狩人
遊戯室で巧く言葉に出来ないような不安を覚えた。
これ以上ヘンな人に出会ったら、ここでの新生活に対して完全に自信を失う。
そう思っていたヌルは、エントランス・ホールで自信を喪失しかねない出会いをする。
「っぁ…………」
言葉を失ったヌル。彼が出会ったのは、体長三メートルはゆうに超えるだろう巨大なトカゲのような生物だった。
巨大トカゲを目の前にした時、ヌルの中に生じたのは、
――アインスを護らなくては!
という勇気ではなく、
――終わった…!
という絶望だった。
震える脚は、前にも後ろにも出ない。
アインスが巨大トカゲの方に向かった。それなのに、手を伸ばす事も出来ない。
何も出来ない。
そんなヌルが何かを思えたのは、
「あらあら、ごくろうさま」
「私が運んだの!」
「アイ姉、お腹空いた。なんか作って」
という女子三人の和やかな会話が耳に届いた後だった。
よく見たら、巨大トカゲは絶命していた。
――巨大トカゲって言うか、ふつうに恐竜だろコレ!
ヌルは、心の中で思った。
「なにか作るのはいいけど、味の保障は出来ませんよ」
そう言うのは、ブロンドのロングヘアーが美しいアインス。
「アインスの料理、私好き」
ニコニコと朗らかに笑っているのは、ワンピースを着てリュックサックを背負ったショートヘアーの女の子。
「あ~ 疲れた…」
浴衣とかいうどこかの島国の民族衣装を着て、かんざしを挿した女性が、自分の肩を揉んで、疲労感を滲ませた。
「…………」
何も言う事が出来ない、絶命した巨大トカゲ。
ヌルも、
―― すごい画だな
と、三人の女性と巨大トカゲに圧倒され、何も言えなかった。
「で、そいつ、誰?」
和服の女が、アインスに訊ねた。
その言い方には、「他人がどうして我が家に居る」とでも言うような、歓迎されていない刺々しさがあった。
「今日からここの新しい住人、ヌルよ」
アインスが、そう紹介した。
「ふーん」
「二人もあいさつしなさい」
「はーい」元気よく返事したのは、ショートヘアーの女の子だった。「私の名前は、エルフ。好きな食べ物は、獣の肉。嫌いな食べ物は、特にありません。よろしく、ヌル」
「よ、よろしく」
「そして、そっちのお姉さんが、アインス」
続けてエルフが言った。
「い、いや、エルフ…」和服の女性が、「アイ姉は、もういいと思うよ…」と控えめにつっこんだ。
もう既に一緒に居るじゃないか、そう思ったのはヌルと和服の女性だけだったようだ。
「改めて、よろしくお願いします」
アインスは、ペコっと頭を下げた。
アインスの対応に、大人だなとヌルは感心した。
「それで、こっちがズィーベン」
やはり何故か、エルフが言った。
そして何故か、「ほら、ズィーベンも名乗らないと」とふった。
「……ズィーベン。よろしく」
「……よろしくお願いします…」
二人とも誰のせいとは言わないが、ぎこちない挨拶だなと感じた。
「そうだ」アインスが丁度いいから「仕事について話します」と説明を始めた。
「あ、はい」
「住人には、大きく分けて二つの仕事が課せられます。一つは、この屋敷の為にする仕事です。家事などの雑務や食料の捕獲などが、それに該当します。そしてもう一つは、『ミッション』と呼ばれる村の住人から依頼されたりする任務です」
「村の…?」
「ええ。近隣の村から、例えば『食料や生活用品の資材にするから、獣を狩ってきてくれ』『村の畑を荒らす獣を退治してほしい』などの依頼が、ここに届きます。それらの依頼をこなす事も、ここに住む住人の仕事になります」
「あ、はい…」
イマイチ歯切れの悪い返事をするヌル。
そんな彼を見ていて不愉快に感じたのか、顔をしかめたズィーベンが「あんたもここに住むからには、狩人になるんでしょう? そんな調子で、大丈夫なの?」と問い詰めた。
