チュートリアル
ブレイブハーツ。それは自らが選んだ属性の兵士達を率いて戦うカードゲーム。ただし、現実の痛みが伴う戦いだ。その痛みを受け止める覚悟なくしては戦えない。だからブレイブハーツ《勇気あるもの》と名付けられているのだ。
「あんたはただ後ろから指示を出すだけの指揮官じゃないわ。陣頭に立って仲間と共に戦うの。フィールドにおける[メインアーミー]のサークルでね」
少女はテーブルの上部中央のサークルを示した。
「デッキの中にいるアーミーを自分に憑依させるの。そうしてあんたは戦いの舞台に立てるのよ。さあ、サークルに最初に憑依するアーミーカードを置きなさい。合図はこうよ」
少女に倣い、昴はカードをサークルに伏せる。それを確認し、少女は声を上げた。
「Brave Hearts,Ready?」
昴は迷わず答えた。
「「Go!!」」
二人がカードを開くと、二体のドラゴンが現れる。
「火種の竜 アラク」
「BURN」
現れた二体の竜の迫力に昴は息を飲む。
「驚いた?これは魔法でブレイブハーツの世界を映像化したものよ。実際にアーミーたちを率いて戦っているような臨場感が楽しめるわ」
「すごいね、アイゼリヤの魔法」
目をきらきらさせる昴に微笑を浮かべつつ、さて、と少女は話題を戻した。
「あたしの先攻でいくわよ」
少女はカードを一枚引く。
「ターンは大きく七つのシーンで構成されているわ。まずはターンの始まりを宣言するスタートシーン。次にアップシーン。今は最初のターンだから必要ないけど、戦って疲労した兵士を回復できるシーンよ。それからドローシーン。見ての通り、カードを引くシーンね。続いてエボルブシーン」
「エボルブ?」
「ランクアップシーンとも言うわ。アーミーカードには階級があるの」
階級は四つ。下から順に[奴隷][志願兵][正規兵][騎士]と呼ばれる。因みにプレイヤーが最初に憑依するアーミーは[志願兵]アーミーと決まっている。
「階級を上げるシーン、それがエボルブシーンよ。あたしもあんたも志願兵だから、エボルブするなら正規兵ね。ランクアップすれば、能力も当然強くなる。でも、あたしはこのシーンを飛ばすわ」
「えっ、なんで?」
「次のシーンで説明するわ。チューンシーン!」
少女はシーンの進行を宣言すると共に、手にしたカードの一枚に手をかける。何かくる、というのは昴にも直感的にわかった。
「このシーンでは他のサークルにアーミーを呼べる。メインアーミーの両脇をサポートアーミー、メインアーミーとサポートアーミーそれぞれの後方に呼ばれるアーミーをバックアップアーミーと呼ぶ。ただ、それだけじゃないわよ」
少女は手にしたカードをメインアーミーに半分重ねた。
「アブソープション! エッジスナイプドラゴン」
もう一体竜が現れ、メインアーミーのアラクの武器へと変化する。
「これがアブソープションよ。他のアーミーの力を吸収することで更なる力を得られる。志願兵アーミーをアブソープションすれば、階級も一つ上がるの。アブソープションした時にしか発動しない能力もあるし。こんな風に」
アラクが咆哮を上げる。それに応じ、また竜が一体現れた。
「仲間を呼んだ?」
「炎竜 フレイムガトリンガー。正規兵アーミーよ。階級が上がったから、志願兵アーミーでも正規兵アーミーを呼べるの」
格下の者が格上の者に命令できないのと同じで、ブレイブハーツにおいてもメインアーミー以上の階級のアーミーをフィールドに出すことはできない。アブソープションはそんな階級差を圧縮するシステムなのだ。
「なるほど! だからエボルブしなくても戦えるんだ」
「その通り。アブソープションできるのは志願兵と奴隷だけだけど。それと、奴隷をアブソープションした場合は階級は上がらないから気をつけてね。その分奴隷アーミーの能力は強烈よ」
