休息の時間
屋敷内の遊戯室。
「やっとみつけた」
ヌルは、大きく息を吐いた。
その様子を見て、ツヴァイは「どうした?」と訊ねる。
まさか探されていたとは知らず、ツヴァイは洋酒をビンに口付けて飲んだ。
その態度にムッとしたヌルは、「すいませんが」と声を荒げた。
「そうがなるな」
「怒鳴りたくもなりますよ」
「まず理由を聞こうか」
「理由? 理由は、ツヴァイがよく知っているはずです」
「俺が? はて?」
「今日のミッション、ツヴァイが付き添いになっています」
ヌルが言うと、「マジか…」とツヴァイは寝耳に水といった様子で驚いた。
「約束でもしていたか?」
「いえ」
「約束も無く待ち合わせ場所に行ける程、俺は器用じゃないぜ」
「ですが、アインスが言っていました」
「アインス? イヤな名前が出やがった」
「アインスは、今日のミッションの付き添いはツヴァイだと、彼にも話を通しておくからと、言っていました」
ヌルが言うと、「あ?」と顔をしかめ、ツヴァイは考え込んだ。
どうだったか、思い出す。
思い出したのは、昨夜の記憶だ。昨夜もここで、ゼクスとポーカーで遊んでいた。酒も入ってちょうど酔いも回った頃だ。
「……ああ…ダメだ…思い出せない…」
諦めかけたツヴァイだが、ヌルに「しっかり」と尻を叩かれる。
頭を抱え、思い出す。
気持ちよく酔いが回ってきたのに、勝負は勝てない。「ちっくしょぉ~。もう一勝負だ」「いいよ。でも、その様子でボクに勝てるかな?」「勝負の女神さんとやらから勝利の美酒を注いでもらうまでやめられるか」何度負けても勝負を挑み、そして負け、また負けた時、アインスに見付かった。「やっぱりここにいた」「よぉ、アインス。お前もやるか? それとも、俺の女神になるか?」「用件だけ言います。明日のヌルのミッション、ツヴァイが付き添ってあげてください」「けっ、ガキのお守りか」「ツヴァイには荷が重いでしょうか?」「バカ言え。ガキの一人や二人、赤子の手を捻るようなもんだ」「本当にやったら幼児虐待ですからね」「わぁってるよ。俺は、紳士だぜ」
ツヴァイは、なんとか昨夜の事を思い出せた。
その上で、「ダメだ、思い出せねぇ」と頭を抱えた。
「ウソつけ。不都合に目を瞑っただけでしょう」
「ウソじゃない。何故あんな事を言ったのか、まったく思い出せない」
「言った事は覚えているじゃないですか」
まったく、とヌルは呆れた。
だが、ツヴァイは、それもどこ吹く風といった様子で酒ビンを傾けた。
「そうだ」
「どうしました? 何か反省の弁でも閃きました?」
「いいや、もっといい事だ」
ヌルはイヤな予感がした。
だが、それを気にすることなくツヴァイの口は動く。
「ヌル、今日は休め」
「はい?」
「今日のミッションが無くなれば、俺の付き添いの話も無くなる。ヌル、お前も休む事が出来る。万々歳だ」
「どこが ですか!」
「どうせアレだろ、緊急ミッションでもないんだろ?」
「緊急ミッション?」
「おや? 聞いた事が無いと言った風だな。緊急ミッションというのは、その名の通り、依頼主が緊急を要する場合に依頼してくるミッションで、俺達は、可能な限り迅速にそのミッションにあたらなくてはならない。その分、報酬はイイ」
「……ああ、それじゃあ、これがそうですか」
「ちなみに、今のお前では、緊急ミッションが任される事はない」
ハッタリをかけたヌルだが、それすらも軽くあしらわれた。
ニタニタ笑うツヴァイに憤りを覚えたヌルは、どうしたものか考えた。
だが、何を言っても無駄な気さえしてくる。
「ツヴァイ…今日、自分が抱えているミッションでも…?」
「いや、ない」
「どこか怪我は?」
「いや、ピンピンしている」
「仕事をする気は?」
「いつか出てくるだろう」
本当にダメだ これは。
