前編
「お兄様!」
シフォンをたくさんあしらったピンク色のドレスをふわりと靡かせながら、見目麗しい男性へと両手一杯の花束を差し出す、少女。
それを「ありがとう」と言って青年が受けとると、少女は花が咲いたようなそれはそれは可憐な笑顔を浮かべた。
この少女の名はリリア=シュナイツ。
ここシュナイツ王国の第一王女だ。
ピンクダイヤモンドの髪は緩やかなカーブを描きながら華奢な背中を流れ、クリッと大きな薄茶の瞳には優しい色を携えている。
民から大陸一と謳われる美少女は確かにそれに相応しい容姿をしていた。
まだ齢15のこの少女は、同じ色の髪と目をしたこちらも美形と形容されている実の兄であり次期国王でもあるフィリオス=シュナイツを心底慕っていた。
しかしそれは親愛というものではなく、一人の男の人として慕っている立派な"愛"。
青年もなにも言わないが、実の妹をだいぶ前からずっと女として見てきている。
つまり本人たちは知らないだけで、二人は両思いなのだ。
だが二人は同じ血で繋がった実の兄妹。
背徳感からお互い自分の思いは口にせず、気持ちを押し殺しながら仲のいい兄妹を演じ続けている。
最初は傍にいる、それだけで十分だった。
だけどいつからか自分だけを見てほしいと思うようになり。
しかし拒絶されたくない、今の関係が崩れるぐらいだったら…と、心の奥底を渦巻く果てしない欲望を必死に押さえこみ、この国の王族として相応しい振る舞いをしてきた。
「すごく綺麗だね。でもこれは僕よりも君に似合うと思うよ」
フィリオスは受けとった花束の中から白い花を一本抜き取ると、茎を折って短くしてリリアの髪に挿した。
それから優しく髪の毛をすく。
嬉しい、だけど恥ずかしい。
そんな思いからリリアは俯き、顔を見せないようにしていた。
「リリア?」
髪を撫でていた手が止まり、心配そうに顔を覗きこんできたフィリオスに、ドキン、と胸が大きく高鳴る。
(苦しい…)
こんなに、好きなのに。
伝えたいのに、伝えられない。
近くにいるのに、ひどく遠い。
それにもうすぐ…
「…ご婚約、おめでとうございます」
泣きそうな表情を必死に隠し、笑顔を浮かべる。
…妹としての、精一杯の演技。
兄・フィリオスは隣国の王女と婚姻を結んだ。
と言っても正式な婚姻を結んだわけではなく、あくまでも"婚約"という形なので、フィリオスが断れば白紙にする事ができる。
だけど兄はそれをしないと思う。
国の為に生きてきた兄は、これからもずっと国の為に生きていく。
自分を隠して、国を背負うのだ。
…だったら私は。
リリアは天使のような微笑みを浮かべると、小鳥の囀ずりのような声で言った。
「貴方の幸せを、お祈りしております」
それを聞いたフィリオスの目が軽く見開く。
泣きそうになるのを必死にこらえ、深く淑女の礼を取った。
「さよなら、お兄様」
そう言い残すと、シフォンのドレスを翻し、庭園を出て行こうとした。―はずなのに。
「リリアっ!」
「!」
普段聞く事のない、兄の切羽がつまったような声を聞いてリリアは思わず足を止めた。
しかし次の瞬間にはふわりと暖かいものに包まれ、驚きで固まってしまう。
「お兄、様…?」
「リリア…っ」
耳元で感じる吐息に、ゾワリと背筋が栗立つ。
それと同時に切ない声が胸を締め付ける。
「そんな事言わないでくれ、リリア。君には傍にいてほしい」
兄の言葉が、深く深く胸に突き刺さる。
嬉しいのに、悲しい。
なんでだろうか。
「だめ…私が傍にいたら、ユリア様が悲しむわ」
「ユリア姫を王妃に迎えるつもりはない」
「いいえ、迎えるわ。それがお兄様に課せられた義務のひとつなのだから」
「迎えない!何がなんでも迎えるつもりはない!」
「なんで?一度だけユリア様を拝見しましたが、とても美しい方でした。器量もいいし、華やかさもあってユリア様こそ王妃に相応しいのでは?」
悲しい、寂しい。
結婚しないって聞いて嬉しいはずなのに。
「だから…っ」
必死になって我慢してきた熱いものが、ついに頬を流れ落ちた。