少女は新たなカードに手をかける。
「ターンに出せるカードは3枚まで。ただし今のフレイムガトリンガーはカードの能力で呼ばれたものだから、3枚のうちにはカウントされないわ。つまり、私はあと二枚カードを出せる。まず、もう一つのサポートアーミーサークルに正規兵、クリムゾンシャインを呼ぶわ」
そして、と少女はもう一枚カードを掲げる。
「リバースバックアップ、セット!」
そのカードをフレイムガトリンガーの後方のサークルに裏向きで置いた。
「カード、裏向きだけど、いいの?」
「ええ。これがリバースバックアップだからね」
少女は裏向きにセットしたカードを示す。
「これはある条件が整うことで開かれ、能力を発揮するカード。それを裏向きでセットするのをリバースバックアップというのよ」
「へえ、でもそのリバースバックアップにセットできるカードってどんなやつ?」
「志願兵と奴隷のカードよ。特に奴隷カードはえげつない能力が多いから楽しみにしてなさい」
少女はにんまりと笑う。昴は思わず顔をひきつらせた。
「さて、お次はカードゲームの醍醐味、バトルシーンよ」
少女のその一言に昴は身構える。しかし少女は苦笑いして言った。
「先攻にバトルシーンはないわよ。ターンエンド。エンドシーンでターンの終わりを宣言すれば、相手にターンが回る。さ、あんたの番よ」
「じゃあ、俺のターン。ドロー。エボルブシーンは飛ばして、チューンシーン。アブソープション、竜の友ソル! アブソープションアビリティでデッキの上二枚を見る。それがドラゴンのアーミーならサポートアーミーとして呼ぶことができる。エッジスナイプドラゴン! 炎竜ブレイクフレア!」
順調にターンを進める昴に少女は目を丸くする。
「あんた、妙にこなれてるわね」
「カードゲーム好きだから。でもそれ以上にこのカードゲーム、すんなり頭に入ってくるね」
「まあ、ヘレナが分かりやすく作ったっていうのは確かだけど……」
「えっ! ブレイブハーツってヘレナさんが作ったの?」
昴が目を輝かせて訊く。少女は昴の食い付きように若干ひきつつ、頷いた。
「言ったでしょう? ヘレナは戦争を止める為にブレイブハーツを作ったって。そういうことよ」
「うーん、すごいや。ブレイブハーツ、こんなにわかりやすいルールで、しかもここでは世界中の人がやってる。俺、ちょっとわくわくしてきた」
語る間も手はターンの動作を進める。リバースバックアップをセット、ブレイクフレアをダウン[横向きに倒す]して、メインアーミーのパワーアップ。
「俺は後攻だからバトルシーンあるんだよね?」
「え、ええ」
「じゃあ、バーンでアタック!」
「はい、ストップ!」
少女は昴を止めた。
「どうしたの?」
「バトルシーンでメインアーミーがアタックする時、そのアーミーだけに与えられた権利があるの。コマンドチェックよ」
「コマンドチェック?」
「あたしはあんたのアタックを受けるわ。だから、デッキの一番上のカードを捲って公開しなさい」
「ええっ!?」
よくわからないが、少女に急かされ、デッキの一番上のカードを公開する。
「奴隷カード、火竜の子サラマンドラ……」
「いきなりすごいの引くわね……」
「え? 何がすごいの?」
「アーミーには階級の他にもう一つ、分け方があるわ」
コマンドアーミーとノーマルアーミーという分け方だ。
「カードの四隅に星のマークが入ってるでしょう? それはクリティカルコマンドといって、相手に与えるダメージを一増やすコマンド。コマンドは四種類あって、クリティカル、ヒーリング、ドロー、リプレイ。どのコマンドもコマンドチェックでしか能力を発揮できない」
昴はサラマンドラのカードを見る。確かに星のマークが四隅に描かれている。