ツヴァイが「わかるか? 俺は、あえて辛い道を選ぶんだ。谷底に我が子を突き落とす獅子の如く、期待しているんだ。お前ならどんな困難も乗り越えてきてくれるだろうと、涙を隠して鬼になる」とか言い始めたものだから、ヌルは、本当に一人でミッションに行ってしまおうかな、とか思った。
しかし、ヌルが諦めかけた時だった。
「お困りのようだね」
と、ゼクスが声をかけてきた。
「お困りです」ヌルは、素直に言った。「実は…」と事の次第を簡単に説明する。
この説明でツヴァイも態度を改めるかも、と僅かに期待しながらツヴァイにも聞かせるつもりで言った。が、期待するだけ無駄だったと、酒を飲むツヴァイを見て、後悔する。
「事情はわかったよ。要は、この男を屈服させ、自分の思い通りにしたいワケだね?」
そう言ったゼクスは、どこか顔に自信を浮かべていた。
「なんか違うけど、ニュアンスはあってます」
「なら、僕に任せて」
ゼクスは、どこからかトランプを取り出した。
それを見て、ツヴァイは「おっ、勝負するか?」と楽しげな反応をする。
「ボクとポーカーで勝負しよう。賭けるモノは『労働』だ」
「ほお」
「簡単な話さ。ボクが勝てば、ツヴァイが働く。その逆は、有り得ない事だから説明しないよ」
「おもしれぇ。上等だ」
勝負は成立した。
突然の事だが、ツヴァイが働くのであればそれでいいということで、ヌルは、即席の見届け人となった。
「おい、ヌル」ゼクスとテーブルを挟んで向かい合い、椅子に腰かけたツヴァイが、ヌルを指差した。「おめぇ、アレだろ? 俺が負けて労働に勤しむような展開を想像しているだろ?」
「ええ。勝敗は知りませんが、労働に勤しむ姿は望んでいます」
「へっへ。んなの、有り得ない事だと、すぐにわからせてやるよ」
ヌルは、ゼクスからこっそり聞いた。
「コツは、下手に出ない事さ」
「したて?」
「下手に出ればつけ上がる。だから、自分の勝てる土俵に引きずり込み、真っ向から負かす。それが、遠回りに見えて最も近道だったりするのさ」
なるほど、とヌルは思った。
だが、同時に疑問も残った。
「どうして勝てると思ったんですか?」
ゼクスの口ぶりからは、全く負けを恐れていないようだ。
「簡単だよ」ゼクスは、前髪を掻きあげた。「ボクには、女神の加護があるからね」
そう言うと、ゼクスは「じゃあね」と微笑みを残し、去っていった。
ツヴァイは、ゼクスとの勝負に負けた。
そして、ヌルのミッションに付き添う事になった。
それも、昨日に引き続き、この日も、つまり二日続けて。
「勝てると思ったんだがなぁ」
最初は、数回負けただけだった。しかし、どんどん負けが続き、『ヌルのミッションに付き添う』ということがツヴァイに課せられた。その後も勝負を続け、何度か勝ったりもした。それで『自分のミッションの肩代わり』をゼクスにさせようとも思ったのだが、そう簡単にはいかず、結局はツヴァイがゼクスのミッションの肩代わりをする羽目になった。
「丁度いいと思ってね」ゼクスは、勝負の最中に言っていた。「明日ボク、髪を切りに行こうと思ってね」毛先をクルクル指に巻きつけるゼクスを見て、「あぁ?」とツヴァイは顔をしかめた。「髪を切りに行くって、んなもん、小一時間もあれば出来るだろうが」「わかってないね。キミと違って、ボクは時間がかかるんだよ。小汚いトイレの雑な清掃と、高級ブティックの行き届いた清掃くらいの違いがね」「ほお、上等だ。その小汚いロン毛をさらに薄ら汚してやるよ」
ツヴァイは息巻いていた。
が、現在ゼクスは、美容院でリラックス中。
格好悪いな、とヌルは呆れた。
「どうしてだ、ヌル?」
「知りませんよ」
「どうして俺は、負けた?」
ミッションはつつがなく遂行出来た。
と言っても、ミッションの最中、ずっとツヴァイは愚痴っていたのだが。
「それじゃあ、また明日」
賭けに負けたツヴァイは、この後も数日間、ヌルのミッションに付き添うのだった。
負けると思って賭けに出る人はいませんよね…?
勝てると思うんですよ、最初は。