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とっくん


 ミッション後のひと時。

 屋敷の一階にある掲示板前での何気ない会話。

「武器を携帯するのって、便利ですか?」

 ヌルは、アインスに訊いた。

「どうしたのですか、突然…?」

「いえ、この前のミッションで、手ぶらなことを悔やみたくなるような事があったので…」

「ああ、アハトとキノコ狩りに行った時ですね」アインスは報告を受けていたので、クマに襲われてそれを撃退するのにアハトから武器をもらった経緯などの事情をなんとなく知っていた。「使いなれた武器があるというのは、やはり心強いですね」

「やっぱり…」

「ですが」ヌルが自分のスタイルを嫌に思いかけていると、アインスが「言い換えれば、その武器がないと心許無いということです」と言って、微笑みかけた。「ヌルのスタイルは、それはそれでイイと思いますよ。なんでも武器に使う、『可能性』というと大袈裟かもしれませんが、『選択肢』が他人より多いというのは、充分な武器だと思います」

「そ、そうですか…」ヌルは、褒められたような気がして、なんかムズ痒く感じた。

「そうですね…もしかしたら…」何かを考え始めたアインス。「ヌルのスタイルが間違いではないとしたうえで私見を述べさせてもらうと、実戦の経験が足りないのではないでしょうか、ヌルには」

「実戦経験…?」

「はい。選択肢がいくつ転がっていても、拾えなければ意味ありません。『対応力』と言ってもイイと思います。そして、それを磨くには、やはり実戦が一番かと…」

 アインスは、どうだろうと提案した。



「で、なんでアタシが呼ばれたワケ?」

 訓練場で待つヌルとアインスの前に現れたのは、浴衣に身を包んだズィーベンだった。

 呼び出されて不満だというのが、その表情から良く伝わってきた。

「ヌルの特訓に付き合ってあげてちょうだい」

「イヤ」アインスの頼みは、にべもなく断られた。「アイ姉の頼みでも、イヤなものはイヤ」

 実は、ヌルはズィーベンのことが少し苦手だった。冷たく突き放すような態度や言葉遣いが、苦手意識を刺激するのだ。

 だから、ズィーベンが来た時、ヌルはどうしようか戸惑っていた。

 何と言って頼もうか? そもそも付き合ってくれる見込みはあるのか? 何故ズィーベンではないといけないのだ?

