愛の穴
ヌルがミッションを受けようとして掲示板の前に行くと、思わず首をかしげたくなるような、なんだろうと疑問に感じることがあった。
依頼が書いてある用紙の一つ、その一部分に目が留まった時だ。
『ゼクスを希望』
依頼に担当者の希望が書いてあった。
依頼書に条件が書いてあることは珍しくはない。『邪魔な鳥を追い払うことが出来る能力を持つ者を求める』『力仕事なので腕力が必須』『女性を希望』などのように、それぞれのミッションに適した人材を求め、依頼人から条件が付けられることもあるのだ。
だが、名指しで来た依頼を、ヌルは初めて見た。
「なんで?」
ヌルが疑問を口にすると、偶然その場に居合わせたドライが答えた。
「相性の問題だ」
「相性?」
「ミッションの内容によって適した人物が求められるのは、知っているだろう」
「はい…」
「そのなかで、特定のミッションを依頼するのに担当者を指名してくることがあるのだ。能力を買われ贔屓にしてもらっている、そう考えるとわかり易いか?」
「なるほど…」頷くヌル。
「例えるなら…」とドライは続けようとした。が、「御子様ランチで言うと…」と口にした瞬間、「あ、もういいです」とヌルに遮られた。
いつか自分も名指しで依頼を受けることがあるのかな?
ヌルは、想像してみた。
またですか、そう戸惑う自分を思い描いていると、「気になるなら、一緒に来るかい?」と声を掛けられた。「早く一人前の狩人になりたいなら、何事も勉強、おいでよ」
声のした方を見ると、今まさにミッションに出掛けようとするゼクスがいた。
興味があったので、ヌルは、ゼクスに同伴することにした。
ゼクスについてやってきたのは、岩肌のむきでた山の麓だった。
そこには、黄色いヘルメットを被り、筋肉モリモリで小麦色の肌をした、いかにも屈強そうな男たちがいた。そのなかで唯一ヘルメットを被らず、頭にねじり鉢巻きを巻いた、年長者らしき男が、「よお」とゼクスに声をかけた。
「来たか、あんちゃん」
「どうも、親方さん」
「お? 今日は付き添いがいるのか?」
「ああ。ボクの仕事が見てみたいって」
ヌルの存在を気に掛けた親方に、ゼクスはそう応えた。
「ふーん」親方はどうでもよさそうに「なんでもいい、さっさとやってくれや」と言った。
「了解」
「あの…」おそらくこの場で唯一人状況を理解できていないのだろう、ヌルが「これから何を…?」と訊ねた。
「見てればわかるよ」
そうとだけ、ゼクスは答えた。
ゼクスと親方のあとをついて行き、ヌルは、トンネルの中に入った。
しかし、広い入口からトンネルだと思っていたが、いざ入ってみると、その先は外に繋がっておらず、どちらかというと洞窟のようだった。
「ここだね」奥へ進んで行き突き当たると、ゼクスが言った。
「ここ?」ヌルは首をかしげた。
「発破という技術を知っているかい?」
「ああ、あの、爆弾を使って建物の解体をしたりする…」
「そう。そしてそれは、トンネルを掘る際にも用いられる技術だ」
そこまで言われると、ヌルにも察しがついた。
「まさか、ここで…?」
「その通り」微笑を浮かべたゼクスが、どこからかサイコロのような小さな箱を取り出した。「キミは、まだボクの能力を知らないよね?」
「ええ…」
「これがボクの武器」ゼクスは、指に挟んだサイコロ状のモノをヌルに向けて突き出した。「サイコロ型爆弾、〝グリュック″」
「ば、爆弾…!」
驚くヌル。
だが、その余韻に浸る間もなく、親方が「さっさとしてくれや」とゼクスを急かした。
「急かされるのは好きじゃないな」不満を漏らすゼクスだったが、「でもまあ、口で言うより、見て感じてもらう方がいいかな」と考え、作業を始めた。
といっても、親方の指示した所にサイコロ状のモノを何個か置くだけだった。
そのあと、「少し離れよう」というゼクスの指示に従って、全員が移動した。
ゼクスがサイコロ状のモノを仕掛けてから数十秒後、「そろそろだよ」とゼクスがニタリと口角を上げた。
なにが、と疑問に感じていたヌルだが、何かを訊ねる間もなく、その瞬間が来た。
どぉーん!
