第22話 昴vs黒の王
「く、ああああっ!!」
黒い触手が生えてきて、うねうねと裕弥の四肢を絡めとる。裕弥の苦鳴が場に響いた。ぎちぎちと裕弥の手足が締め上げられていく。
裕弥がブレイブハーツで負けた──そのことに衝撃を受けていた昴だったが、何秒かしてはっとする。おかしい。この魔法、一体いつまで……
「うっ……」
「裕弥!」
ぽたり。触手に締め上げられた裕弥の手から紅い雫が零れる。昴は慌てて駆け寄った。触手を裕弥から引き剥がそうとするが、触れようとした途端、すり抜けた。
「な、なんで!?」
「スバルたま。それには触れられませんよ」
クリ坊がふよふよと寄ってきて説明する。
「そもそもブレイブハーツで使用される魔法"アドム""カホール""シャホール""ラヴァン""ツァホーヴ"は生き物に危害を加えないようにできています。ゆえに、その魔法対象者にしか触れないのです」
「そんな。じゃあ、これ、止めてよ! 裕弥が」
「そればかりはわたくちでは……王たま」
クリ坊が黒の王の少年に声をかける。魔法を解くのはかけた本人にしかできないようだ。しかし、当の黒の王の反応がない。
「王たま、シャホールを解いてくださいませ」
やはり、反応はない。少し俯いた様子のまま、動かないし、裕弥を蝕む触手が消える様子もない。
昴は業を煮やし、触手を睨み付ける。
「アドム!」
触手を焼き尽くそうと叫んだ。ところが、炎は現れない。
「なんでだよ!?」
「スバルたま。アドムはユーヤたまにも危害が及ぶと思われます。そのため発動ちなかったものと」
「じゃああの魔法は何? いつまで経っても解けないし、このままじゃ裕弥、死んじゃうよ!」
手のみならず、足など体のいたるところから締め付けにより出血していた。
それに、昴の指摘したとおり、黒の王の魔法は妙だ。ブレイブハーツの敗者に痛みを与える魔法を使うのは、ルール上問題ない。だが、それにしては発動時間が長すぎるのだ。通常なら一瞬程度で終わるはずなのに、触手はもう数十秒、裕弥を縛り続けている。
迫る昴にクリ坊が唸る。悩ましげな声で告げた。
「黒の王たまの魔法はいつも妙なのです。効果時間が長いというか、解けない。その力ゆえに、荒くれもの揃いのわたくちたち魔物が人間である王たまにちたがっているのですが」
「そういうことは早く言ってよ! っていうか、黒の王自身は、どうしようもないの?」
「わたくちもはっきりとはわからないのですが……黒の王たま、黒の王たま。大丈夫でございますか?」
クリ坊が懸命に呼び掛ける。すると、黒の王の肩がぴくんと跳ねた。
「王たま!」
しかし。
「ああああああああああああああっ!!」
黒の王は会った当初のように理性なく叫び出した。狂ったように喚き散らす。
「ああああっ、ああああっ、ああっ、レは、オレは、またっ!!」
ん、と昴が反応する。叫びの合間に何やら言葉らしきものが聞こえた。……「また」?
「黒の王? 何を言っているんだ? 何が言いたいんだ?」
「ああああっ、ああああっ!!」
けれど昴に返ってくるのはやはり、狂ったような叫びだけ。気のせいだったのだろうか。
そう思い頭を抱えようとしてふと気づく。
涙?
