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ひたひた。

作者: しけた。

一。


 傘を閉じるとひたひたと雨がついてきた。玄関を上がり廊下を渡りそのままひたひたと、家に居ついてしまった、雨は客間ではなく居間に居座りとくとくと、淹れた紅茶を飲んでいる、砂糖はふたつ、家主のわたしよりもひとつ多い、しかもわたしが先月古道具屋で見つけた「とっておき」のティーカップで、わたしよりも先に飲んでいる、ひたひたとしたたかな雨だ。

 ふんっ。と鼻を鳴らし向かいの席につく、雨は慣れた手つきで、もうひとつのティーカップにわたしの紅茶を淹れた、ひとくち飲む、美味しい、こういうところもますますしたたかだ、カップを皿に戻す、かりん、と皿が澄んだ音を立てる、皿は、カップと合うようで合っていない、皿は数年前この家に越した時にお祝いに貰ったもので、その時は揃いのカップが一緒に、ついていた。



二。


 その日。背中を見ながらわたしは、紅茶を飲んでいた、かつて紅茶を友に交わし合った言葉はなく、真正面から見た顔さえも、もう思い出せなかった、ただ何も言わぬ背中だけがずっと、はじめからそうだったようにそこにあって、その日、消えた。

 消える前に何かを。何かも解らないことを言おうとして口を開き、はじめて痛みに気がついた、唇が切れていた、傷口から落ちる血が、薄く淹れた紅茶の色を、ぽたぽたと濃くしてゆく、ティーカップの端が、欠けていた。

 紅茶の色はなおも濃くなり、それを薄めるようにわたしは、涙をこぼしていた。



三。


 ティーカップは季節ごとに替わったが、どれもしっくりは来ず、結局皿だけが、次の季節に残った。



四。


 ひと眼惚れ。とでもいうのだろうか?はじめての体験だった、雨宿りに店に入ってすぐに、眼が合った、奥のレジに持ってゆくと、スポーツ新聞の向こうから店主が眠そうな声で、

「それ、皿ついてないですよ。」

 と言った、

「いいです。買います。」

 そう答えると、店主はスポーツ新聞の端からちらりと、こちらを見て、

「物好きだねあんた。」

 と言い、ぽつり、こうも続けた、

「半額でいいよ。」

「いいんですか?。」

「いいのいいの、雨の日はいつも暇でね。あんた、今日はじめてのお客さんだからさ、いいのいいの、あ…包むもんがない。さすがにあんた物好きでも、このまんま裸じゃ持って帰れないよね、そうだよね、裸はまずいよね、あ…これでいいか。」

 店主はスポーツ新聞の競馬欄をびりりと裂いて、

「どうせこんなもん、その時々の運だしね。運ようん。うんうん。アテにならないよこんなもんは、天気予報と同じでさ、先週も当たらなかったしさ。うんうん。運だようん。」

 とぶつぶつと言いながらそれでも、丁重に包んでくれた、

「大切に使います。」

「いいのいいの。ほらさっさと帰らないと、また雨が強くなっちゃうよ。」

 店を出る前に振り返ると、店主はまたスポーツ新聞の向こうにいた、

「ありがとうございました。」

 頭を下げると、

「いいのいいの。」

 とスポーツ新聞からはみ出した手をひらひらと振って、返してくれた。



五。


 傘を広げると雨音が帰って来た。足下は雨に濡れて、パンプスでは滑って転びそうだったけど、何だか久しぶりにしっくりとした足取りで、歩けた、水溜まりに入るとちゃぷちゃぷと、音がした、歌いたくなった、歌っていた、わたしと、わたしを包み込むすべての雨が、歌っていた、玄関を大きく開けて家に入り、あれ以来はじめて、

「ただいま。」

 と言った、そして悲しくもないのに流す涙があるのだと、知った。



六。


 雨は気がつくと、そばにいる。したたかに、ひたひたと足音を忍ばせそばに来る、ぴたり、肌をつけると雨はあたたかい、雨のあたたかさに満たされてゆくうちにわたしは眠くなる、眠くなり深く、どこまでもひとつぶに落ちるように眠り、ぴたり、降り落ちたように目が醒める、雨がもうひとつぶ、隣で寝息を立てている、わたしは脱がされて裸のままで、雨に抱きしめられている。

 やはりしたたかな雨だなと、今日も思い、想う。




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