第9話 アミの戦い
セアラーへ入ると、そこには文字通り何もなかった。
あるのはブレイブハーツを続ける人々の姿だけ。
「アドム!」
「カホール!」
「ツァホーヴ!」
あちこちで呪文が唱えられ、炎や氷の礫、稲妻が生まれる。それらは人々の悲鳴を生みながら、大地を穿つ。
「お前たち、おれと戦え」
一歩足を踏み入れると、そう声をかけられる。その声はどこか虚ろで、目にも光はない。
「戦えよ、この際ガキでも何でもいい。おれは勝ちたいんだよ……」
すたっ、とアミが前に出た。昴がぎょっとする。横顔を覗き見ると、完全にキレていた。ガキ扱いされたのがとさかにきたらしい。
「そこまで言うなら、あたしが相手になってあげる。覚悟なさい!」
相手はアミの言葉が耳に入っているのかいないのか、口端を吊り上げて笑い、感情のない声でスタンバイ、と唱えた。
「あんたたちは先に行きなさい。裕弥にちゃんと会わせてよ?」
「うん、アミ……気をつけて」
任せなさい、とアミはウインクした。ハンナはその場に残り、昴とサバーニャは先を急いだ。
「……行ったわね」
走り去る二つの背中を見送り、アミは相手に向き直った。
「あたしはアミ。ブレイカーアミと呼ばれているわ。あんたも名前くらい教えなさい」
相手の眉がぴくりと跳ねる。
「ブレイカーアミ……あのアイドルテイカーとかいうなまっちょろいガキか」
ぴきっ。
「いいから名乗りなさい」
ハンナが溜め息を吐く。アイドルなのに、なんでこの子は気が短いのかしら……
とてもファンには見せられない一面だ。
「バイゼル」
「そ。じゃ、よろしくね、バイゼルさん」
「ふん」
アミが現れたテーブルにデッキをセットするそれを合図に戦いが始まった。
「Brave Hearts,Ready?」
「「Go!!」」
赤属性[竜騎士 ランス]
黄属性[Lightning]
バイゼルの先攻からだ。
「ドロー……[竜騎士 ハイカー]をアブソープション。フィールド[血の盟約]をセット。ターンエンド」
アミは記憶を手繰り寄せる。赤属性の竜騎士はドラゴンとの相性もさることながら、竜騎士同士の連携による破壊系の能力に秀でている。
破壊、ね……
破壊アビリティは、黄属性の真骨頂。負けるわけにはいかない──アミは不敵に笑った。
「あたしのターン。ドロー」
アミは、元の世界でもアイドルだった。
歌うことが好き。踊ることが好き。羨望の眼差しで見られるのも、嫌いではなかった。
でも、退屈だった。
歌うこと、踊ること、それは好きなことだけれど、喜んでくれる人たちのために、みんなのために、みんなのために、と他人からプレッシャーをかけられて、そのプレッシャーのためだけにレッスンして、頑張って、頑張って、頑張って……
アミちゃん、と呼ぶ人たちの声。 それがいつからか虚ろに聞こえて。
逃げたくなった。
いつからだっただろう、逃げたいって思うようになったのは。仕事場での目が嫌で嫌で……
何もかも、壊せたらいいのに……って、思った。そしたら、アイゼリヤがあたしの前に現れた。
そして、今、破壊を司る天使たちがアミの元に集っている。
まるで、彼女の願いを叶えにきたかのように。
だから、負けない!
「[仮面の天使 アザゼル]をアブソープション」
バックアップを一枚セットし、バトルシーンへ。
「コマンドチェック……[大天使 ミカエル]」
ミカエルは正規兵アーミー。だからブランクコマンドなのだが、アミはしたり顔だ。
「ここでアザゼルのアブソープションアビリティ発動! 攻撃時のコマンドチェックで天使アーミーが出た時、相手のアブソープション、サイド、シェルター、バックアップ及びリバースバックアップ、フィールド、手札のいずれかを一つ選び、破壊する!!」
つまり、デッキ破壊に指定できないのは山札くらいなもので、他は全て指定できる。
神の定めた禁忌に触れ、堕天使という烙印を押されたアザゼルの許されざる叡智の力。
光がバイゼルのアブソープションを貫く。
「……ふん、ガキの割にはやる」
「ムカつくわね……でも、いつまでそんなこと言ってられるかしら。ターンエンド」
バイゼルにターンが回る。
アブソープションを解かれ、バイゼルのサークルにはリバースメインアーミーのランスだけ。あとはフィールドカード血の盟約のアビリティだが、それも他の竜騎士アーミーがいないと発動できないことをアミは知っていた。
「アブソープション、[炎竜 ドーンブレイム]」
予想に反して、ドラゴンアーミーだ。先のターンのダメージコマンドもドラゴンだった。もしかしたら、あまりデッキ内の竜騎士率は高くないのかもしれない。
「竜と共にある……それこそが竜騎士の真にあるべき姿。バトルシーン、竜騎士 ランスよ、炎竜と共に飛べ!」
「くっ……」
ランスのアビリティ。ドラゴンアーミーがアブソープションしている時、パワーアップとクリティカルを得る。