黒の王の目に、涙が光っていたような。
「ねぇ、クリ坊、黒の王って」
「待て、すば、る……」
疑問を口にしかけた昴を制するものがあった。掠れた苦しげな声。
振り向くと、血だらけの少年がうっすら目を開け、昴を見ていた。
「昴……」
「千裕!?」
未だ触手に縛り上げられたままの裕弥の体だが、開けられた目に宿る光は普段の彼のものより鋭い。力強さの感じられるその目は裕弥の中にいるもう一人──千裕のものだ。
「千裕、裕弥は?」
「今、眠ってる。だい、じょぶだ。裕弥は、俺が、守る」
「そんな、全然大丈夫じゃないだろう!!」
昴の指摘に苦笑いする千裕。頭からも血がたらり、と顔を濡らしている。白い肌にその色はよく映えた。
「それより、あいつ……黒、王、だっけ? 何か、勘違、してる」
「勘違い?」
「そ。何か、思い、みたいなん、なんとなく、わかる……」
そこで千裕が再び触手の締め付けに呻く。昴は名を叫ぶしかできない。大丈夫、と千裕は言うが、その口端からつ、と紅い筋が垂れる。
「あいつ、裕弥を……の王と、勘違い、して……」
「え?」
よく聞き取れず、訊き返すが、千裕はそれどころではなくなってしまう。代わりに横でクリ坊が呟く。
「白の王、でございますね」
「白?」
昴が問い返すが、クリ坊は答えず、昴に告げた。
「スバルたま、ここはスバルたまに戦ってもらうちかありません。王たまとブレイブハーツをちて、勝ってください」
「いいけど、どういうこと?」
「王たまはブレイブハーツの魔法を暴発させておいでなのです。そこで目には目を、歯には歯を。スバルたまがブレイブハーツで勝利して、王たまにアドムをぶつければ、正攻法よりはよっぽど早いかと」
ブレイブハーツは望むところだが、昴には懸念があった。
「もし負けたら、どうなるの?」
自分も裕弥のようにあの触手の餌食となるのは間違いない。それに、裕弥がそのままになってしまうことも問題だ。
するとクリ坊は豆のような手を人間の顎に相当するらしいところに当て、くいっと小首を傾げる要領で体を傾けた。
「スバルたま、負けるおつもりで?」
言われ、一瞬きょとんとし……それから笑い出した。
「ははっ、んなわけないじゃん。うん、愚問だったね。俺がブレイブハーツをする。それだけのことだよ。黒の王に、言葉は通じるのかな?」
ある意味、勝ち負け以前にそこが問題だった。けれどクリ坊が自信満々に胸を叩く。
「そこはわたくちにお任せあれ! 伊達に黒の王たまの召ち使いを名乗っているわけではありません」
クリ坊は喚き続ける黒の王の元へ。肩から落ちかけた黒いマントにしがみつき、何やら声をかけている。呪文、だろうか? 甲高い声が唱える謎の言葉が聞こえてきた。
「ケテル:シャホール、ケテル:アドム、クラヴ」
「あ、あ? ……あ」
黒の王の叫びが止む。瞳に理性の光が戻り、クリ坊が離れると、昴を見据えた。
微かな声が、昴に確認するように言う。
「オマエ、赤の王か?」
「え?」
赤の王? ──全く心当たりのない黒の王の発言に、昴は戸惑う。そこへクリ坊が素早く寄ってきて囁く。
「スバルたま、はいとお答えくださいませ」
「……? うん」
わけがわからないまま、黒の王に応じる。
「そう、だよ」
「そうか」
黒の王は昴の返答を聞くと、自らのデッキを手に取った。
「オマエとも、戦う必要があるらしいな」
「うん」
その答えには迷わない。クリ坊にも言われていたことだ。今も王の"シャホール"に苦しむ裕弥を助けるためだ。
「昴……やめ、ろ」
千裕から制止の声が届く。やめる気はなかったが、昴は振り向いた。触手にぎりぎりと締め付けられながら、千裕は続ける。
「やめろ、昴。お前が裕弥のために戦うことはない。そんなことしてやるのは、俺だけで」
「何言ってんのさ、千裕」
昴は少し険しい表情だった。声にも怒りが含まれている。
「俺が戦う必要はない? そんなの、俺が決めることだよ。裕弥を助けるために戦うのは千裕だけで充分ってさ、何言ってんの? 俺だって、助けたいよ。友達だもん」
それに、と言いながら昴は千裕に近づく。
「千裕のことは、誰が助けるのさ?」
ぴん、と千裕の額を指で弾く昴。千裕は呆気に取られて言い返せない。昴は黒の王に向き直り、対戦テーブルに着く。
「じゃあ、始めよう」
