第14話 声
昴がアミと出会い、裕弥を探して街を出た頃。
昴たち同様、異世界から召喚された青のテイカー純冷は、森を出て青の街[マイム]へと向かっていた。
「このカードゲーム戦争に勝って、世界を救うことができたら、本当に願いを叶えてもらえるのか?」
「ええ、もちろんよ。青のブレイブハーツテイカー、純冷。結構疑り深いわね」
「誰も彼も嘘ばかりで、私の願いを誰一人、叶えてくれなかった。そこへこんなうまい話。疑わない方がどうかしている」
純冷、と呼ばれたブレザー姿の少女の言葉に、相対していた猫耳の少女は思わず、といった感じで笑みをこぼす。
「……何がおかしい?」
「ごめんなさい、そうぴりぴりしないで。やっとヘレナがまともな頭の人を寄越したと思って」
黒い猫耳の少女は名をアルーカという。
この世界アイゼリヤの姫巫女、ヘレナの友人だという彼女とカードゲーム[ブレイブハーツ]の対戦を終えた純冷が行く前に得られる限りの情報を、と話していた。
「他の召喚されたテイカーは、どんなやつらなんだ?」
「うーん……一人目は、召喚の反動で記憶喪失になった天然ふわふわ少年。二人目は願いのために気が狂った可哀想な死神少年。三人目は可愛い顔して破壊願望の強いアイドル系の少女……かしら」
アルーカの紹介文だけでもかなり色の濃い面々だ。
「私は四人目なのか」
「ええ。ヘレナの力はすり減っていくけれど、だんだんとまともな召喚ができるようになってきた。でも、限界はあと一人でしょうね」
「五人、か」
「当初からそういう予定ではあったわ。ブレイブハーツの属性は五つ。それぞれの属性に対応する五人のテイカーがいれば、誰か一人は必ず勝ち残る。……ヘレナは違う考えみたいだけど」
「何故五人のうち一人が勝ち残ると?」
「勝者は必ず五つの属性のうちのどれかよ。だから」
「戦えば、この世界の者より私たちの方が強いと?」
「ヘレナはそういう人間を選んだわ。それが間違いだったなら、姫巫女の名折れよ」
まあ、確かにそうだろう。助けを請うために強い者を。当然の心理だ。
「で、私や他のテイカーで止められなかったら、どうなるんだ?」
「別に何も。あなたたちは元の世界に帰れないだけだし、終わるまで続くだけ。そういう意味では、必ず終わるわよ」
「……そうか」
あの子のところに帰れなくなるわけではないらしい。──純冷にはそれさえわかれば充分だった。
「なら、そろそろ行こう」
「いってらっしゃい。期待しているわ」
最後に、とアルーカは付け足した。
「この世界は、残酷よ」
その言葉が、耳について離れなかった。
アイゼリヤに出た純冷はすぐ、アルーカの言葉の意味を知る。
彼女は森の中で、賊に襲われて死んだ一家を見つけた。
その上、家の大黒柱たるべき男が、賊まがいのことをしていることを知った。
何故、家族を守らず、自分の都合だけで生きているのだ!!
純冷は静かな表情だったものの、感情は燃えたぎっていた。
家族。それは彼女の逆鱗だ。
私は守れなくて苦しいのに、こいつはーー!!
怒りのままにその獣人の男から盗まれたカードを奪い返した。
そこで、五人目のテイカーと出会った。
「紅月 昴、と名乗っていたな」
赤属性使いの変なやつ。
また会おう、なんてことを言った。あいつ、私を責め立てながら、ブレイブハーツを楽しんでいた……
変なやつ。
純冷は昴との戦いを思い返し、そう呟いた。
暮らすのに使わせてもらっていた小屋を出る。外に広がるのは、鬱蒼とした森。
「姉ちゃん、このゲーム、知ってる?」
純冷はこの景色を見る度思い出す。
元の世界にあったテレビゲーム[ブレイブハーツ]。弟が──鍔樹が好きだったゲームに似ているのだ。
姫巫女ヘレナも[ブレイブハーツ]で出てきていたキャラクターだ。アイゼリヤもゲーム内の異世界の名前そのままだ。
けれど、これはゲームの中の世界ではない。
人は死ぬし、魔法で人を傷つけることもできる。自分だけは論外なんて馬鹿な論理はない。実際、昴に打ったカホールという氷の礫の魔法は効いていた。おそらく自分が負けて、魔法を受けても同様だろう。
……でも、願いのためなら──鍔樹のためなら。
純冷は歩き出した。
森にはもう、賊はいない。純冷がブレイブハーツで戦い、追い出した。
あのライオンの獣人は、昴と会ったとき以来、見かけていない。願わくは、賊などから足を洗っていればいいが。
「世話になった」
純冷は自分が数日過ごした小屋と、その側に作った粗末な墓に言った。
「何も返せなくて申し訳ない。代わりに、この森は静かにした。……だから、安らかに」