下っ腹に響くような爆音がし、土煙が舞った。
「あぁ…」快感にひたり、ゼクスは声を漏らす。「いい…」
突然の爆発にヌルは驚いた。が、それ以上に、恍惚とした表情を浮かべるゼクスに対する、この人 変、という思いが勝った。
ヌルだけじゃなく依頼主達からも変な人と思われ、気味悪いモノを見るかのような視線を向けられていたゼクスは、「ふぅ…」と一息ついた。そして、何度か満足気にうんうんと頷くと、「仕事は、これで終わりだ」と告げた。
気付くと、爆発で岩が崩れ、光が差し込んで来た。
トンネルが開通したのだ。
開通した先、外に出て、ヌルは新鮮な空気を吸った。
「相変わらずの変人ぶりだな」ゼクスの助力を得てトンネルが開通すると、親方が言った。
「変人とは失礼だね。きみたちも感じただろう? あの心地好い響きを」
理解できないといった感じで、親方はかぶりを振った。
そんな親方に「まぁいい」とゼクスは言い、背を向けた。
「依頼は終了。僕はこれで失礼するよ」
しかし、帰ろうとしたゼクスを「ちょっと待て」と親方が呼び止めた。
「ついでに頼まれちゃあくれねぇか」
親方がそう言うと、足を止めて振り返ったゼクスが、あからさまに嫌そうな顔をした。
そんな彼の代わりに、どんな用件か、ヌルは訊ねようと口を開く。
が、その時だった。
足下が揺れ、立っているのもおぼつかなくなった。
突然のことにヌルは取り乱す。が、ヌル以外は案外平然としていた。
足下から突然、何かが出て来た時もそうだった。
「なんだ これ?」
驚くヌルに、「モグランだよ」とゼクスは説明した。
モグランと呼ばれたその生物は、クマのような巨体をした、爪が鋭く大きかったり、口先がとがっていたりする、たぶんモグラと思われる生物だった。
「モグラン?」
「モグランは穴を掘るのが得意な生物でね、こういうトンネルを掘る時なんかは、よく人間の手助けをしてくれるんだ」
「へぇ~」
「だが、見たところ、このモグランはまだ若いね」
「若い?」充分成熟しているように、ヌルには見えた。
「そうだ」親方が首肯した。「いや、若いといっても成長はちゃんとしている。ただ、見てみろ」親方が指差した。その先に視線をやると、モグランの頭を指していた。
「ねじり鉢巻き、ですか?」
モグランの頭には、ねじり鉢巻きが巻かれていた。
「ああ。アレは、『俺がこの辺りのボスだ』という自己主張の表れだ。つまり、まだ人間に懐いていないことを意味する」自身も頭にねじり鉢巻きを巻いている親方が、「アレは、親方である俺のモノだからな」と説明した。
「えっと…」話が見えず、ヌルは「それで?」と訊ねる。
「つまりだ」親方は答えた。「やってもらいたいことは単純、このモグランのしつけだ。このままだと言うこときかねぇで、そこいらに穴掘りやがって、仕事になりゃしねぇ。だから、このモグランが人間の言うこと聞くように調教してほしい」
親方が頼んだ。
しかし、先程は率先して依頼に取り組んだゼクスだったが、今度は「イヤだ」の一言で帰ろうとしていた。
「依頼書に書いてある以外のことはしたくない」
「だから、その依頼の ついでだ。なんてこたぁねぇ、簡単なことだろう?」
「素人目には簡単に映るかもしれない。実際にボクもやってやれないことはない」
「じゃあ…」
「だけど、イヤなんだ」きっぱりとゼクスは言い切った。「相性の問題、つまりボクは動物の相手は嫌いなんだ。動物の相手ならボクより適任者がいるから、改めて依頼すればいい」