デッキをテーブルに置く。中央のサークルにセットしたリバースメインに手をかける。
「Brave Hearts,Ready?」
「「GO!!」」
「[BURN]」
「[Hell]」
昴の先攻である。
「[エッジスナイプドラゴン]をアブソープション。フィールド[何もない洞]をセット。ターンエンド」
昴の背後に深く暗い洞窟が広がる。そこに生き物の気配は感じられない。
昴の手札はいつもと毛色の違うものが揃っていた。エッジスナイプドラゴンのアブソープションアビリティも空打ち。今回の引きはいまいちのようだ。故に昴はあまり展開しなかった。愛用のフィールド[炎竜の咆哮]もしくは[荒れ果てた荒野]があれば、いつも通りのドラゴン連鎖ができるのだが……と昴は悩んだが、いつものカードが来ないのも、何か必然なのかもしれない。黒の王にはいつものやり方では勝てない気がしていたから。
黒の王のターンに移る。ドローし、エボルブシーン。
彼はやはり一枚のカードを掲げ、センターに重ねる。
「[地獄の門番 Hell]にエボルブ」
黒の王のフィールド、Hellの元に黒風が吹き荒れる。その嵐が収まると、中からHellが現れる。黒いマントを羽織った骸骨、という基本的な部分は同じだが、鈍く光る金色の装飾品が首元と手の部分についていた。更に大鎌も柄の部分に細かい装飾が施されているようだ。
その姿と名に昴は引っ掛かりを覚える。[地獄の門番 Hell]──[Hell]と同じ名を冠し、ほとんど同じ姿を持つ。まるで、裕弥の[Knight]と千裕の[鎖使い Knight]のようだ。
進化版のアーミーなのだろうか。
「アビリティでHellは手札に戻る。チューンシーン。[墓場の番人 ベリアルクロウ]をアブソープション。フィールド[死者たちの巣窟]をセット。正規兵[予見の黒猫]をアドベント。黒猫で攻撃」
昴に1ポイントのダメージ。続けて放たれた地獄の門番の攻撃も受ける。
「ダメージコマンド、ヒーリングコマンドゲット。ダメージを1回復」
「ターンエンド」
ゆらゆらとぎらついた眼差しが昴を射る。けれどその中には不思議と確固たる意志は感じられなかった。
そのことを奇妙に思い、昴が声をかける。
「黒の王?」
答えはない。代わりに荒い息が返ってきた。
「黒の王、大丈夫なのかな」
「……れは……」
微かに声が聞こえ、昴は耳を澄ます。少し落ち着いた感じの少年の声だ。
「オレは」
今度ははっきり聞こえた。黒の王の声だ。しかし、直前までの様子と比べ、何か違和感がある。
「オレはただ、繰り返したくないだけ、なんだ……」
「え?」
「もう、失いたく」
「スバルたま」
せっかく聞き取れそうだった黒の王の言葉を遮るようにしてクリ坊が声を上げる。
「スバルたまのターンです。早く進めてくだたいませ」
「う、うん」
クリ坊のその反応に腑に落ちないものを感じつつ、昴はドローする。
「チューンシーン。正規兵[炎華竜 フィアンマ]をアドベント。バックアップを二枚セットして、バトルシーンに移行。フィアンマで攻撃!」
フィアンマは攻撃時、センターが炎竜ならパワープラス3000となり、単体で12000パワーを誇る。炎竜の豊富な赤属性において、手頃なパワーアーミーである。
フィアンマがHellの周辺に炎の華を咲かせ、その花びらのようにガトリングを撃ち込むBURN。黒の王に2ダメージが入る。コマンドは両方ともブランクだ。
昴の攻撃が終わり、黒の王にターンが移る。
「ターンアップ、ドロー……オ、マエ」
黒の王が昴を見、問いかける。
「名前、は?」
「紅月昴」
突然の問いに昴は目を丸くしながらも答える。唐突にどうしたのだろうか。
「スバ、ル……オレ、は」
黒の王が小さく唇を動かすが、何を言ったのかはわからなかった。彼はすぐ俯いてしまう。その手のカードをセンターに重ね、エボルブ。
センターは元のHellに戻る。アビリティで一羽の烏がHellの肩に留まった。
「オレは黒の王」
黒の王が今度ははっきりと低い声で語る。昴は目を見開いた。先程までとは雰囲気が違う。先程喋っていたときにはなかった威圧感が黒の王の全身から吹き出していた。
続く言葉に更に驚くこととなる。
「オレは黒の王。世界の死神にして、世界を危機に陥れ、世界を揺るがさんとすることを役目とするまたの名を、魔王という」




