞いたことがない……
アミの躊躇いのなさにも驚いたが。とりあえず、今はあの腐臭から解放されたことを喜ぼう、と思いかけ、サバーニャの脳裏に何かが引っ掛かる。自分たちが目指していた街は? それに今の無数の死体、墓場……
「おやおや」
後ろから飄々とした男の声がした。二人が振り向くと、黒い長いマントを羽織り、フードをすっぽり被った小男が一人、二人に向かって歩いて来る。
「久々のお客さんと思って来てみれば、結構な惨状だね。お嬢さん方がやったのかい?」
呑気にも聞こえる男の声が二人に、主に半眼になっているアミに差し向けられた。
「それがどうしたのよ?」
アミ、なんで初対面の人に喧嘩腰なのよ!? とサバーニャは心中でツッコみつつ、相手の出方を見守った。
すると相手はおどけたように肩をすくめる。
「おっかない娘さんだ。怒らせると後が怖そうだね。でもおじさん、墓守だからねぇ。墓を荒らされたら、怒らなくちゃならない」
告げると、男はフードを取った。ぐしゃぐしゃでまとまりのない荒れた灰色の髪。長く顔にかかったその合間から見える目は片方が白みがかった緑、もう片方は──瑞々しい紅。
そこまで認識して、サバーニャが息を飲む。この姿で墓守など、一人しかいない。
「アミ、謝りなさい。ここは彼の不可侵域。燃やすなんて言語道断だったのよ!」
「何よいきなり? こっちだってあれには迷惑してたのよ? ちょっと片付けたくらいで」
あれをちょっとというのか? ──頭を抱えるサバーニャをよそに、二人の間で話が進む。
「ではお嬢さん、怒るといっても暴力的なことはおじさん苦手ですから、ここはアイゼリヤらしいやり方でお灸を据えましょう」
「ふんっ、返り討ちにしてやるわ!!」
サバーニャは自分の徒労に気づく。
そう、アミはアイドルなのに、喧嘩っ早い人間だった。
「スタンバイ」
現れたテーブルに両者がデッキをセットする。
「Brave Hearts,Ready?」
「「GO!!」」
「[墓守]」
「[Lightning]」
墓守の男の先攻でゲームが始まる。フィールドが展開されてもさして雰囲気は変わらない。唯一さっきまでと違うとすれば、多少地面に草が生えているくらいだろうか。
男の背後にはじゃらりと腕から鎖を垂らした小男。見た目はフードを被っていたときの男に似ている。
けれど、それを見てサバーニャに緊張が走る。
「アミ、気をつけて。見たことのないカードだわ」
「……あんた、本当に情報屋?」
「失礼ね! これでも世に出回っているほぼ全てのカード名と能力を網羅しているのよ。黒属性を除いて」
黒属性? とアミが首を傾げるのに答えたのは男だった。
「無理もありません。黒属性は門外不出。たった一人の例外を除いてはホシェフの外には出られませんから」
「門外不出?」
「たった一人の例外?」
聞いた二人はそれぞれ違う反応をした。
墓守は楽しげに笑い、答える。
「門外不出とは、文字通り門の外に出さないようにしているということですよ」
「門? 門ってまさか、あの門?」
アミと同時にサバーニャも思い至る。自分たちが吸い込まれた門だろうか。
その問いかけには答えず、墓守はターンを進めますね、とドローした。
「チューンシーン、まずは[墓場の番人 ベリアルクロウ]をアブソープションしましょう。リバースバックアップを一枚セットしてターンエンドです。さあ、お嬢さん。どうぞ」
あっという間にターンを終わらせ、アミへと渡す。その慇懃な振る舞いがアミの中ではかちんと来て、少々乱雑にドローをした。
「[エンジェルナイト パロエ]をアブソープション。パロエのアブソープションアビリティで山札からフィールドを一枚探し出し、セット! [光の加護]」
サバーニャはぎょっとする。アミは今、大きな間違いをしている気がする。黒属性の情報は少なく、アミは何も知らないにちがいない。サバーニャですらそのごくわずかの情報を握ってはいるもののうろ覚えだ。だから、はっきりとした理由はわからない。けれど、黒属性に対してアミの十八番の破壊スタイルは何かいけないような……
口を挟む間もなく、アミはバトルシーンに移る。
「Lightningで攻撃!」
「アンシェルター」
墓守に1ダメージ。
いたって普通の立ち上がりだ。
「手早い方だ。しかし生き急くといいことはありませんよ」
先程の自らの手早い展開を棚に上げ、墓守が言う。何よ、と食ってかかるアミを遮り、意味深な笑みを浮かべた。
「どっかの騎士様みたいに、ね」
騎士……?