「だ、大丈夫なつもりです…」
「ハッ…つもりって…」
ズィーベンは、嘲笑った。
ヌルも、不安を強くする。
だが、アインスは「大丈夫なつもりなら、大丈夫です」と微笑していた。
「最初は不安もあるでしょう。ですが、『やれる』という気持ちがあるなら、きっと大丈夫です。最初から完璧な人なんていません。たとえ今は不安を感じていても、最初から無理だと諦めてしまうより、ずいぶんマシです」
「アインス…」
励まされた気がしたヌルだった。
が、「甘いよ、アイ姉は」とズィーベンが言った。
「『つもり』って言って逃げ道作って自分を甘やかすようじゃあ、ここじゃ生き残れないよ」
「だけど、私たちは一人じゃない」
アインスがそう言うと、「ん…」とズィーベンは口をつぐんだ。
「一人でも大丈夫なら、それで構いません。ですが、大丈夫じゃないなら、仲間を頼りましょう。幸いにも、私たちには頼れる仲間がいます。違いますか?」
「…そうかもしれないけど」
「そうだよ、ズィーベン」アインスの言葉に、エルフは強く同意した。「ズィーベンだって、さっき一人じゃどうしようもなくなっていたでしょ」
「どうかしたの?」
アインスが訊くと、「べ、別に…」とズィーベンは誤魔化そうとした。だが、エルフが「あのね」と語り始めた。
「ちょっ…!」
「『畑を荒らす獣が出るので、困っています』っていう依頼を、ズィーベンが引き受けたの」
「畑を荒らす獣って、これ?」
ヌルは、思わず顔をしかめた。
目の前の巨大トカゲは、畑の一つや二つを荒らすだけでは済まなそうな、それこそ村の一つや二つを滅ぼしそうな雰囲気がある。
しかし、「そう、これ」とエルフは笑顔で頷いた。
「倒すのは難無く出来たのね。で、村の人も処分は任せるって言うから、ズィーベンは食肉用に持って帰ろうとしたの。でもね、重くて運べなかったの」
その時を思い出してか、エルフはクスクスと笑った。
余裕で倒した獣を何とかして持って帰ろうと尻尾を掴んで引きずるが、しかし一向に動く気配が無く、どうしようか困惑しているズィーベン。
目の前の華奢な彼女を見れば、きっとウーンウーン唸ってどうしようもできずにいたのだろうとは、想像つく。まぁ、この獣を倒すということを除けば、だが…。
「だからね、私が運んであげたの」
エルフは言った。
が、しかし、それもどうなのかとズィーベンと同じくらい華奢な彼女を見てヌルは思う。
イメージ通りのことと、イメージできないことが、同時に存在している。
混乱するヌル。
だが、アインスは、
「それは大変だったみたいね」
と何事もなかったかのように微笑していた。
「村人からの依頼は、エントランス・ホールにある掲示板に張ってあります」
アインスが説明した。
「ちなみに」とズィーベンが継いだ。「依頼は、難易度別にE~Sにランク付けされている。Eは楽勝、Sが死と隣り合わせ、そんな感じ」
「ちなみに」とエルフも言った。「今回ズィーベンがやったのは、Cランク。倒すだけなら、そう難しい相手じゃないからね。まぁ、運ぶのは大変だけど」
「うるさい」
「簡単な依頼から挑戦していき、慣れたら高難度のものに挑戦すればいいと思います。今回のズィーベンではありませんが、自分一人の力で難しいと感じたならば、誰か住人を誘っていくのもいいでしょう」
「うるさいよ。ダメな例みたいにしないで」
「ちょうどイイ例だよ、ズィーベン」
エルフは、笑って言った。
そんなエルフに、どこに獣を運べる力があるんだ、と不思議に思うヌルだった。
人物紹介
・ズィーベン…和服の女性。ちょっとキツイ性格。
・エルフ…ちょっと のほほんとした女性。