「じゃあ、君に二ダメージってこと?」
「そうなるわね。でも攻撃を受けた方もコマンドチェックをできる。与えられたダメージの分だけね」
少女はデッキの一番上を捲る。志願兵カード。二枚目は……
「炎霊ほむら……ヒーリングコマンドを持つカードよ」
ヒーリングコマンドは事前に受けていたダメージを一枚無効にできるようだ。
「助かったわ。さて、あんたにプレゼントよ」
少女はダメージコマンドのカードを置いたゾーンに二つの水晶のような小さな玉が現れた。
「はい、どうぞ」
少女はその玉を二つ共、昴に差し出した。
「これは?」
「ブレイブポイントよ。アタックして相手に与えたダメージの数だけ溜まるポイント。攻撃した方に与えられるものよ」
「これは何ができるの?」
「強いカードの能力を使ったり、呼ぶ時に使えるコストみたいなものよ。まあ、最初のうちはあまりそれを使うような強いカードもないだろうし、大事にとっておくといいわ」
「とっておけるの?」
「他の使い方もあるのよ。これが終わったら説明してあげる」
昴はわかったと頷き、次の攻撃をする。
今度は少女のコマンドはなく、ブレイブポイントが一つ増える。
少女のダメージは二。
「ターンエンド」
「初めてでブレイブポイント三獲得はなかなかね。でも、チュートリアルだから、くれぐれも調子に乗らないように」
「もちろん。ってことは、まだブレイブハーツには面白いシステムがあるの?」
「お察しの通りよ。見せてあげる。私のターン! ドロー、エボルブシーンは飛ばしてチューンシーン。現れよ! 紅き炎の竜たちよ。戦いの舞台は整えた! さあ、己が故郷に業火を! 戦いを!」
長い口上の後、少女は手にしたカードを自らの手前にあるサークルに出した。
「フィールドカード[炎竜の棲む荒野]をセット!」
周りの景色が突然荒野に変わる。
「うわっ、これは……」
「フィールドカードをセットするとフィールドカードのシチュエーションが適用されて、景色が変わるの」
「すごいや。これがブレイブハーツのシステム?」
「それだけじゃないわ。フィールドカードにも能力がある」
[炎竜の棲む荒野]の能力は場にいるドラゴンの数だけメインアーミーにパワーを与えるというもの。
「す、すごい……」
フィールドがセットされただけで少女のメインアーミーは圧倒的なパワーになった。しかもサポートアーミーは二体出揃っている。
「ふふふ、今度はあたしの番よ。フルアタック!」
あ、と少女は付け足す。
「勿論、アーミーの攻撃は防御もできる。お互いのアーミーの間にあるサークルにシェルターアーミーとしてアーミーを呼び出すの。やってみる?」
「ううん。受けるよ」
「じゃあまず、ブレイクフレアから」
「コマンドチェック……ブランク」
「メインアーミー!」
少女のコマンドチェックはブランク。昴は
「これは……ドローコマンド!」
昴は一枚引き、コマンドの効果でメインアーミーをパワーアップする。
パワーアップにより、残ったフレイムガトリンガーの攻撃は通らなくなった。しかし、少女は笑っている。
「どうしたの? ターンは……」
「まだ終わってないわ。忘れてるわよ。私がセットした布石……リバースバックアップオープン!」
少女は不敵に笑い、高らかに宣言した。すると前のターンにバックアップサークルに伏せていたカードが開かれる。
「クリムゾンロックシューターのオープン時アビリティ発動! 相手がダメージでコマンドを引いた時にこのカードはオープンされ、相手前衛を薙ぎ払う!」
フレイムガトリンガーの後方に現れた狙撃手にエッジスナイプドラゴンが撃ち抜かれる。
「更にバックアップアーミーは前方のサポートアーミーの攻撃時に自らのパワーを分け与えることができる!」
