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Brave Hearts  作者: 九JACK
黒の街ホシェフ
26/127

第23話 ブレイブハーツにおける[魔王]

 魔王、というと昴が思い出すのは一人。

 元の世界でのテレビゲーム、ブレイブハーツで出てきたラスボス魔王である。

 ゲーム内で魔王はまずアイゼリヤの姫であるヘレナを拐い、ヘレナを助けるべく立ち上がった主人公たちに数多の刺客を差し向ける。その刺客のモンスター魔物を次々倒していくと、魔王の真の目的が[世界の崩壊]にあることが明らかになり、ヘレナ救出の傍らでその目論見の阻止のために様々なダンジョンに潜ることとなる。

 そのストーリーを思い出しながら、昴はふとゲームマップを思い浮かべた。確かに、魔王の根城があったのはアイゼリヤの北部だった。大体このホシェフと同じ位置。思い出していけば、ここに入る前の文字が刻まれた門も見覚えがある。

 故に、目の前の人物が言うことに一種の信憑性はあった。彼が魔王であるなら、言っていることは正しい。このアイゼリヤとゲームのアイゼリヤでは、ある程度登場人物は共通しているのだ。ヘレナ姫や英雄騎士シエロがいるくらいだ。魔王がいたっておかしくはない。

 だが、黒の王の言葉はおかしい。辻褄が合わない。クリ坊から聞いた話からすると目の前の少年は黒の王と呼ばれ始めたばかりで、しかも昴と同じヘレナによって召喚されたテイカーの可能性がある。それが魔王では、話の筋が通らない。

「君が魔王って、どういうこと?」

 それに、直前まで彼は違うことを言っていたような気がする。雰囲気の違いといい、腑に落ちない点が多い。

 それらの疑問を紐解くための問いだったが、黒の王は答えない。

 淡々とターンを進める。

「チューンシーン。正規兵[修羅悪鬼]をアドベント。バックアップを二枚セットし、バトルシーン……修羅悪鬼は黒属性の死神アーミーがセンターにいるとき、パワーアップ」

 三面六臂の鬼が三対の腕を器用に振り回す。昴に1ダメージ。

 続く黒猫の攻撃はフィアンマをシェルターサークルに移動させて防ぐ。

「Hellの攻撃」

「リバースバックアップ、オープン」

 出てきたのは[炎霊 しゃな]。奴隷アーミーの愛らしい着物姿の幽霊。

「自分のダメージが相手と同じかそれより多いとき、攻撃された場合に開かれる。このカードがオープンされたバトル中、攻撃側も防御側もコマンドの効果を受けない」

 昴はシェルターせず、黒の王のコマンドチェックはクリティカル。だが効果はセンターに付与できないため、ダウン状態の他アーミーにかけるしかなく、無意味なものとなった。

 代わり、昴もドローコマンドを引いたが、ドローのみでパワーアップはない。

「ターンエンド」

 昴にターンが戻る。



「ターンアップ、ドロー」

 ターンを始めたものの、昴はそこで手を止める。

「どうにも腑に落ちないんだけど」

 昴は黒の王を真っ直ぐ見据え、問う。

「クリ坊は君は最近現れた人間のブレイブハーツテイカーだって言ってた。君は、人間じゃないのか?」

「言ったはずだ。オレは魔王だ、と」

「俺が知ってるアイゼリヤを滅ぼす魔王は、人間の姿をしていない」

 記憶を掘り起こしながら昴は告げる。

「魔王はそこの[Hell]と同じ、死神の姿かもしくは[ベリアルクロウ]のような烏の姿をしていたはずだ。そして役目はもう一つ。滅ぼせないのなら世界が朽ちるその日まで、この世界を見守り続ける」

 そこまで言い、眉根を寄せる。

 昴が今言ったのは、ゲーム内で勇者に敗北した魔王が去り行くときに告げた一言、のはず。だが、記憶が曖昧になっている。もっと違う展開だった。メインストーリーのエンディングは。

 これは、エンディング後の特別シナリオをクリアしたときに発生する会話イベント。けれど、魔王が話していた相手は勇者ではなく別の誰か……だめだ、誰だったか思い出せない。