アミもサバーニャも首を傾げる。男はそれを気にすることなく、ドロー、と告げた。
「エボルブシーン」
「エボルブ!?」
サバーニャが驚愕する。アミが鬱陶しげに見やり、「何?」と不機嫌な声で問い質す。
アミの低すぎる声にサバーニャは萎縮して「いや」と茶を濁したが、疑念は絶えず頭の中で渦巻いている。
エボルブシーンというものはブレイブハーツのルールとして、元から組み込まれているものだ。それを利用したとしても何の問題もないし、何の不思議もない。
しかし、エボルブをするテイカーは少ない。何故なら、アブソープションすることでエボルブをする必要などなくなるし、実際エボルブしたところで、大して何かが変わるわけでもないのだ。現在アイゼリヤ中に出回っているカードには正規兵以上の階級など存在しないのだから。
その上、白属性のように相手の妨害に特化し、それによってパワーブーストを得られるのなら、アブソープションをする必要すらない。その証拠に裕弥の持つ[Knight]のようなアブソープションしないことでパワーアップするアーミーすらいる。
そんな中、敢えてエボルブする──しかも見たところ、階級はリバースメインと同じ志願兵。名前は[moritician]。
見た目は墓守とさして変わらない。違うとすれば錫杖を手にしているところくらいか。
「ダウンチャームに送られたベリアルクロウはアブソープションに舞い戻ります。さあ、おいで」
男の声に応じるように一度消えた烏がmoriticianの錫杖の先に降り立つ。
サバーニャはそこで思い出した。
「そうだ。黒属性の特徴は[復活]──一度ダウンチャームに送られても何度でもフィールドに舞い戻ってくる蘇りアビリティよ!」
アミがそのコメントに渋い顔をする。
「それって絶対……」
「ええ、黄属性の破壊アビリティとは相性がよすぎるわ」
「死亡フラグを立てるなぁ!!」
アミの絶叫が場に谺した。
黄属性の十八番である破壊アビリティは相手のアーミーやら手札やら山札やらを手当たり次第破壊し──ダウンチャームへと送る能力である。
ダウンチャームへ行ったカードは基本的にその効力をなくす。それは[ダウンチャームにあること]が能力の発動条件であれば別だ。
黒属性の復活アビリティは、ダウンチャームに送られたカードが発揮する能力のこと。ダウンチャームに送られた方が効力を増す。
つまり、アミが破壊の限りを尽くしたなら、その分黒のテイカーは有利にことを進められる。
黒属性からすれば、黄属性はこの上なく相性のいい相手なのだ。
サバーニャは漠然とした危機感の正体がわかってよかったが諸手を上げて喜ぶことでもない。むしろ状況が悪化したというか。
やたら静かになったアミを見るのが怖いので相手の墓守を見ると彼はにこにこにこにこ。サバーニャの想像以上に背が低いらしい彼は金銀妖瞳で見上げてくる。
にこにこにこにこにこにこ。
不気味なほどの満面笑みを対戦相手のアミではなく、何故かサバーニャに向けてくる。
サバーニャは若干引いた。
「な、何……?」
「いいえ〜。貴女の顔を見ていたら、懐かしい人を思い出しました。懐かしいなぁ。ま、それはいいのでターンを進めましょう」
男はフィールドをセットする。
「[墓場の月夜]をセット。マニュアルアビリティを発動して、手札を一枚捨てます。そして二枚ドローです。ちなみにこの能力はセンターが黒のアンデッドアーミーじゃないと発動しません」
「げ、そいつ、ゾンビなの?」
嫌悪感も露に言ったアミに男が口を尖らせる。
「人の相方捕まえて"げ"はないでしょう? ブレイブハーツは気に入りませんが、アンデッドアーミーはわりかし好きなんですよ? これがなかったらおじさん、ヘレナさんのルールを魔王くんと一緒にぶっ壊しに行っていたところです」
「んんっ?」
アミが眉をひそめた。今何か、聞き捨てならない一言を聞いた気がする。
いや、色々ツッコミどころは発見したが、どこから……
「ヘレナさまをさん付けなんて! いくらあなたでも」
アミがツッコむより先にサバーニャが食いついた。忘れていたが、サバーニャはヘレナに対する忠誠心が強いのだった。
アミからすると、ヘレナというアイゼリヤの姫は自分を勝手に異世界に召喚してごたごたに巻き込んでくれた傍迷惑な存在だが、サバーニャの手前、その気持ちは押し留めている。
しかし男の方は遠慮がなかった。
「あんなの、呼び捨てでもかまわないくらいです。けれど、一応彼女がいないとアイゼリヤがなくなるし、おじさんの住処で仕事場のここがなくなっちゃうのも困るので敬称つけてます」
「ちょっと、あんなのって何よ! ヘレナさまは魔王の件の後も早々と立ち直り、世界の安寧のために絶えず力を尽くしてくださっている方なのよ? それを、なんて無礼な」
「無礼? そもそもおじさんはヘレナさんを敬う義理はありません。おじさんは墓守です。それ以上でもなければそれ以下でもないのです。墓場を荒らすような真似をする人はどんな理由があろうと制裁。他は感知しない、アイゼリヤの人間で最も異端な者ですよ? 貴女はそれをご存知のはずだ」
言っていることがわからない上に話から置き去りにされたアミは短い堪忍袋の緒をぶちぶちと切りながら訊ねる。
「ちょい待て。あたしはそれより魔王をくん付けの方が気になる」
この世界が元の世界にあるゲームのブレイブハーツとリンクした世界というのは昴からの話でなんとなく理解していた。ブレイブハーツは何度かプレイしたことがある。ソフトを制作参加謝礼の一部としてもらったのだ。昴ほど鮮明にストーリーを覚えているわけではないが、大まかなあらすじくらいは説明できる程度にプレイした。
あれは端的に言うと"勇者が魔王を倒す"という話だったはずだ。同じ世界に魔王は二人いるまい……それを踏まえて男の発言を咀嚼すると、やはりおかしい。ラスボスを"くん付け"ってどんな威厳のない魔王だ!?
しかし、男は驚いた顔になり、至極当然といった体で答える。
「えっ、魔王くんに親しみを込めるのは当然だよ。だっておじさんと魔王くんは旧来の友達だよ?」
「……………………はいぃぃぃっ!?」