ゼクスは、どうしてもやりたくないようだ。
困った親方は、「それでもプロか?」と発破をかけた。
が、「プロだから仕事は厳選させてもらう」とゼクスは軽く流す。
ん~ と唸り、苛立つ親方。
そんな彼を見て、やれやれとかぶりを振り、しかたないといった感じで、「先代のモグランはどうしたんだい?」とゼクスは訊ねた。
「あいつは、いいかげん年なんで隠居した。愛用のヘルメットもボロボロだしな」
「その先代のモグランは、どうやって懐かせたんだい?」
「あいつは、おたくんところの小せぇネェちゃんにやってもらった」
「……エルフかな…」ゼクスは、そう察した。「あの娘は、ちょっと変わっているから」
ゼクスにそう言われるなんて、ヌルはエルフを気の毒に思った。
このまま無視して帰るワケにもいかないと思ったヌルは、ゼクスを説得した。そしてなんとか、プレハブ小屋の仮設事務所に行き、そこの電話を使って、エルフに連絡をとるということで話をつけた。
「もしもし」
ゼクスが屋敷に電話をかけると「もしもし。なに?」とちょうどよくエルフが出た。
「ちょっといいかな」
「ダメ。今、アインスいないの。難しい話はわからないし、なにかの勧誘なら断れって言われているの。だから、バイバイ」
電話が切れた。
受話器から漏れ聞こえる会話を聞いていたヌルは、驚き呆れた。そんなテキトーな電話対応があるか、と。
しかし、それをよかったことに「ダメだったよ」とゼクスは諦めようとした。
「ダメじゃないです」慌てて止めるヌル。「今の、こっちが誰かも伝わって無かったですよ。諦めが早過ぎです」
しかたないな、と再びゼクスは電話をかけた。
「もしもし」
「もしもし。なに?」
「ボクだよ」
「……ボクだよ ボクだよ 詐欺?」
ガチャッと、また電話が切れた。
「今のボクのせいじゃないよね。ボクだよって、ボクは一回しか言ってないし」
この二人 めんどくさい、そう思ったヌルだが、「ちゃんと名前を言いましょう」と諦めずにゼクスに言った。
「もしもし」
「もしもし。なに?」
「ボク、ゼクス」
「あ、ゼクス。どうしたの?」
「やっと話が通じたよ」やれやれといった表情を、ゼクスはヌルに向けた。
「いいから、用件を」
「はいはい」面倒くさそうに頷くと、ゼクスは、モグランのことをエルフに教えた。「それで、先代のモグランを調教したのはキミだって聞いたけど…?」
「あ~うん。そうかも」
「そう…」とだけ言って、ゼクスは黙った。
だから、ゼクスの傍らからヌルが「どうやったのか訊いてください」と耳打ちした。
「どうやったんだい?」ゼクスは、電話向こうのエルフに訊いた。
「う~ん…よく覚えてない」
「そう…」
「うん。でも、力ずくで言うこと聞かせればいいよ」
「力ずくって、ボクはそういうの苦手なんだけど…。キミと違ってボクは非力なんだ」
「知らないよ」呆れた様なエルフの声が聞こえた。「用事はそれだけ?じゃ、バイバイ」
電話が切れた。
受話器を置くと、ゼクスは「もういいよね」とヌルに訊いた。
「はい」
「どうやら、力ずくで言うことをきかせればいいらしい」
「そのようですね」
「やり方がわかったんだ。もうボク達は御役御免でよくないかい?」
「いや、よくねぇ」ここまで我慢して聞いていた親方が、口を挟んだ。「モグランってヤツ等は、暴れたら手がつけられねぇ。そんなヤツをムリヤリ言うこと効かせるなんて、並の人間になせる業じゃなれ」