合掌し、頭を垂れて、純冷は小屋に背を向けた。
街に向かおうとしていた。
昴に地図を渡した純冷は、森を訪れた人から様々な情報を得て、どの方角にどのような街があるか聞いていた。
その上で彼女が最初の目的地に選んだのは青の街[マイム]だ。
青の街はブレイブハーツウォーズにあまり介入していない街だ。というか、先の戦争にも介入せず、中立を保っている。
「中立といえば聞こえはいいが、話を聞いた限りでは、鎖国状態みたいだが」
エルフや精霊使いが暮らす精霊王国の名残らしい。彼らは争いを好まない。ドワーフなどの一部の妖精はブレイブハーツウォーズに参加しているが、その者たちもマイムでは決して戦わない。
しかしながら、世界中の情報を精霊を通して得ているため、情報収集にもこと欠かない街なのだ。それが純冷がマイムを選んだ理由の一つである。
マイムは赤の街[エシュ]より少し遠いが、行くまでの道はあまり険しくないようだ。
青のテイカーなら、運がよければ精霊の加護を受けられるとも聞いた。それが本当かどうかは定かではないが。
純冷は、あまり気を張らずに進んでいった。
マイムに向かうには[蒼い森]という大きな湖を持つ精霊の森を抜けなければならないらしい。蒼い森は純冷がこれまでいた森と繋がっているというのだが……
「森の境目なんて、あるのか?」
いまいち、景色が変わらず進んでいる気がしない。
蒼い森に入ると、文字通り、森の中が青く見えるらしい。純冷が少々不安なのは、その[あお]というのが本当に青でいいのか、まさか年配の方的な考えで緑を示すんじゃないだろうな、ということだった。 緑だったら変わっていてもわからない。
しかし、間もなくしてその不安は解消された。
「青……だな」
木々も、地面も、ほんのり青く輝いている幻想的な風景が広がった。きらきらと蛍に似た光が舞っている。
「蒼い森……」
なんとなく、純冷はほっとした。自覚しないうちに緊張していたようだ。ブレザーのネクタイを少し緩める。
そのときだ。
「だ……れか……」
「ん?」
空耳か? と思いつつ、純冷は辺りを見回す。誰もいない気がするが、幼い子供の声が聞こえたような……
「だれ、か……!」
再び聞こえた。空耳ではない。しかし、どこからか、判別できない。
「誰だ! どこにいるんだ!!」
「たすけ……! ……いれ、のみちび……!」
助けを求めているようだが、やはりどこからかはわからない。というか、頭に直接響いているような気がする。
「行くから待っていろ。そこはどこだ?」
純冷が問うと、答えたのは声ではなく、辺りを舞っている光だった。光は純冷を囲うようにくるくると周りを舞ったあと、一つの方角に飛んでいく。純冷は手の中のデッキが引っ張られていくような感覚を覚えた。ついていけばいいのだろうか。
戸惑いながらも、純冷は光を追った。
やがて、辿り着いたのは、大きな門の前だった。
精霊と森が描かれた壁が広がっている。その中の荘厳な鉄扉。 門番はいないようだが、扉がやたらと大きい。
開けるだろうか、と純冷はやや不安に思いつつも、扉に手をかける。
きぃ、と音を立て、いとも容易く扉は開いた。見た目と実際の軽さとのギャップに驚いたが、導いてくれた光が先に通り抜けていったことから考えるに、精霊の導きとやらが働いているのだろう。
しかし、門番が一人もいないというのは不用心だ。悪者が入ったらどうするつもりなのだ。
とにかく、と頭を切り替え、純冷は合流した光に従い、進む。
中は、集落のようだった。木造の建物が並び立っている。けれども、人は一人も見当たらない。
光が不意に止まった。木造の建物の中でもひときわ大きな建物の前だ。
光は一瞬、人型のような形になり、ぺこりと純冷に一礼して消えた。
どうやら、ここが目的地らしい。
木造だが、丸みの多い建物。円錐形の尖った屋根。その天辺に何か紋章のようなものがある。──その建物はどこか教会を彷彿させた。……教会、だろうか?
「……なんだ?」
窓から怪しげな光が漏れている。不審に思って覗き込むと──
「たす、けて……だれか……」
また聞こえた声と目にした光景に純冷は言葉を失う。
年端もいかぬ女の子が、壁に磔にされていたのだ。周囲には怪しい術者らしき者たち。彼らが何事か詠唱しているらしい。光は詠唱が原因のようだ。
それよりも問題は、光が増すごとに女の子が苦悶の表情を浮かべていること。
誰に聞かずとも純冷にはわかった。
迷わず、教会の扉をぶち開けた。




