宵の宴
アインスが食堂に行くと、そこには誰もいなかった。
「みんなはミッションかしら?」
他の住人がいないので、アインスは一人で食事をする事にした。
食堂の隣にある厨房で、鶏肉を蒸し、それを一口大に切った野菜の上に割いてのせる。そこに手製のドレッシングをかければ、簡単だが、食事の出来上がりだ。
料理の載った皿を食堂に運ぶ。
そのまま席について食事を始めても良かったのだが、この日は何か物足りなさを感じた。
「たまにはいいかな」
アインスは、厨房に戻り、適当な酒を探した。
そこで、誰のか知らないが、ワインのボトルを見付ける。
この屋敷では、自分のモノには名前を書く事になっている。それが、他人に取られたくないモノ、例えば風呂上がりに楽しみにとっておいたアイスや上等な酒には、名前を書かなければならない。もし名前を書いていなかった場合、誰かにそれを取られても、後で文句を言う事は許されない。それが、ここのルールだ。
「ツヴァイかツェーンのだと思うけど…。いただいちゃってもいいかしら…」
名前が無いことを確認したアインスは、ここのルールにのっとり酒をいただく事にした。
アインスがボトルとグラスを持って食堂に戻ると、そこにはヌルがいた。
ちょうどミッションから戻って来たところらしい。
「あら、ヌル。これから夕食ですか?」
「ええ、まぁ」
「なら、御一緒しませんか? 一人の食卓は寂しいと思っていたところです」
アインスに誘われ、ヌルも食事をする事にした。
厨房で温めるだけで食べられるモノを適当にみつくろい、食堂に運ぶ。
「ヌルも飲みますか?」
「いいですけど…誰のです?」
この屋敷に来て日の浅いヌルも、名前書きのルールは知っていた。それというのも、前にズィーベンの名前が書いてあったアイスを、知らずに冷蔵庫から勝手に拝借してしまい、こっぴどく怒られたからだ。
「大丈夫ですよ。生産者の銘くらいしかありません」
「生産者の銘が入るくらいの酒という事は、ツヴァイのじゃないですか?」
「かもしれません。ですが、実際の所はわかりませんよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、アインスは、ボトルの栓を抜いた。
トクトクトクトク、とグラスにワインが注がれる。
グラスを傾けるだけの乾杯をし、二人は食事を始めた。
そして数分後。
「調子はどうですか?」アインスは訊いた。
「調子って…?」
「ここに来て、何件かミッションをこなし、何か思われる事とかありませんか?」
「ああ…」ヌルは、ここ数週間の事を思い出した。「そうですね…。最初に想像していたよりも、ミッションは大変でした」
「そうですか?」
「ミッションと関係無い想定外の事も起こって、それに対処しないといけなくて…」
「簡単なミッションを頼んだはずが、予想外の厄介事もかなりあったようですね」
落し物探しのはずが、巨大怪鳥と戦ったり、キノコ狩りのはずが、クマと戦ったり。
そういう事があったと報告を受けているアインスは、苦笑した。
ワインを一口飲み、フフッと微笑すると、アインスは「住人とはどうです?」と訊いた。
「どうなんでしょうか?」
「仲良くやれています?」
「まぁ、はい…。ドライは、この世界で生きて行く覚悟を教えてくれました。逆にツヴァイは、役に立ちそうもない変な事を教えてくれます」
「そうですか」
「フィーアとは、たまに食材を採りに行きます。フュンフは、よくわからない遊びに誘ってくれます」
「遊ぶのは良いですが、あまりハメを外さないようにしてくださいね」
「はい…。ズィーベンは、少し怖いです。ゼクスも、何故か少し怖く感じる時があります」
「ああ、はい…」
「アハトは、趣味を大切にすることをわからせてくれました。ノインも。…まぁ、あの二人は、教えているつもりとか全く無いと思いますが…」
「そうでしょうね…」
「ツェーンは、最初の印象よりもずっと親しみやすいです。その逆に、エルフは、最初の印象とは随分離れている気が…」
「では、ツヴェルフは?」
「……よく、わかりません」ヌルは、正直に答えた。「まだわからないと言うべきなのか、わからないので、少し怖いとも感じてしまいます」
なるほどといった感じで、アインスは頷いた。
二人は、静かにグラスを傾けた。
静かな食卓。
ナイフとフォークがこすれる音が、いちばん大きく響いている。
だが、そんな静かな空間に、遠くから音がズカズカと入ってきた。
住人達が、ミッションから帰って来たのだ。
「おい、アインス! それぁ、俺の酒だぞ」帰ってくるなり、ツヴァイは苦言を飛ばした。
「あら、そうでしたか?」アインスは、特に動じることなく微笑を浮かべた。
「アイ姉、何飲んでるの? アタシも飲む」ズィーベンが、ずるい、と駆け寄ってきた。
「私も! 今日はもう、とことん飲みたい気分だぜ」満面の笑みを浮かべ、エルフは、ズィーベンの背中に乗っかった。
「ボクもいただこうかな。今宵は赤に酔わされたい気分だ」ゼクスは、恍惚とした表情を浮かべる。
「じゃあ、私、何か作ろうかしら」みんなの様子を見て、フィーアは厨房に向かった。
「ヤバいって! 殺人コックが厨房に行ったぞ!」フュンフは、慌てふためいた。
「ツェーン、食事を頼む」騒がしい周囲の空気に呑まれず、静かに席についたドライは、注文した。「今晩の気分だ、エビピラフとナポリタンは外すな」
「じゃあ、ボクもついでに頼むよ」ノインが、厨房に向かったツェーンに声を飛ばす。
「ボクも。カルボナーラを頼む」アハトは、ついでに、と頼んだ。
「え、そういうの アリ? ならボクは、バジルで」
「お前ら、『ついで』って言葉の意味知っているか!」怒った口調でツェーンは言った。
あっという間に、食卓が賑やかになった。
様々な料理や酒が置かれたテーブル、それを囲む住人達。
それらを見て、ヌルは「アインス」と声をかけた。
「はい?」
「まだよく分からないことは多いけど、なんかけっこう楽しいです」
ヌルは、笑顔をみせた。
みんなで食べた夕食の後、アインスはツヴェルフの部屋を訪ねた。
「え? 騒がしいと思ったら、みんなで宴会していた?」
そんなの聞いて無い、とツヴェルフは声を高くする。
「ええ。顔を出さないから、てっきり忙しいのかと」
「呼べよ…!」
心底残念そうに、ツヴェルフは肩を落とした。
なにか気の利いたことを書きたいけど、思いつかない。
そういえば、久しくカルボナーラ食べてないな。
たらこスパゲッティもいいな。マヨネーズを少し付けてね。