「そう、誰かに言ったはずだ」

 思い出せないもどかしさを押し隠して告げる。すると、黒の王は目を見張った。

「何故オマエがそれを知っている?」

 どうやら言葉は合っていたようだ。昴は答えない。だが、それを気に留める様子もなく、黒の王は続けた。

「それはあの人にしか言っていないのに──そうか」

 得心したような声を上げ、黒の王は触手に絡め取られたまま、ぐったりしている裕弥を見る。

「こいつはやはり、白の王なのだな」

 呟いた声は微かに震えていた。

「白の王?」

 千裕が言っていた。黒の王は裕弥を白の王だと勘違いしている、と。

 その言葉を思い返しながら、一方でまた記憶を辿る。テレビゲームブレイブハーツで[白の王]という人物が果たして出てきていただろうか。


「優しかった王が死んだ」


 サバーニャがセアラーで口にしていた言葉が脳裏をよぎる。

 獣人の国だったセアラー。そこには人と獣人の共存を望む心優しい王がいた。テレビゲームブレイブハーツではアイゼリヤの西部地方は小さな森のある獣人の国だった。獣と人が共に暮らす国。それが理想郷だと、その国の王は語っていた。よく覚えている。何故ならそこはブレイブハーツをプレイしたことのある少年たちなら誰もが憧れた英雄騎士シエロの仕える国なのだから。

 かつて魔王の根城だった北部が今は黒の街[ホシェフ]であるなら、アイゼリヤの西部に位置する白の街[セアラー]がかつて獣人の国であったと考えても間違いではないはずだ。そしてホシェフの現統治者である魔王が黒の王を名乗っているなら白の王は──

「獣人の国の、王様のこと……?」

「やはりオマエ、知っているのだな!?」

 黒の王の目が輝く。

 戸惑いながら、昴は白の王の容姿を思い出そうとする。しかし、獣人国の王は完全なサブキャラクターで、ほとんど本編には出てこないため、細かいビジュアルがなかった気がする。裕弥と似ていただろうか。


「貴方とも共に生きることができればいいのに……」


 記憶が閃く。もう一つの役割のためにアイゼリヤの地を去る、と魔王は獣人国の王に告げた。そのときの獣人国の王の返答だ。

 柔らかく穏やかな声音は、少し大人びている気がするが、確かに裕弥に似ていた。

 それに伴って徐々に記憶が紐解かれていく。


「よもや死神の我と共に生きようなどという輩がいるとは。人間とは妙な生き物だ。あの勇者たちといい、我のものさしでは計りきれないな」

「ふふ、だからこそこの世は滅びぬのですよ」

「そうかもな」


 勇者たちに完全に敗れた魔王は、そんな言葉を交わして、[世界を傍観するための空間]に帰っていった、というのが追加ストーリーのエンディングだった。

 この会話は終始黒い画面で画面下に台詞テロップが出るだけの仕様。獣人国の王の容姿が気になっていた人々の間ではこの展開は結構な騒ぎになった。獣人国の王はこのラストエンディングからサブキャラクターの中でもかなり重要な位置づけの人物なのに、明確な容姿設定がなかったことから、ブレイブハーツ七不思議なんてものにもされていた。

 だいぶ余計なことまで思い出せたが、結局、黒の王の言うことを完全に理解できたわけでもない。

「裕弥は、そんなに白の王に似ていますか?」

「何を言う。こいつは白の王だ。ヘレナが始めたブレイブハーツウォーズの開始後すぐ、死んでしまったと思っていたのに……生きていてくれたのだな」

 黒の王の声に涙が滲む。

 ブレイブハーツウォーズが始まってすぐ、死んだ?

 昴の中に王の一言が引っ掛かった。

「何があったんだ? 君……貴方と白の王の間に。いや、ブレイブハーツウォーズが始まって、白の王の身に何が起きた?」

 疑問をそのまま口にすると、黒の王は悲しげに顔を歪め、言葉を次ぐ。

「思い出したくもないが……白の王は、あの人は、オレの手の中で死んだのだ」




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