「大変だね」他人事のようにゼクスは言った。「困ったことがあったらウチに依頼してくれ」
「今頼むわ!」
「ボク以外に頼んでくれ」
と、いうことで。
ヌルがモグランの相手をすることになった。
山肌のむきでた広い土地でモグランと向き合うヌルは、「なんで?」と疑問を口にした。
「仕方ないだろ」とゼクス。「親方たちには無理、ボクも無理、残っているのはキミしかいないだろう?」
「仕方ない気がしないのは気のせいでしょうか?」
「気のせいだよ」
「おいおい、大丈夫か? こんなヤツに任せて」
親方が、ヌルを指差しながら、苦々しい顔をして言った。
「大丈夫。ヌルは、ボクも認める一人前の狩人だよ」
いつ認められたのだろう? とヌルは疑問に感じた。
仕方ないということで、ヤル気を出したヌルに、「大丈夫かい?」とゼクスは声をかけた。
「言っておくけど、ボクは手を貸さないよ」
「わかってます」
そう言うと、ヌルは腰を落とし、戦いの構えをとった。
だが、構えてはみたものの、どうすればいいのかわからない。
エルフの話では力ずくで倒せばいいらしいが、それもどうなのか疑わしい。本当に力で言うことを聞かせていいモノなのか? そもそも、自分の倍以上ある、大きくて鋭利な爪を持った生物に、どう挑めばいいのか見当もつかない。
あの爪でザックリいかれたらどうしよう、という危機感が冷静な思考の邪魔をする。
危機感を覚えているのは、ヌルだけではなかった。
モグランもまた、現状に戸惑っていたのだ。まんまるいつぶらな瞳からは読み取ることは難しいが、どうしたらいいのかわからず、ただ立ち尽くしていたのだ。
対峙する一人と一匹。
このまま硬直状態は続くかと思われたが、それはなかった。
モグランが先に動いた。やられるまえにやってしまえ、というふうに本能が命令したのだろう。大きな爪を振り回し、ヌルに攻撃してきた。
「うわぁっ!」
ヌルは、なんとかモグランの攻撃を避けた。
しかし、一息つく暇もなく、モグランの攻撃がヌルを襲う。
「がんばって」前髪をいじりながら、ゼクスは声援を送った。
「もう少し興味を持ってください!」
「あ、枝毛発見」
緊急事態だ、とゼクス。
そんな彼を、この後もっと大変な事態が襲う。
それは、モグランが高く上げた腕を振り降ろした時だった。
爪ではじいた砂利が、ゼクスの方にとんだ。
「あぶない!」
ヌルがそう思った時は、すでに遅かった。
勢い良く飛んだ砂利のひとつが、ゼクスの頬をかすめたのだ。
それを見て、かすり傷か、とヌルはホッとした。
が、事態は思ったよりももっと深刻だった。
突然の爆発が、ヌルの眼前で起きた。
辺り一面を包むように、風と土煙が舞う。
ヌルは、顔の前に腕を上げて爆風を防いだ。
視界が晴れてきて、腕を降ろして前を見ると、そこにはゼクスの背中があった。
「気が変わった」ゼクスが、眼に入った砂をこすり取っているモグランを見据えながら、「ボクが相手するよ」と言った。
「いや、大丈夫ですよ」心配は無用だと、ヌルは言う。が、
「キミの意見はきいていない」
ゼクスは、ヌルにこの場を譲るように言った。
どうして突然? そう疑問に思うヌルは、「許さない」とゼクスが呟くのを聞いた。
「ボクの顔に傷をつけたこと、たっぷりと後悔させてあげるよ」
ゼクスは微笑を浮かべていた。
だが、目は怒りに燃えていた。
「親方」
「ん?」
「死なない程度に相手をすればいいよね?」ゼクスは訊いた。
「なるべく怪我もさせないでくれ」
「爪…いや、腕の一本くらいなら…」
