召喚
カードゲーム×RPGのファンタジー作品です。
よろしくお願いします。
紅月 昴は中学三年生。勉強もできて、運動もできて、一見、何も悩み事がないような明るい少年に見える。
しかし彼にはただひとつ、悩みがあった。
「昴くん、おはよう!」
「おはよう!」
「紅月くんは今日も元気だね」
「うん、おはよう」
クラスメイトからの挨拶に応じる少年こそ紅月 昴だ。
「よっ、昴」
「あ、こないだのゲーム、面白かったよ」
「もうクリアしたのか?」
「うん」
「すごいよね、昴くんてばゲームやってても成績落ちないんだもの。誰かさんに見習って欲しいものね」
「な、なんで俺を見るんだよ!」
口喧嘩を始めた二人をよそに昴の表情は沈む。
鞄が重く感じる。きっと、まだあれが入っているからだ。
昴の悩み事。それは──
白紙のままの進路希望書。
昴にはこれと言った夢がない。だから、提出期限の迫っている進路希望書が未だに白紙で焦っているのだ。
他のクラスメイトはもうとっくにみんな提出している。まだ期限ではないが、早く出すように、と先生にも言われている。
親に相談してみたが、昴の好きな道に進めばいいと言われてしまった。
(困ったなあ……期限もうすぐなのに)
好きなこと、かあ……昴は特技は沢山ある。勉強も運動も好きだ。ゲームも人並みにする。手先が器用なので裁縫なんかもできたりする。
しかし、特にこれと言えるようなものがない。
「まあ、順当に進学にしようかな……」
そこまでは考えている。しかし希望書にはその先の進路まで書かないといけない。
「うーん……」
今日も昴は進路希望書とにらめっこしていた。
「お兄ちゃん、何してるの?」
小学生の妹、結芽が聞いてきた。
「進路希望書を書いてるんだ」
「しんろきぼーしょ?」
「簡単に言うと、将来の夢を書くものだよ」
「結芽のこと書くの―! 結芽ね、将来は立派なお嫁さんになるの!」
「いや……結芽のことじゃなくて、夢ね」
言い得て妙な発言だったが。
「お兄ちゃんの夢を書くの?」
「うん、そうだよ」
「じゃ、お兄ちゃんは決まりだね!」
「えっ?」
結芽は至極あっさりと言った。
「お兄ちゃんは勇者様になるんでしょ?」
昴は固まった。
「ゆ、勇者様って……」
「神秘の世界アイゼリヤを救う為、お姫様を助けて、モンスターと戦って、魔王を倒すの!」
かなりファンタジックな言葉が出てきたが、それで昴は得心がいった。
「もしかしてブレイブハーツのこと?」
「うん!」
ブレイブハーツとは昴がやっていたゲームのことだ。勇者が異世界の姫に召喚されて、その世界を救う為に魔王と戦うロールプレイングゲームだ。ありきたりなゲームではあるが、それだけに昴は主人公の勇者に憧れていた。
「お兄ちゃん、勇者様になりたいって言ってた。だからなればいいんじゃない?」
「あのね、それは現実の話じゃないんだ。勇者にはなれないんだよ」
「ええ~、つまんない。お兄ちゃんが勇者様になったら、結芽は魔法使いになってお兄ちゃんを助けるのに」
「それは嬉しいな」
でも、進路希望書には書けないや。
困った顔のままだったが、昴はどこか晴れ晴れと、席を立った。
ゲーム用のアナログテレビを点ける。ハードは接続済だ。カセットを入れる。
「お兄ちゃん、ブレイブハーツやるの?」
「うん、気分転換にね」
「結芽も見る!」
しかし、結芽を呼ぶ声がした。母親の声だ。
「む~。見たかったのに~」
「残念。でも母さんの手伝いも大事だよ」
「うん! お手伝いする!」
結芽が元気よく駆け出していくのを見送って、昴は画面に向かった。
セーブデータを開こうとして、メニュー画面に見慣れない文字があることに気づいた。
「モード:アイゼリヤ……?」
見たことがない。以前プレイした時にはなかった表示だ。やりこんだから、特別なモードが開けたのだろうか?
「とりあえず、やってみよう!」
昴は迷うことなく確定ボタンを押した。
ぷつり。
昴の意識は何故か、闇に飲まれた。
テレビ画面にはこう表示される。
[新たなテイカーが召喚されました]
「ああ……私の力ではこれが限界です……」
暗闇に包まれた神殿の中で少女が一人、崩れた。
「どうか、どうかこの世界を救ってください……五人の勇気ある者達よ……」
赤、青、白、黒、黄。五色の輝きを見つめて少女は祈った。
「……なさ……! 起きなさい!」
幼い子供のような声で昴は目覚めた。
「あれ? 俺……」
「やっと起きたわね」
声に振り向く。するとそこには昴より頭一つ分小さい女の子がいた。猫耳の少女だ。
「ええと、君は誰?」
「聞きたいことはそれだけ?」
「うーんと、ここはどこ? 俺、家でゲームしてた筈なんだけど」
「……まあ、そうなるでしょうね」
猫耳の少女は何から話そうかしら、と呟き、昴を見た。
「ここがどこかから言うわね。ここは神秘世界アイゼリヤ。あんたから見たら異世界よ」
「ええっ! アイゼリヤって、ブレイブハーツの?」
「あら、ブレイブハーツを知ってるの? なら話は早いわ。……いや、そもそもこの世界におけるブレイブハーツとあんたの世界のブレイブハーツが同じとは限らなかったわね」
猫耳の少女はウエストポーチから、何やらカードを取り出した。
「あたし達の世界のブレイブハーツはこれよ」
「カードゲーム?」
「そう、ブレイブハーツはカードゲーム。詳しく話すと長くなるけど、端的に言うと、あんたはこのカードゲームをやる為にここに召喚された」
「召喚!? 誰が?」
「アイゼリヤの姫巫女、ヘレナよ」
そういえば、ブレイブハーツの姫がそんな名前だったような気がする。
「もしかして、君がそのお姫様?」
「まさか。あたしはヘレナの友人よ。ヘレナはあんたを召喚するので力を使い果たして、今は眠ってる。代わりにあたしがあんたに説明するわ」
少女は一呼吸おいて、言い放った。
「この世界を救って」