 ヌルの脳裏を過るマイナスな思考たちが、ヌルの気持ちを沈ませた。

 しかし、

「お願い、ズィーベン」

「イ・ヤ。他の連中に言えばいいでしょ」

「ズィーベンじゃないとダメなのよ」

「……アタシじゃないと…?」

 ズィーベンの「イヤだ」という頑なな気持ちの壁を崩せそうな気がしてきた。

「他の人は、加減を知らなかったり、そもそも特訓向きの能力じゃなかったりするから」

「…アイ姉は?」

「私は、一度戦って負けているので」

「でもあれは、テストみたいなものでしょ」ノーカウントだ、とズィーベンは主張した。

「たとえそうだとしても、同じ相手では退屈でしょう。ズィーベンが適任だと思うのだけど、ダメかしら?」

「う…ん…」

 もう一押し、ズィーベンの反応からは、そんな気がする。

 だからヌルは、「お願いします」と頭を下げた。

 だが、

「いや、頭下げられてもイヤなものはイヤなの」

 気持ち悪いものを見るような眼で、そう言われた。

 ダメじゃないこれ、そう思うヌル。実際、心はほとんど折れかかっている。

 しかし、「けど、アイ姉の頼みだし、アタシしか出来ないっているなら、やらないでもない」と、なんか承諾してくれたようだった。

 今のこの精神状態で訓練受けられるかな、ヌルは不安になった。



「で、どうすればいいの?」事情を良く知らないズィーベンは、「ヌルを殺さない程度に仕留めればイイの?」という解釈をしていた。

「いや、仕留めるって…」呆れるヌル。

 だが、「はい、そんな感じで」とアインスは微笑した。

「いや、仕留めるって!」慌てるヌル。

「大丈夫です。それくらい真剣に手合わせをするという意味ですから」

 本当ですか? ヌルは疑問に感じた。

 寒いと感じるくらいに冷たい殺気を放ち 微笑むズィーベンを見て、「大丈夫って言葉、信じちゃいますよ」とヌルの弱気な部分が口を衝いて出た。

「信じたのなら、あとは自己責任だ」心置きなく出来ると、ズィーベンは嬉しそうに口角を上げた。「アイ姉、武器使っていいの?」

「もちろん」

「ヌル、覚悟しな」

「うっ…」たじろぐヌル。

 これほど不気味な微笑を見たことがない、ヌルの本能が危険信号を上げた。

 危機感を覚えながらも、戦闘の構えをとるヌル。

 だが、ズィーベンはまだ準備が出来ないようだった。

「やると言った以上 今更グチグチ言うつもりないけど…」

「なに、ズィーベン?」

「なんでこうなったのか、理由くらいは知りたいかな」

「ああ」そういうことなら、とアインスは答えた。「ヌルが獣などと戦う為の実戦経験を積む為です」

「…アタシ、その辺の獣と同じ扱い?」

 不満気に、ズィーベンは顔をしかめた。

「いえ、身体が固くなりがちな本番の為に積む練習だから、獣以上を求めています」

「…獣と同じ並びなのが釈然としないけど…」

 まぁいいか、とズィーベンは納得した。



 ズィーベンは、武器を構えた。

 その手に持つのは、治療などに使う針の様でもある。

 だが、よく見ればアレは…。

「髪飾り…?」

 ズィーベンも頭に着けている装飾具にしか見えない。

 それは本当に武器なのか、とヌルは首をかしげた。

 ただの髪飾りにしか見えないそれを、ズィーベンは、小指の方に先端が来るように握っていた。

「『かんざし』って知らない?」ズィーベンが問いかけた。

「…東方の髪飾りですよね」

 ヌルが答えると、ズィーベンはニヤリと微笑した。

 不気味さすら覚える その微笑が意味する事を、ヌルは、その数秒後に理解する。

 ヒュッ。

 風を切るように、空間を切り裂く物があった。

 それは、ズィーベンの手にあったはずの髪飾りだ。

 ヌルの頬をかすめた髪飾りは、壁に刺さった。

 髪飾りが壁に突き刺さり、頬の切り口からツゥーっと血が流れるのを感じてやっと、ヌルは今の一瞬で起こったことを把握した。

「ブラオ・ローゼ」ズィーベンは、得意気に微笑を浮かべた。「アタシの武器の名前。ただの髪飾りだと思って油断すると、頸動脈がスパッといくよ」

 本能的に全身が震えたのを、ヌルは感じた。

 これはマズイ、そう警告を上げているのだ。

 ただでは済まなそうだ、と思うヌルの耳に、

「では、くれぐれも大怪我は、しないように」

 と、不吉を予感させるアインスのスタートの合図が聞こえた。

 この頬の傷だけで済みますようにと願いながら、ヌルは特訓に臨んだ。



 特訓が始まった。

 こうなった以上、ヌルに逃げるつもりはない。

 極力穏便に済ませられるようにと、拳打を主体とした攻撃を繰り出した。

 しかし、なかなか攻撃が当たらない。

 防御されているのならば、相手の盾をかいくぐる手段を考える。攻撃の手を潰される程に攻められているのならば、小さな隙を狙っていこう。そういうふうに次の手を講じて対処できるなら、まだ良かった。

 ヌルの攻撃は、簡単にかわされ続けた。

 ズィーベンの立ち回りは、さながら舞を彷彿させた。

 攻撃を仕掛けても、簡単に避けられる。それはまるで、宙を舞う花弁に手を伸ばすようであった。ひらりひらひら、ズィーベンは舞い、その動きをとらえることが出来ない。

 ヌルの攻撃はまるで当たらない。

 それなのに、すれ違う時や手を伸ばした時、ヌルの身体は傷を負った。ズィーベンのかんざしが皮膚を切り裂くのだ。深手を負うことこそないが、着実に切り傷が刻まれていく。

 やりづらいな、とヌルは感じていた。

 自分の攻撃は当たらず、相手の攻撃ばかり受けている。それならば自分も相手の攻撃を避けることにまず神経を注いで隙を衝いていこう、と考えもした。だが、直に刺してくる攻撃は避けられても、ひらひらした服の影から飛んでくる攻撃は、うまくかわせない。武器を投げているのならば、手持ちの武器が無くなるのを待とうと辛抱して攻撃を避け続けもしたが、なぜか一向になくなる気配がない。次から次と新しいかんざしが出てきて、ヌルを襲う。

 一方的にやられるヌル。

 そのことに疑問を持つ人がいた。

「私の時は、もっと動きが速かったというか、研ぎ澄まされたモノを感じたのだけれど」

 アインスは、首をかしげた。

 その漏らした言葉は、ズィーベンの耳に聞こえていた。

「ヌル!手を抜くな!」

「抜いてないです!」

 怒るズィーベンに、泣きたくなるヌルだった。



 泣きたい気分だ。

 しかし、泣いている場合ではない。

 ヌルは、どうすればいいか必死に頭を回転させていた。

「どうした? ギブ・アップか?」

「誰が!」諦めてたまるか、ヌルは言い返した。

「ちなみにアタシ、早々に諦めるような根性ないヤツ嫌いだから、ギブ・アップなんて認めないけど」

「じゃあなぜ訊いた?」

「これ以上怪我する前に覚悟を確認するため」

 つまり、諦めないと答えた今の場合、もっと大きな怪我を負っても構わないと答えたことになる。もし反対に答えたならば、おそらく反感を買い、ひどい目にあわされていただろう。