「ふざけるな!」
冗談じゃないとゼクスの発言を責めるように親方は言った。
だが、ゼクスはすでにヤル気だった。
上唇をペロッと舐めるゼクスの仕草は、よほど不気味に映ったのか、本能的にモグランの警戒心を刺激した。
恐怖に衝き動かされ、モグランはゼクスを攻撃した。
だが、「フフフッ」と微笑しながら、ゼクスは余裕で攻撃を避けた。
腕を振り回し、モグランは連続攻撃を仕掛ける。
しかし、それもゼクスは避けた。
そして、大きな攻撃を避け、モグランに隙が生じると、ゼクスは攻撃を仕掛けた。小さなサイコロ型の爆弾を投げつけ、小爆発を起こし、モグランを襲う。
単調な攻防の繰り返しではあったが、それは続き、じわじわとモグランを追いつめた。
「す、すごい…!」
圧倒的なゼクスの姿に、ヌルは感心し切っていた。
同じ攻撃をかわす動きでも、ズィーベンのそれが、蝶の舞を思わせるようにヒラヒラと動くのに対し、ゼクスは、フワフワと重力を無視するかのように軽やかに動いていた。
しかし、感心してばかりもいられないことに、ヌルはすぐ気付いた。
このままじゃモグランが殺される。
「おいおい…」
親方も顔を青くしていた。
まだモグランに致命傷はない。だが、それもゼクスがじわじわといたぶるのを楽しんでいるだけで、いつ致命傷を負わされるか、わかったものじゃない。
「おい、あんた、なんとかしてくれ!」
ヌルの腕を掴み、懇願するように親方は言った。
どうにかしてやりたい、とヌルは思った。だが、目の前の戦場に割って入ることが出来るかと自問すると、答えに苦しむ。
どうにかしなければ、ヌルは考えた。
「……ちょっと時間をください」ヌルは、親方に言った。
「どうするつもりだ?」
「ゼクスを止められないなら、モグランを止めます」
ヌルは動き出した。
背後に爆発を感じながら、走り出す。
後を追ってきた親方が、「どこ行く気だ?」と訊いた。
「事務所です」走りながらヌルは答えた。「電話で、エルフに何かモグランを止めるヒントはないか訊きます」
「止めるって啖呵切ったくせに人任せかよ!」
「……すいません!」
事務所につくと、息を切らしながら早速電話をかけた。
「もしもし。なに?」
都合良く、電話の近くにエルフがいたようだ。
「あ、エルフ? ヌルです」早口でヌルは言った。
「ヌル、どうしたの?」事態を知らないのんびりとした声が、受話器から聞こえる。
「モグランの件で…何か、モグランを鎮める術はありませんか?」
「う~ん…」
「じゃあ、エルフの時は具体的にどうやったのか教えてください」
「私の時は…… あ! モグランを痛めつけた」
「それは今やっています!」
「じゃあ、そのまま…」
「だとモグランを殺しかねないから、訊いているんです!」
ヌルは、早口で状況を説明した。
「あ~、ゼクス 変わってるから…」
たいへんだね、とエルフは笑った。
「だから!」答えを急かすように、ヌルは言った。「その変わり者がモグランを殺しかねない状況なので、モグランを、それかゼクスを鎮める術を教えて欲しいんです」
「……どっちでもいいから気絶させれば?」
「もう少し簡単そうな方法をお願いします」
「えぇ!」面倒くさいなぁ、とエルフは不貞腐れた。「じゃあもう、物で釣るとか…。前の子、やり過ぎちゃったら泣いちゃって、お詫びに物あげたら喜んでたよ」
「……っ! それです!」
「……どれ?」
ゼクスとモグランは、まだ戦っていた。
いや、これを戦いといえるのだろうか?