「くっ……」
三度目のコマンドチェック。ブランクだ。
「あたしはこれでターンエンドよ」
「俺のターン。アップ、ドロー……」
「……これでも」
少女は低く昴に問う。
「これでもあんたはまだブレイブハーツを面白いといえる?」
顔を見ると、少女の表情は暗かった。鬱々とした、という意味ではなく、真剣というか、他を寄せ付けないオーラがあった。
「ブレイブハーツウォーズには確かに死人は出ない。今はね。でも、魔法は人を傷つけるものが大多数よ。それでも死んだりはしないけど、その分苦しみは続く。そうとわかりながら、人々がブレイブハーツを続けるのは楽しいからなんてお気楽な理由じゃないわ。勝てば願いが叶うからよ。自分の欲望を満たす為。その為だけに生きているの。わかった? 楽しいばかりじゃやっていけないのよ」
「そうかも……しれない……」
昴の脳裏に夢をみつけられず、悩み苦しむ自分の姿が浮かんだ。毎日、みんなには笑顔で接しているけれど、本当は一日一日が過ぎる毎に辛かった。
「でも……やっぱりブレイブハーツは面白いよ」
「なっ……」
「だって、ヘレナさんはみんながそう思えるように祈って作ったんだろう? わかるよ。なんか、伝わってくる」
「あんた、ヘレナのことわかったつもりでいるの? 言った筈よ、調子に乗るなって」
「うん、聞いた。でも、君からそうだって伝わってくるんだ」
少女は目を見開いた。
「なっ、なんであんたにそんなことがわかるのよ!?」
「そういうものじゃない? カードゲームってさ。これだからゲームは楽しい」
「……からかってるんだったらやめてよね」
少女の目が据わる。昴は慌てて否定した。
「別にからかってる訳じゃないよ! ……でも、ヘレナさんってきっといい人なんだろうなあって、思っただけ。君が楽しそうだから」
少女は目を丸くした。が、その後、表情を和らげた。
「そんなこと言ってくれたの、あんたが初めてよ。ヘレナといい友達になれそうね」
「本当!? じゃ、今度紹介してくれる?」
「そうね、戦いが終わったら」
「よし、改めて、俺、頑張るよ!」
昴はターンを進める。
こういう奴が本物の[ハーツテイカー]なのかもね。
少女は密かにそう思い、昴に相対した。
少女と昴の戦いに決着がついた。
「あんたの勝ちよ」
少女は手を差し出した。
「ありがとうございました、ええと……」
昴は握手しながら口ごもる。少女はああ、と声を上げた。
「そういえばまだ名乗ってなかったわね。アルーカよ。よろしく。……今回は開始前のチュートリアルみたいなものだから、他の連中と戦う時はもっと気を引き締めてかかりなさい」
「うん、ありがと」
そこまでは穏やかだったアルーカの表情が少し険しくなる。
「さて、最後のチュートリアル。ブレイブハーツの勝者の権利を行使してもらいましょう」
昴はアルーカの話を思い出す。勝者は敗者に魔法を使えるんだったか。
「まあ、魔法の使い方は簡単よ。呪文を唱えるだけ。あんたは赤のアーミーたちを選んだから、呪文は[アドム]よ」
昴は不安げな顔を向ける。アルーカは笑う。
「大丈夫よ。大した魔法じゃないわ。……これも打てないような奴にブレイブハーツテイカー……勇気ある者を名乗る資格なんてないわ」
「……アドム」
躊躇いながらも唱えると、アルーカの下に炎が発生する。
「うん、合格。さ、行きなさい」
炎はすぐに消える。昴はほっと一息吐いて、歩き出す。暗闇の中に光の出口が現れた。「そこから先がアイゼリヤよ。あんたのやるべきことは他のテイカーと会って戦い、勝つこと。……頑張りなさい」
「うん、いってきます!」
「さて、これで五人揃った……ヘレナ、待っていて」
旅立つ少年の背を見送り、アルーカは呟いた。
「どうか、世界を救ってね……」