手札の消費を抑えつつ、相手にダメージを与えるにはその方法がベストと考えたのだろう。
確かに、正しい。
しかし、それがアミの布石を踏んだ。
「ダメージが増えたことにより、リバースバックアップオープン」
現れたのは志願兵[厳格なる番人 ウリエル]。四大天使の一人に数えられるはずのウリエルだが、わけあって階級は志願兵までしかないアーミー。
「罪なき自分に罪をかけた者たちに裁きの鉄槌を──ウリエルのアビリティは自分のダメージが相手より多くなった時、発動する。神の炎よ、全てを焼き尽くしなさい!!」
ウリエルは片手に灯した炎をバイゼルの方に向かって放つ。その炎はアブソープションもフィールドも、センターをも焼き尽くした。
「何ぃっ……!?」
バイゼルに一ダメージ追加される。ヒーリングコマンドだったが、その効果さえ焼き尽くされてしまった。
「ウリエルのオープン時アビリティは奴隷アーミーにひけをとらないわ。どこまでも残酷で、どこまでも己を貫くウリエルの姿を表している──ま、このアビリティを発揮したら、ダウンチャームに行っちゃうんだけど」
バイゼルは成す術もない。
「さ、あたしのターンね」
余裕綽々でプレイを進めようとしたアミだったが、バイゼルの表情が尋常じゃなく歪んでいることに気づいた。悔しさと恐怖がない交ぜになった顔だ。
「……聞こうかどうか悩んでたんだけど、聞くわ。何があったの?」
最初は発言が気に食わず、勢いで相手をしていたが、だんだんその態度にも理由があるのではないかと思うようになった。
バイゼルは黙秘という意思表示のつもりか、口を固く引き結ぶ。アミは再びかちんときた。さっさとターンを進めてしまおう──としたところで、これまで黙っていたハンナが口を開く。
「白髪で子供の白のテイカー」
その一言にバイゼルの肩がぎくりと反応する。
「そいつが関係してるのね?」
アミも手を止め、バイゼルに向き直る。
「おれは、あいつに負けた。元々、おれはそんなに強く、ない……」
バイゼルは語り出した。
「おれは弱いから、強いやつらの集団に入れてもらっていた。でも、使えないやつは捨てるって……弱いやつは捨てるって言われたんだ。だから、最近この辺りで名を馳せているあのテイカーを倒せば認めてやるって……でも!」
勝てたのかは聞かなかった。アミは裕弥に会ったことはないが、エシュのタウンショップでのことは聞いているし、このセアラーにおいても勝ち続けるほどの実力者だ。そんじょそこらのテイカーでは相手にすらならないだろう。
「やつらは自分が勝てないから、弱いやつをぶつけて、やつが疲弊したところでやろうとしたんだ!! おれや、他のやつはみんな、そうやって捨て石にされたんだよ!」
「……それで?」
「それで……おれは、ただの捨て石にはならない。誰にでもいいから勝って、勝って、勝って! 捨て石にしたやつらにも勝つ!! やつらにも認めさせるんだ、おれを!!」
ひとしきり叫んで、バイゼルは肩で息をした。
アミは、静かだった。
ハンナはわかった。この場合のアミは……この上なくキレている。
「ターンアップ、ドロー」
フィールドカード[天使たちの演舞]がセットされる。
「来なさい、ミカエル」
前のターン、アザゼルのアビリティによって手札に加わっていた大天使 ミカエルをアドベントする。
そこで天使たちの演舞が発動。天使たちの演舞は簡単に言うと、黄属性版の炎竜の咆哮だ。つまり──
「山札の一番上を確認。[神の癒し手 ラファエル]。よってアドベント。アビリティ連鎖。山札の上を公開。奴隷アーミー[煉獄の番人 ウリエル]。アドベント。再び連鎖アドベント[大天使 ガブリエル]」
最後はヒューマンアーミーのエンジェルナイトだったため、連鎖は終了。
「煉獄の番人 ウリエルのアビリティ。アドベントされた時、相手サークルの空きが4以上あるなら、味方の天使にパワープラス5000」
「うわあ……」
ハンナが思わず声を上げるほど、えげつない布陣。
ウリエルのアビリティの他、天使たちの演舞のアビリティで更に前列はパワーアップしている。
しかも、お誂え向きに、並び立った天使は四大天使。彼らが揃ったことで、天使たちの演舞は更なる効果を発揮する。
「四大天使が揃った時、天使たちの本当の演舞が始まり、終わらない。彼ら全員に、攻撃時の獲得ブレイブポイントが二倍になるというアビリティを追加する」
ブレイブポイントとは、相手を攻撃し、その攻撃が通った時に得られるポイントだ。
つまり──全員一度のアタックで二ダメージ与えられる。
「ぐっ……」
バイゼルは必死にシェルターするが、圧倒的なパワーのために、すぐに手札が尽きる。
「クリティカルコマンド、ゲット」
その上に、アミの引き。
詰みだった。
「ツァホーブ!!」
雷鳴が、谺した。