傷だらけのモグランと、傷一つないゼクス。
恐怖で汗だくのモグランと、汗一つ流していないゼクス。
苦しそうなモグランと、楽しそうなゼクス。
あきらかな違いが両者にはあり、とても戦いとは思えなかった。
「そろそろ終わりにしようか?」
ゼクスがそう言った時、
「ちょっと待ってください!」
間一髪、ヌルが戻ってきた。
戻ってきたヌルは、何かを持っていた。それは、エルフの助言を受けて、アハトに言って作ってもらった、大きい黄色のヘルメット、親方の下で働く現場の作業員達が被っている物と同じデザインのものだった。
「モグラン」ヘルメットを差し出しながら、ヌルは言った。「ここの現場のボスは、親方なんだ。モグランには、親方の下で働いて、親方たちに力を貸してあげてほしい。だから、よかったら、これを受け取って欲しい」
ヌルがヘルメットを差し出すと、やや考える間をあけ、モグランはそれを受け取った。
ゆっくりとした動作で、ヘルメットを被る。
その安心感、フィット感に、モグランは嬉しそうに笑った。
「よかった」
ヌルは、ホッと胸をなでおろした。
これで戦いを終わらせられる。そう思いながらも一抹の不安を感じ、ヌルは、ゼクスのことを見た。
ゼクスは、フッと微笑した。
「うまく事が収まったようだね」
事態を荒らした張本人の発言に、その場にいた者達は、お前が言うな、と言いたかった。
モグランとは和解した。
事務所で親方とゼクスとヌル、そして傷の手当てを済ませたモグランも一緒に緑茶をすすっていた。
「なるほどね」ヌルから話を聞いて、ゼクスは事の流れを理解した。「エルフも先代のモグランを プレゼントをあげることで懐かせたってワケだ」
「まあ、はい」
「ヘルメットをあげようにもモグランのサイズとなると入手も困難」
「面倒くさがるアハトに作ってもらいました」
最初に頼んだ時、アハトは「やだよ」と断っていた。「今は手がはなせない。それに、そんなつまらない絵を描いて、ボクにどんな得があるの?」あきらかに後者の理由は主だ、と感じたヌルは、「意外と楽しいかもしれませんよ?」と言ってみた。「楽しいワケ無いよね? こう言っちゃあなんだけど、魅力をまったく感じないんだ。惹かれるモノがない」「じゃあ、こっちの要望を最低限クリアして、あとは魅力的に仕上げてみせてください」「……挑発のつもり? でも、ま、仕方ないからやってあげるよ」
「球体の表面に交わる直線を描くのは、意外に面白かったようです」
ヌルが説明すると、「そう」とゼクスは頷いた。「ま、経緯はどうでもいいや」
「きいといて」
「ボクが言いたいのは、キミ達が『ボクがモグランを殺そうとしている』と思っていたことが、心外だということさ。小さなことでミッションを忘れる程度の男だと思われていた、なんてね」
決して過剰な心配ではなかった気がするが、とヌルは釈然としなかった。が、「すいませんでした」と謝っといた。
「殺すつもりなんて微塵もなかったよ。それは、モグラン本人がわかっているはずさ」
そう言うと、ゼクスは立ち上がった。
帰るつもりだと察し、ヌルも続けて立ちあがる。
「じゃあね」帰り際、ゼクスはモグランに握手を求めた。
だが、モグランは、差しのべられた手にビクッと震え、怯えていた。
「恐怖が刻み込まれているじゃないですか!」モグランの様子を見て、ヌルは言った。
不満気な表情をしたゼクスが「手を出すんだ」と言うと、恐る恐るといった感じでモグランは手を出した。
「ははっ」苦笑するヌル。
ちゃんと主従関係は作れたようだ、とヌルは納得することにした。
裏話
ヘルメット製作時。
アハト「いまいち心を刺激しないね」
ヌル「そんなに過激な物は求めていません」
アハト「ちょっとヘルメットということから離れようか」
ヌル「なんで? 離れないでください」
アハト「角をつけてみたり」
ヌル「しないで!」