「ドSの問答だ! どっちに転んでも、ってパターンだ!」

 ヌルは、恐怖で身震いした。



 素早く繰り返される攻防。

 だが、傷を負っているのはヌルだけだった。

 ヌルの攻撃は、当たる気配もなくかわされている。しかし、ヌルの攻撃の隙を的確につくようなズィーベンの攻撃は、深手にこそならないが、確実にヌルの身を刻んでいた。

 一旦ヌルは、距離をとった。

「はぁ…はぁ…」

 ヌルの息遣いは、荒い。

 しかし、ズィーベンは息一つ乱すことなく余裕の笑みを浮かべていた。

「まだまだね」

「くっ…」

 悔しさで顔をしかめるヌル。

 だが、あえて呼吸を増やすことで息を整え、頭を冷静に働かせていた。

――勝機がないワケではない

 ヌルは、そう考えていた。

 勝機はある。しかし、それは極僅かなものだ。

――それに…

 ヌルは、躊躇っていた。

 この方法ならば、僅かな勝機を手に出来るかもしれない。しかし、手を伸ばすには、少々気が引ける方法だった。

「どうした? もう終わりか?」ズィーベンが、相手を嘲るような、敢えて挑発するような口調で、言った。「もっと殺す気でかかって来な」

「…っ……はい…」

 ヌルは、覚悟を決めた。そして、集中する。

――やるなら一発勝負だ…

「いきます…」

 ヌルは、今までとなんら変わらない、右半身を引く構えをとった。

 しかし、ヌルの放つ気配が今までと違うと、戦闘経験豊富なズィーベンは察していた。

「きな…」



 ヌルが先に動き出した。繰り出した攻撃は、右ストレート。その攻撃を見極め、かわそうとするズィーベン。しかし、かわしたと思った瞬間、体勢を崩された。

――ズィーベンの攻防のキモは、あの衣装にある。だが、同時にアレは弱点にもなる!

 そう考えたヌルは、拳打を繰り出すふりをして、ズィーベンの服の袖を掴んだ。

 思った通り、ズィーベンをよろめかせることが出来た。心配していた着衣の乱れも、それほどない。

 組み合えば勝機がある。強い力を加えれば折れてしまいそうなくらい華奢なズィーベンの外見から、ヌルはそう思っていた。このまま仰向けに投げ倒して拳を眼前に突き付けて終わり、それもいいかもしれない。

 だが、そううまくは行かなかった。

 倒れかけたズィーベンが、脚を上げた。そして、ズィーベンの膝が、思いっきりヌルの鳩尾に入った。

 ズィーベンは、単純な肉弾戦も強かった。



 完膚なきまでに負けた。つまり乾杯だ。いや、間違った、悔しくて自棄になってボトルを一本空けたくなる位に見事な、完敗だ。

「まったく…」呆れるズィーベン。「弱いこともだけど、まさか女の衣服を乱しにくるなんて」その眼は、軽蔑していた。

「それが女の肉体か…?」

 ズィーベンの強さに畏怖の念を抱いたヌル。

 しかし、その漏らした言葉は、別の意味で捉えられていた。

「それ、アタシの身体が貧相だって意味…?」

 わなわなと怒り震えるズィーベン。

「え…?」

「ズィーベン、待って…」

 ヌルが状況を理解し切れず、アインスが止めに入る前に、怒りのズィーベンが動いた。

「くたばれ!」

 ズィーベンの蹴りが炸裂した。

 蹴りをまともに受けたヌルは、天井に叩きつけられた。

 そのヌルの後をおうように、かんざしが数本飛んできた。

 かんざしは、昆虫の標本を作るかのように、ヌルの衣服を正確に刺し、ヌルを天井に縛り付けた。

 最後の一本のかんざしがヌルの顔をめがけて飛んできた。が、それだけは、ヌルはなんとかよけた。

「あっぶなぁ~」命を拾った気分のヌル。

 ドオドオとズィーベンをなだめるアインスは、彼女を連れて出ていった。「少しすれば機嫌も収まると思いますので…」と言い残して。

「ので…何…?」

 天井からアインス達がいなくなるのを見届けたヌル。

 その晩を天井で過ごしたという。 


裏話。


特訓直前

アインス「ズィーベンとヌル、まだ馴染めていないようですし、ここは一緒に特訓させてみましょうか…」


特訓直後

アインス「失敗っ…」

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